町山智浩 韓国映画『あなた、その川を渡らないで』を語る

町山智浩 韓国映画『あなた、その川を渡らないで』を語る たまむすび

町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で韓国の老夫婦の純愛を描いたドキュメンタリー映画『あなた、その川を渡らないで』を紹介していました。

あなた、その川を渡らないで(字幕版)

(町山智浩)僕、明日から韓国に行くんですよ。お父さんの故郷なんで。で、まあ韓国映画を今日は紹介するんですが。全然行くこととは関係ないんですが。アメリカの家の近所に一軒だけ残っているレンタルDVD屋さんがあって、そこで見つけた映画をちょっと紹介したいんですが。『あなた、その川を渡らないで』っていうタイトルの映画です。これは日本ではすでに7月から公開されているんですね。

(赤江珠緒)ええっ、そうですか。

(町山智浩)で、僕は知らなかったんですよ。それで、日本では明日からDVDが発売されるということで見れるようになるんですけど。で、これね、僕はクリスマスに最高の映画だなと思ったんで紹介したいんですが。で、僕は全然この映画の存在を知らなくて。この間たまたまその近所の一軒だけ残っているレンタルDVD屋さんに行ったんですね。そこはクライテリオンっていう非常にマニアックなDVDのレンタルが置いてあるところなんでよく行っていたんですけど。そしたらね、カウンターのところに座っているお姉ちゃんがですね、泣いてるんですよ。ボロッボロに泣いてるんですよ。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)で、そのお姉ちゃんっていうのはハタチぐらいでタトゥーを首の下にしているような、ピアスを鼻に入れているようなお姉ちゃんなんですね。髪の毛は真っ赤でね。で、おヘソを出しているんですよ。タンクトップで。

(山里亮太)ハーレイ・クインみたいな(笑)。

(町山智浩)そうそうそう。ああいう感じのピアスがバリバリに入っている女の子がボロボロに泣いてるんですよ。行ったら。で、しばらく放っておいたんですけど、僕も借りるものは決まったんでカウンターに持っていったら泣いているから、「なんで泣いているの?」って聞いたら黙って泣きながら自分のところからだけ見えるモニターを指差したんですよ。そこでやっていた映画がこの『あなた、その川を渡らないで』なんですよ。

(赤江珠緒)あ、そんな偶然、町山さんが見つけた映画だったんですか?

偶然出会った映画

(町山智浩)そうなんですよ。僕、全然知らなくて。で、見てみたらこれがまあすごいかわいくて、楽しくて、もう愛おしくなる映画なんですよ。これね、ドキュメンタリー映画なんですけど、韓国のすごい田舎のすごくいい村の名前なんですけど、古時里(コシリ)村という村なんですね。そこに住んでいる老夫婦の1年ちょっとを描いたドキュメンタリーで、そのおじいちゃんの方はもう98才。で、おばあちゃんの方は89才なんですね。で、76年間2人で暮らしているんですよ。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)で、そこの秋から撮影が始まって、1年半ぐらい監督が撮り続けた映像なんですよね。でね、まず秋に2人で田舎の……そう。韓国の田舎ってものすごいきれいなんですよ。僕はまあ、自分の先祖がいた村でハフェマウルっていうところがあって、そこに行ったんですけど。本当に景色が500年前みたいなんですよ。

(赤江珠緒)じゃあ自然が割と手付かずで残っているっていうことですか?

(町山智浩)手付かずなんですよ。なんで手付かずか?っていうと、過疎だからなんですけどね。単に。韓国ね、都会に人が集中しすぎてね、田舎が放ったらかしになっているんですごくきれいなんですよ。夢のような景色なんですけど、その夢のような田舎の村に住んでいるんですね。古時里っていうところに。で、その2人は秋だから枯れ葉が落ちて、その枯れ葉を掃除しているんですよ。おじいさんとおばあさんが。で、その枯れ葉を集めると、今度はその枯れ葉をおじいちゃんがおばあちゃんにかけるんですね。ふざけて。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)で、おばあちゃんが「やめて」とか言ってるんですけど、おじいちゃんはちょっと悪ノリしてやり続けちゃうんですよ。それでちょっとおばあちゃんを怒らせたかな? と思って近くでヒナギクを摘んでくるんですよ。おじいちゃんが。で、そのヒナギクをおばあちゃんの髪に飾ってあげるんですよ。

(赤江珠緒)すごい! なんか若者のカップルの話みたいな。へー!

(町山智浩)そうなんですよ。で、「きれいだよ」って言うんですよ。そうするとおばあちゃんの方も「じゃあ、あなたにもつけてあげるわ」って。おばあちゃんがそのおじいちゃんの耳に挟んでくれるんです。ヒナギクの花を。そして、「あなた、ハンサムね」って言うんですよ。でね、2人は韓国の民族衣装を着ているんですが、それがピンク色でかわいいんですよ。おじいちゃんが着ているのも。2人ともペアルックなんですよ。

民族衣装の夫婦

『#あなたその川を渡らないで』#渋谷アップリンク にて、9/17(土)より上映???? 98歳の夫と89歳の妻 誰もがこうありたいと願う 夫婦の純愛物語 2014年11月小さな映画が韓国で公開された。口コミが広がり公開は800スクリーンにまで拡大し、ハリウッド大作を押さえて観客動員数1位を記録。映画に登場する妻に取材が殺到し、監督から自粛を求めるメッセージが発表されるなど、韓国国内では10人に1人が観たこととなる480万人、韓国ドキュメンタリー映画史上NO1の動員を達成し、若者からお年寄りまで巻き込む社会現象となった。

UPLINK / アップリンクさん(@uplink_film)が投稿した写真 –

(赤江珠緒)ああ、本当だ。ここに写真がありますが。常にペアルックなんですね。

(町山智浩)そう。お揃いでね。で、2人で手をつないでね、どこにでも一緒に出かけるんですよ。いつも手をつないでいて。で、田舎なんでガスもないようなところなんですね。通っていなくて。で、トイレが田舎のトイレって外にあるじゃないですか。いわゆるボットン式なんで。で、そこにおばあちゃんが行く時に、手をつないで行って、「じゃあ私、トイレに入っているから待っていてね」って言うんですよ。寒いんですよ。韓国の田舎ってものすごく。零下ぐらいになるんですけど。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)すると、「私が寂しくないように歌を歌ってね」っていうと、おじいちゃんがずーっと歌を歌って待っているんですよ。トイレの外で。

(赤江珠緒)ええーっ、98才のおじいさんが?

(町山智浩)おじいさんが。で、おばあちゃんが出てきて、「ありがとう。ごめんね。寒かったでしょう?」って言うと、おじいちゃんがこう言うんですよ。「君のために待っていると、暖かいよ」って言うんですよ。

(赤江珠緒)ええっ!

(山里亮太)無茶苦茶いいセリフ!

(町山智浩)これが全編続くんですよ。だからそのハタチのパンク姉ちゃんもボロボロなんですよ。もう泣いていて。ずっと。もう顔を真っ赤にして泣いてましたけどね。

(赤江珠緒)本当に素敵なご夫婦ですね!

(町山智浩)すごいんですよ。それでこれ、監督はね、この映画が初めての作品で。テレビを見てたらこの夫婦がテレビ番組のちっちゃいコーナーで出てきたらしいんですよ。で、この人たちを撮りたいなと思って一緒に暮らしたんですね。で、監督はスタッフもなにもなくて、ビデオを1個だけ持ってその家に泊まり込む感じで撮影したみたいですけど。予算がゼロだったらしくて(笑)。

(赤江珠緒)本当に何気ない日常なんですね。

(町山智浩)そうなんです。これ、チン・モヨン監督っていう人で、1970年生まれなんですけど。で、彼がインタビューで答えているのは、もともとこのおじいちゃんとおばあちゃんはいつもペアルックを着て、月に1回だけ市場に来るらしいんですよ。で、その時に地元の新聞にたまたま写真を撮られて、「かわいいおじいちゃん、おばあちゃん」っていうことでテレビ局が取材をするようになったという人たちらしいんですね。で、一緒にただ、ナレーションもなにもなくて、監督がずーっとただその2人を撮っているだけなんですけども。冬になるんですね。冬になると2人で雪合戦をするんですよ。このおじいちゃんとおばあちゃんが。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)かわいいんですよ、もう! ねえ。で、雪合戦をしていると今度、寒くなるじゃないですか。そうすると、「手、冷たいだろう?」って手を持ってね、息をかけてあっためてくれるんですよ。おじいちゃんが。

(赤江珠緒)ええーっ!

(山里亮太)もう少女漫画みたいな……

(町山智浩)そう! そうなんですよ。でね、まあ2人が……このおじいちゃんがご飯を作ったりするんですけども、おばあちゃんが言うには、「私がご飯を作るとおじいちゃんはいつもかならず『ありがとう』って言ってくれた」って言うんですよ。これはね、すごいなと思って。韓国ってはっきり言って男尊女卑の国なんですよ。

(赤江珠緒)ああ、そうなんですね。

(町山智浩)ものすごい男尊女卑なんですよ。だって女の人の姓、名字は一生変わらないんですよ。結婚をしても。家に入れないためなんですよ。

(赤江珠緒)えっ、家に入れないために変わらないの? ええっ?

(町山智浩)そう。中国や韓国では差別があるから夫婦別姓なんですね。

(赤江・山里)えーっ!?

(町山智浩)で、嫁は家系図にも名前が入らないんですよ。それぐらいひどい差別があるのに、このおじいちゃんはこの世代で……要するに98才でご飯を奥さんが作ってくれるたびに「ありがとう」を忘れない人なんですね。

(赤江珠緒)へー! なんかお互いにいたわりあって、思いやって……

(町山智浩)そうなんですよ。で、あとね、このおじいちゃんがいいのは、歌が好きでいつも歌を歌って、いつも踊っているんですよ。だからすごく大事だなと思ったのは「ありがとう」っていうことだったり、いつまでも楽しくしていることですね。

(赤江珠緒)ああ、機嫌よく暮らすっていうのはね、周りの人にとってもいいですよね。

(町山智浩)はい。でね、ただずっとインタビューをしていると、出会った頃の話をするんですね。またそれがよくて、昔だから会ったこともないのに結婚をさせられているんですよ。日本もそうでしたけども。『この世界の片隅に』でもそうでしたね。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)で、14才の時に19才の旦那さんをもらったと。で、おじいちゃんの方が身寄りがなかったんで、婿入りみたいな形になったらしいんですよ。で、2人とも初めて会ったんで恥ずかしがっちゃって。14才の少女ですからね。おばあちゃんの方は。だから、とても夫婦になんかなれない。顔も見れなかったっていうんですよ。「で、どうしたんですか?」って聞くと、それからずっとおじいちゃんは「君が僕のことを好きになるまで何もしなくていいからね。無理しなくていいからね」って言っていつも一緒に寝て、ずっと撫でてくれたらしいんですよ。何年も。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)で、初めて結ばれたのは17才の時だって言うんですよ。それまで、待っていてくれたんですよ。本当に好きになるまでっていうことで。

(赤江珠緒)理想的!

(山里亮太)これ本当にね、見る夫婦によっては本当にもう、涙が止まらないと思うよ。これは。

(町山智浩)これはもう究極のラブ・ストーリーなんですよね。でも、時々ちょっと林家ペーさん・パー子さんに見えることもあるんですけども(笑)。ピンクの服を着ているからなんですが(笑)。

(赤江珠緒)鮮やかな衣装をお召しですから。でも、この鮮やかな衣装が色合いがとっても素敵でいいですね。

(町山智浩)すごいかわいいんですよ。ただね、おじいちゃんがどんどん具合が悪くなってくんですね。98才なんで。そうすると、夫婦で6着の子供服を買いに行くところがあるんですよ。3才とか6才の子供の子供服を買いに行くんですよ。どうしてか?っていうと、12人の子供がいたんだけど、6人は貧しさのために死んでしまったと。

(赤江珠緒)ええー……

(町山智浩)で、1人は朝鮮戦争に巻き込まれて死んでしまったと。その6人の子供が亡くなった時の年齢の服を買って。で、これを着せてあげられなかったということで、おじいちゃんとおばあちゃんで「どっちか先に天国に行った方が子供たちにこれを渡しましょうね」って約束をするんですよ。だから、実は楽しくただ暮らしてきただけじゃなくて、ものすごい苦労があったんですね。この2人は、貧しくて。子供を6人亡くすぐらいの。でも、それを乗り越えてね、本当に素晴らしい愛の世界が描かれるんですね。

(赤江珠緒)これね、実在している愛の世界ですもんね。

(山里亮太)カップルなんかこれを見たらもう、「私たちもこうなろうね」とか言いながら、クリスマスはもう盛り上がっちゃうっていう……

(町山智浩)はい。もう本当にこれは素晴らしいんで。クリスマスにね、どんな映画よりもこれだろうなと思いましたね。

(赤江珠緒)ああ、そんなにですか? へー!

(町山智浩)もうこのおばあちゃんが歌を歌わない。おじいちゃんにいつも歌わせているんですけど、おじいちゃんが「君も1回ぐらい歌ってよ」っていうのが最後の方であって。それでおばあちゃんが恥ずかしがって歌う歌がまた最高なんですよ!

(赤江珠緒)ええーっ、見たい!

(山里亮太)泣こうかな、これを見て、1人で。

(赤江珠緒)本当ですね(笑)。カップルじゃなくてもいいですか?

(町山智浩)だからもう、それこそ人生長いんだから60をすぎても人間は恋愛できるっていうこともこの映画はわかるし。もう本当にこれはね、1人でいるのは嫌になるぐらいのね、本当の究極の愛の映画ですね。

(赤江珠緒)そうですか。はい。

(山里亮太)タイミングよかった。明日発売だもんね。

(赤江珠緒)明日21日に『あなた、その川を渡らないで』。DVDが発売でございます。

(町山智浩)偶然出会った映画なんですけども、最高の映画でしたね。

(赤江珠緒)よかったですね。

(山里亮太)パンクの姉ちゃんも泣かせる(笑)。

(赤江珠緒)そうですね。今日は老夫婦の純愛を記録した韓国のドキュメンタリー映画『あなた、その川を渡らないで』を紹介していただきました。町山さん、来週は日本に戻ってこられるということで、スタジオで。よろしくお願いします。

(町山智浩)はい。スタジオから。

(赤江・山里)ありがとうございました。

(町山智浩)どもでーす!

山里亮太の感想トーク

後日、映画を見た山里亮太さんと町山智浩さんが映画の感想を話し合っていました。

(赤江珠緒)町山さん、山ちゃんが見たそうですよ。あの韓国の……

(山里亮太)『あなた、その川を渡らないで』。見ましたよ。

(町山智浩)ああー。最後まで、見ました? いちばん最後まで。

(山里亮太)はい。泣いた。町山さん、あれは泣きますね。

(町山智浩)泣きますね。おばあちゃんがね……いつもおじいちゃんが歌を歌っているんですね。あの夫婦ね。でも、最後にクレジットタイトル。エンドタイトルの最後の最後で、昔の録音でおじいちゃんが「おばあちゃん、何か1曲歌ってよ」って言うんですよ。そうするとおばあちゃんが1回だけ歌う歌が「サランヘ、サランヘ、サランヘヨ♪」っていう歌なんですよ。

(山里亮太)「愛しているよ」っていう。

(町山智浩)そう。「愛している。あなただけを愛している」って。それで映画が終わるんですよね。

(山里亮太)そう。もうすっごい……その頃にはもう涙がびっしょびしょであんまりもう、見えない。

(町山智浩)みんな、びしょびしょですよ。顔。世界中の人がびしょびしょの映画ですけどね。

(山里亮太)うちの両親が「これから余生を仲良く生きていこう」ってあれを見て心から決めたそうです。

(赤江珠緒)(笑)

(町山智浩)ああ、そうなんですか(笑)。本当に。それは素晴らしいことですね。

(山里亮太)素敵な作品をありがとうございました。

(町山智浩)いえいえ、本当にね。いい映画で。僕も年末ギリギリで偶然出会ってね。見そこなうところでしたけどね。

(山里亮太)ありがとうございました。

<書き起こしおわり>

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