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愛川欽也 おはよう!こどもショー ロバくん時代の思い出を語る

愛川欽也 おはよう!こどもショー ロバくん時代の思い出を語る たまむすび
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愛川欽也さんが2013年9月にTBSラジオ『たまむすび』に出演した際の書き起こし。愛川さんが子ども番組『おはよう!こどもショー』で着ぐるみのロバくんを演じていた時代の思い出を話していました。

(愛川欽也)ただ、TBSのラジオで僕は当たったっていうのは確かでね。かつては月金の番組で、見城美枝子っていうアナウンサーと、『キンキン・ケンケンのそれ行け!歌謡曲』って。これ、何年やったか分からないぐらいやったんだよ。月金で。

(玉袋筋太郎)月金!

(愛川欽也)そう。それで、水曜日には『パックインミュージック』。夜中。だから、生放送ばっかりやっていたよね。それからですよ。変になっちゃったのは。

(小林悠)(笑)。いやー、なんで?変になっちゃったっていうのは?

(愛川欽也)それから始まっちゃうわけだよ。『11PM』とかね。

(玉袋筋太郎)そうなんすよ。

(愛川欽也)それでその、ラジオの前に『おはよう!こどもショー』っていう日本テレビの番組で。

(玉袋筋太郎)ロバくんじゃないですか!

(愛川欽也)ロバくんだよ。

(玉袋筋太郎)ロバくんですよ!『ろーばーくーん♪ろーばーくーん♪ろーばーくーんの・・・♪』って。

(愛川欽也)ほら!よく知っている。主題歌だよ。

(玉袋筋太郎)見てましたよ。

(小林悠)玉さん、何才だったんですか?その時。

(玉袋筋太郎)俺はいくつだろうな?まあ、3、4才とか・・・

(愛川欽也)そうだよ。そんなもんだよ。

(玉袋筋太郎)4、5才とか。そういうところですよ。

(愛川欽也)そうそうそう。これも生放送。毎朝。

(小林悠)あ、生放送なんですか?

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本人がぬいぐるみの中でしゃべって踊って歌う

(愛川欽也)月金で。それで俺は、普通じゃないんだからさ。ロバのぬいぐるみをかぶって。しかもその頃はね、誰か声優さんが、たとえばガラス箱の向こうにいてね。アナウンスルームみたいなのでしゃべるっていうんじゃない。俺がしゃべって、俺が踊って、俺が歌ってさ。中で。

(玉袋筋太郎)(笑)。マルチロバくん。

(小林悠)えっ?じゃあ着ぐるみの中にマイクがあるんですか?

(玉袋筋太郎)すごいなー!

(愛川欽也)それがまた、重いんだ。当時は。あの、発泡スチロールやなんか、いいのがないから。で、もっとすごいのはね、いまみたいにマイクがね、あんなちっちゃくなって。胸にパチッて。ああいうのもないんだよ。デカい、まあ、そうだね。差し渡し2センチぐらいのやつで、長さ10センチぐらいのマイクを、鼻の先に埋め込ませてある。で、そっからね、無線で飛ばないんだよ。有線で。体の中を全部通して行って、足の先からスタジオの端につながっているんだよ。

(玉袋筋太郎)ロバくん、エヴァンゲリオンみたいじゃないですか!

(愛川欽也)大変だよ、もう。俺、それでもってロケーションやって。子どもたちと一緒にね、原っぱやなんかで体操をやるんだよ。2、3回、死に損なったよ。夏なんて。

(玉袋筋太郎)いや、そうでしょう。

(愛川欽也)真夏だよ。だから俺、いまでも、ほら。このごろ着ぐるみとかなんとかやって、ハワイとかなんか行ってるけど。あれを見るたびにね、ジーンと来るのはね、中に入っているやつ、大変だと思うよ。あいつら、まだしゃべんないからいいけど。俺はね、あん中でしゃべっていて、自分が倒れたのを知っているからね。あれかぶっているやつはね、相当大変なやつだよ。同業だから。俺は。

(玉袋筋太郎)(笑)

(愛川欽也)だから、辛いだろうなって思いながらね。夏ね。

(小林悠)倒れちゃったんですか?ロバくんやっていて、倒れました?

(愛川欽也)だって、真夏に体操して。まあ、その頃はもうVTRがあるから、体操の部分だけを撮るわけだよ。すごい人気者だ。俺んちにニンジンなんか送ってくるんだよ。一俵も二俵も。俺、世田谷に住んでいる頃でね。

(玉袋筋太郎)ロバくん(笑)。

(愛川欽也)近所、ニンジン配るんで俺のカミさん、大変だよ。前のカミさんだけどね。

(玉袋・小林)(笑)

(愛川欽也)これでもう、いま、あんなに正確に調べているから、俺も正確にしゃべろうと思ってさ。

(玉袋筋太郎)(笑)

(愛川欽也)で、その頃そうやってだね、中がね、ぬいぐるみの中に入っているわけだよ。着ぐるみっていうか、ぬいぐるみ。で、そこにマイクもついているわけ。だから、声を出して『おい、助けろ!』って言えないんだよ。『助けろ!』って入っちゃうんだから。

(小林悠)そうだ(笑)。子どもたちに聞こえちゃう。

(玉袋筋太郎)入っちゃう(笑)。

(愛川欽也)そう。しかも生放送までやる。

(小林悠)子どもたちに聞こえますもんね。

(愛川欽也)聞こえちゃうから。聞こえちゃったらダメだよね。俺はロバくんなんだから。それでね、手を挙げて誰かを呼ぶんだけどね、『なんかロバくんがかわいく挨拶してるよ』って。なお、子どもはまとわりつくわけだ。それでね、倒れながらね、まあテントなんか張っているわけよ。日本テレビのね。その陰に行ってバタッと倒れたら気がついてね。俺、本当にちょっとね、目がかすんだぜ。

(玉袋筋太郎)あぶねー。

(愛川欽也)この中が熱でもってね、気流が回っちゃっててね。ものすごいんだよ。2、3回やりましたよ。

(小林悠)そんなに!?

(玉袋筋太郎)ねえ、ロバくん。

(小林悠)いろんな仕事、なさってるんですね。本当ね。

(玉袋筋太郎)俺たち子どもはね、本当、喜んで『ロバくん!ロバくん!』って。そんな苦労があったんすね。

(愛川欽也)ありますよ。

(玉袋筋太郎)いやー!ねえ。

(愛川欽也)ほら、なんかジンと来ちゃうんだよ。俺。目が潤んでないですか?

(小林悠)(笑)

(玉袋筋太郎)ちょっと感動しましたよ。本当、マルチな活動ですよね。マルチタレントっていう。ラジオももちろんそうですけど。テレビの司会から、ええ。出版からですね。映画から。はい。

<書き起こしおわり>

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