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大槻ケンヂ 50才からのロックミュージシャン像を語る

大槻ケンヂ 50才からのロックミュージシャン像を語る 荻上チキSession22
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大槻ケンヂさんがTBSラジオ『荻上チキSession22』にゲスト出演。50才になったばかりの大槻さんが現在の自身の状況や、今後のロックミュージシャンとしての活動について話していました。

(荻上チキ)でも、めでたいと言えば、大槻さんの50才のお誕生日ですね。

(大槻ケンヂ)いや、めでたくないよ。

(荻上チキ)改めて、おめでとうございます(拍手)。

(大槻ケンヂ)やだもん。50才。ぜんぜんポジティブに考えられない。

(荻上チキ)ぜんぜんですか?

(南部広美)『やだもん』って(笑)。

(大槻ケンヂ)なんか、ライブでちょっと冗談で『「人生これからだ」と青汁のCMのようなことを言ったりして・・・』って言ったら、なんかネットのニュースとかそういうので『「人生50才からだ」と大槻ケンヂが言った』って。いや、冗談で言ったのに・・・と思って。まあ、いんだけど。

(荻上チキ)『(笑)』を省かれるっていうケースですね。

(大槻ケンヂ)そうなんですよ。50才ですよ?

(荻上チキ)50才というのは、迎えた時はやっぱり、その前日ぐらいからゲンナリするんですか?

(大槻ケンヂ)もちろんしますよ。ただね、僕、66年の丙午の生まれなんですけども。斉藤和義さん、増子直純さん。怒髪天のね。吉井和哉さん。イエモンの。トータス松本さんとかね。すんごく多いの。

(荻上チキ)多いですね。

(大槻ケンヂ)あれだな。スカパラの谷中さんもそうだしね。本当に多いの。渡辺美里さんもそうですね。

(荻上・南部)おおー!

(大槻ケンヂ)異様にね、ロックミュージシャンで今年50才になる人が多いんですよね。なんなんだろう?って思うんだけどね。

(荻上チキ)なんでしょうね?当たり年なんですかね?

(大槻ケンヂ)でも、丙午っていうのもなんか関係してるのかな?って思うよ。うん。

(荻上チキ)ああー。昔は迷信でね、その丙午の生まれは女性によくないことが起こるみたいな話を。

(大槻ケンヂ)そうそう。ひどい話でしたよ。だって、クラスが1つ、少なかったんだもん。それで。で、翌年は子供が増えちゃって。ええと、僕の学校も2クラスぐらいプレハブでやっていたかな?

(荻上チキ)ああー。もうね、だから僕、何百回と『迷信だよ』って言い続けますよ。まあさすがにもう・・・って思いますけどね。

(大槻ケンヂ)うん。だから66年。丙午生まれの男子ロックミュージシャンよりも女子ロックミュージシャンの方が、なんかこう、怒りとかそういうものが強いと思うよね。不当な差別を受けて生まれたわけだから。理不尽な。

(荻上チキ)もう50才ということで言うならば、メールが来ています。

(南部広美)新潟県の20才の学生の方です。

(大槻ケンヂ)いいなー、若くて。

(荻上・南部)(笑)

(南部広美)(メールを読む)『チキさん、南部さん、ゲストのオーケンさん、こんばんは。以前、オーケンさんは「20代の時には恋愛。30代の時には政治。40代の時には健康の話ばかりしていた」とおっしゃっていましたが、50代ってどんな感じですか?というか、実感ってありますか?』。

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同年代のロックミュージシャンの楽屋での会話

(大槻ケンヂ)それは、ロックの楽屋でなされる話がだいたいそうだったっていう話なんですよ。僕は政治の話、一切なかったんですけども。

(荻上チキ)音楽の話が出てこないですね。

(大槻ケンヂ)ええとね、50才からはね、まあ健康の話が継続されます。

(荻上チキ)(笑)

(大槻ケンヂ)それが、もっとなんかグズグズっていうか。深刻ね。あと、介護の話ね。

(荻上チキ)ああー!

(大槻ケンヂ)いや、本当。ロッカーも介護の話、超する。

(荻上チキ)親の介護とか。

(大槻ケンヂ)親の介護の話とか。あと、『誰それがもう死んじゃったよ』みたいな話とかね。そういう・・・嫌だな。だから、明るいこと、ないかな?っていう(笑)。

(荻上チキ)明るいこと?50からの明るいことってなんだろうな?でも、和解とか。仲直りとかできそうじゃないですか?

(大槻ケンヂ)あ、それはありますね。さっき言った66年のロックミュージシャンが多いんだけど。今度『ROOTS66』っていう66年生まれのミュージシャンが集まってライブをやるんですよ。さっき言ったようなメンツでね。ユニコーンの阿部さんとかね、いろいろ出て。それで、若い頃・・・この間ね、東京競馬場でみんな集まってね、記者会見みたいなのがあったの。でね、やっぱりそん時にね、もう20年若かったらちょっとバチバチッていうのがあったと思うの。

(荻上チキ)はいはい。

(大槻ケンヂ)全くない。もうみんな、いい人。

(荻上チキ)よくぞ生きた!みたいな?

(大槻ケンヂ)たぶん、ライブが始まって最後セッションとかやるじゃないですか。昔は『俺が、俺が!』っつってみんな前に出たんだけど。これが、『いいから。あなたが、あなたが・・・』って。

(荻上チキ)『どうぞ、どうぞ』と。

(大槻ケンヂ)どんどんどんどん下がっていくと思うんだよね。

(荻上チキ)(笑)

(大槻ケンヂ)いや、本当にそうなるんですよ。

(荻上チキ)最終的に肩を組んで横に揺れるみたいな。

(大槻ケンヂ)うん。なんかそういう、なんて言うのかな?それは僕、とてもいいことだなと思ったな。で、その時の記者会見でさ、なんか大阪のFMがやっているんですよ。が、なんかスポンサーかなんかでやってるのかな?だから、『最近、ラジオというものを若者は聞きませんが、そのことについてロックミュージシャンはどう思いますか?』っつって。『いやー、僕はラジオ、よく聞いてますよ。あのね、深夜1時になるとね、いや、その前からチキさんの番組とか聞いてるし。JUNK、よく聞いてるし。昼間は痛散湯のCMを何回聞いてるか・・・』って言って。

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痛散湯ラジオCM

(南部広美)本当ですか!?(笑)。

(荻上チキ)『そういう方にはですね、痛散湯!』ってね。

(大槻ケンヂ)ずっと痛散湯攻めで行って、ちょっとウケるかな?と思ったら、FMの番組のあれだったんで。『それはいいですから』って切られちゃって。

(荻上チキ)(笑)

(大槻ケンヂ)みんな、痛散湯知らねえのかな?って思ったよな。

(荻上チキ)痛散湯、プッシュしていきたいですけどね(笑)。

(大槻ケンヂ)あっ!あとね、50になるとね、足がつる。

(荻上チキ)足、つりますか?

(大槻ケンヂ)つる。つる。ただ、あれだ。俺、本当もうね、こういう番組に出てね、そういう自分のネガティブな部分ばっかりね、言うからね、ロックミュージシャンとしてダメだと思うの。

(荻上チキ)腰が・・・とかね。息がもたないとか。

(大槻ケンヂ)本当ですよ。吉川晃司さん、言わないでしょ?足がつるって。

(荻上チキ)まあ、そうですね。格好つけるってものが板についている感じがしますね。

(大槻ケンヂ)そうでしょう?僕もこれ、50からはそうしよう。

(荻上チキ)そうします?こっから、キリッと。

(大槻ケンヂ)うん。でも、街を歩いていると、漢方薬屋や薬屋の前の『足のつる人』っつーのがすごく気になる。貼ってあるでしょ?

(南部広美)(笑)

(大槻ケンヂ)で、あれは、なんかずっと『なに書いてるんだ、これ?シュールだな、おい』って思ってたんですけど。50になったら足をつるようになって。『ああ、そういうことか』って。

(荻上チキ)なんでもない時につるんですか?

(大槻ケンヂ)なんでもない時につります。

(荻上チキ)ただただ、いて?

(大槻ケンヂ)あのね、ライブでつるんですよ。ライブが終わるとつるんですけども。あっ、あのね、どんぐらいすごいかって、こむら返りってあるでしょ?で、俺、1回ね、ある先輩の60代のパンクロッカーの方が歌ってらっしゃったんですよ。パンクロックを。で、突然、ステージ上で『うわーっ!』って言いながら転げまわったんですよ。ステージ上を。それで、会場中にいたパンクスが『すげえ!さすが!ハンパねえ!』って。

(荻上チキ)歳を感じさせないみたいな。

(大槻ケンヂ)うん。『すげーパフォーマンス!』って思っていたんだけど、ライブが終わってその先輩のミュージシャンが楽屋に来て。『途中で足がつっちゃったんだよねー』って。

(荻上・南部)(笑)

(南部広美)痛くて転げまわってたんだ(笑)。

(大槻ケンヂ)そう。そう。すごかったよ、あの時。『うわああああーっ!』って言いながら。

(荻上チキ)時々ミュージシャン、このまま死んじゃうんじゃないか?っていうぐらいね、迫真のパフォーマンスをする時がありますけども。足をつってそこまで引き出したんだったら、それもまたロッカーの真骨頂ですね。

(大槻ケンヂ)でも、50というのはロックミュージシャンが乗っているテイでステージ上でやっていたことが、本当のことになっていくんですよね。だから失神したりとか。

(荻上チキ)ねえ。だから憑依したような感じじゃなくて、もう普通に先祖に呼ばれているっていう(笑)。

(大槻ケンヂ)そうそうそう(笑)。

(荻上チキ)感じになるわけですね(笑)。じゃあこれから、パフォーマンスも変わってきますか?ライブ上の。

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加齢とともに変わるパフォーマンス

(大槻ケンヂ)変わっていくでしょうね。だから、それを思うとスティーブン・タイラーとか、ミック・ジャガーとかは、あれは・・・でも僕はいま、これ真面目に思っているんだけど。あれは国家プロジェクトだと思うんだよね。だから、国家か何らかの財団かはわからないけど。どっかがお金を出して、スティーブン・タイラー・・・ミック・ジャガーはとにかく、国家プロジェクト的に。なんかステージ上であれだけ動けるようにさせてあげてるんだと思うんだよな。

(荻上チキ)なるほど。それはサイボーグ的な何かとか?

(大槻ケンヂ)うん。あと、ポール・マッカトニーも。だって、国家財産じゃないですか。言うたら、どんだけの収益があるかわからないから。俺、やってると・・・っていうような、50を過ぎると妙な陰謀論が入ってくる。

(荻上・南部)(笑)

(大槻ケンヂ)なんか本当にね、なんか周りでね、健康の話と陰謀論を話しだすミュージシャンがね、増えた。

(荻上チキ)でも陰謀論は、半分はオカルト世代っていうのもあるじゃないですか。大槻さんはもともと。

(大槻ケンヂ)あとでも、マイナンバーから。なんかね。

(荻上チキ)陰謀の匂いがします?

(大槻ケンヂ)うん。なんか、だから今日が自分のそういうような、なんて言うのかな?国家にとらわれた日だって。

(荻上チキ)ビッグブラザー的なものに捕まっちゃった??

(大槻ケンヂ)うん。ということをステージ上で語る人とか、結構いますね。

(荻上チキ)なるほど(笑)。でもなんだか、ファンを見ているといつも安心しますね。筋肉少女帯とか特撮のライブに行って。みんな、なんか同じ悩みを持っていそうじゃないですか?マイナンバーに対して同じうような、世間が!とか政治的に怒るんじゃなくて、陰謀的になんか不安がるみたいなファン層ですもんね。

(大槻ケンヂ)でもね、ミュージシャンの方がね、陰謀論に絡めとられる人がこれ、多い。

(荻上チキ)うん。『イルミナティが・・・』とか。

(大槻ケンヂ)うん。とか、もっと小さいところで、たとえば『ETCカードとなんとかカードとマイナンバーとは全部つるんで我々から搾取してる』みたいなことを真面目に結構楽屋で語る人が増えてきた。

(荻上チキ)真面目に?

(大槻ケンヂ)うん。結構。あれは、なんか世代なのか・・・だから今度、50才のミュージシャンがみんな集まるところでリサーチしてきますよ。

(荻上チキ)ああー。世の中を憂い出すのかもしれないですね。

(大槻ケンヂ)あ、そう。やっぱりね。

(荻上チキ)だからたとえば、『最近の若いミュージシャンは・・・』とかっていう方って、周りにはどうですか?いますか?

(大槻ケンヂ)あ、それはいないですね。

(荻上チキ)いないですか?寛容?

(大槻ケンヂ)うん。逆に、若い人とコラボやりたいなっていう人の方が多いし。若い世代も、自分がロックなんかで世に出ちゃって。50とかになったらどうなってるのかな?って不安があるみたいで。逆に、いろいろ声をかけてくれるっていうか。

(荻上チキ)ああー。じゃあ、人生相談みたいな?

(大槻ケンヂ)ああ、『どうすればいいっすか?』みたいなことはね。やっぱり出ますよ。

(荻上チキ)それは音楽的なものですか?たとえば、『誰々にインスパイアされたこのルーツで音楽を花開かせたいんです』っていうことなのか。

(大槻ケンヂ)っていうよりも、『自分はロックみたいなので多少なりとも世の中に出てきちゃったんだけども、こんなことで続くとも思えないし。大槻さん、どうやって・・・』みたいな。

(荻上チキ)(笑)

(南部広美)ああー。大きな背中なんでしょうね。

(大槻ケンヂ)でもそれを僕も、たとえば、PANTAさんとか、もっと上のかまやつひろしさんとかね。いろんな方に言っていたことだからね。たとえば、そうだな。遠藤ミチロウさんにも、そういうの聞いたことあるし。

(荻上チキ)でも大槻さんの場合ってミュージシャンの王道っていうものの生き方がするならば、エッセイも出しているし、小説も書いているし。いろいろな幅広さがあって話せるので。

(大槻ケンヂ)ああ、そこはね、やっぱりね、ちょっと憧れるなんて言うとあれだけど。どうやれば、ああいう風にいろんな・・・つまり、いわゆる・・・

(荻上チキ)マルチ?

(大槻ケンヂ)マルチな感じで。サブカルな感じで。どうやったらサブカルで食えるんだろう?みたいなことをよく聞かれることはあるけど。僕はちょっと最近それにちっちゃな答えが出てきて。ええとね、どんなところに出ても、爪痕を残そうと思わないことだと思うのね。

(荻上チキ)おおー。

(大槻ケンヂ)若い頃って、何をやっても、どんな番組に出ても、フェスに出ても、ラジオに出されてもらっても、なんとか爪痕を残そうとするでしょ?

(荻上チキ)はい。だって自意識の塊ですもん。若いミュージシャンなんてものは。

(大槻ケンヂ)絶対にそれ、スベるんですよね。

(荻上チキ)(笑)。絶対にですか。

(大槻ケンヂ)絶対にスベるの。だからほら、最近、たまにテレビとかに出してもらうんだけど。とか、ラジオとかもだけどね。一切、爪痕を残そうと思わなくなったんですよ。

(荻上チキ)もう平常心出?

(大槻ケンヂ)平常心っていうか、まあ多少平常心っていうか、普通にしゃべれるようになりましたね。ただ、爪痕を残そうとしない方がいいけど、告知は忘れない方がいいね。

(荻上・南部)(爆笑)

(大槻ケンヂ)告知だけはね。あれは、いろんな人に怒られるからね。

(荻上チキ)あとで。『あれ、言っておいてください』って言われたじゃないですか!って。そうかそうか。予定調和になるのが、なんとなく若い頃だと嫌だったりするので。ちょっと演奏を変えてみたりとか。台本通りにやらなかったりとか。いろいろしたりするじゃないですか。こう、逆らうみたいな。で、それでいろいろ怒られたりして。で、ファンは結局、CD通りを求めていたりもしたりするので。すれ違いですよね。

(大槻ケンヂ)これはね、フラワーカンパニーズの圭介さんが言っていたんだけども。若いころはとにかく変化を求められる。ロックミュージシャンはね。で、おっさんになると、むしろワンパターンを求められる。

(荻上チキ)うん。定番をというか。

(大槻ケンヂ)そう。定番を求められる。そこがミュージシャンの悩みといえば悩みかも知れないというようなことを言ってましたね。

(荻上チキ)ふんふん。でも、変わり続ける、たとえばデビッド・ボウイみたいな存在もね。先日、お亡くなりになりましたけども。

(大槻ケンヂ)ボウイはすごかった!

(荻上チキ)変わり続けてました。

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大槻ケンヂ デビッド・ボウイを語る

(大槻ケンヂ)デビッド・ボウイのすごいところはね、早くから中音域、低音域に声の出し方を変えたところ。つまり、彼は自分が『Ziggy Stardust』とかの頃はすごい声で歌っているんですよ。高い声でね。それは、長くやっていけないなと思ったんだろうね。で、あれを途中から中音域、低音域に変えたところは、あれは結構ね、革命的ですよ。ツェッペリンのロバート・プラントは高い声で歌いすぎて、声が出なくなって悩んだっていう時期があったんだけど。彼は上手いこと、そこをスルーして。

(荻上チキ)そうか。若い頃をピークにせずに、その都度その都度、音域に合わせて。

(大槻ケンヂ)で、僕、デビッド・ボウイのことを詳しくもないんだけど。やっぱりすごいのはボウイの晩年・・・晩年っつっちゃあ、晩年だよね・・・の、曲っていうのはもう、完全に『メメント・モリ(死を想え)』で。自分が死ぬっていうことをわかってやっているから。

(荻上チキ)『Black Star』なんてもう、遺作ですよ。

(大槻ケンヂ)もう、そのやり方が・・・あれはイギリス人特有のあれなのかもわからないけど、暗いんですよね。なんか、死ぬにはわかっていて、だからこそ明るく行きようっていうんじゃないんだよね。自分の死を葬儀として演出していくっていうのがね、あれが暗いんだよなあ。すごい人だなと思いましたね。

(荻上チキ)もともとその、語りかけるように歌う人でしたもんね。ボウイは。それの中のセリフの世界が、より真に迫ってくるような内容に変わって。

(大槻ケンヂ)だからこれから、50代からは、まあ人生半分以上はすぎたわけだから。まあ、自分の終末っていうことも考えながら音楽を作っていくことは必要だなと思っていますよ。

(荻上チキ)はあはあ。終末。

(南部広美)意識がそこに向きつつなんですね。50で。

(荻上チキ)あとは叫びからこう、セリフ調のものが今回のアルバムでもちょっと目立ったかな?っていう感じがちょっとしたんですけども。

(大槻ケンヂ)そうですね。まあ、僕はどういうことか、ラウドロック、ハードロックをやることになったんだけど。

(荻上チキ)昔から叫んでましたよね。『インドにしてしまえ!』とか。

(大槻ケンヂ)そうなんですね。あのね、50も過ぎるとね、人にもよると思うんだけど、もうそんなに叫びたくないんだよね。

(荻上チキ)そうですか(笑)。心に平穏が訪れるみたいな感じですか?

(大槻ケンヂ)やっぱりあの、『うわぁーっ!』っていうのって、叫びたかったんだと思うんですよね。

(荻上チキ)ああ、もう発散したい情念が、溢れんばかりにあったわけですね。

(大槻ケンヂ)そうです。で、やっぱりもう初老・・・もう50は初老ですよ。にもなるとね、むしろね、つぶやきたいの。Twitterじゃないよ。なんか、ぼそぼそつぶやきを聞いてほしくなるんです。だしね、叫ぶ声が変わってくるしね。いま・・・いいですか?こんなしゃべっていて。大丈夫ですか?

(荻上チキ)はい。大丈夫です。

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老人のロックに興味がある

(大槻ケンヂ)その、老人のロックっていうのに興味があって。ディープ・パープルとかエマーソン・レイク・アンド・パーマーなんてバンドが。特にディープ・パープルなんかが最近もまだやっているんですけど。ライブを見ると、『Highway Star』とか『Burn』とかね、ああいうハードロックの古典の曲をやるの。『Smoke on the Water』とか。でも、おんなじ曲なのにハードロックじゃないんだよね。

(荻上チキ)ほう。

(大槻ケンヂ)なんて言ったらいいのかな?それはもう、老人の奏でるロックとしか言いようがないものなの。なんなんだろう、この・・・

(荻上チキ)その曲を、たとえばいまの若手バンドがやったら、やっぱりハード何でしょうね。いまでもね。曲が古くなったってわけじゃないんですよ。

(大槻ケンヂ)『ジャッジャッジャー、ジャッジャッジャジャー♪』っていう、おんなじ曲なのに、ぜんぜん・・・なんか、のんびりしてるの。

(南部広美)テンポがってことですか?

(大槻ケンヂ)いや、テンポ・・・BPMは同じなんだけど。なにかが違うの。で、エマーソン・レイク・アンド・パーマー、ELPっていうバンドなんかもね、昔美少年だったボーカルベースのグレッグ・レイクっていうのが、人間はここまで大きくなるのか?っていうぐらい大きくなっちゃったんですよ。いま。で、キース・エマーソンももう腱鞘炎で指がほとんど動かないんですけどもね。それでやっているんだけど。

(荻上チキ)キーボードだけど。

(大槻ケンヂ)本当にね、同じ『Tarkus』なんていうね、大河ドラマの『平清盛』なんかにも使われた曲なんですけども。違うのよね。だから、自分もこうなっていくのかな?だから、まあこれから老人になっていく上でのロックっていうのが、それだけはちょっと楽しみかもしれない。

(荻上チキ)まあ、そうですよね。たぶんいままで、架空の想定でやっていたものに、なんかいろんな色が変わってくるわけじゃないですか。たとえば、キャラクターの中で、若い恋人を見守る老人が出てくるとか、ありますよね。老人目線でむしろ全体を歌うとか。

(大槻ケンヂ)うん。

(荻上チキ)『じーさんはいい塩梅』って言った時に、もう完全にじーさん側っていうか。

(大槻ケンヂ)そうです。僕、『じーさんはいい塩梅』って歌っていたんだけど、あと20年もしたらもう本当に・・・リアル『じーさんはいい塩梅』になるんですよ。

(荻上チキ)そうですよね(笑)。

(大槻ケンヂ)あと、恋愛についても問題で。

(南部広美)問題ですか?

(大槻ケンヂ)問題ですよ。だって、50のオヤジが恋を歌うって、『お前、いい加減にしろよ!』って言われますよ。

(南部広美)いやいやいや。

(大槻ケンヂ)でも、対象の女性がね、また少女だったりしたら『お前、ロリコンかよ?』っていう話じゃないですか。

(荻上チキ)まあ・・・でも、もともとその少女に対して手を出しちいけないみたいな、そのタブー感のある歌詞を歌っているものだから。重みが出ますよ。大槻さんの曲の場合は(笑)。

(大槻ケンヂ)僕ね、あのね、いまにしてみると僕より若い頃に作ったと思うんだけど。キッスのジーン・シモンズが『Goin’ Blind』っていう曲を歌っていて。すごいおじいさんが、すごい若い娘に恋をしてっていう歌なんですよ。これで、あれはこれから自分も含まれていく老境・・・まだ俺、50だけど。まあ、あと20年もたった後の老境のロック・ミュージックの中で歌われる詞として、あまりにも早すぎた名作だったなと思いますね。これ1回、なんか機会があったら聞いてみてほしいなと思いますね。

(荻上チキ)意味の変化みたいなのを楽しめるっていうのもね、ひとつ加齢のポジティブな側面だと思いますけども。はい。

<書き起こしおわり>

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