ニューヨークのお二人が2026年9月8日放送のTBSラジオ『パンサー向井の#ふらっと』に出演。パンサー向井さん、ココリコ田中さんと『アメトーーク!』で放映された東京吉本芸人について振り返り。東京NSC8期を境とする東京吉本芸人たちの世代間ギャップについて話していました。
(屋敷裕政)でも俺、別の局の向井さんお一人のラジオも聞かせてもらったんですよ。あれがめっちゃわかりやすかったんです。『アメトーーク!』より、あれでわかりました。めっちゃ。そのやっぱり全然、1期から今、何期ぐらいまであるんやろう? 30何期まであるのかな? とかの中のその各期のグラデーションというか。僕らが15期で向井さんが11期なんですけど。品川庄司さんの1から始まって8までが本当の……8が純正?
(向井慧)8期が……やっぱりここがね、昔の野球部とか体育会系のノリが徐々にグラデーションで薄くなってくるラストが8期っぽいんですよ。で、そこにいるのが僕の相方の尾形さんだったり。こりゃめでてーなさんっていうのの大江さんっていう方だったり。ギリギリ体育会の匂いが残るっていう。縦社会の。
(屋敷裕政)パンサーさんってじゃあすごく、あれですね。8、9、11やから。
(向井慧)そうそう! めっちゃグラデーション。で、そのやっぱり8より上と一緒に僕らはライブをやってきてるんで。「嫌だな」と思っていたんですよ。
(田中直樹)あるある。なるほど(笑)。
(屋敷裕政)それはココリコさんとかそっちの人らは全く関係ないんですか?
8期までは体育会系縦社会が残っていた
(向井慧)全く関係ない。だってお会いしたことないから。やっぱりまだまだ体育会が残っていて。で、僕らはその中でも最後、孫世代みたいな感じなんで。その、厳しいことをされてはないけど僕らのちょっと上の先輩がもう1個上の先輩に厳しくされている場所にはいるっていう。で、「向井はいいよ。向井は大丈夫だけどお前、何やってんだよ!」とか言って、その俺のちょい上の先輩が怒られている現場にいるって感じ。
(屋敷裕政)だから誰か忘れたんですけど尾形さんがバーッていじられたりしてるのをなんかで見ている誰かの先輩が「尾形さん、あんなんじゃなかったけどな。めちゃくちゃ怖かったけどな、尾形さん」みたいな。
(向井慧)仙台育英のサッカー部でやってきた人だから。
(屋敷裕政)だから尾形さんもたぶんめっちゃ食らってもいる期ですし。っていうことですよね。で、9からちょっと変わるんですよね。
(田中直樹)ああ、変わるんや。
(嶋佐和也)菅さん、めっちゃ優しいですね。
(田中直樹)菅さんが9なんや?
(屋敷裕政)菅さんが一番、いい意味で東京なんですよ。俺らからすると。
(向井慧)それもすごいわかる。
(屋敷裕政)菅さんはめっちゃいい。
(向井慧)9期生がこの番組にも出てもらってるライスさんとか。あとしずるさん。サルゴリラさん。これが全員、本当の東京出身なんですよ。
(屋敷裕政)今、そこで芝居やってます。その3組で。
(田中直樹)メトロンズで(笑)。
(向井慧)で、菅さんも東京出身なんですけど。実はそれより上の人って地方から東京に来ていて。「やったんぞ!」っていうのが残る東京吉本で。でも9は本当の東京だから。ハリセンボンさんとかもそうで。
(屋敷裕政)それはたまたま固まったんですか?
(向井慧)そう、たぶん。で、「もうやめない? そういうの」みたいな空気を。囲碁将棋さんとかもそうですね。関東の。「そういう縦とかいいから。仲いい人たちで行きたい人とは遊びに行こうよ」っていうので9期。で、10期にオリエンタルラジオ、はんにゃ、フルーツポンチとかがいるんですけど。
(屋敷裕政)それがめっちゃ売れるからまたもう1個、ねじれますよね。
(向井慧)ここが爆売れして。
(屋敷裕政)レッドカーペットとかでオリラジさんとかが爆売れしますもんね。
(向井慧)ってなると先輩とかとも絡まずに、そこは売れていってるんで。そんなに先輩と接しなくても売れることもできるし。「じゃあ俺たちの期ぐらいでやっていこう」みたいな。
(屋敷裕政)それこそ『アメトーーク!』でニューヨークより上の世代は切り捨てるみたいな、そんなノリがありましたけど。それこそオリラジさんの時、完全に上を切り捨てましたよね?
(向井慧)それはありました。
(屋敷裕政)「10から下でいくぞ!」ってなりましたよね、完全に。
(向井慧)中田さんがそれを掲げて。旗を揚げたの。
(屋敷裕政)ああ、もうやってたんですね、中田さんが。
(向井慧)「俺たちでやるぞ!」っていう狼煙は上げてました。
(嶋佐和也)それは聞きますよね。革命家というか。
(屋敷裕政)革命家でした。それ、中田さんの意向でもあったんですね。
(向井慧)あの時期はちゃんとあったね。
(屋敷裕政)それこそ8とかもう完全に切り捨てられてるイメージで。
(向井慧)だから厳しい時代だったと思います。そこら辺のオリラジさんよりちょっと上の先輩は。
(田中直樹)下が売れてな。
上の世代に頼らなかったオリエンタルラジオ
(向井慧)で、だからオリラジさんがすぐにゴールデンのレギュラー番組、冠番組を2本、持った時の前説はやっぱり僕らなんで。「上には頼みません。下でやります」っていうことで、僕らがそれこそテレビの前説を全部、やらせてもらっていたり。で、僕らはそれがあるから下を誘うのがめっちゃ怖いんですよ。あの時、俺たちが上の先輩に「メシ行くぞ!」とか言われた時の「嫌だな……」っていう感覚。それを下にさせたくないから。
(田中直樹)ああ、なるほど。この思いを。
(屋敷裕政)だから向井さんと長田さんのトークライブに僕ら、若い時に出させてもらった時、打ち上げはデニーズやったんですか? サクッと終わりましたよ。一滴もアルコール飲んでなかった。
(向井慧)そうだったっけ?(笑)。
(屋敷裕政)ブワーッて食って。「お疲れ!」とか言って。でも連れてってはくれました(笑)。
(田中直樹)なるほどな。そういうの、あんねんな。
(向井慧)でもニューヨークぐらいになると先輩ももう全然、怖い感じじゃない?
(屋敷裕政)まあ、そうですね。
(嶋佐和也)学校の時は怖かったですけど、卒業したらみんな優しかったです。
(向井慧)だからなんとなく、それこそさっき言った9期生あたりの先輩方が上で。なんか非常に優しい先輩方も多くて?
(屋敷裕政)でも、まだかろうじて。これも東京の謎の流れやったんですけど。元旦……「1月1日になった瞬間、電話帳にある先輩全員に電話せなあかん」っていう流れがあって。あれ、ありました?
(向井慧)うん。それでバチバチに怒られてるやつも見ました。
(屋敷裕政)そう。まず年末に集められて。「正月、1日迎えたら電話帳にある全員に電話して。電話に出なかった場合だけメールしていいから」みたいな。
(向井慧)初手メールはダメね。
(屋敷裕政)「それは絶対ダメだからね」っていうので俺、それを真に受けて。何年かやってたよな? 俺ら。
(嶋佐和也)何年か、たしかにそれだけやってたかもしれない。
(屋敷裕政)で、僕らが3、4年生の時に大阪の兄さんとも知り合うようになったんですよ。当時のプリマ旦那さんとか。で、電話したらびっくりしてて。「ど、どうした? あ、ああ……偉いな、お前」みたいな。だから「東京だけなんや、これ」って思ったの、めっちゃ覚えてるんですよ。
(向井慧)大阪にはないんだね。
(屋敷裕政)はい。で、それが俺らの何個か下から正式にたぶん、なくなったんですよ。
(嶋佐和也)さすがにね。
(屋敷裕政)だからまだ、イズムはちょっとあった。
(向井慧)うっすら残ってるぐらいか。
(嶋佐和也)でもなんか、そうですね。僕らの時にはなんか各期に風紀委員的なことをやってくれる人が1人いたぐらいで。その人がちょっと怖いなくらいで、あとは全然……。
(向井慧)それでたぶんニューヨークが東京吉本の会をやろうってなった時に集まったノブシコブシの吉村さんとか安村さんとか。で、僕。あとマヂカルラブリーの野田さんとか。それぞれ、みんなたぶん考えてることが違って。それで当日、屋敷はめっちゃ困ったと思う(笑)。




8期を境とした体育会系の縦社会のノリの有無、オリエンタルラジオ中田さんによる上の世代に頼らない姿勢などによってあちこちで世代間ギャップが生じてしまっているようですね……。