町山智浩『ヒンド・ラジャブの声』を語る

町山智浩『ヒンド・ラジャブの声』を語る こねくと

町山智浩さんが2026年3月3日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『ヒンド・ラジャブの声』について話していました。

※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。

(町山智浩)今日はコメディ映画を紹介しようと思ってたんですよ。でも、ちょっと予定を変更しましてですね。公開がだいぶ先になるんですけれども。日本で9月公開の映画の『ヒンド・ラジャブの声』という映画を紹介させてください。これ、ヒンド・ラジャブというのはガザに住んでいた5歳の女の子の名前です。で、この映画はアメリカではもうすぐアカデミー賞の授賞式なんですけど。その国際映画賞部門の候補になってるんですよ。

国際映画賞っていうのは一応、外国で作られたドラマ、映画、劇映画に与えられる賞なんですけどこの映画はちょっと難しくてですね。ドキュメンタリーとドラマの間みたいな映画なんですねほう。ドキュドラマとか言われてますけど。これ、どういうことかっていうとその2024年の1月29日にヒンド・ラジャブちゃんという5歳の女の子がガザでイスラエル軍の戦車に狙われた状態で動けなくなってるところを救急隊の方に電話をしてきてですね。その救急隊員とこの5歳の女の子の電話での会話録音をそのまま使っている映画なんです。

ここがドキュメンタリーなんですね。ここで、そのヒンド・ラジャブさんの声は全部、そのまま使ってるんですよ。俳優の声じゃないんです。ただ、映画なんで俳優さんがその救急隊員を演じているんです。だから起こることとかセリフとかは全部、事実通りなんだけれども、画面に映っている人は演技をしているというですね。俳優さんであるっていう。

ただ、この映画は全てが……「赤新月社」というものがありまして。これ、赤十字社ってあるじゃないですか。でも十字ってキリスト教のクロスだから。イスラムの方では月の形になってるんですよ、それが。半月の。で、新月ですね。薄い三日月。だから赤新月社という風に呼んでるんですけど。まあ赤十字のイスラム版だと思ってください。そこの救急電話を受け付けて救急車を配車する、そのセンターが舞台です。救急通信士と救急管制官、その人たちしか画面には出てこないです。で、これは世界中でいろんな賞を取ってるんですが、フランス資本でチュニジアの監督が撮った映画ですね。

で、これはですね、まず2024年1月29日に赤新月社の電話のセンターのところにドイツから電話がかかってくるんですよ。で、どうしたのかと思ったらそのドイツに住んでいるおじさんが「自分のその兄弟の家族がガザで身動きが取れなくなってるらしい。電話があったんだ。それを助けてあげてくれ」という電話だったんですね。で、「携帯番号があるからそこにかけてくれ」って言われて、その救急隊員の人……この電話を受けた人はね、オマールさんっていう人なんですけども。で、そのオマールさんが電話したんですよ。その携帯に。

そしたら、そこに一つの家族が乗っていて。8人ぐらい、乗ってたらしいんですね。結構、乗っていたみたいなんですけど。で、電話を取ったのがライアン・ハマデちゃんという15歳の少女だったんですね。で、「どうしたの? どこにいるの?」っていう風に言ったら「今、車の中にいるんだけど、車はもう動かないと。イスラエルの戦車が来て、機銃で撃たれてしまって私以外、みんな死んだ」って言うんですね。

で、「救急車を呼んで。ここに救急車を……」っていう風に言ってる最中にガガガガガガガッていう機銃の音が聞こえて、静かになっちゃうんですよ。で、このオマールさんはその女の子が死ぬ瞬間を電話で聞いていたんで、ショック受けて、動けなくなっちゃうんですよ。そうすると、その他の救急隊員の人たちが「いや、こういうことはよくあるんだよ。俺もあったよ……」みたいな感じで。「いいよ、ちょっと休みな」って言うんですね。

ところが、それで終わらないんですよ。また、そのドイツのおじさんから電話かかってくるんですよ。「まだ生きてる!」っていう風に電話がかかってくるんですね。「誰が?」って言うと、「5歳のヒンドが……姪っ子のヒンドはまだ車内で生きてるんだ。助けてやってくれ!」っていう電話なんですよ。これね、お母さんは幼い弟と共に別のところに既に避難していて。で、このヒンドちゃんだけがいとこの家に行ってたらしくて。いとこの家族とその車に乗っていたんですね。

で、そこでその彼女が住んでるところにイスラエル側が総攻撃を仕掛けるぞと言って。それで住民に対して避難勧告をしたんですけども、もう間に合わなくて。で、そこに入ってきたイスラエルの戦車に銃撃されて、車が動けなくなった状態で。で、子供たちは真ん中の方に座っていて、大人たちは外側に座っていたんで大人たちはみんな死んでしまった。で、「まだヒンドちゃんが生きている」っていう。体がちっちゃいから、下の方に入ってたみたいなんですよ。で、オマールさんが「なんとか、彼女を助けてくれ」ということで。それでその管制官の人に「救急車を回してくれ」って言うんですよ。

ところがですね、救急車は片っ端からイスラエル軍に砲撃されたり銃撃されたりしていて、もう次々と救急隊員が死んでいて。まず、救急隊員があんまりいないんですよ。これね、ガザに対する攻撃っていうのは2023年10月7日から続いてるんですけども。少なくとも33人のパレスチナ人の赤新月社の救急隊員が殺されてるんですよ。これ、大変な問題なのは赤十字とか赤新月の救急隊というものは絶対に攻撃してはいけないんです。

赤十字とか赤新月をつけてる救急隊員や救急車を攻撃することは絶対に許されないことなんです。でも、平気でやってるんですよ。「だから出動させられない」って管制官の人に言われるんですよ。それで「なんでだ!」って言うんですけど「これを見ろ。これは今まで死んだ救急隊員だ。彼には子供が2人いた。彼はまだ若かった。これ以上、死なせるわけにいかないんだ」「じゃあ、どうすればいいんですか?」って言うんですけど。「一応、イスラエル政府に救急隊を出すと言うから。それで保護してもらう。撃つなということでイスラエル政府から救急隊を通る許可をもらうんだ」っていう。

でも、そこはパレスチナなんですよ。救急隊のあるところもね。そう言われてオマールさんびっくりするんですよ。「えっ、その家族を皆殺しにした軍隊に許可をもらうんですか?」「でも、それ以外に方法はないんだ」って言われるんですよ。で、ヒンドちゃんとも話をするんですけど。ヒンドちゃんは動けない状態なんですね。で、一緒にいるその救急隊員のラナさんという女性が「私が話すから」ってヒンドちゃんと話すんですよ。

で、「車の中に他に誰か、大人の人はいる? いたら代わって?」っていう風にラナさんが言うんですね。すると「サラがいる」ってヒンドちゃんが言うんですよ。「じゃあサラに電話を代わって」って言うと「サラはね、ねんねしてるよ。血だらけで」って言うんです。それでラナさんは絶句して。「ああ、そう。眠ってるんなら起こさなくていいよ」って言うんですよ。そうするとヒンドちゃんは「私、知ってるよ。死んでるんでしょう?」って言うんですよ。

これ、そちらにヒンドちゃんの写真がありますよね。かわいいね。かわいい子なんですよね。で、とにかくなんとか救急隊を出したいと。で、オマールさんはもうぶち切れちゃって。もう泣き叫びながら「イスラエル軍から許可を取ってくれ! 許可を取らなくてもいいから、行かせてやってくれ!」とか言うんですけど。そんなことをしたら救急隊員がやられてしまうと。「許可を取ったって、やられないって保証はねえじゃねえか!」みたいな感じでもう大喧嘩になってくるんですけど。

で、その間、そのヒンドちゃんを励ますためにずっと救急隊のラナさんが話をし続けるんですよ。で、「学校に行ってるの?」って言うとヒンドちゃんが「ちょうちょ組なの」って言うんですよ。「ちょうちょ組ってことは、まだ幼稚園なの?」って言うと「うん、しあわせなこども幼稚園っていうとこなの」って言うんですよ。その幼稚園の名前を聞いて、ラナさんはもう何もしゃべれなくなって、答えられなくなって、倒れちゃうんですよ。もう、耐えられなくて。これ、全部実際に残ってる音声なんですよ。これは今も起こってると思いますよ。

これ、俳優さんたちも精神的にかなり限界に来ていて。もう全員が涙で顔中、ビショビショで。そういうのでショックを受けたり、トラウマに対するセラピーとかの技術を持っているプロの人たちなんですけど、それでも限界を超えちゃうんです。途中から。でもね、許可が出て救急隊員が出るんですよ。救急車が出るんです。で、救急車が向かっているのはGPSでずっと、見えるんですよ。ところが、その間にさらに撃たれてヒンドちゃんは「痛い!」って言うんですよ。「死んじゃう!」って言うんですけど……救急車が近づいて、とうとう救急車の隊員が「見つけた!」って言うんですよ。そこで、音声は途切れちゃうんです。

で、それからずっと戦闘状態が続いていたんで。戦闘中だったんで。12日間、経ってからやっと、そこからイスラエル軍が撤退したんで救急隊員の人たちが現地に行くんですね。で、行った時に見たのはそのイスラエルの戦車の砲撃、直撃を受けてバラバラになった救急車と、335発の銃弾を受けたヒンドちゃんの乗ってる車だったんですよ。で、さらに車は戦車でたぶん、引き潰されてるんです。前の方を。で、イスラエル軍側は「そこにイスラエル軍は行っていない」って主張してるんですよ。救急車が砲弾を食らってるのに。もう、本当にひどい……これが今も、イランで起こってるかもしれない。

そして起こったんですよね。この間。イランの女子小学校にミサイルが落ちて165人の7歳から12歳の女の子たちが亡くなりましたから。という凄まじい……もう見た後、本当につらくなるんですけど。でも見なきゃならない映画だなと思います。これが『ヒンド・ラジャブの声』という映画なんで。9月まで公開はされませんが。はい。

町山智浩 イスラエルとアメリカのイラン攻撃を語る
町山智浩さんが2026年3月3日放送のTBSラジオ『こねくと』の中でイスラエルとアメリカがイランを攻撃したことについて話していました。

『ヒンド・ラジャブの声』予告

アメリカ流れ者『ヒンド・ラジャブの声』

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