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能町みね子 故・音羽山親方(貴ノ浪)を語る

能町みね子 故・音羽山親方(貴ノ浪)を語る 久保・能町のオールナイトニッポン
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能町みね子さんがニッポン放送『久保ミツロウ・能町みね子のオールナイトニッポンGOLD』の中で、急逝された元大関 貴ノ浪、音羽山について話していました。

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名大関 貴ノ浪

(能町みね子)あの、貴ノ浪さんっていう名大関がいたんですけど。本当に突然、亡くなったんですよ。

(久保ミツロウ)ですよね。若かったですよね。

(能町みね子)ぜんぜん。43才ぐらいですね。ぜんぜん若かったですけど。で、1回、すごい大病をされて。辞めた後に。で、本当にもう、ちょっと危篤ぐらいまでいったことがあって。そっから不屈の精神というか、奇跡というかで回復して、ちゃんと親方をやって。もう本当に、亡くなる前日ぐらいまで、普通に働いていたらしいんですけど。で、私もなんかショックはショックなんですけど、あんまり信じられないんですよ。若すぎて。ぜんぜん亡くなったイメージが、まだつかめないんですけど。

(久保ミツロウ)うん。

(能町みね子)貴ノ浪さんと、思い出っていうにはちょっと恐縮なんですけど。普通にファンとしてサインをもらったことがあって。

(久保ミツロウ)おお。

(能町みね子)で、私も当時、こんな仕事もしてない頃で。ただのミーハーなファンだったんで。辞めた後に、親方だから国技館の2階で相撲を見てたんですよ。貴ノ浪さんが。で、ちょっと暇そうにしてたから、ぜんぜん話しかけていいかな?と思って、『サインください』って言って、本かなんか持って行ったら、まあ普通に応じてくれたんですけど。私も調子に乗っていろいろ話しかけて。貴ノ浪さんって、大関で強かったんですけど、相撲がすごく変則的だったんですよ。あんま正統派じゃなくて。背がすごい高くて、197センチぐらいあるんだったっけな?日本人の中でもダントツに高くて。

(久保ミツロウ)うん。

(能町みね子)背が高すぎるので、普通の人がとれない相撲をとれちゃうんですよね。普通だったらもう圧倒的に不利な体勢から逆転できたりとかするんで。昔からの人では、結構文句を言う人もいたり。『あんなのは相撲じゃない』って責められたりとかもしつつ、それが個性だっていう風にファンも多かった人なんですけど。それを、やくみつるさんが当時、漫画で茶化して。

(久保ミツロウ)うん。

(能町みね子)別に批判じゃなくて、ただ茶化してたんですけど。貴乃花、若乃花がもともと『の』の字がカタカナ(『ノ』)だったんですよ。それが横綱になったら『の』を漢字(『乃』)に変えたんですね。変えたんですけど、貴ノ浪だけは変わんなかったんですよ。

(久保ミツロウ)ほう。

(能町みね子)で、やくさんが漫画の中で、『親方、なんで俺だけ変わんないんですか?』って言うわけですよ。で、そしたら『お前、あの「乃」は似合わない』って言って。『じゃあでも、お前も改名してやろう』って言って、『貴にょ浪』にするっていう(笑)。

(久保ミツロウ)(笑)

(能町みね子)4コマ漫画があって。結構それが評判がいいっていうか、本人にも伝わったりしてウケて。その後、ずっとニックネームが『にょ浪』って呼ばれていたんですけど。

(久保ミツロウ)(笑)

(能町みね子)で、私もその会ったテンションでつい、『にょ浪とか言われてましたよね』って話しかけたりして。『もう本当、ああいうの、止めてほしいよね』ってことを貴ノ浪さん、言ってたりして。本当、すごいいい人だったんですけど。だからね、43才っていうのがまだ、信じられないですね。結構無理してらっしゃる人も多いので、本当健康に気をつけてって言っても、まあしょうがないものはしょうがないんですけど。

(久保ミツロウ)うんうん。

(能町みね子)すごい健康に気をつけていた人だと思うんですけどね。

(久保ミツロウ)それでも、やっぱり逝ってしまう時はしまうと。

(能町みね子)そういうこと、あるんですよね。まだちょっと、私も実感ないけど。審判に入ってこないのを知っちゃうと、ちょっとショックですよね。審判って、土俵の下の羽織袴着てるところにいたんですけど。あれが見られなくなっちゃうっていうのがまだ、信じられないですね。

<書き起こしおわり>

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