菊地成孔 戸川昌子を追悼する

菊地成孔 戸川昌子を追悼する 菊地成孔の粋な夜電波

菊地成孔さんがTBSラジオ『粋な夜電波』の中で、亡くなったシャンソン歌手で作家の戸川昌子さんを追悼していました。

(菊地成孔)はい。というわけで本日最後の曲です。私、いまちょっと休んでいるんですけど、『HOT HOUSE』っていうね、ビーバップの生演奏でリンディーホップを踊るっていうダンスのパーティーをやっていまして。何回目かの開催地が横浜だったんですよね。で、そん時にね、身長が180ぐらいあって、ホストさん系というかね、色枠っていうんですかね。昔だとね。タイトなスーツに金髪の、こういうね。で、開襟シャツが胸ぐらいまで開いていて。ブリンブリンにジャランジャランがいっぱいこんな、下がっちゃって。光モンが。

で、「おおー、さすが横浜。とっぽいのが来たな」と思って。「絡まれたらどうしよう?」ってね(笑)。まあ、パーティーですからね。「絡まれたらどうしよう。こいつ、デカいし……」って。会場の状況をキョロキョロと見るに、バウンサーもいないし。割り箸もないし。横浜だからね、知っているお巡りさんとか、呼べば飛んできてくれるマイメンとかもいねえし……みたいなね。まあ、ダンパの主催をしてるんだからね、それぐらいの危機管理意識っていうか。まあ、水商売生まれの水商売育ちなんで、ついついそんなとこまで考えちゃうというところなんですけども。

まあ、ケンカを見て育ちましたからね。そしたらね、案の定、こっちに向かってきたの。そいつが。パーティーは続いているんですよ。演奏も続いているんですけど。で、まっすぐこっちに向かってずーっと歩いてきたんで、「おおーっ! とりあえず、どうしよう?」と思ってね、アメリカの弁護士みたいな笑顔を作って。「どうも!」って言ったんですよね。そしたら、なんか向こうが緊張の面持ちなのよ。したら、CDを出してきてですね。

「あっ、菊地さん。僕、NEROって言います。『夜電波』、聞いてます。菊地さんのファンです。これ、よかったら聞いてください」って言って。「ああ、よかった。ホッとした。ああー、ホッとしたー」と思って。で、「ああ、ありがとうございます」って言って。で、帰って。聞こうと思って。で、それはデモ盤なんですよね。手作りのジャケ写なんです。もう投げ込みですらない。コンピューターから出力したやつをハサミでチョキチョキチョキって切ったやつがセロハンテープで貼ってあるという、そういうね。

で、それを見るに、まあグラム・ロックだと思って。「NERO」なんて名前なんでね。「これ、グラム・ロックだべ、絶対」って思って聞いたら、なんとびっくり、シャンソンだったのよ。で、「おおーっ、シャンソン! 『青い部屋』!」とかって聞いて。で、経歴とか調べたら、なんと『青い部屋』は冗談じゃなくて、「『青い部屋』上等」だったんですよね。(パパ・ウェンバの記事と)同じ東スポに戻りますね。今回は東スポを読む日になってますけども(笑)。

菊地成孔 パパ・ウェンバを追悼する
菊地成孔さんがTBSラジオ『粋な夜電波』の中でパパ・ウェンバさんを追悼。東京スポーツの素晴らしい訃報記事を紹介しつつ、コメントともに曲を捧げていました。 Papa Wemba, the King of Congolese Rumba, di...

戸川昌子さんが逝去されました。85才。胃がんでしたね。つまり、プリンス、パパ・ウェンバ、戸川昌子さん。5日以内に3名の方が亡くなって。戸川昌子さんは……この番組は結構シルバーの方が多いから、ご存知でしょうね。まあ、シャンソン歌手で。もちろん推理作家としても活躍されましたけども。26日に亡くなりました。静岡県内で亡くなっていますね。同じ東スポに出ています。それはどうして出ているか?っていうと、44才当時に東京スポーツの独占インタビューみたいなのに出ているんですよね。で、戸川昌子さんを偲ぶということで、44才当時の戸川昌子さんのお写真と、その時のインタビューの内容ですよね。

東京スポーツ 戸川昌子さんインタビュー

「あのね、人生には2つの道しかないと思うの。波風型と平穏型。私はどうしたって波風型で、『食えなくてもいいから何かしなくちゃ!』といつも危なっかしいことをやらかすのよね。後になって他人から『うらやましいわ』と言われるけど、冗談じゃない。そこに行き着くために、死に物狂いの日々を知らないからよ」っておっしゃってまして。まあ、44才ってことは私より、もう10もお若い戸川先生ですけども。とても私より10お若い……まあ、アンチエイジングの昨今、これは褒めているつもりで言ってるんですけどね。

あの、もう大変な貫禄で。まあ、私が53にしてはガキ臭いだけなんですけども。そん時のお写真が載っていまして。非常に長い記事が出ています。つまり、この日の東京スポーツには戸川昌子さんの死亡記事とパパ・ウェンバの死亡記事が載っていたということで、私はそれを月に1回電車に乗り、月に1回買う東スポで引いたんですね。相変わらず引きが強いっていうね。

まあ私ね、「漫画は読まない。アニメも見ない。漫画は『少年ジャンプ』で卒業だ」みたいな話をしていましたけどね、記憶違いでした。唯一、これは劇画ですけどね。能條純一先生の『哭きの竜』だけは全巻揃えていましたんでね。「あンた、背中が煤けてるぜ」ということでですね(笑)。あの、いまだにファミレスとかでクーポン券をもらいますよね。「これでみぞれ唐揚げ定食が150円引きです」みたいな紙、いっぱいあるじゃないですか。「ドリンクバーがタダです」みたいな。あの紙を、ボックスの中に手を入れて引く時に、盲牌するクセがついてますからね。はい(笑)。

これはあの、やっぱり一時期、ハマりきってましたからね。マイ・ベストムービーが『麻雀放浪記』だったことが長かった人間だということをお見知り置きをって感じですけども。一時期は光熱費はフリーで稼いでいた菊地成孔がお送りしておりますが。「この記事は、46才で当時の芸能人、文化人の最高齢出産記録としての話題を呼んだ」と。この結びの件は、昭和を生きた方ならみなさん、ご存知だと思いますね。その御曹司が、NEROくんですよ。

新聞報道なんかだと、喪主ですね。本名も載っていました。つまりそれがね、横浜の彼だったのよ。それで、もう番組で1曲プレイさせていただきました。もちろん、お母上は存命中の頃です。『かもめ』という曲なんですけどね。この番組は、曲の使い回しは基本的にしない方針ですし、ましてや番組ラストにかけた曲をまたラストにかけるということは、5年間の歴史の中で1度もないんですよね。たしか、ないと思います。まあ、しかし今宵ばかりは。マエケン氏、殿下、パパ、そしてママ、ですよね。と、来ましたから。

偶然とは言え、5年間の歴史の中で初めてです。ラストの曲がかぶるということ。そして4曲中3曲が実は既にプレイされた曲というのもね、初めてですね。なにかの導きだと思いますね。というわけで、このNEROくんの盤はデモ盤でして。私がいただいたのは入手が困難なんですけど。ただ、この曲『かもめ』はですね、お母様とのコラボアルバムというのがありまして。それに収録されています。まあ、そういった意味も込めまして、オンエアーさせていただきます。

いずれにしても、本当に素晴らしいし。歌詞がまたね、シャンソン独特の歌詞というかね。「えーっ、シャンソン?」って思う方もね、失礼ながらいらっしゃると思うんですよ。株価的にはね、残念ながら低いのが現状です。でも、シャンソンっていうのは言っちゃあ宝塚なんかとイメージ的に結びつきながら、音楽的には後のビジュアル系っていうものの所作と歌唱法のプロトタイプになっていますからね。いまや立派なジャンルミュージックですね。シャンソンもね。

発生にクセのあるジャンルなんで、よく聞き取れないかもしれないので。非常に素晴らしい詞なのにもかかわらずね。ですので、これまた非常に例外的なのですが、日本語の歌の歌詞を先に日本語で読んでからプレイさせていただきます。というわけで、菊地成孔がお送りしてまいりました『粋な夜電波』。来週も同じく金曜深夜0時にお会いしましょう。

来週は久しぶりの『韓流最高会議』。この番組のレギュラー企画の中で最もタコツボな企画ですけども、韓流嫌いな方も、ぜひ聞いてみてください。アイドルだけじゃないです。ヒップホップ、R&B。韓国の素晴らしい音楽を選りすぐりでお届けしますので。この番組がね、音楽の水準を落とすはずがないですからね。それでは、戸川昌子先生、お疲れ様でした。ご子息は大変立派に活動されておられます。イージーな道ではなくて、茨の道を選んでおられますゆえ。

『かもめ』
海で死んだ船乗りは
麻の袋に包まれ
石のように海に投げ込まれる
祈りの鐘も聞かず
波間に沈む
波間に沈んだ船乗りは
深い海の底で神を求め
星の光に憧れ
すすり泣いて歌う
昼も夜も
すすり泣く時は
骸を離れて波間に浮かび
かもめの姿になり
羽ばたいて叫ぶ
「救いたまえ」と
だからかもめを殺さないで
海の底の骸に心ひかれ
天に上ることもできず
泣きながら群れ飛ぶ
船乗りの魂だから

NERO『かもめ』

<書き起こしおわり>

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