町山智浩『窓ぎわのトットちゃん』を語る

町山智浩『窓ぎわのトットちゃん』を語る こねくと

町山智浩さんが2023年12月26日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『窓ぎわのトットちゃん』について話していました。

(石山蓮華)そして町山さん、今日は?

(町山智浩)今日はね、公開してから結構経っちゃったんですけど。僕、この間、初めて見たんで。『窓ぎわのトットちゃん』というアニメ映画をご紹介したいんですけどね。で、この『窓ぎわのトットちゃん』っていう原作はご存知ですか?

(石山蓮華)知ってます。黒柳徹子さんの。

(でか美ちゃん)私、読んだことないけど。実家には母がたぶん好きで、置いてはありましたね。読んでおけばよかったって思うけど。

(石山蓮華)私も学級文庫にあったのに、読んでなかったです。

(町山智浩)あったでしょう? 誰の家にもあったと思いますよ。っていうのは、この『窓ぎわのトットちゃん』って全世界で史上最も売れた自伝なんですよ。

(石山蓮華)そうだったんですね!

(町山智浩)全世界で2500万部かな?

(石山蓮華)2511万8362部。ギネス記録。

(町山智浩)62部の2部って、どこから出たんだろう?(笑)。

世界で最も売れた自伝

(でか美ちゃん)でも、2500万部までいくと、11万部も切り捨てて言うんだっていう衝撃もありますよ。11万部でも相当すごいのに。

(町山智浩)ねえ。もう今、1万部ですらすごい時代になっちゃったから。当時はね、本当にどこにでもあるという感じでしたね。僕がちょうど大学ぐらいの頃に出たのかな?

(石山蓮華)81年ですね。

(町山智浩)もう大大大ベストセラーですね。生まれてないですよね?

(でか美ちゃん)生まれてないですね。生まれる10年前ですね。

(石山蓮華)私は11年前です(笑)。

(町山智浩)1981年かそこらに出て、大ベストセラーになったのが『窓ぎわのトットちゃん』なんですけど。僕の頃はね、読んでない人はいないという国民的なベストセラーだったんですけど。NHKの女優からタレントになって、その頃はちょうど『ザ・ベストテン』の司会をやってたんですね。TBSで黒柳さん、久米宏さんと一緒に。で、その頃に出た本なんですけど。黒柳徹子さんが小学校1年から5年ぐらいまでのことが書いてある本なんですけど。トットちゃんっていうのはね、「徹子」っていう名前が子供だったんで、言いにくくて。で、「トット、トット」って言っていたんで「トットちゃん」という風に呼ばれるようになって。それで自分でも言ってたというね。これは黒柳徹子さん自身のことなんですけど。黒柳さんはね、今もそうですが当時から、思いついたこと、頭に浮かんだことは全部しゃべりまくる人だったんですね。

(でか美ちゃん)まあそれがね、「徹子さんトーク」っていう感じで、みんな大好きですけどね。

(町山智浩)そうそう。「この人、何をしゃべってるんだろう?」っていうね。そういう時があるんですけど。で、それをやってたんで、小学校に入ったら学校を退学になっちゃうんですよ。

(でか美ちゃん)小学校で退学に?

(町山智浩)はい。とにかく落ち着きがなくて、先生が授業してる最中に思ったことをしゃべっちゃうし。で、「窓ぎわ」っていうのは窓際でチンドン屋さんって、もうないかな? チンドン屋さんって、わかりますよね?

(石山蓮華)お店の宣伝とかの時に、楽器を演奏したりとかして。

(町山智浩)そう。宣伝をして。

(でか美ちゃん)チンドン屋さん風のパチンコ店の宣伝とか見ますけどね。今でも。チンドン屋さんを模したような。

(町山智浩)はいはい。3人ぐらいで男と人と女の人が太鼓や鐘をチンチンと叩いて。クラリネットを吹いたりして宣伝してるんですけど。それを教室に呼んじゃうんですよ。トットちゃんが、窓から。

(石山蓮華)ええーっ? 「こっちだよ!」って?

(町山智浩)これ、完全な授業妨害です(笑)。ねえ。で、とにかく落ち着かないんで、先生が「もう頼むから、うちの学校から出ていってくれ」って言われて出ていくんですが。これは、僕は読んだ時に最初、「俺じゃん」と思いましたね。

(でか美ちゃん)おおー、共感をするものが?

(町山智浩)僕も、そういう子供だったんですよ。で、授業中に思いついたことをすぐ口に出して先生に怒られるだけじゃなくて、とにかく落ち着きがないから体がずっと動いてるし。で、関係ないことをしちゃったりね。あと、窓から外を見ていたりしちゃうんですね。でね、僕は先生に殴られましたね。ものすごい殴られました。

(でか美ちゃん)今じゃ考えられないですけどね。

(町山智浩)僕ね、とにかく授業妨害だってことで、居残りとかをよくやられましたね。ただね、今考えるとそれはいわゆる発達障害とか、多動症とか、注意欠陥症候群と言われるものなんですね。で、僕の頃はそういう言葉がなかったので。

(でか美ちゃん)でも本当に最近ですよね。ADHDとかっていう言葉が一般的にね、知られるようになったのも。

(石山蓮華)そうですね。

(町山智浩)そうそう。すごくいろんな脳のことがわかってきて。それは単に問題児じゃなくて、非常に成長の過程である種類の子はそういう風になるんだけれども、最終的には克服できるし。その子には問題はないっていうことになったんですけど。僕の子供の頃は、もうとにかくぶん殴られましたし。特にこの昭和の初めの頃、1940年頃なんていうのはもう、許されないことだったんですね。だってその頃、教育勅語とかやってたんですから。直立不動でね、「天皇のために命を捧げます」と言わされてるような時にさ、授業を妨害するのは許されないですよね? 

行き場がなくなってしまったトットちゃん

(町山智浩)だからね、黒柳徹子さんは学校の行き場がなくなっちゃうんですね。ところがね、東京の自由が丘にあったトモエ学園という学校が引き取ってくれるんですよ。でね、自由が丘っていうのは元々、自由学園っていう自由な学校があって。そこから名前がついたんですけど。トモエ学園はね、その他の学校ではいられなくなっちゃった子たちを受け入れている学校だったんですね。それで、そこはトットちゃんだけじゃなくて、体に障害がある子とか。そういう子たちも学校ではいられないので、そこが受け入れていて。それでみんなで仲良く勉強していた学校なんですね。で、『窓ぎわのトットちゃん』ってその頃の小学校がものすごく楽しかった。で、毎日学校に行きたくてしょうがなくて、休みの日まで学校に行ってたっていうぐらいなんですね。

(石山蓮華)ああ、いいですね!

(町山智浩)先生が大好きで。そこはね、小林先生っていう人が海外で勉強して、子供の自由な育て方というのを実践するところだったんですけどね。みんな一斉に何かをさせるなんてことは全然なくて。たとえば、授業の一環としてお弁当があるんですね。で、「お弁当では必ず海のものと山のものをおかずに入れてもらってください」って言うんですね。そうすると、黒柳徹子さん、トットちゃんはお母さんがでんぶを入れてくるんですよ。ピンクのやつね。そうすると「このでんぶって、なんだろう?」っていう話になるんですよ。

(石山蓮華)ああー! たしかに、見た目だけ見るとね、「あれ? どっちかな?」と思いますよね。

(町山智浩)ねえ。それで「でんぶ部というのは一体どういうものなのかな? これは海のものなんだよ」「ええっ、なんで?」って子供たちが言って、そこで授業になるんですよ。

(石山蓮華)ええっ、素敵! いいなー!

(町山智浩)ねえ。ちくわとか。「ちくわって、なに?」っていう話になるんですよ。で、野菜なんかを見ても「これは一体、どういう風に取ってるの?」みたいな話になって。もうそれで授業になるんですよ。

(石山蓮華)いいなー。いい学校ですね。

(町山智浩)実はすごく実践的で、本当に知らなければならないことを教えてくれるんですね。ただね、この『窓ぎわのトットちゃん』っていうアニメは、実はアニメ化されるまですごく紆余曲折して、長い時間がかかってるんですけど。これが素晴らしいのと、それからこの作品が今のアニメファンからあまり注目されない理由のひとつはこの絵がね、なんていうか、きいちのぬりえのような絵なんですよ。

(でか美ちゃん)ああー、なんか懐かしさのあるというか。

(町山智浩)きいちのぬりえって、たぶん知らないと思いますけど。

(石山蓮華)なんか、表紙は見たことあるんですけども。本当にお人形みたいな人の絵で。ほっぺに丸く紅が差してあるような。

(町山智浩)はい。きいちのぬりえは戦後すぐの絵なんですけど。これは元々、戦前の日本の児童書とかの絵の流れなんですね。で、そのトットちゃんが子供だった頃の絵本の絵に近い絵にしてあるんで。懐かしくもね、すごくかわいくて、レトロなんですけど。でも今の日本のアニメって、もうみんななんていうか、ねえ。いわゆるアニメ絵になってるじゃないすか。それではね、アニメファンの気はあんまり引かないところがあって。いまいち難しいっていうのと。それとあと、やっぱりこのアニメ『窓ぎわのトットちゃん』は完全にそのトットちゃんと同じ小学校1年生とか、小学校低学年の子供たちが楽しめるように作ってあるんですよ。その子たちのために作ってあるんですよ。今のアニメってほら、アニメオタクとか向けに作っているでしょう?

(でか美ちゃん)まあ、話自体も割と大人向けだなとかね。

(石山蓮華)大人が何度も足を運ぶような商品って、多いですね。

(でか美ちゃん)だから本当、まんまと見に行ってますけどね。私は(笑)。

(町山智浩)ただね、大人の視線をほとんど排除していて。子供の目からほとんど世の中を見ているんですよ。で、子供にわからないものはわからない。その代わり、トットちゃんの頭の中で起こることは全部、映像化するんですよ。だからこの学校、トモエ学園ではね、電車の使わなくなった車両を教室にしてるんですね。

(石山蓮華)へー! 楽しいですね。

(町山智浩)楽しそうでしょう? そうすると、子供たちは教室に座ってるだけで窓から外を見ながら、窓の外が動いていく想像をするんですよ。つまり、その汽車が走り出すんです。そうすると、本当にアニメでそれが走り出すんですけれども。これはね、絶対にちっちゃいお子さんが見たら本当に楽しくなるんですよ。あのね、『となりのトトロ』っていつ、見ましたか?

(でか美ちゃん)私はちっちゃい時……本当に物心つきだした時点で「あんた、もう10回見てるよ」って言われて。そこからずっと、いまだに定期的に見ます。大好きで。

(石山蓮華)私も。全部セリフを言いながら見るっていう感じでした。

(でか美ちゃん)一番、でか美・蓮華世代の真ん中の作品の感じだと思います。

(石山蓮華)ど真ん中ですね。子供の時、すごい見ましたね。

(町山智浩)僕、うちの娘が初めてトトロを見せた時に、夜にサツキとメイがトトロにお腹につかまって、空を飛ぶシーンがあるんですね。そこで子供、うちの娘は走り回りましたよ。手を広げて。飛んだ気持ちになって、飛んだ真似をしたんですね。だからそういう、その子供が本当に映画を見ながら一緒に飛ぶんだりするような映像として作られているんですよ。この『窓ぎわのトットちゃん』って。

(石山蓮華)いいですね!

(町山智浩)アニメオタクのおっさん向けじゃないので。

(でか美ちゃん)でもその上で、結構大人からの評価も高い声は聞こえてます。

(町山智浩)それはね、やっぱりしっかり作ってるからなんですよ。でね、原作通りなんですけども。その学校、トモエ学園には体の弱い子がいるんですね。で、「泰明ちゃん」という小児麻痺の男の子がいるんですよ。この小児麻痺、ポリオっていうのも僕が子供の頃にやっとワクチンが始まったんで。だから、今の人たちはほとんど知らないですよね?

(石山蓮華)教科書で見るとか。

(でか美ちゃん)話で聞くやつっていう。

(町山智浩)僕の頃はね、僕と同じ世代からいなくなるんですけど。僕よりもひとつか2つ上の人たちは、同じ学校にいて、上の学年だったんですけど。やっぱり片方の足だけがものすごくちっちゃかったり、片方の手だけがものすごくちっちゃい人とかがいたんですよね。普通に。で、泰明ちゃんもそういう子なんですけども。この子ね、要するに居場所がないんですよ。はっきり言ってもう日中戦争が始まってますから。「兵隊になれない人には価値がない」っていう世界なんですよ。で、実際に兵器検査っていうのをして、その頃は人間の体に点数を付けてたんですよ。で、低い点数の人、兵役に行けない人は価値がないとされてたんですよ。当時は。で、その中で全然そういう風にしないんですね。このトモエ学園は。で、この映画はね、黒柳徹子さん、トットちゃんの想像が次々とすごいファンタジックなアニメになって。子供の頃って、夢と、想像と現実の区別がつかないから、それが地続きに映像化されてるんですけど。

(石山蓮華)いいなー!

(町山智浩)ただ、この映画全編を通しての最大のクライマックスっていうのは、その小児麻痺の泰明ちゃんに木登りをさせてあげるシーンなんですよ。

(でか美ちゃん)でも、「どうやったら?」っていう感じ、しますよね。

泰明ちゃんに木登り

(町山智浩)そうなんです。トットちゃん、どうやったら泰明ちゃんに木登りができるようになるだろう?っていうことで、いろいろ工夫をするんですよ。考えて。で、うまくいかなくて。それを延々と、ものすごく丁寧に見せていくんですよね。で、何も起こらないんですよ。木登りさせるだけですよ。でも、これがね、最大のスペクタクルになってるんですよ。

(石山蓮華)子供の世界の一番の、スペクタクルですね。

(町山智浩)だからたぶん、これはちっちゃい子は見ながら、本当に手に汗を握ってね。「頑張れ、頑張れ!」って言いながら見るんだと思うんですよ。ここがね、すごいなと。志の高いアニメなんだなっていう気がしますね。はい。ただね、完全にちっちゃい子、トットちゃんの目線でしか作ってないので。わざと。だから戦争がどんどんひどくなっていくんですよ。でも、一体何が起こってるかは全然説明がないんですよ。トットちゃんはわからないから。

(でか美ちゃん)そうですね。

(町山智浩)チビちゃんだからね。で、いつもその自由が丘の駅の改札にいた切符切りのおじさん……切符切りのおじさんももうわかんないね(笑)。

(石山蓮華)あのカチャカチャカチャっていうのを持っている?

(町山智浩)そうそう。で、いつもトットちゃんに挨拶してくれるおじさんがある日、いなくなっちゃうんですよ。で、女性に変わってるんですね。で、それは戦場に行ったんですね。あとね、トットちゃんがいつもかわいがっていた飼い犬のロッキーという犬が、突然いなくなるんですよ。それも、何の説明もないんです。

(石山蓮華)うわっ、つらい……。

(でか美ちゃん)大人が見たら、その意味とかもやっぱり読み取れちゃいますけど。今、聞いただけでも。でも、お子さんで見る方は「なんでいなくなったんだろう?」っていうトットちゃんの体験をなぞる感じですよね。

(町山智浩)そうなんですよ。お父さんもお母さんも、説明しなかったんですよ。あまりにもひどいことだから。まあ、日本は犬も戦場に連れていったんですよね。で、みんな戦場で死んだわけですけど。あと道端でね、割烹着を着たお母さんたちがみんなで集まって、日の丸の旗を振って。「バンザイ、バンザイ!」って言ってるんですけど。これも特に説明はないんですが。若い10代の少年たちを戦場に送るのに、親たちが笑顔で送り出してるんですね。「バンザイ」って言いながら。「万歳」っていうのはね、「長く生きる」っていう意味ですけど、みんな死んじゃうんですよ。

でも、これも何の説明もないんです。だからね、本当に子供はね、前半ものすごく楽しんで。トットちゃんと一緒に走り回る感じで見ると思うんですけど。歌ったり踊ったりね。でも、後半でそういうことがどんどん起きてきて。トットちゃんが本当につらくなっていくんですけど。それも説明がないからたぶん、「どうしたの? 一体これは何が起こってるの?」ってちっちゃい子は聞くと思うんですね。お父さん、お母さんにね。でもね、今のお父さん、お母さんもね、90年代生まれ以降でしょう?

(石山蓮華)そうですね。増えてきていますね。

(町山智浩)ちっちゃい子のお父さん、お母さんはね。たぶん聞かれても、答えられないんじゃないのかな?

(でか美ちゃん)だってもう、自分も知らない世代の話ってなってくると、やっぱりまた聞きみたいな言い方しかできなくなってきますしね。どれだけ勉強していてもね。

(町山智浩)そうなんですよね。だから、「じゃあちょっと、一緒に調べてみようね」と。お子さんに聞かれたらね、お父さん、お母さんは一緒に勉強するのがいいと思うんですよね。でね、僕が一番見ていてつらかったのはね、食べ物がどんどんなくなってね、トットちゃんが「お腹すいた!」って泣くところなんですよ。子供がね、ちっちゃい子が「お腹すいた!」って泣くほどつらいことって、ないですよ。だから、そんな国には日本は2度とならないと思ったら今、なっていますけどね。「子供食堂」とかで民間でご飯をあげないと食べられない子たちが増えていて。「これが現実になっちゃうのか?」っていう。それはもう、恐怖としか言いようがないですけどね。でね、ちょっと今日はクリスマスだったんで、カトリックの総本山のローマ・バチカンでね、ローマ教皇のフランシスさんの挨拶があったんですよ。それで今、クリスマスですけども。まさにそのクリスマス、ジーザス・クライスト、イエス・キリストが生まれた場所で今、毎日ものすごい数の子供が殺されてるんです。おかしいでしょう? キリストが生まれたことをお祀りする日に、子供が殺されてるんですよ? その場所で。

で、そのフランシスさんは「今、パレスチナで死んでいる子たちはみんな、ちっちゃなキリストなんですよ。キリストと同じなんですよ」と言ったんですけど。これが現実なんでね。なんで今、トットちゃんをアニメにする必要があるのか? なんで見なきゃいけないのか?って思ってる人も多いと思うんですが、全くこういう時代になっちゃったんですよ。また。

(石山蓮華)なんか今、本当に見るべき1本ですね。

(町山智浩)はい。で、まだ映画館でやってると思いますので、ぜひ追いかけて。それでできれば、ちっちゃいお子さんと一緒に見ていただけるといいなと思います。

(石山蓮華)はい、ありがとうございました。今日は全国東宝系にて公開中の映画『窓ぎわのトットちゃん』をご紹介いただきました。

映画『窓ぎわのトットちゃん』予告

<書き起こしおわり>

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