町山智浩『チャレンジャーズ』を語る

町山智浩『チャレンジャーズ』を語る こねくと

町山智浩さんが2024年5月7日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『チャレンジャーズ』について話していました。

(町山智浩)それで今日、紹介する映画は楽しい映画ですよ。『チャレンジャーズ』というアメリカ映画です。

(曲が流れる)

(町山智浩)はい。もう後ろでEDMがガンガン鳴ってますけども。クラブみたいな感じなんすけど。これ、『チャレンジャーズ』っていうのはテニス映画です。「チャレンジャー」というトーナメントが実際にアメリカとか、世界中でやるってあるんですけど。それで対決する2人の男性のプロテニスのプレーヤーがいて。その対決を描いた映画なんですが。その2人が対決するところから始まるんですよ。この映画は。で、その対決している2人の関係は一体なんなのか?っていうことが、フラッシュバック(回想)で描かれていくという。これね、アニメで『THE FIRST SLAM DUNK』ってありましたよね。

(石山蓮華)はい。見ました。

(でか美ちゃん)面白かった。

(町山智浩)面白かったでしょう? あれ、基本的に1試合の最初から最後まで見せるじゃないですか。ひとつの映画の中で1試合なんですけど。その間に「このメンバーはどうやって集まったのか」とかね、「この人たちの関係はどうなのか」とか「彼自身が抱えているトラウマは一体何なのか?」っていうことがひとつの試合の中で差し込まれていくじゃないですか。この映画はあれと同じ形式です。この『チャレンジャーズ』は。で、この戦っている2人はですね、男性で。32歳ぐらいの2人なんですけれども。

1人は非常にワイルドでですね、流れ者みたいなテニスプレーヤーなんですね。なんていうか、家もないんですよ。車の中で暮らしてるんですよ。で、どん底なんですけども。その彼がそのチャレンジャーというトーナメントに出るんですが、このチャレンジャーというトーナメントはタイトル通り、挑戦者ですから。全世界のそのランキングで400位とか、そのぐらいのどん底の人たちもそこに出れるんですよ。出て、勝ち抜いていけば優勝して、いきなりスターになれるかもしれないというね。非常にチャレンジングな、そういう試合なんですが。

ところがもう1人の方はチャレンジャーにはちょっと向いてない人が出るんですね。この人はもうほとんどグランドスラムっていうか、世界中の有名な試合の全部で勝ったことがあるという、プロテニスプレーヤーの頂点にいる人なんですけれども。ちょっと、いろいろな問題があって、引退を考えているんですよ。それでそのマネージャーでコーチの奥さんが、彼にやる気を出させるためにちょっと自分よりもレベルが低い人たちが出るチャレンジャーに出して、優勝して勢いをつけようとしてるんですね。という話なんですよ。で、最初に言ったホームレスのプロテニスプレーヤーはパトリックという男で。アートというのがプロテニスプレーヤーのトップにいたんだけども、ちょっと挫折しかかってる彼なんですね。で、この奥さんを演じる人が……奥さんはタシさんという人なんですが。奥さんを演じる人がゼンデイヤというスターなんですが。ご存知ですか?

(石山蓮華)もちろん。

(でか美ちゃん)私は写真を「ああ、見たことあるはず」っていう感じでした。「もちろん知ってる」っていうよりは。

(石山蓮華)私は『スパイダーマン』で見ました。

(町山智浩)そうなんです。『スパイダーマン』で主人公のピーター・パーカーの恋人を演じてる人なんですね。この人はうちの近所の出身なんですよ。

(石山蓮華)あら。オークランド出身なんですか?

(町山智浩)はい。オークランドのフルートベールという、ちょっと治安が悪いところではあるんですけど。そこの学校の先生の娘さんだった人なんですよ。で、結構中学・高校ぐらいから有名で。もうテレビとか出てたんでね。天才少女だったんですけど。今はね、もう本当にファッションモデルとしてもトップクラスだし。俳優としても……この映画は彼女、自分でプロデュースしてますね。

(石山蓮華)ああ、そうなんだ!

(町山智浩)まだ27歳かなんかなんですよ。

(でか美ちゃん)でもそういう俳優さん、増えましたね。作品にもしっかり携わるっていうね。

主演のゼンデイヤがプロデュース

(町山智浩)最近、そうですね。『バービー』なんかのマーゴット・ロビーさんなんかも、全部自分でプロデュースしてるし。『哀れなるものたち』のエマ・ストーンさんも全部、自分でプロデュースしてますね。もう全部、自分で自分の言いたいことが言えて、自分の技が出せる映画をプロデュースしていくっていうのが今のハリウッドの流れなんですけれども。それにしても、若いんですよ27って。すごい今、一番のトップスターがこのゼンデイヤさんなんですけども。で、彼女が奥さんの役やってるんですね。32歳の役をやっているんです。自分より5歳も年上のね。で、この映画は最初に彼ら3人が出会った18歳の時から話が始まるんですよ。18歳から32歳まで演じていて、演技もすごいですね。

(でか美ちゃん)長いな。

(町山智浩)で、この戦ってる2人は実は昔は親友で、幼なじみだったことがわかります。パトリックとアートは一緒に寄宿学校で暮らしていてですね。パトリックがアートにオナニーの仕方を教えたっていう話まで出るんですよ。

(でか美ちゃん)大親友すぎる。

(町山智浩)すぎるだろう?っていうね。もう一線を越えてるわけですけど。それでなぜ、それが戦うことになったのか? 戦う時も、ものすごいもう相手を本当に潰す勢いで戦うんですよ。この2人が。それでゼンデイヤさんはタシっていう役名なんですが。18の段階でスーパースターで。自分のファッションブランドまで持っていて。あとコスメのブランドも持っているというぐらいの世界的なスターのテニスプレーヤーだったんですね。で、その彼女を2人とも、パトリックくんとアートくんは好きになっちゃうんですよ。で、パーティーでナンパをするわけですが。それで「部屋に来るかな? 来たらいいな」とか2人でホテルで言ってるんですよ。すると、彼女が現れるんですよ。現れてね、「キスしようよ」って言うんですよ。

(石山蓮華)あらあら!

(町山智浩)「えっ、どっちと?」っていうので、そこに写真がありますけども。ゼンデイヤを挟んでパトリックくんとアートくんが2人並んで。それでキスをするんですけど、同時キスですね。

(石山蓮華)そうですね。両手に花じゃないですけど。

(でか美ちゃん)こんなウハウハみたいな状態、あるんだ。

(町山智浩)ほっぺじゃんなくて、三つの口をくっつけて。しかもレロレロのディープキスをするんです。

(でか美ちゃん)なんかこっちに来ている資料だと、タシの首元にね、2人が同時にキスしてる、なんかまだちょっとかわいい感じの。

(町山智浩)それはまだ、かわいい感じなんですけど。三つ巴のキスをしているとゼンデイヤさん、タシちゃんはそこからスッと引くんですよ。そうすると、このパトリックとアートが2人だけでディープキスしてる状態になるんですよ。

(でか美ちゃん)なんか「あれ? 目的が……」ってなっちゃいません? 2人からしたら。「あれあれ? いない」って。

(町山智浩)で、夢中になっているから気づいていないんですよ。で、それをタシちゃんは見ながら「アッハッハッ!」ってやっているんですけども。

(石山蓮華)「BLで見たことありそう」って思っちゃった(笑)。

BL的な展開

(町山智浩)ありそうでしょう? 「あんたら、本当はできてるんじゃないの?」みたいな。この三角関係のドラマなんですよ。で、このタシちゃんはその後、パトリックとアートが戦って、パトリックが勝ったんで彼がタシちゃんと付き合い始めて。その後、でもこのタシちゃんは膝の怪我でプロテニスを引退するんですが。その時にパトリックは彼女を助けなくて、アートが助けたんで彼女はアートと結婚をするんですよ。ところが、この3人はその後も関係が続いてて。「取るか、取られるか」っていう関係になっていくんですよ。それでこの試合に臨むんですね。三つ巴の戦いになってくるんですよ。

(でか美ちゃん)「私のために」っていうやつじゃないですか。

(町山智浩)そうなんですけれども、この2人もなんか、怪しいんですよ。男同士も。

(でか美ちゃん)そうか。本当に不思議な、入り乱れているんだ。3人しかいないのに。

(町山智浩)そうなんですよ。それで、どうしてこういう映画になってるかっていうと、二つの理由があって。まずひとつは監督がルカ・グァダニーノという監督なんですね。この人は『君の名前で僕を呼んで』という映画の監督なんです。それはティモシー・シャラメくんが高校生で、大学生の男性と性的体験をするというエロティックなラブストーリーだったんですよ。まあ、BLですね。男性同士の。で、このグァダニーノ監督自身もゲイなんですね。だからこの映画ね、シャワーシーンとか、控え室・ロッカールームとかサウナとかで……僕、アメリカで見たんですが。いっぱいぶらぶらが見えました。

(でか美ちゃん)ぶらぶらが。

(町山智浩)そう。なんか、日本はどうなのかわかんないですけど。「これ、全部見えてるよ?」と思いましたけど。これは監督の趣味だと思いますけどね。それともうひとつ、この三者の三つ巴の恋愛関係っていうのになった理由はこれ、脚本がですね、ジャスティン・クリツケスという人なんですね。この人はこれが初めてのシナリオなんです。それまではYouTuberとかをやってた人なんですけど。この人は、前にこのコーナーで紹介した『パスト ライブス/再会』という映画。あれ、セリーヌ・ソンさんっていう女性が監督をして。自分自身にあった、韓国に幼なじみがいて。それでアメリカに移住してきて。その後、結婚をして。旦那がいるんだけどそこに韓国からイケメンの幼なじみが訪ねてくるっていう映画。それが『パスト ライブス』だったんですね。で、その旦那の方なんですよ。この脚本を書いてる人は。

(石山蓮華)おおー、そこで! ええっ?

(でか美ちゃん)どんな気持ちで書いているんだろう?

(石山蓮華)じゃあ、ちょっと『パスト ライブス/再会』の中では監督のセリーヌ・ソンさんの実体験として、1人の女性と2人の男性っていう映画でしたけど。なんか、実体験みたいなことがかなり『チャレンジャーズ』にも生かされてそうですね?

(町山智浩)そうなんですよ。だからほとんど……1年ぐらいの間を置いて、夫婦なんですね。奥さんと夫がそれぞれに自分たちの関係を映画に描いているんですよ。

(でか美ちゃん)なんかこれ、喧嘩と取るのか、いちゃいちゃ取るのか、みたいなね。

(石山蓮華)でも、成就しているからいちゃいちゃでいいんじゃない?

(町山智浩)だと思うんですけどね。で、あっちの『パスト ライブス』の方も韓国から来た元カレと今の夫がすごく仲良くなるじゃないですか。で、こっちもだからなんか、ゼンデイヤを取り合ってテニスの戦いをするんですけども。この2人もね、なんかね、「本当はできてるんじゃねえの?」みたいなところで。すごい変な映画ですよ、これ。

(でか美ちゃん)だって三角関係ってものは基本、1人1矢印しか持ってないから面白いのに。なんかみんな2矢印、持っているみたいな。「それ、あり?」って感じですよね。

(町山智浩)そうなんです

(石山蓮華)これ、何関係になるんだろう?

三角関係以上の複雑な関係

(町山智浩)しかもね、これずっと話が展開していくから。最初、このアートっていう旦那さんの方が、真面目な彼なんで。観客はちょっと彼のことを応援するんですけども。このパトリックの方も、要するにゼンデイヤを取られちゃったんで。それで挫折して、ホームレスみたいになっちゃってるんですよ。

(でか美ちゃん)ああ、訳があって。

(町山智浩)だから彼の方も応援したくなって。彼はこの試合に再起をかけてるわけですよね。だからね、すごく見てるうちにどっちを応援したらいいのか。観客がパトリックか、アートかっていうことで揺れ動くんですけど。これはゼンデイヤの気持ちになってるんですよ。「私はどっちを取るの?」っていう。「私は」ってこんな62歳のおじさんが言うことじゃないな(笑)。

(でか美ちゃん)私、『パスト ライブス』を見た時に好きなセリフが……ちゃんと一言一句、たがわず言うことは無理だけど。「よく、その来世で結ばれようみたいなのがあるけど、今が前世なんじゃない?」みたいなセリフというか、シーンがあって。これ、すごい素敵だなって思ったんだけど。見終わった後に「これ、夫が見たら嫌じゃない?」とも思ったんですよ。妻が作品の中で「今が前世かもよ」って言ってるみたいなのって、ちょっと嫌かもなと思って。

(石山蓮華)「今世の俺はどうなるんかい!」っていうね。

(でか美ちゃん)でもこの中のセリフでも「えっ、これを聞いて妻はどう思うんだろう?」って、見たらめっちゃ考えちゃうかも。

(町山智浩)でも、すごいなんか彼女を女神のように扱ってる映画なんで。

(でか美ちゃん)これは取りに行ってる側の話ですもんね。

(町山智浩)そうそうそう。だからこれ、奥さんは嬉しいんじゃないかな?っていうね(笑)。あとね、この映画はそれも変なんですけど。今、音楽がずっとかかってるじゃないですか。EDMの。これがずっとかかっていて、なんか本当にクラブにいるみたいな感じなんですよ。映画自体が。で、試合シーンはわかるんですよ。白熱した試合なんで。ただ、この音楽は男女関係の駆け引きとか、相手の心の読み合いとかしてる時もこの音楽がかかるんですよ。

(でか美ちゃん)へー! どういう意図なんですかね?

(町山智浩)たぶんね、試合もバトルだけど、恋愛もバトルだっていうことを言いたいんだと思うんですよ。

(石山蓮華)なるほど(笑)。

(町山智浩)「この映画、落ち着かないな」って思いましたけど(笑)。

(でか美ちゃん)でも、それだけ緊迫感を持ってね。

(町山智浩)ずっとドゥクドゥクドゥクドゥク……ってなっているから。で、あとテニスシーンがすごいんですよ。これね、こんなものは初めて見ましたよ。カメラがテニスボールの視点になって飛んでいって、ラケットに叩かれて。

(でか美ちゃん)そんなこと、できるの?

(町山智浩)「これ、どうやって撮っているんだろう?」って思いましたよ。だから本当に観客が叩かれてる感じになっている映画で。「痛いな、おい!」みたいな。あとね、映像がすごいんですけど。ボールをサーブする時に、地面にバウンドさせるじゃないですか。その時に、地面が、コートが透明なガラス板になって。カメラがその下から撮ってるっていう映像になるんですよ。

(でか美ちゃん)へー! 床視点もあるっていうことですか?

(町山智浩)「なんだ、これ?」っていう。そんなね、「なんだ、これ?」って思うんですけども。これね、カメラマンがすごく不思議な人でね。タイの人なんですよ。名前がね、ものすごく難しいんですが。サヨムプー・ムックディプロームというカメラマンの人がやってまして。ルカ・グァダニーノ監督といつも組んでる人なんですけども。いちいちね、「なんじゃ、このカメラワークは?」っていうね。観客もあんまりにも変なんで、途中から笑ってましたけど。これもすごいですね。

(でか美ちゃん)飽きさせないためなのか。

(町山智浩)だからこれはね、テニス映画でも出て。非常にエロティックなんですね。ラブシーンとかもね。それで、ちょっと音楽的にはミュージックビデオみたいになっていて。これは不思議な映画でね、ものすごく新しいものを感じましたね。またね、この映画でたぶんゼンデイヤはアカデミー賞候補になるんじゃないかなと思いますよ。これ、18ぐらいのね、チャラチャラした、キャピキャピした女子高生からですね、32歳でちゃんと子供もできて、落ち着いて。しかもコーチとして1人の旦那をプロ選手として育てるというところまで、1人で演じ分けてるんですよね。

(でか美ちゃん)14年分って、結構すごいですよね。

(町山智浩)すごいんですよ。ちゃんと32歳の母親に見えるんですよ。で、高校生の時は本当に高校生に見えるんですよ。これはすごいなっていうね。彼女は本当、ファッションモデルとしても今、世界でもトップレベルですけど。だから天が二物も三物も与えていてね、困ったもんだと思いますが(笑)。うちの地元の高校にも時々、彼氏のトム・ホランド。あのスパイダーマンの彼氏とね、時々現れては寄付してるんですよ。そこに莫大なお金を。

(石山蓮華)ああ、そうなんですか!

(でか美ちゃん)できた人だなー。

(町山智浩)もう、できすぎなんですよ。出来杉くんですね。ということで、この『チャレンジャーズ』は本当に面白いんでね。もうあらゆる要素が入ってますんで。テニスは僕、よくわかんないですけども。それでも面白かったんで。ぜひご覧ください。

(石山蓮華)ちょっと見てみます。今日は来月、6月7日公開の映画『チャレンジャーズ』をご紹介いただきました。町山さん、ありがとうございました。

(町山智浩)どうもでした。

映画『チャレンジャーズ』予告

<書き起こしおわり>

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