中島歩さんが2026年8月31日放送のニッポン放送『ラジオビバリー昼ズ』に出演。日大芸術学部の大先輩である高田文夫さんと日芸人脈について話していました。
(高田文夫)そうか。まんじゅう大帝国より先輩なんだな。
(中島歩)そうです、そうです。
(高田文夫)でも一之輔よりずっと後輩だろ?
(中島歩)一之輔さんよりは結構後輩ですね。はい。
(高田文夫)そうだよな。その上に志らくがいて。
(中島歩)志らく師匠がいて。
(高田文夫)で、その上に森田芳光がいるんだよ。で、それで俺がいるからな。本当、俺はね、こうやってお前が売れたのを見てさ。最近、ドラマとかを見てても本当、森田の映画に出てほしかったね。しみじみそう思うよ。なあ。躍動するよな。絶対に。森田もめちゃくちゃだから。おもしろいんだよ、あいつ。
(中島歩)いやー、お会いしてみたかったですね。
(高田文夫)だろ? 俺、すごい仲良かったからな。かわいがってたからさ。
(中島歩)ああ、そうですか。
(高田文夫)あいつの映画にはお前、出てほしかったなと思うね。
(中島歩)いやー、それはそうですよ。
(高田文夫)だからいろんなことを考えるよ。それでやっぱり『ふてほど』(『不適切にもほどがある!』)でお前、クドカンのところで弾けたじゃん? なあ。あれ、よかったよな。
(中島歩)いやー、嬉しかった。憧れの。
(高田文夫)クドカンの本でな。あの時、クドカンに会った?
(中島歩)会いましたよ。
(高田文夫)会えた? それで話、したの?
(中島歩)したかな?
(高田文夫)フハハハハハハハハッ! お前だって覚えてないじゃんか(笑)。たった2、3年前の話だぞ?
(中島歩)そうだ。宮藤さんのドラマに高田先生、出てらしたでしょう? 『タイガー&ドラゴン』。
(高田文夫)当たり前だよ。高田亭馬場彦だから。俺の弟子が、あれだよ。荒川良々。一対一の師弟だから。
(中島歩)ああ、そうだ、そうだ。
(高田文夫)向こうが西田さんな。
(中島歩)それまでビバリーとか聞いたことなくて。まあ、その時は高校生でしたけど。
(高田文夫)2005年だよ、あれ。『タイガー&ドラゴン』。
(中島歩)高校生ですね。だからまだ日芸にも入ってない時で。
(高田文夫)それは高校生だから、そうだろう。お前。
(中島歩)そこで初めて高田先生を見て。
(松本明子)ああ、『タイガー&ドラゴン』で見て?
『タイガー&ドラゴン』で高田文夫をはじめて認知
(中島歩)そこで高田先生を見て。「誰だろう、この役者? めちゃくちゃ上手いな」と思ったんですよ。
(高田文夫)だろう? 俺、芝居心あるんだよ。
(中島歩)「この役者さんは誰だ?」と思って。で、日芸に入った時に「あれに出てた人が先輩なんだ」っていうので。「ああ、放送作家でラジオをずっとやってる人なんだ。落研だったんだ」って。
(高田文夫)神様だと思ったろ? 神を見るようだろう?
(中島歩)「高田先生」ってみんな呼ぶから。僕もよく知らないまま「先生」って言ってたけど。よく聞いてくと「ああ、もう神だ。日本の演芸界の神だったんだ」ということで。もう、そこでこんなご縁ができて。
(高田文夫)ねえ。よかったよ。だから森田君の映画とかもいっぱい出てほしいなとかさ。クドカンの時はこれで良かったなとかね、いろんなことを感じるよ。やっぱりね。いろいろね。
(松本明子)繋がってますね。
(中略)
(松本明子)中島さん、爆笑問題のラジオを聞いて影響を受けます。
(高田文夫)これも驚いたんだよ。ラジオを聞いて。太田と田中が日芸だっていうんで日芸を知ったんだっていう。
(中島歩)そうですよ。
(高田文夫)だから遅いんだよな、全てな。
(中島歩)でも日芸なんて高校生、知らないでしょう?
(高田文夫)知らなきゃ受験、できないだろう?
爆笑問題のラジオで日芸を知る
(中島歩)だから受験勉強をしないでラジオを聞いていてよかったな、みたいな(笑)。いや、あんなラジオを聞いてたら勉強になんかならないでしょう?(笑)。
(高田文夫)「あんなラジオ」ってお前、太田はこれ、聞いてるんだよ。今(笑)。
(中島歩)あんな楽しいラジオを。とても素敵な(笑)。
(松本明子)それで日芸に行きたいなと?
(中島歩)そうですよ。
(高田文夫)ラジオから知ったんだって。そういう学校があるって。
(中島歩)そして日大芸術学部に進学します。落語研究会に所属します。これもまた……。
(高田文夫)それはまあスカウトされたんだよね。「コントあるから」って。で、4年やったんだもんな。
(中島歩)4年やりました。きっちり。
本当にそうそうたる面々が揃っている日大芸術学部。高田文夫さんのことをよく知らなくてもみんな、とりあえず「先生」と呼んでいるあたりがとても素晴らしいですね(笑)。
