浜野謙太 星野源らと組んだSAKEROCKで「トロンボーンが下手」と言われた瞬間を語る

星野源 SAKEROCK楽曲の配信・ストリーミング解禁を語る 川島明 そもそもの話

浜野謙太さんが2026年11月7日放送のTOKYO FM『川島明 そもそもの話』に出演。星野源さんらのバンドSAKEROCKに司会として加入したことやトロンボーンへの転向。そしてメンバーから「トロンボーンが下手」と言われてから一念発起してトロンボーンを練習しまくった件などを話していました。

(川島明)そして大学に進学して。その大学在学中にSAKEROCKに参加されます。これ、4人でまず結成されていて。星野源さん、田中馨さん、伊藤大地さん、野村卓史さん。で、そこで声をかけられるんですか? 「ハマケンもどう?」って。

(浜野謙太)ああ、そうですね。

(川島明)まず、すんなりと「じゃあやる」って言ってるんですか?

(浜野謙太)ああ、言ってなくて(笑)。いや、すいません。こんな話、本当に……。

(川島明)これがこのラジオの醍醐味ですから。

(浜野謙太)バッサリ切ってもらっていいんですけど(笑)。

(川島明)使うところ、なくなるから。逆に。

(浜野謙太)その頃、本当にまたそのなんかいろいろと僕も残しておきたかったんで。ジェイムス・ブラウンのファンクを……「JBになりたい」と思っていたんで。

(川島明)今、ライブを見てもそれを感じますよ。

(浜野謙太)なんでちょっと、そっちのなんかふざけた……「司会で入ってくれ」みたいなことを言われて。ああ、違う。「トロンボーンで入ってくれ」って言われたんだ。でも「トロンボーンはもうやってない」って言ったんですよ。

(川島明)なんで?

(浜野謙太)いや、もうジェイムス・ブラウンに集中したかったから(笑)。

(川島明)神学みたいに(笑)。「JBになるからもう楽器は吹かないんだ、俺は。俺はボーカルだよ」って?

(浜野謙太)それで「司会でやってくれ」って言われて。「ああ、司会ならいいよ」って入って。

(川島明)JBの口上がありますからね。煽りとか。「あれやったらいいよ」って。

(浜野謙太)そう。そうです。で、司会で入ったんですけど……最初にSAKEROCKがやってたのがなんかシャンソンの箱で。そこに戸川昌子さんっていう、もうシャンソン界ですごいお姉様……「お姉様」っていうか、もうおばあさんなんですけど。

(川島明)いや、JBと空気違いますよ。「カモン!」みたいにみんなを煽れないですよ?

(浜野謙太)そうですね。いや、煽れないし。だから司会で面白いことをやらないといけないってなっていたんですけど、もうその戸川さんがレジェンドすぎて。なんか僕、怖くてしゃべれなくなっちゃって(笑)。

(川島明)わかる。もう場の空気が求めてないですもんね、お笑いを。

(浜野謙太)で、「あんた、さっき『僕が仕切ります』って言ったのに、何もしゃべってないじゃない?」って言われて。それでもうショックを受けちゃって。「司会はできません」ってなって(笑)。

(川島明)なんにも仕事ないですやん、じゃあ(笑)。

シャンソンのレジェンド戸川昌子さんにいじられて司会を挫折

(浜野謙太)そこから「じゃあ、ちょっとトロンボーンをやらせてください」って(笑)。

(川島明)情けない(笑)。居場所をやっぱりトロンボーンに。もうトロンボーンをしゃぶるように吹き始めたという。

(浜野謙太)吹き始めて(笑)。

(川島明)じゃあSAKEROCKでは結果、トロンボーンっていう形で参加するんですね。ただ、ここでちょっと事件が起こってしまうといいますか。キャリアであれは大きかったと思う出来事としてSAKEROCKで「トロンボーンが下手だ」と言われた?

(浜野謙太)そうですね(笑)。

(川島明)唯一、自分の命綱。トロンボーン。

(浜野謙太)マジで情けないですね。これね(笑)。

(川島明)これ、事実しか今、言ってないですからね。「やっぱりトロンボーンをやります」って言ったトロンボーンを否定された? これ、どういう状況ですか?

(浜野謙太)やっぱり星野くんがやっていた音楽って稀有だったので。だからやっぱり注目されるんですよね。で、その1枚目のアルバムを録ろうってなって。で、素敵なアルバムが作れそうになって。曲も何個か出して。そこの1枚目のアルバムに「あれ? 気づいたら俺、何もやらせてもらってないな?」と思って。「なんで? ロンボーンで1曲ぐらいメロディ、やらせてよ」って言ったら「いや、だってハマケン外すじゃん。というか、下手じゃん」って言われて(笑)。

(川島明)ああ、メンバーに? 客からのヤジじゃないんですね、これは。

(浜野謙太)はい。メンバーに言われて。だからレコーディングで全然、参加させてもらえなかったんですよ。唯一、SAKEROCKの1枚目って結構、マニアックな人には人気で。

(川島明)名盤なんだ。

(浜野謙太)でも、そこにトロンボーンは全然入ってなくて。僕の音が入ってるのって僕のいびきだけなんですよ(笑)。なんか、やることなくて。レコーディングで寝ちゃったらそれを……。

(川島明)ああ、載させてもらえなかった。寝てたんや、ほんで。で、おもろいからそれを使われて。大いじられして(笑)。いや、ハマケンさんのこれ、人間がなせる技やけど。屈辱ですやん。

(浜野謙太)屈辱ですね。

(川島明)司会もできなかった。トロンボーンも実質、入れてもらってない。でも、いびきだけ使われて……辞めないんですか? まだ。

(浜野謙太)辞めなかったですね(笑)。辞めた方がよかったですね。意地になって……。

(川島明)いや、話だけ聞いてると「やっぱり僕は違うところでやるわ」って言いがちですけど。ちょっとやっぱり燃えてたんですか? それは。

(浜野謙太)燃えて、ちょっとトロンボーンを掘り下げましたね。

(川島明)ああ、ここで初めて? もう血のにじむような努力を。

(浜野謙太)「ああ、下手なんだ」と思って。あれって、大事ですね。なんか親から「お前、もうちょっと頑張れ」とかって言われるのって絶対、聞かないじゃないですか。子供って。でも仲間から言われると……。

(川島明)いや、たしかに。ファンから言われるのともちゃいますもんね。「何がわかんねん」って思うけど、わかってる人に言われると逃げ場がないから。吹くしかないもんね。ほんでめっちゃ努力して、トロンボーンでなんとか食らいついてやろうっていう。

(浜野謙太)食らいついて。で、そうですね。なんかやっぱりSAKEROCKもだんだん4人でやるようになって。それまでいろんな人に頼んでたんですけど。やっぱり結構マニアックなことやってるんで。なんか、うん。付き合ってくれたり、付き合ってくれなかったりで。じゃあ4人だけでやんなきゃいけないっていうライブがちっちゃいところであって。

(川島明)高円寺の。

(浜野謙太)はい。そこでやったらめちゃくちゃ……たぶん4人が4人とも「ああ、これいいかも!」って思ったんです。

(川島明)スイングした?

(浜野謙太)はい。スイングしました(笑)。

(川島明)カチッてなったんだ。

(浜野謙太)で、なんか見てたお客さん……あの人、対バンの人だったと思うんですけど。その人が乗っちゃって。「SAKEROCK! フジロック!」ってなんか、その頃のもう最上級の褒め言葉って「フジロック」だったんで。

(川島明)「フジロックいけるぞ」っていう意味なんだ。

(浜野謙太)そうなんですよ。「SAKEROCK! フジロック!」って絶賛してくれて。

最上級の褒め言葉「SAKEROCK! フジロック!」

(川島明)それで乗って。「なんやったんや?」と思いますよね。楽屋に帰って。「なんやねん、今日のライブ?」って。手応えがビリビリくるから。

(浜野謙太)今でも覚えてます。もうライブ終わった後、そのライブハウスが地下1階なんですけど。上まで来て、なんかもう道端で4人でハアハアして。

(川島明)ああ、すげえ! ドラマみたいなこと、あるんや。「なんだ今の感覚は?」っていう。

(浜野謙太)「ああ、いいかもしれない」みたいな。

(川島明)ハマったと。この4人で。まあいろんな環境はあるでしょうけどね。

(浜野謙太)それで何年間かやって、フジロックに出れました。

(川島明)実際フジロックに出られたという。

ハマケンさんのSAKEROCKでのキャリア、こんなに波乱万丈だったんですね。司会で入って挫折したあたりがおもしろい!(笑)。

川島明 そもそもの話 2026年11月7日

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