菊地成孔さんがTBSラジオ『粋な夜電波』の中で映画『ベイビー・ドライバー』を特集。作品で使われた曲を聞きながら、その素晴らしさについて話していました。
(菊地成孔)誰がどの映画を見て何回泣こうと自由だ。先日、原題が『釜山行き』。邦題が『新感染』という韓国のゾンビ映画を見たが、まあまあ、なかなかよく出来ているというだけで、一度も泣けなかった……どころじゃない。途中から、「終わったら誰とセックスしようか?」しか思いつかなかったのは、大韓民国の人々に若干申し訳ないが、パンフレットを見たら芸人の、そして映画監督の品川ヒロシさんが「これを見て3回号泣した」と書いてあった。この作品で3回、しかも号泣できるのだからよっぽどゾンビ物が好きなのだろう。ただ、品川監督。好きすぎると、ロクなことがないぞ。世の中。だから『Zアイランド』などという……まあいい。この番組は『ウィークエンド・シャッフル』じゃない。
俺は今夜、これから紹介する映画を見て、全部で9回泣いた。「えっ、9回? 普通2時間の映画でどんなに泣いたって最大3回じゃないの?」。その通り。俺は今週1週間、厳密には6日間の間でこの映画を劇場で3回見た。9回は合計だ。ベイビー、お前と同じように、俺もいまから仕事だ。音楽と、一緒にな!
(The Jon Spencer Blues Explosion『Bellbottoms』のイントロが流れ出す)
誰がどの映画を見て何回泣こうと自由だ。先日、原題が『釜山行き』。邦題が『新感染』という韓国のゾンビ映画を見たが、まあまあ、なかなかよく出来ているというだけで、一度も泣けなかった……どころじゃない。途中から、「終わったら誰とセックスしようか?」しか思いつかなかったのは、大韓民国の人々に申し訳ないが、パンフレットを見たら芸人の、そして映画監督の品川ヒロシさんが「これを見て3回号泣した」と書いてあった。この作品で3回、しかも号泣できるのだからよっぽどゾンビ物が好きなのだろう。ただ、品川監督。世の中、好きすぎると、ロクなことがない。だから『Zアイランド』などという……まあいい。この番組は『ウィークエンド・シャッフル』じゃない。
俺は今夜、これから紹介する映画を見て、全部で9回泣いた。「えっ、9回? 普通2時間の映画でどんなに泣いたって最大3回じゃないの?」。その通り。俺は今週1週間、厳密には6日間の間でこの映画を劇場で3回見た。9回は合計だ。ベイビー、お前と同じように、俺もいまから仕事だ。音楽と、一緒にな!
こちら、東京は港区赤坂。力道山が刺されたる街よりお送りいたします『菊地成孔の粋な夜電波』。ジャズミュージシャンの菊地成孔がTBSラジオをキーステーションに全国に、そして全世界に向けて日本語で放送しております。今週は今年ぶっちぎりで1位になるべく公開中の映画『ベイビー・ドライバー』の特集です。あそこに集められている金はもともと俺たちのものだ。そうだろう? だから、取り戻す。1曲目は、ほぼノンストップで音楽が流れ続けるこの映画のオープニングチューン、ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョンで『Bellbottoms』。懐かしい!
The Jon Spencer Blues Explosion『Bellbottoms』
これで1回目の銀行強盗が無事終了。CMです。
(CM明け)
はい。この間、すごい嫌なことがあって泣きそうになったんで、無理に笑いながら街を歩いていたところ、ふと看板が目につきまして。「パーソナルト レーニング」……(笑)。「パーソナルトレーニング」なんですけど、文字が空いている……切れ目にブランクがあるじゃないですか。それが「ト」と「レ」の間にブランクが入っていて「パーソナルト レーニング」って書いてあったんですね。それを見て、「レーニングってすごいな。ロシア革命のあのレーニンのことかしら? フロイディングとか……人名を動名詞化するの、いいな。『パーソナル フロイディング』……それは精神分析のことじゃないか!」って思いましたけどね。それこそ、「スターリング」とかね。スターリングって名前の人、いますよね。まあ、そんなことを考えていくうちに考えがまとまらなくなってきて、最初に考えていた悲しいことはどこかに行ってお腹が空いちゃった菊地成孔です。
(メールを読む)「半年ぐらい前から聞き始めた超ライト級です。菊地さん、スタッフのみなさん、こんばんは。『ベイビー・ドライバー』特集ということで、初メールしてみました。兵庫県では1館しか上映がなかったので、先月車を飛ばして見に行きました。前評判を聞いていたので、私の中のハードルも上がった状態でしたが、オープニングのド派手なカーチェイスに軽々と超えられ、終始ハラハラドキドキ楽しめました」。車のことなんかなんにもわからない無免のドライバー、JAZZ DOMMUNISTERS菊地成孔ですら、ハンドリングとステップ……足でいろいろと踏むよね? あと、ギアチェンジ。要するに、ものすごいハイスキルの派手なカースタントがヤバいなっていう。
すっかりのめり込んでしまうほど、つまり車バカでののめり込まされてしまうほどの素晴らしい最初のカーチェイスですね。これが何分間も続くのよ。
『ベイビー・ドライバー』最初のカーチェイス
「……終始ハラハラドキドキ楽しめました。はっきり言って『ラ・ラ・ランド』なんかと一緒にするな! と言いたいぐらい今年ぶっちぎりでアガる映画でした」。ええと、『ラ・ラ・ランド』なんかと一緒にすんな! とこの方が憤慨しておられるのは、これが劇場パンフにも書いてあるし、アメリカの映画評論家が書いたのかな? 「まるでカーチェイス版の『ラ・ラ・ランド』だ」っていうコピーが踊っております。どうしてか?っていうと、この映画がミュージカルだからなんですね。なんと、この映画はほとんど音楽が絶えず流れ続ける映画なんですけども、それについては後々お話をしていくとして……この方のメールはダメだ。読むと、まだ見ていない人にネタバレになってしまうので、ほとんど読みません。
で、「……とにかく、とても丁寧な着地を見せてくれたので最後まで気持ちよかったです。帰り道、好きな音楽を爆音で流しながら、制限速度をきっちり守って運転したのは言うまでもありません。サントラも手に入れたので、仕事をしながら繰り返し聞いています。もし、リクエストできるならば『Kashmere』をお願いします」という。さすが超ライト級。この番組はリクエストを受け付けておりませんので、『Kashmere』は流しません(笑)。「……これからも日曜日の8時、『夜電波』を楽しみに聞きます」ということで、ありがとうございます。
先日私、映画批評の本を出したんですけどね。『菊地成孔の欧米休憩タイム』っていう、アルファベットを使わない国の映画批評という本なんですけど。まあ、実質上半分は韓国映画なんで、誰も読んでくれないんです(笑)。で、欧米映画に関しては番組でやろうかな? という感じで今回……あまりに良かったの。間違いなく、今年いちばんいいです。こんなこと、この番組を6年以上やっていてはじめてだよね。映画に感動して、いちばんいいから特集しようとかなっちゃって。あのですね、私、全然やらないんですけど、まずもう映画館ではパンフが完売。ヤフオク、メルカリ……はじめて見てみました。メルカリ。ずっとメルカリってヒップホップのユニットの名前だと思っていたんですけど(笑)。メルカリって全然違うんですね。
あ、あれはハルカリでした。ハルカリとはなんかわかんないけど東大の自分のクラスにハルカリが来たことがあるような記憶がありますけど。懐かしいですね。10年以上前ですけども。ハルカリはどうでもいいんだけど、メルカリで見たら相当値段が高騰しており、サントラに至ってはこれ、日本版がありませんので。まあまあ、私の主義に反するんですけど、Amazonで買いましたね。「Amazonでは画鋲1個買わない」っていうのが私のポリシーなんですけども、今回は『ベイビー・ドライバー』のサントラがほしすぎて、Amazonに手を出してしまった。ということで、Amazonバージンも破ってしまったこの映画なんですけども。ほぼほぼ、今年1位じゃないですかね。まあ、私の興奮を冷ますために新宿シネコンちょっといい話をひとつ、みなさんにご紹介します。
ただいま、日本のシネコンで映画を見る場合、ほとんどのシネコンがキャラメルポップコーンをマウントしています。このキャラメルポップコーンで問題になるのは、もちろんポップコーンの質、そのものも問題ですし、量・値段、いろんなことがたしかに問題になってくるでしょう。でも、やはりキャラメルポップコーンにおける最大の問題はキャラメルがどれぐらいかかっているか? だと思うんですよね。これに関して、私のこれは厳密なレポートですので参考にしてください。最もキャラメルポップコーンのキャラメルが濃いのはTOHOシネマです。俗に言う「ゴジラシネコン」と言われている歌舞伎町の奥、一番街のゲートのドンツキにある、元コマ劇場だったところね。
あそこのキャラメルポップコーンはもう「甘すぎるよ!」っていうぐらいですね(笑)。キャラメルポップコーン好きが怒り出すぐらい、途中でもう甘さでむせるぐらいのキャラメルがかかっておりますので。キャラメルポップコーンマニアの方は、なにか好きな映画があったらぜひTOHOシネマに行ってください。そして、『ベイビー・ドライバー』を絶賛上映中の……これは実は上映館が少なく、新宿だとなんとバルト9でしか見れないんですね。バルト9は私が『夜電波』のイベントをやったシネコンですけどね。……えっ、あ、部屋も一緒だった? あれね、『ベイビー・ドライバー』は最初はちっちゃい部屋だったんだけど、あんまりに人が来たんで、大きい方に拡張したんですよ。
よくある、最初から鳴り物入りでドーンと売れる映画じゃなくて、最初はちっちゃい規模だったの。『ベイビー・ドライバー』なんて、だって別に大スター出ていないしね。ジェイミー・フォックスが大スターかと言われれば大スターですけど(笑)。ジェイミー・フォックスは大スターですし、ケビン・スペイシーも大スターっちゃ大スターですけど、主演は新人ですしね。アンセル・エルゴート。この人がコードネーム・ベイビー。本名はね……あ、ダメ。言っちゃいけない。本名はオチになっているんですけど。特にスター映画でもないし、監督はこの人、英国がおそらく21世紀最大の才能と誇ることになるであろうと言われているエドガー・ライトですよ。江戸川じゃないですよ。エドガー・ライト(笑)。今日、なんかそういうの多いな……。
ダニー・ボイルだのね、ガイ・リッチーだのはもう比べ物にならないですね。この人の才能は。ダニー・ボイルも……イギリスの監督はね、「俺、音楽好きだし」っていう顔をすごいしたがるの。ダニー・ボイルもそうだし、ガイ・リッチーもすごくしたがるんだけど、正直言って、まあガイ・リッチーもダニー・ボイルも持っているレコードはたぶん1000枚いってないですよ。だけどね、エドガー・ライトは3万枚持っていると思います。たぶん。
この映画はとにかく、映画の開始から終盤まで音楽が途切れることがほとんどないのね。どうしてか? 主人公であるベイビーがですね、これは言ってもいいと思うんだけど、子供の頃に交通事故にあったことから耳鳴りが止まらないんですね。
で、交通事故にあったことによって、これも言っちゃっても大丈夫だと思うんだけど、両親を失うの。で、自分は生き残るの。で、1人生き残ったことによって、交通事故による車のクラッシュというトラウマ。それとそれによって耳が難聴でずっと聞きづらいという2つの問題を解決するために彼は、常に音楽を聞くことで、音楽によって難聴を消しているわけ。と、同時にものすごい名ドライバーになっていくんですよ。これはまあ、トラウマに対する反応としてすごくよく出来ている脚本だと思うんですけど。だから彼はとにかく常に音楽を聞いていて、音楽が鳴っていないとね、仕事ができないの。ものすごい名ドライバーで、銀行強盗なんかした時の逃がし屋をやっているんですけどね。で、コードネームがベイビーっていうの。
で、『ベイビー・ドライバー』っていうのはそもそもサイモンとガーファンクルの曲の名前なんですよ。で、この映画の中でも流されます。
が、とにかくよく出来ていて。っていうかこの映画は……あ、しまった! キャラメルポップコーンの話の途中でした。バルト9のキャラメルポップコーンのキャラメルはものすごく薄いです。いちばん薄いです(笑)。新宿にはバルト9、そしてピカデリー、TOHOシネマズと3つのシネコンを擁しておりますが、私はこの3つともでプライベートで映画を見、3つともでイベントに出演してバックヤードも見まくった、もうほぼほぼ子供の頃から映画館に出入りしていたまま、長ずるにシネコンに出入りする大人になったというわけですが、キャラメルポップコーン的に言うといちばん薄い。「これ、半分塩でハーフ&ハーフなんじゃないの?」っていうぐらいキャラメルポップコーンが薄いんで。キャラメルたくさん欲しい派の人はセブンイレブンで買って足してください(笑)。
『ベイビー・ドライバー』を見ながらキャラメルポップコーンをすごく味わいたい!っていう場合はキャラメル不足が気になっちゃって……キャラメル不足なんか気にさせる映画じゃないですけどね。キャラメル不足が気になっちゃって気になっちゃって、もう映画が見られないよ!っていうことがないように。もういくらでもありますから。向いにありますからね。セブン&アイのキャラメルポップコーンも最高なので、それを買って、携帯して……持ち込んでいいのかな? いいんだよね。いいとしましょう。ダメだったらカットしましょう(笑)。
こう、買ったキャラメルの上にザザッと乗せる。これでもう全然大丈夫です。問題解決。というわけで、その子がずーっと音楽を聞いているし。プライベートでも。そして仕事中はある決まった、自分がアゲられる音楽をプレイしないと、逆に車を動かせないのよ。だから、途中でね、逃走中に車を乗り換えて。ピストルで脅して、人の車に乗り換えなきゃいけないシーンとか、カーステが故障するシーンとかがあるんだけど、そこがサスペンスなの。その子が聞きたい曲が鳴らないから。そこだけでもう、見せちゃうんですけど。この映画は2時間弱あるんだけど、ほぼほぼ息をつく暇もないほど脚本が緻密にできていて、よしんば画がダメダメだとしても脚本だけでも十分見れるだけの高い脚本力を持っていますね。エドガー・ライトは本当に才能があります。
音楽愛を感じる映画としては、まあここ最近私が見た映画の中でも、ここ10年ぐらいの中でぶっちぎりにこれが1位ですね。なんだけど、まあカーチェイス版『ラ・ラ・ランド』だと言われちゃうのよ。っていうのは、このベイビーが音楽を聞きながら、その音楽に合わせて踊ったり歌ったりするシーンがあって。ちょっと移動カメラで撮っちゃったりなんかして、軽く『ラ・ラ・ランド』風だからなんですよね。なので、先ほどのメールを送ってくださった方がね、「『ラ・ラ・ランド』なんかと一緒にするな!」と激昂されていましたが……まあまあまあ、いいじゃないですか。一緒にされたところで屁でもないよ! というような感じでですね(笑)。
なので、結局この映画にはアンダースコアがないの。アンダースコアがなく、登場人物が常に聞いている音楽が流れ続ける。どこかで聞いたことがありませんか? 『機動戦士ガンダム サンダーボルト』と全く同じですね! 私が『サンダーボルト』でやりたかったのはこれなんですよ。まさに。
あの映画……『サンダーボルト』も打ち合わせの席で私が提案しなかったら普通に『サンダーボルトのテーマ』みたいなものを書いて、それが劇中に関係なく流れたりすることになるところだったんですけど、私の方でスタッフの方に「それはやめちゃって、主人公2人が常に未来のラジオを聞いているから。だから、そこから流れている曲だけを私が作ります。なので、それを劇中に流すことでオリジナル・サウンドトラックにしてください」って提言して、企画が変わってそうなったんですね。つまり、音楽家の提案によって変わったわけなんで、言ってみれば半分腰くだけている感じですね。
ところがこっちは、最初からそのつもりなんで。最初からこのベイビーが常に音楽を聞いているから、あらゆるシーンで音楽が流れているんだよと。で、アンダースコアは当然ありません。全部が楽曲で31、2曲入りか? だいたいそんぐらいの2枚組のCDのサントラが出ております。今日はそこのサントラからしかプレイしません。
メールを読みますね。あ、この映画のいちばん残念なところは……配給会社の方に、いまからでもいいから、もし可能だったら歌の歌詞の翻訳を全部出してください。歌の歌詞がね、一文字も載らなかったよね? (番組スタッフの)戸波さんもヤシマくんも見に行ったんですけど。面白かったでしょう? かなり面白かったと思う。歌の歌詞と関係あるんだよ、全部が。本当にミュージカルと同じで、その全部がね、白人が好きそうなロックと、軽いファンクと、軽くソウルと、ちょっとヒップホップっていう感じのバランスもすごくよくて。監督の趣味というより、本当に映画のためにきちんと選曲したっていう感じで、よく出来てますけども。
本当にオペラと一緒で、狙って選ばれた、ランダムの時代とジャンルからの流行歌の歌詞が全部物語のセリフと関係してくるんですよ。だから歌が脚本を駆動しているの。そこが本当にすごいんですけど、その一端をちょっと聞いてみましょう。このまましゃべっていると1曲もかかんないんで(笑)。(メールを読む)「菊地さん、スタッフのみなさん、こんばんは。一応スーパーヘビー級ですが、はじめてお便りいたします。先週お話をされていた『ベイビー・ドライバー』、見ました。何もかも忘れて映画を見ていい気分になったのは久しぶりです。銃殺シーンが苦手でも、音楽の一部になっているとなんてことがないというのが怖いぐらいでした。私が特に好きなシーンは……」。
いまから、軽くネタバレになりますけど、そんなにストーリーと関わりがないところなんで、紹介しちゃいますね。「……主人公ベイビーとヒロインのデボラが自分の名前が入った歌を聞くという話をしているところです」。ここはすごいいいシーンで、ベイビーは本名があって、いちばん最後に明かされる本名まで……すごい粋な脚本になっているんですけど。ヒロインはデボラっつって、いわゆるダイナー。国道沿いにあるハンバーガーとコーヒーのダイナーの店員さんよ。なんだけど、歌が上手いの。で、ベイビーのお母さんは歌手だったんですよ。これもまあ、ネタバレにならないんで言っちゃいますけども。歌手だったんだけど、売れない頃、そのダイナーで働いていて、ベイビーは小さい頃からメシを食う時にはそのダイナーのメシを食っていたの。
で、お母さんはそのダイナーで働きながら歌っていたわけ。で、大人になってからもベイビーはその店に通っているんだけど、そこでデボラっていう女の子が「ベイビー」っていう歌詞が入った歌を歌いながら入ってきて、お母さんの面影を感じるの。で、恋に落ちるわけ。恋に落ちてから、2人とも音楽が大好きっていう話になって。ああいう店は名札をつけなくちゃいけないじゃない? だから、「(名前が)デボラっていうんだ」ってベイビーに言われて、「そうなの。妹の名前はメアリー。メアリーっていう曲はいっぱいあるの。『Proud Mary』でしょう。『The Wind Cries Mary(風の中のメアリー)』でしょう。いっぱいあるの。いつでも負けちゃうの。私は『デボラ』だから」って言うとベイビーが、「いやいや、デボラは1曲しかない。ベックの『Debra』だ」って。
そうすると、「それは『デブラ』であって『デボラ』じゃない。私は『デボラ』なんだけど、ベックの歌は『デブラ』なの」って。で、それをちょっとベイビーが歌うの。で、「1曲しかないから、かならず妹に負けて悔しい」っていう話から2人は恋に落ちていくんですけど。それに対してベイビーが「もう1曲あるよ」「えっ、なんて曲?」「これ!」って聞かせるの。その曲が、まあまあTレックスなんですよ。Tレックスに『Debora』っていう曲があるんだけど、Tレックス(T. Rex)のことをベイビーは「トレックス」って言っているの。で、トレックスって言われてデボラが「Tレックスね」って言い返すシーンがあるんですよ。ここもすごく微妙な、一瞬のことなんで通りすぎちゃったら気がつかないですけども。これはいかに主人公のベイビーが丁寧に1個1個ジャケットを見て……年齢的にTレックスのことを細かく知らないっていうこともあるんですけど。
とにかくベイビーがiPod派なのよ。誕生日にお母さんとお父さんが買ってくれるプレゼントがiPodなのね。で、iPodをつけたまま交通事故にあうの。なので、そのトラウマ執着で彼は何十個というiPodを持っていて、iPodでしか音楽を聞かないという顔つきで出てくるんですよ。これが後でひっくり返るんだけど。このひっくり返りも相当いいんだけど。まあ、この話、本当に止まらなくなっちゃう。映画の筋を話してしまいそうなので、そのシーンに関わるところを聞いてみましょう。
それでね、ここのシーンのいちばん重要なところは、そのデボラのやり取りがあった後に、「あなたの名前は?」って聞かれて「ベイビー」っていうのね。そうすると彼女が「だったら全部の曲があなたの曲じゃない!」って言うの。ほとんどの外国の曲には「ベイビー」っていう名前が入っているからね。ここでもう、号泣ですね。1回目のね。ここで1回目の号泣。それで「ベイビー」って入っている曲をその子がいっぱい歌ってくれるの。もうヤバいですよ。そりゃあ、好きになるでしょう。で、この2人は最後まで一蓮托生になっていくんですけども。どっちから聞こうかな。Tレックスの『Debora』。それに続いて、それをちょっと聞いたらベックの『Debra』。これね、すごくいいんですよね。
シーン的に言うと、「じゃあ、聞かせてあげる」って。まあ、よくあるバターンなんだけど。「これから仕事ハネて、どこに行く?」って。で、コインランドリーに行くんだけど、iPodが1個しかないから。まあまあ、相合傘みたいな感じで、(イヤホンを)片耳同士で2人で聞くの。で、もうシーンが変わるとTレックスの『Debora』の方が流れていて。で、2人で片耳で聞いているんだけど、2人がコインランドリーで、制服がグルグル選択されているのに合わせて足踏みしているシーンでもうこの2人は完璧にデキたなっていうのがわかるシーン。そこを聞いてみましょう。Tレックスで『Debora』。
T.Rex『Deborah』
(曲を途中で止めて)はい、残酷残酷。ということでね、この調子で聞いていると何曲聞けるかわからなくなっちゃいますので。これはね、本当に「.」をちゃんと見ずに、あと知識もなく「トレックス」って呼んでいるところがね……最初は粋に呼んでいるのかと思ったら、本当に間違えていたっていう、そこが面白いところですね。で、この2人がいまの曲に合わせてもうかかとをガンガン鳴らしながら、「次、いつ会える?」っていう話をするという。
で、終わって帰ってきます。ベイビーは両親が交通事故で亡くなっているんだけど、里親の耳の聞こえないアフロアメリカンの方を介護というか、世話しているんだよね。で、その人がこの映画の中の天使というか、エンジェルの役なんだけど。この映画ね、普通音楽三昧の映画だとさ、黒人が出てくるとだいたいいい役になりがちなんだけど……これも言っちゃっていいと思うんだけど、ジェイミー・フォックスが出てくるんだけど、ジェイミー・フォックスがクソ悪役なんですよ。だから、音楽映画なのに、もともとミュージシャンである黒人俳優が悪役だっていうこともすっごいシャレてるんですよね。
で、いちばん天使的な役がそのおじいさんなんですね。アンセル・エルゴート(ベイビー)のおじいさん役の人なの。で、その人は耳が聞こえないけど、耳がダメなだけで、スピーカーに手をあてると音楽が聞こえるんですよ。そこもすごい素敵なんだけど。で、その人がいちばん映画的に清らかなところにいて。で、いちばん汚いところにいるのがジェイミー・フォックスですね。ジェイミー・フォックスがどうなるのか?っていうのはともかくとして、ジェイミー・フォックスは今回、喉から顔面まで、フェイクですけどタトゥーを入れて、相当ヤバいクレイジーな強盗を演じていますけどね。
で、ケビン・スペイシー……監督がイギリス人だっていうのもあるんだけど、主人公周りがもう白人系。で、最悪役がラテン。で、いちばん汚くてダメなのがアフロアメリカン。で、いちばんいいのもアフロアメリカンっていうバランスの取り方がちょっとアメリカの監督ではやらない感じですよね。だけど、すんごく上手く行っているの。全てが。これは相当いいですね。そこらへんもね。まあ、そんなわけで、デートして興奮したベイビーは家に帰って。家に帰るとその耳が聞こえないおじいさんも、昔は音楽ファンだったんでしょうね。ヴァイナル(アナログレコード)が壁一面にあるわけ。それをどんどんiTunesに落として、データ化して持っているんだけど。iPodを20個か30個、持っているんだよね。で、気分によって変えているんだけど。
その時は、おじいさんと一緒に聞きたいので、ヴァイナルで聞くんですよね。それがですね、これです。ベックの『Debra』なんですね。こちらをお聞きください。
Beck『Debra』
(曲を途中で止めて)はい、残酷残酷。ということでね、まあ、いまベックの曲が(番組内で)はじめてかかりましたけども。しかも、あんま有名じゃない曲ですよね。これをね、部屋の中で歌いながら踊るのよ。で、すごくいいの。おじいさんはまず唇が読めるの。だから、どんな歌詞かはわかるの。で、ベイビーとそのおじいさんは何で会話しているかっていうと、手話で会話しているのね。で、手話で会話していて……要するに、コミュニケーションツールがすごく豊かっていうか、手話で会話していて、唇が読める上に、ベイビーは歌を暗記しているから全部……「今日、デボラに会ってきたんだよ」ってこの歌を歌いまくるわけ。で、「デボラって誰だ?」とか手話でやるの。で、「なんの曲を聞いてるんだ?」ってスピーカーに手をあてると、おじいさんも曲を一緒に楽しんで、すごいいい気分になるという。とにかく、おじいさんのその天使効果が半端ないですね。はい。
この映画はとにかく全体的に、1時間では全然足りないというか。音楽に対する気の利き方が半端ないのよ。これもね、解説に出てるかな? 解説を書いているのが長谷川町蔵さんと町山智浩さんなんだけど……書いてないな。キッド・コアラ。これはね、舞台がアトランタなんですよ。で、アトランタだったらサウスのヒップホップがガンガン流れるのかな?って思うと、1曲しか流れないんだけど。
それとは別に、キッド・コアラの曲が――キッド・コアラはこの番組でもだいぶ流れたんですけどね――キッド・コアラの曲が使われるんですよ。で、その曲はね、『Was He Slow?(あいつ、トロいのか?)』っていう。「Slow」っていうのは「トロいやつ」っていう意味で。これはね、最初にベイビーがほとんどしゃべらないで、音楽を聞きっぱなしで打ち合わせをしているから。だからジェイミー・フォックスに「あいつ、トロいのか?(Was He Slow?)」って聞かれるの。で、それをね、彼はちっちゃい録音機で録音しているんですよ。で、なんのために録音しているか?っていうと、ここがすごいんだけど。いろんな日々の、いろんな人の会話を録音してサンプリングして。で、自分でリミックスを作って、最終的にはヴァイナル(レコード盤)の状態に(擬似的に)してから、カセットテープで保管しているの。
この子、iPodがこの人の烙印になっているはずなんだけど、大切なものとか自分が作った物っていうのはカセットで持っているというところにものすごい意味があるの。この映画はソニーの映画なんですね。で、ソニーのロゴマークが出るんだけど、ソニーが映画をやる時はトライスターっていう会社になって天馬みたいなのが出てくるんだけど。
気がついた人も、つかなかった人もいるだろうけども、家電のソニーの文字、ロゴが出るんですよ。ここで泣きますね。つまり、主人公がいまはiPodになっちゃったんだけど、カセットテープでいろんなことを保管してるということから、まあこれはほとんどネタバレになっちゃうけど、バラしてもいいネタバレだから、いいか。ソニーのウォークマンに対する思いがものすごくこの映画に詰まっていて。ソニーが「うちらはウォークマンを作った」っていうプライドがすごく出ているの。家電、特に音楽系の家電の、カセットテープだ、ウォークマンだっていう時のあの「SONY」がバーン!って出て。映画の最後、エンドマークが終わった後に「SONY BE MOVED」って出るんですよ。
で、「BE MOVED」っていうのは直訳すれば「動け・動くんだ」っていうことなんだけど、これはもちろんこの映画は車で動きまくりですから。だから、「ソニー 動け」っていうことで、「ウォークマンをつけて動けよ」っていうことだと思うんですけど。英語で「感動しました」っていう時に「I’m Move」っていうんですよ。だから「感動しろ」ってこととダブルミーニングになっているんだけど。もういまはiPodの時代、データの時代になっちゃったんだけど、本当に音楽が好きなやつはカセットで、昔はウォークマンで聞いたもんだっていうソニーの誇りみたいなものがこの映画の中にフレイバーとして振りかけられているんですよね。そのことが、映画の最後の最後にわかるわけ。これは素晴らしいですよね。
まあ、それだけでも素晴らしいんだけど、キッド・コアラの曲に『Was He Slow?』っていうのがあるの。だからつまりこれは既成曲なんですけど、この既成曲をこの映画ではジェイミー・フォックスに「あいつ、トロいのか?」って言われたベイビーが自分でミックスしたっていう設定で出てくるんですよ。こんな映画、見たことないよね。実際にある曲。だけど、主人公がそれを自宅で作ったんだと。これ、ヒップホップのオールドスクーラー、あるいはミドルぐらいまでじゃないと成り立たないよね。自宅に機器機材があって。それで、いろんな人の会話……もちろん、デボラの歌った歌とかさ、お母さんの歌とかいろんなものをミックスしたミックステープが彼の宝物なんだけど。その納品形態というか、最終形態がカセットテープっていうのがね、うれしいところですね。
そのキッド・コアラの『Was He Slow?』。実際にある曲ですが、映画の中では主人公ベイビーが作ったという設定で進んでいく。気が利いていますね。こちらを聞いてみましょう。
Kid Koala『Was He Slow?』
というわけでこの曲が作品中はベイビーが自分で全部作ったという設定で、彼が自宅の機材で作っているんです。いかにヒップホップっていう音楽が製作をしている時の画が面白くてかっこいいか?っていうことも、この映画はちゃんと押さえていているというね。まあ、レコーディング全体がかっこいいと言えばかっこいいんですけど、ヒップホップを1人で作っているということのクールさを捉えたっていう意味では抜群だと思いますね。はい。CMです。
(CM明け)
鳥貴(族)の壁に貼ってある筆書きのマニフェストみたいなのがあって、「鳥貴のうぬぼれ」っていうタイトルがついているんですけど……あれ、はっきり言って日本語として、文法的にちょっとおかしいんで、番組で追求していきます。菊地成孔です!
今週は『ベイビー・ドライバー』の特集です。言い忘れというか、まだまだ言い足りないことが……なにせ、3回見ていますからね。完全に暗記しているから。ええと、言い足りないことがまだいっぱいあるんですけど。あのロックオペラ版の『オペラ座の怪人』に出てくる、あるいは、『ダウンタウン物語』という映画の音楽なんかでおなじみの、音楽マニアならどなたもご存知、ポール・ウィリアムスが「肉屋」っていう役で出てくるんですね。で、ポール・ウィリアムスって言ったらすごく恰幅がいい長髪というパブリックイメージですけど、今回はものすごく痩せていて。で、短髪で白いスーツで出てくる。あれがポール・ウィリアムスですので、音楽ファンの方は見逃さないでください。あっさり射殺されますけどね(笑)。はい、それはともかくとして……。
もうダメだ! もうあと10分しかない(笑)。10分もねえ。語りきれないどころか、曲がかけきれない。大切な情報を最初に申し上げますね。こんなことして、自分が見て興奮した映画について特集している間にですね、サラッと言いますけど、番組の継続が決定しました(笑)。すごいいま、サラッと言いました。『粋な夜電波』シーズン14に突入します……。
【大事なお知らせ!】TBSラジオ「菊地成孔の粋な夜電波」秋からのシーズン14は毎週土曜28:00?29:00(日曜朝4時)に枠移動します。初回は10月7日です。#菊地成孔 #denpa954
— 菊地成孔の粋な夜電波 (@denpa954) 2017年9月10日
(番組継続のお知らせは省略)
というわけで、とにかくまだ見れるのかな? 『ベイビー・ドライバー』。ひょっとしたら拡大・延長している可能性もありますね。配給会社の方、全国の映画館の方、がんばってください。あと2曲かけたいんだけど、もう無理だな。いちばん緊張するシーン、音楽好きな監督だったら絶対にやりたいところなんだけど。もっともハラハラする、主人公とヒロインの命が危ないよっていう時に全然関係ないメロウなバラードが流れるっていうのをやりたいですよね。私ももし映画監督だったらやりたいですけど、この映画に出てきます。いちばんヤバい、もう本当にヤバいよ!っていう。ああ、これ以上は言えないな。あの、殺したと思っていた敵が生きていて、やっと彼女と逃げられると思ったら、そいつがそこにいるというね。
「ヤバい! 2人とも殺されるかも……」っていうシーンに流れる曲を聞いてお別れしたいと思います。はい。バリー・ホワイトですね。『Never Gonna Give You Up』ですね。「俺は絶対に諦めない。地獄の底まで君を追いかける」っていう。それは恋人のことなんだけども、それを敵役が主人公に言うの。まあまあまあ、よく出来てますね。この曲を聞いてお別れしたいと思います。『菊地成孔の粋な夜電波』、今回、曲数もいつもより少なくて話が多かったという、いかにパーソナリティーが興奮しているか?っていうことがモロバレですけどね。まあとにかく、最後のソニーのロゴマーク。「BE MOVED」という音産としてのソニーの、カセットテープを押し出しているソニーのメッセージはかならずキャッチしてください。
では、最後の曲です。バリー・ホワイトで『Never Gonna Give You Up』。また来週、日曜夜8時にお会いしましょう。シーズンの継続は決定いたしました。『ベイビー・ドライバー』の公開の延長も決定してほしいですね。パンフレットには「「All you need is one killer track」って書いてある。もうこのコピーも素晴らしいです。「1曲のキラートラックが全てだ」っていうことですね。それをいっぱい持っているんだけどね。ちなみに彼、ベイビーのキラートラックと敵役のキラートラックがクイーンの同じ曲だっていうのもヤバいんですけど、まあとにかく話が止まらないんで。話の続きは新宿のバーに聞きに来てください(笑)。というわけで、曲を聞いてお別れしたいと思います。
Barry White『Never, Never Gonna Give You Up』
<書き起こしおわり>