宇多丸 久米宏を追悼する

ジェーン・スー 久米宏を追悼する アフター6ジャンクション

宇多丸さんが2026年1月13日放送のTBSラジオ『アフター6ジャンクション2』の中で訃報が伝えられた久米宏さんを追悼していました。

(宇多丸)ということで日比さん、今日もよろしくお願いします。

(日比麻音子)よろしくお願いします。

(宇多丸)今日はいろいろお知らせ事があるんですけど。このTBSアナウンサーとしても大先輩でいらっしゃる、そしてラジオパーソナリティー、様々な司会という意味でも私ごときが同じ線上にいるのはあれではございますが。1回だけね、ご一緒したこともございます。久米宏さんがね、お亡くなりになったというニュースが……元日にお亡くなりになったというのが報道されてましたけど。日比さんは直ではお会いしたことがないんですかね?

(日比麻音子)はい。お会いできなかったので、すごく寂しい気持ちです。

(宇多丸)もちろんね、大大大大大先輩というか。

(日比麻音子)あまりにも偉大な存在ですね。

(宇多丸)日本のアナウンサーとか報道番組のあり方とかを本当に根本から変えた……玉袋筋太郎さんと僕、東京MXで昔のテレビ欄を見ながらギャーギャーギャーギャーふざけるっていうコーナーがあって。そういうコーナーやっていて気づくんだけど民放には当時、報道番組なんてないんですよ。民放ってストレートニュース以外はほとんどニュースなんかやってなかったんです、昔は。やっぱりそれは『ニュースステーション』からなんですよ。本当に、これは。非常に大きなね、革命とも言っていいようなあれだったと思いますし。

もちろん『ザ・ベストテン』世代、『ぴったし カン・カン』世代、いろいろいると思いますけど。いろんな方からメールもいただいておりまして。ちょっと代表的なところをご紹介しますね。「今日、久米さんの訃報に接していてもたってもいられなくなり、メールしました。私がアトロクを聴くようになったのは宇多丸さんが久米さんの番組『久米宏 ラジオなんですけど』に出演されて(番組のコーナー本の)『低み』という本を紹介されていました」。なんていう本を紹介しているんだ(笑)。

「アトロクを教えてくれた恩人と言ってもいいかもしれません。あれ以降、アトロクも聴くようになりました」。ああ、そうなんですね。そういう流れで。「でも辛口で社会批評する世代の著名人がまた1人、人生を終えられたのは悲しい限りです。ご冥福をお祈りいたします」ということで。そうなんです。

『久米宏 ラジオなんですけど』へのゲスト出演

(宇多丸)僕が1回だけお会いしたのはやっぱり『久米宏 ラジオなんですけど』に出させていただいて。そうでしたね。『低み』っていう番組の投稿コーナーの……よりによってなんでこの本の話なんだと思いながら。

(宇多丸)その時にすごい覚えているのは、もちろん久米さんも僕の存在はね、知っていていただいて。で、僕がいつも番組用でヘッドホンでしゃべってるじゃないですか。これ、やっぱり何て言うんですかね? 音楽やってる人には結構多いと思うんだけど。「出音で聴きたい」っていうか。外でみんなが聴いてる音のまんまで聴きたい。で、その音の全体のバランスの音量の中で自分の声がどう響いてるかによって調節したいっていう欲望があって。それでヘッドホンでやってるんですけども。

僕がヘッドフォンを所望してですね、こうやっていたら「ヘッドホンなんですね?」ってめちゃくちゃ驚かれていて。「ああ、そうですよね。ちょっと自分の世界に入っちゃって、すいません」なんつって(笑)。あと、これは本当にしょうもない番組との縁で言いますと皆さん、覚えてますかね? この『アフター6ジャンクション』が始まったばっかりの頃ですね、略称が決まんないっつって。まだアトロクなんていう名前が付く前ですよ。で、募集していろいろやってるような時に「それで番組の略称は?」って言ったその次の瞬間に『久米宏 ラジオなんですけど』の番宣が入って。「久米宏です」って入ってですね。

(日比麻音子)そうでした。それ、私の曜日でした(笑)。

(宇多丸)「略称は……久米宏です」ってなって。「これ、久米さん怒られるぞ!」って。これ、『ラジオなんですけど』とか出る前かな? だったんでね、そんな恐縮な……こんな悪ふざけエピソードを出してる場合じゃないんだけど。っていう中でですね、でももちろんその偉大な存在というのは僕がいちいち言うまでもなく。さっきの『ニュースステーション』のこともそうですけど。本当に、だから何て言うのかな? 今、たとえば世界ののことを伝える番組がやっているのは報道のなのか? ワイドショーか?って言うけども。そもそも、そんなことはやってなかったんだっていうこと自体は……だから、そういう意味では世の中進歩してるなって思ったりもします。

そして、それの大きな転換点はやっぱり『ニュースステーション』だったなと思うんです。で、その『ニュースステーション』のいろんなエピソードみたいなものをですね、『ザ・ベストテン』時代から久米さんの要するにアナウンサー人生というのを振り返られた『久米宏です。ニュースステーションはザ・ベストテンだった』というご自身のご著書があって。僕、これをずいぶん後になってAmazon Audibleの『アトロク・ブック・クラブ』の中の宇多丸分室という……いつも、すいませんね。卑下して「13人しか聞いてない」とか言ってるけど。この回は13人以外、聞いてほしいかもしれない。第9回、結構最初の方でこの本を遅まきながら読んで。いただいてからちょっとずっと置いとくままになっちゃっていて。それを読んで「やっぱりすごいわ、久米さん!」って。久米さんの何がすごいか?っていうのを私なりにですね、いっぱい語っているというのもありましてですね。

だから、それがご本人のお耳に入ったなんて話もちょろっと聞いてたんですけど。なんかそこに関するね、「すいませんね」なんてこともちょっと1回ぐらいはご挨拶したかったですけど……というね。まあまあ、といっても私にとっても本当に、それこそ子供の時は『ザ・ベストテン』世代なんで。まあ、なんというか……たぶんこうやって語っていても、お会いしたこと自体がすごくね、ありがたいことだったというかね。いいタイミングをいただいたと思います。

とはいえ、もうちょっとお話を伺いたかった。結構周りにはね、スタッフで……それこそこの番組の立ち上げプロデューサーの橋Pとか結構、久米さんの番組にずっとついてて。「久米さんってこういう人なんですよ」みたいな。すごい、やっぱりとにかく気さくでっていうようなことをおっしゃっていて。ああ、そうだ。長谷川さんもそうなんだね。番組ディレクターの長谷川さんもずっとということなんで。ちょっとそういうスタッフからもいろいろまたお話を伺いつつ。お人柄を偲びつつ。そうですね。でもアナウンサーとしてね。

(日比麻音子)そうですね。DNAはしっかりと受け継いでいければなと。

(宇多丸)そのご本とか、ぜひ読んでいただきたい。日比さんにも。すごいですよ。面白い! とにかく、アナウンサーとしてできる領域みたいなものを本当に拡張していくプロセスみたいなのがものすごくて。だから、ぜひちょっとその本も読んでいただきたいなと思う次第です。すいません、ちょっと私ごときの。

(日比麻音子)勉強させていただきます。

(宇多丸)はい、本当にお疲れ様でございました。ありがとうございました。

(日比麻音子)ありがとうございました。

宇多丸さんと久米さんの絡み、もっといっぱいあったような気がしていましたが『低み』での1回だけだったんですね。なんだか意外な気もします。宇多丸さんが絶賛していた久米宏さんのご著書、まずはチェックしてみようと思いました!

アフター6ジャンクション2 2026年1月13日放送回

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