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松尾潔 プリンス追悼特集『メロウ・パープル』

松尾潔 プリンス追悼特集『メロウ・パープル』 松尾潔のメロウな夜
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松尾潔さんがNHK FM『松尾潔のメロウな夜』でプリンス追悼特集『メロウ・パープル』を放送。プリンスからの影響を受けて誕生した楽曲たちを選曲し、紹介していました。

(松尾潔)改めましてこんばんは。『松尾潔のメロウな夜』、5月最初の放送です。先月は大きな悲しい出来事がありました。熊本県を中心に発生した地震で被災された方々には、心からお見舞い申し上げます。また、復興にご尽力、ご活躍されているみなさまの安全を強く祈念いたします。

さて、今夜の放送なんですけども、先月。4月21日に惜しくも57才の若さで亡くなりましたミュージシャン、プリンス(Prince)。プリンスに捧げる、そんな『メロウな夜』をお届けしたいと思います。題して『メロウ・パープル』。紫色のレクイエムですね。いま、バックに流れているのはプリンス自身による『Do Me Baby』。

この曲にインスパイアされて、久保田(利伸)さんと僕で『Do Me Baby』という曲を作ったのが14年前です。

まさか、この若さでプリンスが逝ってしまうというのは、ちょっと心の準備ができていなかったというのが正直なところなんですけども。今日は、プリンスにまつわる、プリンス周辺……いろんな言い方ができますけども、プリンスがいたからこそ、この世に生まれた、そういう共通項を持つ音楽を僕が厳選しました。最後までお楽しみください。

まず、ご紹介しますのはそのプリンスの『Do Me Baby』の素晴らしいカバー。1986年のヒットでメリッサ・モーガン(Melisa Morgan)で『Do Me Baby』。

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Melisa Morgan『Do Me Baby』

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Color Me Badd『How Deep』

今夜の『松尾潔のメロウな夜』。『メロウ・パープル』と題してプリンス追悼特集をお届けいたします。R&Bサイドの殿下。いろんな名曲を残しております。メリッサ・モーガンの『Do Me Baby』に続きましては、プリンス自身による『Crazy You』という曲を効果的に引用しています。ギターリフがね、本当に心に残りますね。カラー・ミー・バッド(Color Me Badd)の『How Deep』でした。これはカラー・ミー・バッドの1993年のアルバム『Time and Chance』に収録されていました。

このように、サンプリングという形でプリンスへのリスペクトを表現した、そんなアーティストも少なくありません。主にプリンスより若い世代のアーティストの特徴と言えるんじゃないでしょうか。いま、バックに流れているのは『Crazy You』から『Raspberry Beret』に変わりました。

この時、プリンスはプリンス&ザ・レヴォリューション(Prince & The Revolution)という名義でバンド形態で活躍していましたね。それでは、そのプリンス&ザ・レヴォリューションの『Raspberry Beret』。こちらを上手く引用した2006年のヒット。ジャスティン・ティンバーレイク(Justin Timberlake) feat. ビヨンセ(Beyonce)で『Until the End of Time』。

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Justin Timberlake『Until the End of Time ft Beyonce』

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The Time『Gigolos Get Lonely Too』

お届けしたのはジャスティン・ティンバーレイク feat. ビヨンセで『Until the End of Time』。これはプリンス&ザ・レヴォリューションの『Raspberry Beret』のドラムプログラミングの音色をそのまま引用していますね。そのままというか、まあ技ありな引用になっています。やっぱり曲のキャラクターを決定づけている、そんな音色じゃないかなという風に思います。非常にスマートなリスペクトの示し方だなという風に、当時感心した記憶がございます。2006年の作品。

そして、グッと時代は遡りまして、1982年。ザ・タイム(The Time)がリリースしたアルバム『What Time Is It?』に収録されていた、僕の大好きな『Gigolos Get Lonely Too』。「ジゴロでも寂しい時がある」という、まあ男心を描いた曲。このザ・タイムというのはモーリス・デイ(Morris Day)という人がリーダー、リードボーカルのファンクバンドとして知られていますし、後にジャム&ルイス(Jam & Lewis)がここから巣立ってスーパープロデューサーチームになったということでも有名なんですけども。

この時代の作品は、曲作りから演奏の一切に至るまで、全てプリンスが仕切っていたというのはもう、周知の事実ですね。ザ・タイム『Gigolos Get Lonely Too』、お聞きいただきました。この時代、80年代は特に前半のプリンスというのはもう、神がかり的な作曲マシーンぶりを発揮しておりました。この時代の量産体制というのはね、まあポップヒストリーのミラクルとして後々語り継がれるんじゃないかと思います。その時代の作品、もう1曲、ご紹介したいと思いますね。いま、バックに流れておりますプリンス自身のバージョンによります『How Come U Don’t Call Me Anymore?』。

これは82年にリリースされたプリンスの『1999』というヒットシングルのカップリングだった曲ですね。僕はこの曲、ステファニー・ミルズ(Stephanie Mills)のカバーバージョンも好んでよく聞いていたのですが、やはり2001年にこの人がカバーしたことによって一般的には有名になったんじゃないでしょうか。アリシア・キーズ(Alicia Keys)で『How Come You Don’t Call Me』。

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Alicia Keys『How Come You Don’t Call Me』

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Chaka Khan『Spoon ft Robert Palmer』

2人の偉大な歌姫のボーカルをご堪能いただきました。まずはアリシア・キーズで『How Come You Don’t Call Me』。これは彼女の2001年の大センセーショナルなファーストアルバム『Songs in A Minor』に収録されていました。プリンスのカバーとしてはもう極上の部類に入る、そんなバージョンでした。

そして、プリンスがこよなく愛した歌姫チャカ・カーン(Chaka Khan)。彼女は1998年にプリンス自身のレーベル、NPGレコードからリリースしたアルバム『Come 2 My House』に収録されていた『Spoon』という、なかなかメロウなグルーヴをご堪能いただきました。これは曲作りをプリンスがやっているわけじゃないんですけど、アルバム全体をね、チャカとプリンスががっちりと手を組んでプロデュースしています。

まあプリンスはチャカが在籍していたルーファス(Rufus)の大変な信奉者でもありまして。ルーファス時代のチャカの『Sweet Thing』もよくステージでカバーしていましたし。まあルーファスに限らず、スライ&ザ・ファミリーストーン(Sly & the Family Stone)。『Graham Central Station』でお馴染みのベーシスト、ラリー・グラハム(Larry Graham)。あと、Pファンク(P-Funk)の総帥ジョージ・クリントン(George Clinton)。こういった人たちを自分のNPGレコードに所属させることで先達へのリスペクトを示した。そんな人でもありました。本当に生きる温故知新というような、そういう音楽人でしたね。

まあ、いま名前を挙げた人たちに限らず、メイヴィス・ステイプルズ(Mavis Staples)ですとか、パティ・ラベル(Patti LaBelle)ですとか、マーヴィン・ゲイ(Marvin Gaye)の愛娘ノーナ・ゲイ(Nona Gaye)ですとかね。ちょっとR&Bの歴史を知っている人たちにはたまらない、そんな人たちとの仕事を重ねてきた名プロデューサーでもありました。特にチャカ・カーンとの交流は深くて。チャカ・カーンはね、『I Feel For You』というプリンスカバーのものとしては最も成功した1曲を放った恩人でもあるという。

まあ非常に有機的な関係がありましたね。有機的なミュージシャンシップ、フレンドシップがございました。では、プリンスが愛した歌姫、もう1人ご紹介したいと思います。ブリア・ヴァレンテ(Bria Valente)という、ちょっとこの方は聞き馴染みがないという方もいらっしゃるかもしれませんが、隠れた名作をリリースしてますね。これは2009年にリリースされたプリンスの3枚組の大作アルバム。その中にセットされていた『Elixer』という名のアルバムです。

ブリア・ヴァレンテのソロアルバムがその中に収められていた……3枚組の中の1枚は、この新人女性シンガーのデビューアルバムという仕掛けでございました。聞いていただきますのはその『Elixer』の中でもとびきりのメロウチューンです。ブリア・ヴァレンテで『All This Love』。

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Bria Valente『All This Love』

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Tevin Campbell『Shhh』

お届けしたのは、プリンスが寵愛した女性シンガー、ブリア・ヴァレンテで『All This Love』。そして、テヴィン・キャンベル(Tevin Campbell)の1993年リリースのセカンドアルバム『I’m Ready』に収録されていました『Shhh』でした。このテヴィン・キャンベルの『Shhh』、僕が今日ここでご紹介したのには理由があります。番組の冒頭で久保田利伸さんの『Do Me Baby』という曲をご紹介しました。もちろん、久保田さん。プリンスの大変なフリークでもいらっしゃいます。

僕がこの『メロウ・パープル』というプリンスの追悼特集の選曲をやっているという話を聞きつけて、「ならば僕も1曲、選曲をお手伝いしてもいいかな?」っていうことで、このテヴィン・キャンベルの『Shhh』をぜひにということで推薦されました。正直、僕もこの曲は大穴というかね。「あっ、その手があったか!」と思った、そんな久保田さんらしい、さすがの1曲ですね。久保田利伸さん曰く、「このテヴィン・キャンベルの『Shhh』というのはR.ケリー(R.Kelly)がマックスウェル(Maxwell)に提供した『Fortune』に相当する、そんなプリンスの提供作品ではないか」と。

R&Bファンは「うん!」とうなくような、いかにも久保田さんらしい見立てですね。セクシーな1曲でした。

(中略)

さて、楽しい時間ほど早くすぎてしまうもの。今週もそろそろお別れの時が迫って来ました。この後は今週のザ・ナイトキャップ(寝酒ソング)をご紹介するのですが、その前に、僕がプリンスに対して思う気持ちというのを少しだけお話させてください。プリンスが4月21日になくなったというニュース、大変衝撃的でしたけども。その時に、僕はプリンスがどこで倒れたのかというのが気になりました。これ、ミネソタ州ミネアポリス。つまり彼のホームタウンの音楽活動の本拠地でありましたペイズリーパークスタジオの中のエレベーターで倒れていたということを確認いたしました。

この事実は僕に大変な衝撃を与えました。なぜなら、1992年3月に、僕はそのスタジオを訪ねたからです。これは、その後20年以上に渡って続く僕の音楽ビジネスの基点となる、そんな1日でもあったんですね。たぶん初めての海外取材。その後、本当に数えきれないぐらい、いろんなところに旅をするんですが。プリンスに関しては、一方ならぬ思い入れがあります。当然のことです。

僕、いま音楽プロデュース、そして作詞・作曲ということをやっておりますけども、音楽をクリエイトする人間の端くれとしてプリンスに大変共感するのは、プリンスは常に現代と対峙していたということなんですね。たとえば僕が作詞する時……作詞に限りません。日々を過ごしている時と言ってもいいかもしれません。とりわけ、夜。夜に強く感じることがあります。それは、現代というのは孤独への恐怖が容赦なく襲いかかってくるということです。そして、それと裏表の連帯への希求という心の状態がみなさんもあるんじゃないでしょうか。

夜の闇というのはその本質を照らし出します。一人ぼっち、そしてつながっている。これがセットで容赦なく、現代を生きる僕たちに目の前にあるんですね。で、1人を愛する人ほど、心のどこかでは自分が誰かとつながっているということをたしかめたがるものです。つまり、つながっているということが保証された上で、孤独。これは本当の意味での孤独じゃないかもしれません。1人だけど孤独じゃないという状態。プリンスがその人生において常に求め続けたのは、独立性であって孤独ではなかったんじゃないかなと、いまになって思います。

彼はね、本当に孤高のミュージシャンとか、スーパースターの孤独とか、そういった言葉が似合う人だったんだけれども、求めていたのはそれじゃなかったのかなという気がします。それを最も端的に表した曲。そのひとつと僕がとらえているのは、1996年の『Somebody’s Somebody』という曲です。この曲は彼が長年所属していたレコード会社との関係が悪化した後に、新レーベルに移籍して出した『Emancipation』。「開放」という意味を持つ3枚組の大作アルバムに収められています。

さほどヒットしたわけではありませんが、僕の大好きな曲です。このアルバムを出した時に、彼は当時の妻マイテ(Mayte)と一緒に来日して記者会見を開きました。もちろん、僕もその場にいました。その時の2人の幸せな姿がいまも目に焼きついています。だから、特に思い入れが強いのかもしれません。他の多くの黒人アーティストと同じように、彼もまた民主党支持を明らかにしていました。

最近では、Black Lives Matterと呼ばれるアフリカ系アメリカ人の社会運動に大変積極的に関わっていましたし、端的ではあるけれども印象に残る発言もいくつか残しています。『Baltimore』という曲もありました。

これは動画サイトでミュージックビデオとともに触れてほしいんですけども。さて、『Somebody’s Somebody』。この曲の歌詞は70年代を過ごした多くのアフリカン・アメリカンにとって初めて耳にした時から馴染みのよいものだったと僕は思います。1971年、ジェシー・ジャクソン(Jesse Jackson)という黒人牧師が行った「I Am Somebody」という演説は、まず誰もが知っているものです。

日本の英語の教科書にも載っています1963年のキング牧師のワシントン大行進での「I Have A Dream」。2008年のオバマ大統領の大統領選勝利演説の「Yes, We Can」。こういった名演説と同じで、アメリカ国民、特にアフリカ系の人々にとっては馴染み深い言葉です。「I Am Somebody」。ジェシー・ジャクソンっていうのはね、84年に民主党大統領候補指名の予備選に黒人として初めて出馬した人ですね。この時の「Somebody」っていうのは、あえて日本語に訳すならば「ひとかどの人」っていう言葉を僕は好みますね。まあ、「尊敬に値する1人の人間である」という意味ですね。

プリンスはそのひとかどの人にとって、さらに大切な人。『Somebody’s Somebody』。この存在に光を当てました。ではその曲の歌詞の一部を僕の日本語訳を添えてご紹介いたします。

『Somebody’s Somebody』by Prince
This big ol’ world can be so empty livin’ in it all alone
たった1人で生きていると、この巨大な世界が空っぽだと感じる時があるよね

I wanna give good love 2 someone and get good love in return
僕は誰かを愛したい そして愛されたいんだ

2night I wanna be somebody’s somebody
2night I wanna belong 2 someone
今夜は誰かにとっての大切な誰かでありたい
今夜は誰かとつながっていたい

Someone 2 hold me in that hour midnight
Someone 2 console me when things ain’t goin’ 2 right
Someone 2 bring me dinner sometime
Somebody I can call all mine
真夜中に僕を抱きしめてくれる人
八方塞がりの僕を慰めてくれる人
夕食を与えてくれる人
僕のものと呼べる誰か

プリンスはさらにその10年前のアルバム『Parade』に収められたバラード『Sometimes It Snows In April』でこういうことも言っています。

All good things that say, never last
And love, it isn’t love until it’s past
みんな言っている 「楽しい時はいつか終わる」って
愛、それは失ってから気づくもの

『メロウな夜』をいつもお聞きくださっているみなさんなら、僕の口癖をご存知だと思います。「メロウはいつも過去形」。今夜は『メロウ・パープル』と題しまして先月、4月21日に57才の若さで惜しくも亡くなりました不世出のミュージシャン、プリンスに捧げる特集をお送りしました。明日、5月3日(火)。祝日ですね。『今日は一日“JB(ジェームズ・ブラウン)&ファンク”三昧』。こちらの方に僕もコメントゲストで出演する予定なので、そちらもぜひ、お聞きください。

松尾潔 ジェームズ・ブラウンを語る
松尾潔さんがNHK FM『今日は一日ジェームズ・ブラウン&ファンク三昧』の中でお気に入りのファンク楽曲を1曲、紹介。ジェームズ・ブラウンにインタビューした際のエピソードを交えつつ、お話されていました。

そして、来週5月9日の『メロウな夜』ではゲストに松浦弥太郎さんをお迎えして、リラックスしたトークをお楽しみいただきます。月曜夜11時にお会いしましょう。今夜、最後にお届けするのは、もちろんプリンスの『Somebody’s Somebody』です。お相手は僕、松尾潔でした。それでは、おやすみなさい。さようなら。

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Prince『Somebody’s Somebody』

<書き起こしおわり>

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