町山智浩『ボーはおそれている』を語る

町山智浩『ボーはおそれている』を語る こねくと

町山智浩さんが2024年2月13日放送のTBSラジオ『こねくと』の中でアリ・アスター監督の映画『ボーはおそれている』を紹介していました。

(石山蓮華)そして、町山さん。今日は?

(町山智浩)はい。今日はですね、今週16日金曜日から日本公開にな『ボーはおそれている』という映画を紹介します。これね、ボーって言うと日本だと「某」みたいに聞こえるんですけど。ボーっていうのは名前なんですね。普通にアメリカ人に結構いる。カタカナで「ボー」なんです。で、このボーくんを演じるのはホアキン・フェニックスという名優ですね。この人は『ジョーカー』でね、バットマン最強の敵ジョーカーが実は普通の気のいい優しい青年だという、「本当かよ?」っていう作品で。その非常に優しい青年、ジョーカーのなる前の役を演じてアカデミー賞を取った人ですね。ホアキン・フェニックスね。で、アリ・アスター監督というこの映画の監督はですね、また凶悪なばっかり撮っている人で。

(石山蓮華)大好きです!

(町山智浩)えっ、そうなんですか? 変わってますね(笑)。大丈夫ですか?

(石山蓮華)大好きなんです。家にグッズをいくつか買ってあったりします。『ヘレディタリー』の最後に出てくる小屋をクッキーで焼ける焼き型とか。

(町山智浩)そんなの、あるんだ?(笑)。

(でか美ちゃん)でも日本でアリ・アスター監督、人気出てきてる感はすごいしますよ。

(石山蓮華)周りでも評判です。

(町山智浩)はい。大ヒットしましたしね。『ヘレディタリー』とか。でも『ヘレディタリー』ってひどい映画で。高校生のお兄ちゃんが中学生の妹を連れて車に乗ってるとね、妹が窓から首を出して。そこに電柱があって……っていう。

(石山蓮華)そうなんですよ! もう最悪のドライブなんですよね。

(町山智浩)子供の頃、遠足でバスに乗ると先生が「窓から首、出すと取れちゃうよ!」とか言ってましたけど。本当にそういう話でしたけど。それがまたヒットして、その次の『ミッドサマー』っていうのがまたひどい映画で。いきなり一家心中から始まるんですよ。

(でか美ちゃん)『ミッドサマー』は見ました。指の隙間から。「ううっ!」って思いながら見ました。

(石山蓮華)私、何回も見ています。

(町山智浩)何回も見るって……大丈夫ですか? 本当に。

(でか美ちゃん)心配されている(笑)。

(石山蓮華)家でサントラをよく聞いてますね。大好きで(笑)。本当にすっきりするんですよね。どこか。

(町山智浩)なんで?(笑)。

(でか美ちゃん)でも、ひどいものを見ると何かが晴れる感じするっていうのは、なんとなくね、わかりますけども。

(町山智浩)ああ、それは癒しになるかもしれないね。はい。まあ、『ミッドサマー』はそういう映画でしたね。だからその一家心中の生き残りの女の子が彼氏にくっついて、スウェーデンに夏休み旅行に行くとね、そのスウェーデンの村が何と言うか、生贄祭をワイワイ、楽しくやっているんですよ。で、その生贄にされちゃうっていう映画だったんですけれども。で、このアリ・アスター監督の映画ってね、あまりにもひどいんで、逆に笑えるところあったんですね。笑っちゃうっていう。で、今回は初のコメディに挑戦したという。

(石山蓮華)ええっ? アリ・アスター監督のコメディって、怖いですね!

(でか美ちゃん)怖そう! きっかけみたいな感じで(笑)。

アリ・アスター監督、初のコメディ作品

(町山智浩)そうそう。基本的に今までの映画と同じなんですよ。主人公はただひたすら酷い目に遭い続けるだけなんですけど。酷い目に遭うっていうのは……難しいんですが。チャップリンがね、お笑いっていうものについて話していて。チャップリンって喜劇映画の巨匠ですけど。「お笑いっていうのは、主人公は酷い目に遭うってことなんだよ」ってことを言ってるんですよ。「バナナで滑って転ぶのを遠くから撮れば、それはお笑いになるけれども。バナナで滑って転んだ人の顔にカメラが近づいて、その人の痛みとか恥ずかしさとかをカメラが捉えたら、それは悲劇になるんだ。同じ出来事を突き放して撮るか、主人公に感情移入して撮るかで悲劇か喜劇かが変わってくるんだ」ということをチャップリンが昔、論じてるんですけども。

そういうところで、お笑いとホラー、主人公が酷い目に遭うっていうことは裏表の関係なんですけども。で、今回のボーくんのお話、『ボーはおそれている』っていうのもタイトル通りでですね。ホアキン・フェニックスはいつも、何かにびびっている、超びびりの中年男なんですね。で、腹も出ちゃって、髪の毛も白髪でハゲ散らかしてるんですけど。で、貧乏でですね。ニューヨークの汚いアパートに一人暮らしをしてて。「こいつ、大丈夫かな?」と思うとそこに電話がかかってきて。それがお母さんからなんですね。

で、「あんたのお父さんの命日だから、実家に帰りなさい」と言われて。ところが、ボーくんは飛行機に乗り遅れちゃうんですよ。ボケてるから。そうすると、電話がかかってきてですね。今度は「あんたのお母さんが事故で死んだ」って言われるんですよ。

(でか美ちゃん)つらい始まり……。

(石山蓮華)アリ・アスターっぽいですね!

(町山智浩)そうなんですよ。で、主人公のボーくんはユダヤ人で。ユダヤ人っていろんな決まりがあってですね。ミツバーっていうんですが。それだと、死んでから24時間以内に葬儀をしなければならないとか、喪主である長男がそこに行かないと埋葬ができないとか、いろんな決まりごとがごちゃごちゃあるらしくて。それを守るために、何とか実家に行こうとするんですけど……これ、コメディなんで。ボーくんは次々といろんなものに阻まれていくという。で、なかなか実家に帰れないっていう、お笑いというか、地獄のような……この映画、3時間もあるんですよ! で、このおっさんがいじめられるだけなんですよ。

(でか美ちゃん)「実家に帰れない」っていう軸でアリ・アスター監督が3時間って、それはもう酷いことが起きるんだろうなって(笑)。

(町山智浩)もう見てらんないんですよ。

(石山蓮華)ありとあらゆるひどいことが起こるんだろうなー!

(町山智浩)そうなんですけど。このボーくんは、とにかくいい人なんです。優しくて、気が弱くて。で、なんにも悪いことしてないのに、もう人にぶたれたりししながらもね、「ごめんなさい。僕が悪かったんです。すいません」と謝り続けてるんですよ。ひたすら。そういう人って、いますよね。何も悪くなくても「すいません、すいません、すいません」って言ってる人。で、俺も結構そうで。アメリカでね、「I’m sorry. I’m sorry.」ってやたらと言っていると「日本人はやたらと謝るね」とか言われるんですけど。これね、アリ・アスター監督にインタビューして。「このボーくん、『I’m sorry.』って言いすぎですね」って言ったら、監督が「すいません、すいません」と謝るんですよ。

(石山蓮華)ああ、監督ご本人がですか?

(町山智浩)そうなんですよ。で、「なんでそんなに謝るの?」って聞いたら「僕はユダヤ系なんだ。ユダヤ系っていうのはなにか、いろんなものに謝りながら。『すいません、すいません』って言いながら生きてるんですよ」って言うんです。で、「なんでそういう風に生きてるの?」っていう話を彼としてたら、それを根本的にそのユダヤ系の人が信じてる旧約聖書に理由があるだと。旧約聖書っていうのは「古い契約」っていう意味で。そのユダヤ系の人たちが昔々、神様とした契約が書いてある本なんですね。キリストとは直接、関係ないんですよ。旧約聖書って。で、その中にヨブ記という項目があるんですけど。ご存知ですか?

(石山蓮華)なんか、名前しか知らないです。

旧約聖書・ヨブ記

(町山智浩)これがね、すごいとんでもない話でね。ヨブという人がいて。ユダヤ系の人なのかわからないんですけど。とにかく神様とした契約通りにきっちり生きてる真面目な人なんですね。で、一生懸命生きてたから、奥さんと子供が何人もいて。それで農家をやってるんですけど。家畜もいっぱいいて、豊かに幸せに暮らしてるんですよ。そうすると、神様たちの方で相談していてですね。「彼は幸せにしてもらってるから、神様に感謝してるのかもしれない。じゃあ、彼は不幸になっても神様を信じるだろうか?」という賭けをしだすんですよ。神様たちが。で、このヨブくんをひどい目に遭わせてやろうとして、次々と……まあ、家畜は死んでいくし、盗まれちゃうし。家が崩壊する事故で子供が全部死んじゃうんですよ。

で、奥さんも逃げていっちゃうんですよ。で、友達に「私はこんなに真面目に生きてるのに、なんでこんなひどい目に遭うんでしょうか?」って言うと、友達は「いやー、世の中というものはやっぱり神様に従って動いてるんだから。君はひどい目に遭ったことは元々、君がなんか悪いことでもしたんじゃないの?」って言われるんですよ。こういう考え方って、あるわけですよ。

(でか美ちゃん)理不尽すぎる……。

(町山智浩)なんにもしてないのに不幸な人が、自分はなにか悪いことをしちゃったんじゃないか? だから自分は神の罰を受けてるんじゃないか?っていう考え方があるわけですよ。だから「すいません、すいません」の世界なんですよ。

(でか美ちゃん)なるほど。謝らなくていいのに謝っちゃう。

(石山蓮華)悪いことが起こった時に、自分に理由を探しちゃうんですね。

(町山智浩)そうなんですよ。そういうね、このヨブ記というのは非常に旧約聖書の中で一番大事だとも言われてるところで。「神を信じるというのはどういうことなのか? 自分に幸福があるから信じるっていうのは違うんじゃないか?」っていうことで。で、最後にヨブは神様に対して「なんでこんなひどい目に遭わせるんですか?」って文句を言うと神様が「世界全体がどうなってるかなんて、君にはわかんないだろう? 君の不幸ってのは、この世界全体の仕組みの大きな歴史の中でなにか意味があって私が考えてやってることなんだから、文句言うな!」って言われるんですよ。

(石山蓮華)ええっ? 理不尽すぎますね。

(町山智浩)超理不尽なんですよ。これはユダヤ人にとって、ものすごく重要だっていう風にアリ・アスター監督は言うんですね。というのは、ユダヤ人っていうのはもう2000年間、その国を失って差別されてきたわけですよ。で、その国を失ったっていう理由も、ユダヤ教の神と契約して、その通りに生きようとしたために……イスラエル王国、ユダヤ王国というのはローマ帝国の中の属国だったんですけど。そのローマ帝国に対して反乱を起こして、国自体を解体させられちゃうんですね。で、2000年間、国のない民としてすごい差別をされ続けて。ホロコーストでナチに皆殺しされそうになったわけですよ。だからみんながヨブなんですよ。ユダヤ系の人って。「なんでこんな真面目に生きていて、神様を信じているのに、なんでこんなひどい目に遭うの? 訳がわかんないっすよ!」っていうことなんで。

ユダヤ系の人々のユダヤ人性と結びついた作品

(町山智浩)だから、この『ボーはおそれている』っていうのは根本的にそのアリ・アスターの非常にユダヤ人性というか、ユダヤ人自身の1人1人の非常に不公平だ、みたいなね、そういうのと結びついていて。『おそれている』ってのは、ユダヤ系の人はとにかく、自分が何かをするとそれが神様の教えに本当に反してないんだろうか?ってビクビクしてるんですって。で、たとえばこのボーがね、キリスト教の家族に救われて。そこで、その娘の部屋に寝かせられるシーンがあるんですよ。すると、目が覚めると、部屋中がK-POPのポスターだらけなんですよ。アイドルの。そのティーンの娘の部屋に寝かされてるからね。これはユダヤ人にとっては、とんでもないことなんです。

(石山蓮華)なんか、場面写真があるんですけど。かわいらしい部屋にそのボーが寝ていて。アイドルの写真がたくさんね、ポスターが貼ってあって。よくある女の子の部屋みたいな感じがしますけどね。

(町山智浩)はい。ユダヤ教では、禁じられてるんですよ。K-POPが、じゃないんですけど。アイドルが禁じられてんですよ。

(石山蓮華)偶像禁止っていうことですか?

(町山智浩)そう! 偶像崇拝は一切禁じられてるんです。

(石山蓮華)ああっ、ピンチ!

(町山智浩)ピンチなんですよ。ボーくんはここで「やばい! 神様に禁じられてる偶像崇拝の人のベッドに寝ちゃった!」って(笑)。

(でか美ちゃん)人のベッドで寝ちゃうでもダメなんだ?

(町山智浩)いろいろ細かいんですよ。偶像崇拝についてはね、ユダヤ教には600の教えがあって。そのうちの20ぐらいが偶像崇拝に関する禁止事項なんです。600ですけどね。全部で。

(でか美ちゃん)じゃあユダヤ人の方って、推しメンをあんまり作ったりしないのか?

(石山蓮華)ちょっと文化的に難しいのかもしれないですね。

(町山智浩)いや、やってるんですよ。アイドル、いっぱいいるんですよ。イスラエルにも。ユダヤ系のアイドルもいるんですが。だからユダヤ系の人っていろいろ決まりがありながら、常にそれを破りながら生きてるんですよ。

(でか美ちゃん)「これは別にセーフじゃない?」みたいな感じってことですか?

(町山智浩)だからいつも「いや、俺はなんかしちゃった? まずいこと、したかな?」って……たとえば、土曜日にエレベーターのボタンを押しちゃいけないんですよ。ユダヤの人は。

(石山蓮華)どうしてですか?

(町山智浩)これはある種の労働なんで。土曜日は一切の労働を禁じられてるんで。仕事っぽいことを一切しちゃいけないんですよ。でも実際、みんなしているんですよ。だからいつも「ああ、神様すいません。やっちゃいました」っていう気持ちで生きていて。それが『ボーはおそれている』っていうタイトルになってるんですよ。そういう面倒くさい、ユダヤ系の人の人生を凝縮して描いている映画ではあるんですが。ただ今、これを見ると……これはイスラエルによるがザ攻撃の前に作られた映画なんでね。

今見ると、すごく複雑な気持ちになるのは今、イスラエルでユダヤ系の人たちは支配する側に回ったわけですよ。2000年ぶりにね。ずっと支配されてきて。で、一旦支配をする側に回ったら、やっぱり独裁的に振る舞って。それこそ子供を何千人も今、殺してるんですよね。だからなんだろう?って……人間ってなんだろう?って俺は思っちゃうんですよね。今までは「すいません、すいません」って生きてきたのに。一旦、力を持っちゃうとやっぱり人間って、どうしてこうなっちゃうんだろうな?って。

(石山蓮華)どうして、その受けた痛みを相手のために、シンパシーを使えないんだろうか?っていうね。

(町山智浩)できないのか?っていうね。これはだからユダヤ人がとか、何人がという問題じゃなくて。人間ってなんだろうなって気持ちにもなっちゃうんでね。みんなからバカにされてもね、俺とかも「すいません、すいません」って言ってんですけど。でも、もうそれでいいやと思いますよ。本当に。「すいません、すいません。原稿が遅れて……」って。それは俺が悪いんですけども。すいません(笑)。

(でか美ちゃん)なにも理不尽じゃないっていう(笑)。

(町山智浩)自分が悪かったです。すいません(笑)。

(でか美ちゃん)これは結構、日本の人は共感しちゃいそうです。ボーの生き方っていうのは。

(町山智浩)そう。もう本当にね、申し訳ないと思いながら生きてるのに、ひどい目に遭い続けるって人はいっぱいいますんで。僕の友達にも。だから共感せざるを得ない人も多いと思います。ということで『ボーはおそれている』は今週16日、金曜日から公開です。

(石山蓮華)はい。町山さんありがとうございました。

(町山智浩)はい。

『ボーはおそれている』予告

<書き起こしおわり>

タイトルとURLをコピーしました