町山智浩『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』を語る

町山智浩『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』を語る こねくと

町山智浩さんが2025年11月4日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』について話していました。

※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。

(町山智浩)今日は来週14日金曜日から日本公開になるアメリカ映画です。『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』を紹介します。

(町山智浩)これ、ブルース・スプリングスティーンの『Born in the U.S.A.』という大ヒット曲なんですけど。なにしろ41年前のヒット曲なんで、ご存知ないですか? ブルース・スプリングスティーンさんは80年代にとにかく大スターで。『We Are the World』で歌っていますよ。

(町山智浩)『We Are the World』の中では、みんなキラキラした歌声で歌ってるのに、ブルース・スプリングスティーンさんだけね、浪花節みたいな声で歌っていて。「この人、場所が違うだろう?」と思いましたけど。当時、すごい人気で。どのくらい人気だったかというと日本の歌謡曲にものすごい影響を与えたんですよ。中村あゆみさんってご存知ですか? 

『翼の折れたエンジェル』はブルース・スプリングスティーン的な歌ですよ。あと、佐野元春さんはブルース・スプリングスティーンの影響で出てきた人で。歌詞とかも影響を受けてましたね。あと浜田省吾さん。あと絶対ご存知だと思いますけども、尾崎豊さん。なんていうんですかね? 「盗んだバイクで走り出す」歌なんですよ。ブルース・スプリングスティーンは『明日なき暴走(Born to Run)』という歌が大ヒットして。それがまさに『明日なき暴走』でバイクで突っ走る歌だったんですよ。1975年で。で、もう浜田省吾さん、泉谷しげるさん、数えきれないですね。日本の音楽に与えた影響は。彼のスピード感のあるアメリカンロックは。

(町山智浩)それで今の曲『Born in the U.S.A.』、どんな曲だと思いました? どんな歌だと思いましたか? その頃、レーガン大統領という大統領がいましてですね。で、彼は選挙の時にこの『Born in the U.S.A.』をかけたりしてたんですよ。で、それに対してブルース・スプリングスティーンは「この曲をかけるな」って言ったんですよ。「これはそういう曲じゃない」って。この歌、歌詞は田舎の貧しいところで生まれた青年がベトナム戦争に行かされて。アジア人をやりたくもないのに殺させられて。で、自分の兄貴は戦場で死んでしまって。で、故郷の街に帰ってきたんだけれども、仕事もなくて。で、工場で油にまみれて働いてるんだけど未来はないよっていう歌なんですよ。

でも、そんな暗い歌には聞こえないですよよね。だから「アメリカ万歳みたいな曲として使わないでくれ」っていう風にブルース・スプリングスティーンは言ったんです。「アメリカで生まれたのに、なんでこんなに貧乏なんだ?」っていう歌なんですよ。ただこれ、曲が明るいから聞こえないじゃないですか。

当時、アメリカの人たちもみんな、間違えてたんですよ。勘違いしてて、「アメリカ万歳」っていう歌だと思ってみんな聞いて「イエーッ!」って言ったんですけど、それは違ったんですが。実はこれ、全く同じ歌詞で最初は違う曲調でレコーディングしようとしていた時があって。それが最近、発掘されたんでちょっと聞いてもらえますか? 『Born in the U.S.A.』のダークバージョンです。

(町山智浩)こっちのバージョンだとさっき言った歌詞に近い音楽になっているでしょう? さっきの大ヒットした方はメジャーなんですよ。で、こっちはマイナーになってるんですよ。それを変えたんで大ヒットしたんですけど。で、この『孤独のハイウェイ』という映画は『Born in the U.S.A.』を作った時にブルース・スプリングスティーンがどうだったか?っていうのを再現して見せるドラマ映画なんですね。

で、この時、すでにスプリングスティーンは『明日なき暴走(Born to Run)』という歌が大ヒットして世界的なスーパースターだったんですけれども。で、「アルバムを作ってくれ」と言われてで1人で部屋を借りて、家を借りてそこで曲作りを始めるんですよ。ところが、出てくる曲がどれも暗い曲しか出てこないんですよ。で、1人でずっとギターを弾いて。部屋の中で悶々としながら曲作りをするという映画でね。

で、どうしてそうなったか?っていうと彼の生まれた生まれ故郷のすぐ近く、車で5分のところに部屋を借りてしまったんですよ。で、毎日買い物とか行くのに自分の育った家を見なきゃならないんですよ。というか、彼はわざわざ見に行くんですね。で、どんどん子供の頃の記憶が蘇っていって、どんどんおかしくなっていくっていう映画なんですよ。

で、その時は1982年なんですけど。そこで作られたそのアルバムというのは『Nebraska』というアルバムなんですが。これ、1曲目の『Nebraska』をちょっとかけてほしいんですが。

(町山智浩)この歌はね、何を歌っているかというと1957年に19歳の少年がネブラスカを旅をしながら、その間に出会った人を11人を無差別に射殺したっていう歌なんですよ。実際にあった事件です。この歌から始まるんでもう、この『Nebraska』というアルバムに入っている曲はほとんどが殺人とか犯罪についての歌ばっかりなんですよね。それがどんどん出てきちゃうんですよ。彼の中に。そこから、この『Nebraska』っていう歌の中ではこれ、実際にあった事件なんですけど。チャールズ・スタークウェザーという19歳の少年が14歳かなんかのガールフレンドのお父さんを殺すんですけれども。そこからね、自分のお父さんのことを思い出していくんですよ。ブルース・スプリングスティーンは。

父親の暗い記憶

(町山智浩)で、その暗い記憶……お父さん、実はアルコール依存症で。で、お母さんを殴っていて。いつも精神が不安定で。それでブルース・スプリングスティーン自身も殴られて育ったんですね。その記憶にどんどんどんどん、暗黒の中に下がっていくって話なんですよ。そんなつもりは最初はなかったみたいなんですけど。

だから彼自身がどうしても……自分から、その実家の近くに部屋を借りちゃったんですね。で、自分自身のその暗い思い出と向かい合っていくという話なんですけども。これね、演じている人がね、この人はたぶん映画で見たことがあると思うんですが。ジェレミー・アレン・ホワイトという人で。この人、プロレス映画で『アイアンクロー』っていう映画を前に紹介して。あれ、父親がプロレスラーのでフリッツ・フォン・エリックで。息子たちをプロレスラーに育てようとしてものすごく虐待をして。それで子どもたちが次々に死んでいくっていう映画でした。あの中で3男の役をやってた人がこのジェレミー・アレン・ホワイトさんなんですよ。彼、そういうばっかりやっている人なんです。大丈夫かなと思うんですけど。いつも同じような役で。

この人ね、テレビシリーズでこれも日本でも見れていると思うんですけれども。『一流シェフのファミリーレストラン』というテレビシリーズでやっぱり親の虐待によってトラウマを背負った一流シェフをやってるんですけど。大丈夫か?って思うんですが。彼、うまいんですよ。本当にリアルなんですよ。で、見てると心配になっちゃうんですけど。はい。でね、さっきからかかっているようにこういう曲ばっかりなんですよ。で、その1人でギターを弾いて、しかもベッドルームで。闇の底から響いてくる呪いのような歌ばっかりレコーディングしちゃうんですよ。

で、それをデモテープとしてレコード会社の人に聞かせるわけですね。マネージャーとか。それでみんな、頭を抱えちゃうんですよ。「なんだ、これは……うわっ、こんなもの、出せるわけないだろう?」って。で、マネージャーの人はもうそれを聞いてレコード会社の人と相談して。「これは一体、誰のためのレコードなんだ?」って話になるんですよ。たぶん、彼自身のためでしょう。自分自身のトラウマと立ち向かうためのレコードになってるんですね。で、レコード会社が「これは出せないよ」って言うんです。「でもせめて、これをもうちょっとロックにできないか?」ってことで1回、バンド録音をするんですよ。スタジオで、いろんな楽器を使ってね。そしたらやっぱり「違う!」って話になるんですよ。スプリングスティーンが「違う! あの闇の奥から響いてくるような感じがない。これじゃない」って。それで「俺が録ったこのテープからレコードを作ってくれ」って言うんですけども。「このテープ」っていうのは宅録したカセットテープなんですよ。

でもこれ、音質的にレコードとして発売できないですよっていう話になるんです。で、どうするのか?っていう映画なんですよ。これは。で、歌詞も途中からお父さんの話になってくるんですよ。「街にお屋敷があって。そこでいつも楽しそうに家族の笑い声が聞こえる。僕はそれを遠くから見ていたことを思い出す」っていう歌詞があるんですよ。家ではそんな笑いがないから。お父さんがいつも不機嫌で、お母さんを殴ってるし。そういう悲しい歌ばっかりなんですよ。どれもこれも。

で、この『Born in the U.S.A.』も最初はそこでレコーディングするんですけど。明るいバンドサウンドにして、今度はそれだけ浮いちゃうんですよ。「これ、組み合わせられないよ。一緒に発売できないよ」っていう。で、どうするんだ?っていうね、そういうやりとりがこの映画の面白さなんですけど。この映画でね、やっぱりすごくこのブルース・スプリングスティーンっていう人が正直、「これの映画化を許す」って言ったことが大きいなと思っていて。

ブルース・スプリングスティーンという人はこの人、あだ名をザ・ボスって言うんですよ。つまりアメリカの親分だったんですよ。で、ファンの人たちは、みんなスプリングスティーンのことを「スプリングスティーン」とは言わないで「ザ・ボス」って呼ぶんですよ。「ボスが最近、新しいレコードを出したよ」とか「ボスのコンサートに行ったよ」とか。すべてのアメリカ人の……まあおっさんとか、兄ちゃんたちの親分だったんですよ。で、バイクに乗って革ジャンを着て。で、写真にあるかもしれないですけど、いつもたくましい腕を袖を切ったシャツから出して。ジージャン、革ジャン、赤いバンダナ。アメリカの男らしさそのものなんですよ。

もうね、「ワイルドだぜえ」の人の原点ですよ。スギちゃんの原点はスプリングスティーンなんですよ。ボス。ワイルドだから。で、ワイルドさを売りにしていたんですよ、まさに。ところがこれ、「実は僕はそんな人じゃないんだ」っていう映画なんですよ。お父さんに「男らしくしろ、男らしくしろ。お前は女しいんだ。音楽とかやっていて」って言われていて。で、やっぱりお父さんに言われたから男らしく振る舞っていただけなんだっていう告白のような映画になってるんですよ。

だからこれ、自分自身を癒やすためのセラピーのようなアルバムなんですよね。『Nebraska』っていうのは。で、それで毒っていうか、ダークサイドを全部出したからその後、『Born in the U.S.A.』でガーン!って明るく行って、またそれで世界的に大ヒットしてるんですよね。なのでこのアルバム『Nebraska』は出ています。「これ、売れるのか?」って言われていたんですけど、それが売れたんですけどね。

僕はこの時ね、バイク事故をしまして。入院中にこのアルバムが出たんで、それを聞いてたんです。真っ暗な病室で。バイク事故でね、彼女もいなくなっちゃったしね。独りぼっちになっちゃって、ずっとこの地獄のようなアルバムを病院で聞いてたんですけど。まあ、そういう時があるんです。向かいあわなきゃならない時があるんですよ。それをね、すごく思い出したんですが。

やっぱりね、お金持ちになっても逃れられないものってあるんですね。大スターになっても。それはやっぱり子供の頃のトラウマなんですよね。大成功してね、大金持ちになって。それで世界的に尊敬されたらじゃあ、それを克服できるのか?っていうと、できないよって話でもあるんですよ。これは自分自身で解決しなきゃならないんだと。で、もちろん病院にも行きます。はっきり言って。で、自分のトラウマを本当に直そうとしないと、そこから逃げても追いつかれちゃうんだよっていう映画でもあって。本当にね、これはその全然、スプリングスティーンに興味のない人でもやっぱり成功するってことでは解決できない問題もあるんだというのと、あとは子供をいじめるなよっていうことですね。

親は気がついてなくて、何気なく「お前、男らしくないな」とか言ったりする親がいたりするわけですよ。それがもう、大変な傷を残しちゃうんだという。そんないろんなことを学べる映画で。これは僕、本当に深く刺さりましたね。

『Nebraska』と『Born in the U.S.A.』、陰と陽でものすごく分かれているアルバムなんで、2つのアルバムを聞き比べるとすごいですよ。でもこれ、すごく暗い歌をものすごく明るく歌うっていうところにやっぱりスプリングスティーンのすごさがあるなと思いましたね。

『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』予告

アメリカ流れ者『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』

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