町山智浩さんが2025年10月21日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『女性の休日』について話していました。
※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。
(町山智浩)今日紹介する映画もデモの話なんですけど。今日はね、『女性の休日』というアイスランド映画を紹介します。
(町山智浩)はい。今、聞こえている曲はすぐわかる人もいると思うんですが。赤ちゃんみたいな独特の声なんで。これ、ビョークさんですね。ビョークさんって世界で一番有名なアイスランドシンガーじゃないかな? で、彼女が今、歌っているこの歌はね、『declare Independence』という、まあ「独立宣言」という歌ですね。で、この今日紹介する映画『女性の休日』もですね、ビョークさんが協力してるんですけど。歌を歌ってますね。
で、これはその今から50年前の1975年10月24日にアイスランドで実際にあった全女性ストライキのドキュメンタリーです。これ、だからそれからちょうど50周年記念で日本で公開されるんですけど。10月25日公開……1日ずれてますが。これ、どういうことかというと労働している、働いている女性たちがすべて、その10月24日にすべての仕事をやめたんですね。それは女性差別っていうか、女性があまりにも軽視されているんで。「じゃあ実際、女性が働くのをやめたらどうなるか、見てごらんなさい」というストライキだったんです。
アイスランドって、氷と火山しかないところですよ。孤島で。男女平等ランキングで16年間、アイスランドはずっとトップなんですけども。でも本当は何もないところなんですよ。言っちゃ悪いですけど。火山で温泉が出てますけどね。あと、仕事としてはやっぱり漁業ですね。鱈とかが取れるんですけど。それとイワシの缶詰とかでやっているちっちゃいちっちゃい島なんですけれども。
ここがその女性の休日……その全女性ストライキで全世界の男女平等の運動に火をつけたところだったんですね。人口はその当時、20万人ちょっとしかいなかったっていうぐらいちっちゃい島だったんですけれども。で、やっぱりね、どういう人たちか?っていうとバイキングの子孫なんですよ。で、バイキングっていうとほら、角の生えたヘルメットをかぶって斧を振り回している海賊ですけど。やっぱりそういうところから、男尊女卑だったんですね。
だからずっとその女性の権利があったところじゃなくて、逆だったんですよ。海賊は女性、いないですからね。で、男たちがよその国を侵略してる間、奥さんたちは家で待っていたわけですよ。旦那が海賊をしている間に。だから実際、そのストライキがある前はたとえば銀行とかでも経営とか融資をやってるのは男性だけで。女性はお金を数えるだけっていうね、そんな仕事だったり。新聞社でも編集したり記事を書いたりするのはみんな男で、女性はそれをタイプで打つだけっていうね。それぐらいまあ女性差別があったところだったらしいですね。この映画、当時のフィルムをすごくいっぱい使っていて。すごく貴重な映像もいっぱいあるんですが。ドキュメンタリーだから。
そういう内容を結構かわいいアニメですごく、おとぎ話のように描いているところとかも面白いですね。すごくかわいい手書きのアニメーションでね。こういう内容ですけれどもね。で、そういうことで差別されているだけじゃなくて、農業もあって。農業というか、牧畜業ですね。羊を飼っているんですけど。その農業組合にも女性が入れないとかね。そういう風に非常に女性差別があってですね。それでまあ、「私たちはなめられている。じゃあ、私たちはどれだけ仕事をしているか見せてやるわ!」ってことで少しずつね、オーガナイズしていって女性全ストライキというのをね、やるんですけれども。
「ストライキ」ではなく「女性の休日」
(町山智浩)これ、やっぱりね、反対している人も途中で出てきてね。「ストライキっていうのは左翼的で良くないから名前を変えろ」って言われて、それで「女性の休日」っていう名前に変えるんですね。これ、でも「ストライキ」って言わなかったせいで家事をする主婦の人たちも全部、家事もやめたんですよね。ここがすごくて。育児も全部やめるというところに広がっていったんですけれども。これ、やっぱり家事を「労働」と考えない男が多すぎるんですよね。実際にその家事代行業とかの人が同じ仕事をすると、日本だと年収が300万になるって言われてますよね。でもその分をタダ働きさせるわけですから。それはでも、男たちは女性が本当にその仕事をしないことで初めてわかることなので。おむつも替えたことがない男がいっぱいいるわけですけど。
で、これをすごく楽しく、みんなで歌を歌いながらこのストライキをしていくんですけど。そこでね、それを見たその新聞記事がですね、その人をこう言うんですよ。「リュシストラテみたいだ」って言うんですよ。これはね、古代ギリシャ。紀元前411年間にアリストパネスという戯曲家が書いたお芝居があるんですけど。男は戦争ばっかりしてるんでね、それをやめさせるために女性たちがストライキをしたという喜劇があるんですよ。そのことなんですけど。これ、どういうストライキをしたかっていうとセックスをしないんですね。1日じゃないですよ。ずっとしないんですよ。で、男たちが「すいません。ごめんなさい……」っつって戦争をやめるっていうお芝居が書かれてるんですけど。
それがね、たぶん女性のストライキの最初の文献じゃないかって言われているらしいですね。だからこの中で女性のストライキの参加者の人たちが言っているのは「最初はふざけてると思われた。笑い物にされた」っていう風に運動家の人が言ってるんですよね。でもそれは実は全然違っていて、非常にそれが大きな力を持って。そのわずか5年後にですね、アイスランドでは女性が大統領になるんですよ。これ、大統領になった人はヴィグディス・フィンボガドゥティルさんです。この人はその女性ストライキの指導者でもあったんですね。
で、そこからどんどんですね、最高裁判所とか農業組合とかに女性が入っていって。本当にこのストライキをきっかけに改革が進んで、それは全世界に広がっているんですよ。で、この映画の中で足りないことがあるんです。描かれてないことがあるんですよ。これ、どういうことかというと「現在はどうなのか?」っていうことですね。
それで今現在、アイスランドは大統領も総理大臣、首相も警察……まあ警視総監ですね。全て女性です。で、国会議員も半分……46%が女性議員ですね。で、こうなったっていうのはやっぱり「女性の候補が半分いた」っていうことなんですよ。これね、女性政党もあるんです。で、世界で一番男女平等が進んだ国って言われているんですけど。この状況になる時に1回、大きなことがあったんですよ。実はこれも映画では描かれてないんでここで語るべきなんですけど。実はアイスランドは2008年の金融危機、リーマンショックってありましたね。あれで世界一ひどい打撃を食らったところなんですよ。
ほとんど国が破綻したんですよ。全銀行が潰れて、全企業が潰れるっていうような状態になったんです。アイスランドは。全然産業がないから、金融国家になろうとして超バブル経済にしちゃったんですよ。で、国の要するにGDPよりもはるかにでかい金を操るという完全なバブル国家になったんで。で、バブルが弾けた瞬間に国が全部、滅んじゃったんです。2008年に。
経済危機で破綻しかけたアイスランド
(町山智浩)で、どうなったか?っていうとその時に女性首相が現れたんですよ。ヨハンナ・シグルザルドッティルさんという方が首相になりまして。彼女、何をやったかというと、そのめちゃくちゃなバブル経済をした男たちを全部、罰したんです。腐敗した銀行家と政治家たちを。で、実刑を食らわせました。国民を貧しくさせた罪ですよ。ねえ。国民を貧しくさせるというのは俺、最大の犯罪だと思いますよ。それもまあバブル経済で、カジノ経済みたいなことをしたんでね。
で、すごく完全に改善をして。今、アイスランドの経済はすごく良くて。たとえば国民1人当たりのGDPの額が7万8000ドルなんですよ。ちなみに日本は今、3万2000ドルです。だからすごい福祉国家に変えていったんですね。この女性首相が。で、その時にやったのは「金融で暴走させないような金融をやろう」っていうことで作った女性たちによる投資会社があるんですよね。
それにお金を出してる人がビョークです。男たちがやると、それこそバイキングとかもそうですけど。要するに男たちが経済をやると、それはマチズモの経済になっちゃうことがあるんですよ。これ、ディカプリオの映画で『ウルフ・オブ・ウォールストリート』っていうのがありましたけども。あれ、バブル経済でめちゃくちゃやる金融家たちの話なんだけど完全にその男性の性欲と結びついた描き方がされていたじゃないですか。そういうことをやっているから大変なことになっちゃうんですよ。要するにカジノでバーッと博打するぞ! みたいな気持ちで経済をやっているからめちゃくちゃになるんで常にバブルが暴走しては弾けてっていうのを繰り返してるんで。それで彼らからお金を取り上げたんですよ。
(町山智浩)それはやっぱりアイスランド、女性ストライキを1回やって思い知らせたっていうのが非常に大きい経験になっていると思うんですけど。日本ってストライキってもう最近、やらないんじゃない? 昔、僕が子供の頃はよくストライキがありましたけどね。それでみんなが応援してたりしましたけども。そういうのが変わっていったんでしょうけど。この経済価格をやったヨハンナ・シグルザルドッティルさんっていう人がすごく重要なのは、この人は世界最初のレズビアンの首相でもあるんですよ。そこもまたすごいんですけどね。ちなみにアイスランドの人の名前、名字は必ず「ドッティル」って付くんですけどね。
ビョークさんもね、本名はね、「ビョーク・グズムンズドッティル」っていうんですよ。知りませんでした。「ドッティル」っていうのは「daughter」っていう意味で。親の名前の後に「ドッティル」って付けるんで名字とは違うらしくて、継承されないんですね。だからエリックさんの娘はエリックドッテルなんですけど。それは要するに名字じゃないんで、父親と子供は名字が違うんですよ。で、これが男性と「ゾン(ソン)」なんですね。もともとヨーロッパはそうだったらしくてジョンソンさんっていうと「ジョンの息子」っていう意味だったらしいんですよ。まあ、それはどうでもいいんですが。みんな不思議だと思うんで説明しましたが。
でね、この映画でやっぱり女性の首相が経済から何からを変えて、そのアイスランドを豊かにしていく。それで経済についての不正を行った人たちを罰していく。で、これは大事なことなんですけど、女性首相だから大事ってことじゃないんですよ。女性首相になったとしても、そういうのをほったらかしてたら意味はないんですよ。それこそLGBTの人とかを差別してるのであれば女性が首相になっても意味はないです。裏金議員を入閣させてるんじゃ意味ないです。女性首相になったところで。
これはアイスランドは……これ、この映画の中には出てこないんですけど。ちょっと調べられるといいと思うんですが、まあすごいことをした国なんで。ぜひご覧になっていただきたいですね。この『女性の休日』を。