町山智浩さんが2026年7月7日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で大ヒットしたホラー映画『オブセッション 災愛』について話していました。
※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。
(町山智浩)今日はホラー映画です。恋愛ホラー映画で『オブセッション 災愛』という映画を紹介します。この映画、ものすごくストーリーが分かりやすくて。全然モテない、なんていうかどうしようもないヘタレのお兄ちゃんが片思いしてる女の子にまじないをかけて、自分を大好きにさせちゃうというホラー映画です。これがホラーになっていくんですよ。で、この映画ね、まずアメリカで大変な話題になってるのは制作費が75万ドルで今、円安だから日本円にするとすごい……1.2億円とかになりますけど。実際には1億円以下のレベルなんですね。日本映画だったら。
で、ところがですね、興行収入が全世界で現在までにその500倍稼いでます。大変な金額になっています。はい。だから650億円以上、稼いでます。今。『スター・ウォーズ』とかを全部、抜いちゃいました。もう大変な大ヒット作になってるんですけど。で、これを僕、見に行ったんですけど。平日の昼の時間帯なんですね。いつもだと僕のようなシニア料金の老人しかいないんですが。客席は。夏休みだったんで、高校生がいっぱいなの。
満員なんです。だからこれで当たったんだなと思ったんですよ。っていうのは彼ら、全くほとんど映画を見たことがないらしくて。映画を見ている間、スマホいじりまくり。しゃべりまくり。立って出ていって、また入ったりとか。もう私語しまくり。で、こんなに映画館に慣れてない子たちで満員にするぐらい当たったんだと思って。
映画を普段全く見ない高校生たちで満員
(町山智浩)普段映画なんか見に来ない彼らが「見たい」と思った映画だったんですよ。で、何でだろうと思ったら、中身がドラえもんでした。だからのび太みたいなね、ヘタレでね、もう勉強もできなければ運動もできない、根性もない主人公がベアっていう名前の主人公なんですが。彼がニッキーというね、職場で一緒の女の子のことを片思いしてるんですけど。でも、何も言い出せないんですよ。
で、おまじない屋さんっていうか、ほら。占いグッズとか、そういうのをいっぱい置いてある店、あるじゃないですか。スピリチュアルものというか。そこで、まじないを買うんですね。柳の木の枝なんですけど、それを折るとその願い事が一つだけ叶うっていうのを買って。まあ、500円くらいのやつを買って。で、大好きなニッキーちゃんにその魔法をかけるんですよ。で、ニッキーちゃんっていうのはちょっとサバサバした女の子で「恋愛とかバカバカしい」とか言ってる子なんですね。「私にはもっとやりたいことがあるの」みたいな子なんですけど。
その子にその枝を折って。「彼女、ニッキーちゃんが僕のことを世界で一番、好きになりますように」ってポキッと折るんですよ。で、そうするとそのニッキーちゃんが突然、「ねえ、あの、うちに来ない? 今日、泊まっていかない?」っていきなり言うんですよ。これ、500円だか、600円ぐらいだったかもしれないんですけど。
ところがニッキーちゃんがね、「私んち、来ない?」って言うと、もうとにかくベア君はモテたことがない童貞なんで「いや、僕たちは友達だから、やめとこうよ」とか言うんですよ。魔法が効いてるのでニッキーちゃんが「ええっ、じゃあ私があんたの家に行くわ」とか言うんですけど「いや、それも困るんだ。散らかってるから」とか言うんですよ。慣れてないから彼、上がっちゃってんですけど。
観客ね、高校生で満員なんですよ。大変でした、映画館。「このヘタレ野郎!」みたいな感じで(笑)。で、女の子たちも「行っちゃえ、行っちゃえ!」とかみんな、言ってるの。「効いてる、効いてる、効いてる!」とかみんな、言ってるの(笑)。すごいことになっていて(笑)。で、まあ結局、魔法が効いてるってことで彼女とできて、一緒に暮らすようになってラブラブでね。「超最高!」と思うんですよ。最初、ベア君はね。
ところが、だんだんちょっと「これはやばいかもな」って感じになってくるんですよ。たとえば夜、寝る時に腕枕して寝たりするじゃないですか。でも、ちょっとやっぱりトイレ行きたいなと思ってベッドを抜けようとするじゃないですか。で、なんとか彼女を起こさないようにベッドからすり抜けようとすると「ここにいるわ」って言われるんですよ。「あれ? なんか寝言かな? なんかおかしいな?」と思うんですよ。
で、「今日はちょっと久しぶりに友達と飲みに行きたいんだ。いいかな?」って言うんですよ。ちょっとトイレだかお風呂になんか入ってるニッキーちゃんにね。「いいわよ。私、そんなに彼を束縛したりするようなタイプの彼女じゃないから。行ってきなさい」って言うんですよ。「男同士で飲んできな」って言うんですよ。ところが、そのドアの向こうのバスルームから「ドン! ドン! ドンッ!」って何かを叩いてる音がするんですよ。「いってらっしゃい」って言いながら「この野郎、この野郎、この野郎!」って彼女がなんか、叩いてるんですよ。
で、ベア君はもう根性なしだからビビりまくりなんですよ。怖くなっちゃって。で、まあでも彼女は絶対にその怒った顔は見せないんですよ、彼には。で、たとえば会社に日曜日とかでも出勤しなきゃなんない時があるわけですよ。でね、「今日はちょっと遅くなるかも」みたいなことを言ったら「いってらっしゃい」って笑顔で送り出してくれるんですよ。ニッキーちゃんが。「私、ここでずっと待ってるから」って言うんですよ。ドアのとこで。
で、彼が会社に行って、仕事場に行ってずっと働いて、遅くなって帰ってきて。で、ドアを開けるとどうなっているか? これはちょっと映画を見てください。最悪の状況になります。だからこれ、効きすぎなんですよ。で、あとね、結局みんなで飲みに行くことになるんですね。で、みんなで飲みに行くとそこには男も女もいるわけですけど。そこで最悪の王様ゲームみたいのが始まっちゃうんですよ。
そうすると、このベア君がニッキーちゃんと向かい合わせ座ってるんですが。隣には別の女の子がいるんですが。で、そのくじ引きみたいなにを引いてそれを見ると「左隣にいる人にキスをする」って書いてあるんですよ。命令が。左隣は違う女の子なんですよ。で、向かいのニッキーちゃん見ると、大変なことになってます。
これね、すごいなって。これね、監督は本当に若い、まだ26歳の人で。本格的な映画としては今回が初めてなんですね。長編としては。ただ、うまいんだ。本当にうまい。キャリアはね、YouTubeでずっと動画を作ってた人で。とにかくね、人の心をちゃんと描くっていう。その映像で見せるんじゃなくて、そういう人間関係とか心理で見せる演出がすごくよくできていて。で、演出、脚本、編集を全部、1人でやってるんですよ。ちょっとすごいです。
全然SFXとかね、特殊メイクとか使ってないです。だって今の話を聞いただけで、怖いじゃん? めちゃくちゃ怖いんですよ。で、あと最近のホラー映画でよくある下手くそな演出でほら、バッてびっくりさせる演出あるでしょう? 突然出てくるみたいな。あれ、ジャンプスケアって言って、まああんまりうまくないやり方なんですけど。そういうのは一切この映画、使っていない。じわじわと怖い。
だからこれ、コメディにしようと思えばたぶん、できた。だからね、さっき言ったようなシーンで怖いんだけど、みんなゲラゲラ笑ってるんですよ。お客さんは。で、ゲラゲラ笑いながら怖いっていうコメディとホラーが両立してる映画で、そこもうまいですね。だからもう、お客さんがものすごい楽しんでるんですけど。ただだんだんね、深い問題に入ってくるんですよ。これ、このベア君がやったことって一体、何なんだ?ってことなんですよ。
主人公がやってしまったこと
(町山智浩)彼女、性格が変わっちゃってるんですよ。その魔法をかけてるから自分を好きになってくれてるだけなんだけど、自分の方から彼女になんとか努力して好きになってもらおうとか、彼は全然してないんですよ。枝を折ってるだけなんですよ。最初のその魔法が効き始めた時も「僕は君のこと好きなんだ」って言わないで、彼女に言わせよう言わせようとして。彼女が「あなたを好きなの」って言ったところでやっと、自分で「僕も好きなんだ」って言うんですよ。自分から先に絶対言わない。ダサい男なんですよ、本当に。
で、ましてやそのまじないで自分を好きにさせるとかって一種のデートレイプじゃん? 彼女の意思って無視してるんですよ。だからこういう話を聞くと怖い女の人を好きになっちゃって。彼女が怖くて、自分を束縛して……っていうその女性を怪物化して描いてる映画かと思っちゃうんですけど、全然そうじゃないんです。悪いのは彼なんですよ。で、彼女は被害者なんですよ。
で、その魔法に囚われてなんていうか、好きでもない男を好きになっちゃって。で、自分でもコントロールできないという被害者がこのニッキーちゃんなんだっていうことに主人公がだんだん気づいていくんです。自分が魔法をかけてしまったためにこうなってしまった。で、ここから彼は一種のヒーローとして、このニッキーちゃんを自分がかけた魔法から救わなきゃならなくなるんですよ。すごい展開なんですよ、これ。まあ、よくできてるなと。だからこれ、前に紹介したホラー映画で『トゥギャザー』っていう映画があったじゃないですか。「トゥギャザーしようぜ!」ってありましたよね。その映画ではないんですけど(笑)。男女がずっと腐れ縁で10年も暮らしてるんだけど、お互いあんまり良くないから別れようかと思うと、別れられない。物理的に体が繋がっていって、離れられなくなるっていうホラー映画が『トゥギャザー』でしたけど。
あれは結局、男と女の縁って何なの?っていう話じゃないですか。実際。だから結局、ホラーというもの、道具を通して人間を描いてるんですよね。人間とは何かとか、恋愛とは何かとか、そういうところがすごいよくできていて。で、それもちゃんと監督は自覚していて。ニッキーちゃんは「私、小説とか書いてみたいのよね」みたいな話をするんですね。まだ魔法にとらわれる前、素の時に。
で、それを聞いたそのベア君は「ああ、ラブストーリーなんだ。じゃあロマンチックなロマンスだね」ってことを言うとニッキーちゃんは「違う」って言うんですよ。「ロマンスとラブストーリーは違う。ロマンスっていうのは恋愛を美化したものだけど、ラブストーリーっていうのはラブについてのストーリーなの。恋愛とは何か?ってことを書きたいのよ」って言うんですよ。だからこの映画ってそのことなんだっていう。だからうまいわと思ってね。
で、これね、その話でどういう風に展開していくかというと、なんとちゃんとラブストーリーになります。だから、要するに対等な関係じゃないんですよね。支配しちゃっているから、そうなっちゃってるんで。で、また無意識にそれを利用しちゃってるから、そういう関係になんですね。依存とかね。で、これはそのことについての映画なんですよ。
これ、すごいのは、だんだん主人公がそのインチキなのび太野郎だったのに。しずかちゃんをドラえもんの魔法でね、自分で好きにさせちゃったのに「これはしずかちゃんにとってひどいことをしたんだ」ってことに気づいて、なんとかしようとするんですけど、どうにもならないってことがだんだん分かってくるんですよ。このものすごい罪を背負わなければいけないんだってことがだんだん分かってくるんですよ。
だから最初の時は高校生の観客たちは「イエーイ!」とか「やっちまえ!」とか「ひでえ!」とか「ウェーイ!」とか言ってたのに、だんだん静かになってきました。で、静かになっていって最後、映画が終わった時に……まあ映画のルールを知らないから映画が終わった瞬間に全員、立つんですけど。しゃべりながらみんな、ディスカッションを始めました。だから高校生とか、恋愛経験がないわけで。彼らは。だから「これは一体、どういうことなの? 彼は最後、どうしてああしたの? 彼女は?」ってもう、話し合いを始めたんですよ、みんな。この映画について。
そういうね、要するに恋愛についての話し合いを始めたんですよ。何の経験もない奴らが。子供たちが。だからこれはすごかった。俺のような老人の前で初々しく恋愛談義を始めましたよ。「彼は本当に彼女を愛してたの。でも……」みたいなね、話し合いを始めまして。これは素晴らしい映画だなと思いましたね。はい。ということで彼女がいる人も、彼氏がいる人もね、全然いない人も本当に考えさせる映画なんでぜひ、ご覧いただきたいと思います。