松尾潔のメロウな夜 アトランタR&B特集

松尾潔のメロウな夜 アトランタR&B特集 松尾潔のメロウな夜

松尾潔さんがNHK FM『松尾潔のメロウな夜』の中でアトランタ産のR&B楽曲を特集。新旧織り交ぜつつ4曲を選曲し、紹介していました。

(松尾潔)先ほどご紹介したCHEMISTRYの『Point of No Return』。当時のR&Bのトレンドをかなり意識していまして。いま、手元にその時のシングル盤があるんですが。「今度のCHEMISTRYはアトランタ・フレイヴァーのスムースR&B」っていう風に書いてあります。「アトランタ」という言葉がこのR&Bシーンでいまの意味合いで使われるようになったのは、やっぱり90年代の後半ですね。1996年にアメリカ ジョージア州アトランタでオリンピックが開催されました。そのちょっと前あたりから、R&Bの新しき中心地ということで、アトランタ発信の音楽がこのシーンに増えてきたわけなんですけども。まあ、それはブームというよりも、もうひとつのシーンとして定着しておりまして。アトランタらしいサウンドというのも、いまでは認識されているような気がいたします。

もちろん、それ以前からね、音楽が盛んな街ではあったんですけども。いまあるアトランタのR&B、ヒップホップシーンっていうのはだいたいやっぱり90年代の後半、ジャーメイン・デュプリ(Jermaine Dupri)ですとかね、そういった気鋭のクリエイター、そしてアーティストによっていまの彩りというのが形成されてまいりました。今日、最初にご紹介する曲。ユナ(Yuna)という女性シンガーなんですけども。このユナという人は、音楽が詳しい人は前からご存知かもしれません。アジアの女性シンガーなんですね。マレーシア系ですね。

で、いま本当に北米での活動に精力的でありまして。いまバックに流れておりますジェネイ・アイコ(Jhene Aiko)との共演『Used To Love You』。これなんかね、本当にアジア系女性同士のデュエットで、ちょっと前だったら考えられないなというような、そういったコラボレーションがアメリカの、特にR&Bシーンでひとつの勢力を作ろうとしております。

ココ・リー(CoCo Lee)ですとかね、トシ・クボタですとか。まあ、かつてで言うとタミコ・ジョーンズ(Tamiko Jones)なんていう人もいました。まあ、タミコ・ジョーンズの場合はほぼナショナリティーはアメリカっていう感じですけども。まあ、そういったR&Bフィールドに参入するアジア人としては、ユナというのは新しい山の登り方をしているなという、そんな印象を与える人です。ジェネイ・アイコとの曲も本当に素晴らしいんですが、今日はアトランタという前半のテーマがひとつございますので。アトランタを代表する男性シンガー、アッシャー(Usher)をフィーチャーしたこの曲を聞いていただきましょう。ユナのアルバム『Chapters』に収めてられてます。『Crush ft. Usher』。

Yuna『Crush ft. Usher』

お届けしたナンバーはマレーシア出身の女性シンガー ユナのアルバム『Chapters』に収めてられてます。『Crush ft. Usher』でした。前回のアルバム……ユナは5年ほど前からアメリカでの活動を活発化させているんですけども。前作ではファレル(Pharrell)がプロデューサーに入っておりました。今回はDJプレミア(DJ Premier)なんていうヒップホップシーンではお馴染みの。まあ、クリスティーナ・アギレラ(Christina Aguilera)あたりを手がけたことでも知られるDJプレミアがプロデュースしたりしてますけどもね。まあ今回、R&Bを多分に意図的に、意識して強めて。で、本格的に売りに出たっていう感じがするんですが。

それでもこのユナっていう人の常にこう、浮遊感っていうのかな? 漂うようなボーカル・フロウっていうのは健在ですね。やっぱり芯が強い、地肩が強い、そんなアーティストだと思います。ユナ feat. アッシャーで『Crush』でした。これはヒットしてほしい曲です。

さて、続いてもアトランタの話題です。アトランタの男性シンガーでアッシャーという人の名前を挙げましたけれども。そのアッシャーのフォロワーという人もたくさんいますね。そんな中で、ロイド(Lloyd)という男性シンガー。この番組でも何度かご紹介しておりますが。ロイドはかつて、Nトゥーン(N-Toon)というね、バブルガムソウルグループ、キッズグループでデビューしております。それがもう90年代の終わり、2000年代の頭ぐらいのことでしたけども。

その時にまだティーンエージャーだったロイド。早いもので今年30才だそうです。86年生まれですからね、まさに今年30才。いやー、もう少年と呼ばれた人が立派な男です。で、ロイドといえば、彼が20才の時にリリースした『You』という曲がいまでも代名詞的なヒットとなっております。その時、人気絶頂だったラッパーのリル・ウェイン(Lil Wayne)と組みましてね、まあ南部の男同士でコラボレーションしたわけですよ。で、2006年にリリースして翌年の2007年にロイドにとっての初めてのR&Bチャートナンバーワンヒットになったわけですが。

それから早いものでもう10年近くたってしまいましたね。で、この5年ほどは作品を、客演なんかはありましたけども、アルバム単位ではちょっと温めていたという……いわゆる充電の時期だったのですが。この度、2011年の『King of Hearts』以来5年ぶりにロイド名義の新曲をリリースいたしました。これから、そちらをお聞きいただきたいと思います。ロイドで『Tru』。

Lloyd『Tru』

Ghost Town DJs『My Boo』

ロイドの5年ぶりの新曲『Tru』。なかなかにメロウですね。これね、やっぱりロイドの持ち味であるナヨッとした……場合によってはちょっと「ネチネチとした」という表現を使ってもいいのかもしれませんが。あの粘着性大のボーカルは健在ですね。まあロイドは本当に見た目もね、グッドルッキングでございますので。こういうことが似合う、許されるという、そういう人なんですけども。声がね、うーん。本当にクセはありますけど、僕なんか大好きですね。本当にこう、メロウな情景を描き出すのに適している、そんな絵筆ですね。年齢もいい感じで追いついてきたんじゃないですかね。昔からちょっと、大人っぽいベッドルームミュージックのようなことが向いている人でしたけどね。いまもう30才ですから。誰に何を咎められることもないという気もいたします。ロイドで『Tru』でした。

そして、20年前の懐かしいアトランタサウンド。そうですね。これはまさにオリンピックで沸き上がる頃のアトランタという気がします。1996年の6月4日にアメリカでリリースされたアルバム『So So Def Bass All-Stars』の中から、ゴーストタウン・DJ’sの『My Boo』という曲をお聞きいただきました。これ、ソー・ソー・デフ(So So Def)っていうのはご存知の方も多いでしょうけど。ジャーメイン・デュプリというクリス・クロス(Kris Kross)であるとかエクスケイプ(Xscape)とか、ダ・ブラット(Da Brat)であるとか、そういった数々の人気アーティストを抱えるレーベルの名前です。

で、そのレーベルのトップ、ジャーメイン・デュプリっていう人がその後に、ジャネット・ジャクソン(Janet Jackson)の長年のパートナーになったというのも、これはR&B史を語る上で欠かせない話になりましたけども。これはそれより前の話。96年、勢いに乗るソー・ソー・デフ、そしてジャーメイン・デュプリが地元で流行っているサウンドをオリンピックのタイミングで世界に発信したというのがこの『So So Def Bass All-Stars』でした。

まあ背景にはね、アトランタというかジョージア州っていうのが車社会で。海に面しているわけではないですし、ビーチがあるわけでもないんですが、車で流して気持ちのいい清涼感のあるサウンド。それを、やっぱり自分たちは自信があるんでしょう。「これは世界でもウケるはずだ」ってことで。で、実際にいちばんウケたのはこの曲だったんですね。『My Boo』。当時、シングルカットされましてR&Bチャートで最高位18位。ポップチャートでも31位までという大健闘をしました。

で、その『My Boo』が、僕なんかも20年に渡ってずーっと好きな曲なんですが。やっぱりそういう人がたくさんいたみたいで。どこかでずっと流れ続けていたわけなんですが。ここに来て、ねえ。アメリカのね、ニュージャージーの高校生たちが学校の授業がつまらないと。ちなみに何の授業かというとファイナンスですね。財務とか財政学とかですかね。その授業がつまらなくて、ふざけて遊んでこれに合わせて踊ったりしながら……っていうのをInstagramかな? に、アップして、それがバーッ!っと広がりましてね。まあ、時々ある現象ですよね。ここ数年。

で、この曲のビートが流れだすと、小刻みに走る踊り。まあ、ランニングマン(Running Man)っていう、日本では三代目J Soul Brothersでお馴染みになりましたけども。そのランニングマンの中のひとつのバリエーションを踊り出すわけですよ。この曲に合わせて。ちょっとコミカルにね。それがやたらウケまして。いま、あれよあれよという間にリバイバルヒットして。R&Bチャート トップ10ですよ。20年前に果たせなかったこと。そしてポップチャートでもいま、20位台まで上がってきましたね。これはちょっと面白い現象ですね。ちなみにこのブームを「Running Man Challenge」と呼びます。「やってみた」とかっていう風に訳すことができると思いますけども。

そのチャレンジシリーズの中では最も新しいものとも言えますし、いまアメリカのティーンエージャーだったら絶対にやっているし、真似している子もたくさん多いという、そんな現象ですね。もういま、ティーンエージャーにとどまらずに、プロアスリートとかもよくこれをふざけてやってますよね。ランニングマン・チャレンジのテーマになっております、ゴーストタウン・DJ’s『My Boo』をお聞きいただきました。面白いですよ。こんな現象が起きるなんて、思いもしなかったな。

で、この曲が世に出た96年。そのあたりに生まれたアトランタネイティブの少年少女たちがまたいま、音楽を面白くしております。バックに流れておりますのはモータウン・レコードから先ほど、『Heard U Was in My City』というミニアルバムを発表しましたマラキア・ウォーレン(Malachiae Warren)。これ、僕ちょっと実は発音に自信がございません。マラキア? マラキエ、なのかな? まあ彼の『Minute Made』という曲を聞いていただいております。

このマラキエっていう人はいわゆるクリス・ブラウン(Chris Brown)、オーガスト・アルシーナ(August Alsina)、こういった人たちのフォロワーなんですけども。身のこなしの良さというか、失うものが何もない。そんな若さを武器にしている感じが聞いていて気持ちいいです。ちょっと目一杯大人ぶって歌う感じも年長者の僕からすると好ましく感じられます。次に聞いていただく曲は、ボーイズ・II・メン(Boyz II Men)のあの名曲を下敷きにしております。答えは、曲の後で。マラキエ・ウォーレンで『I’m Down』。

Malachiae Warren『I’m Down』

お届けしたのはマラキエ・ウォーレンで『I’m Down』。リリースされたばかりのミニアルバム『Heard U Was in My City』に収録されていました。この『I’m Down』、元の下敷きになっている曲、もうお気づきになったかと思いますけども。ボーイズ・II・メンの1994年のナンバーワンヒット、『On Bended Knee』ですね。

この『On Bended Knee』っていうのは、ジャム&ルイス(Jam & Lewis)の数ある名曲の中でも、まあ本当に正統派バラードとしては屈指の出来だと思うんですが。その曲の中で、「I’m down on bended knee」と、まさにそのタイトルをコールしている箇所があるんですが。その「on bended knee」という曲のタイトルの直前の「I’m down……」。その部分をピックアップして1曲作り上げたという。技あり! 最近、よく「技あり」って番組で言ってる気がしますけども(笑)。

本当に最近のこういうサンプリングを効果的に使ったR&Bを聞いていますと、昔みたいに大ネタ丸々使って最後まで突っ走るというよりも、「あっ、その部分を取り上げて拡大解釈して再構成したのか!」っていう。やっぱり、ひとえにサンプリングネタ使いと言っても、その中で進化があるんだなという風に、改めて感じずにはいられませんね。まあ、このマラキエ・ウォーレン、まだ19才という風に聞いております。と、いうことは、このボーイズ・II・メンの『On Bended Knee』が出た時に、まだ生まれていないんですよね。これ、94年の曲ですからね。いやー……R&Bっていうのは本当、大人のメロウな世界やねっていう気がいたします(笑)。

<書き起こしおわり>

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