宇多丸 Netflixドラマ『The Get Down』を語る

宇多丸 Netflixドラマ『The Get Down』を語る 宇多丸のウィークエンド・シャッフル

宇多丸さんがTBSラジオ『タマフル』の中でヒップホップが誕生した1970年代のサウスブロンクスを描いたNetflixオリジナルドラマ『The Get Down』について話していました。

(宇多丸)あとですね、今日11時台の『サタデーナイトラボ』。早見優さんのスタジオライブが終わった後に池田敏さんをお招きして海外ドラマ特集をやるんですけども。特集も時間が限られてますし、様々な作品を紹介していただく中で、そんなに「僕もこれ、見ました。ああだこうだ……」とかって時間を潰している暇はないんで、先に僕なりのを語っておこうというのがありまして。それはですね、現在Netflix配信中のオリジナルドラマ『The Get Down』というね。これ、たぶん池田さんもかならず挙げてくるであろう作品。こちらについて僕なりのお話をちょっとしておこうかと思っている次第です。

バズ・ラーマン制作総指揮

これ、どういうことか?って言いますと、制作総指揮というか作っているのが映画監督のバズ・ラーマン。『ロミオ+ジュリエット』で出世いたしまして『ムーラン・ルージュ』があったりとか。『華麗なるギャツビー』のリメイクなんてのもあったりしましたけど。で、そのディカプリオの『華麗なるギャツビー』でキャンペーンでしょうね。アジアを回っている時に東京にも寄って……ちょうど2013年のことでございました。その2013年、東京に寄った時にバズ・ラーマンさん、東京渋谷にあるVisionというクラブにプライベートで遊びにいらっしゃったようです。

そちらで、たまたまその時に来日していたマサチューセッツ工科大学教授イアン・コンドリー……奇しくもこの男もヒップホップ絡みな男なわけですね。日本のヒップホップ研究、アニメなども含めたポップカルチャー研究でお馴染みイアン・コンドリー。この番組にもちょいちょい遊びに来ていますけども。私も友人でございますイアン・コンドリーがVisionに遊びに行っていた。イアン・コンドリーという男のルックスは、イメージとしていちばん近いのは『ハングオーバー!』の歯医者のあいつという(笑)。

まあ、要するにいちばんナメられやすい……ステュ(笑)。見た目でナメられやすい、「味のしない子供用の食べ物」みたいなことを言われてましたね。『ハングオーバー!!(史上最悪の二日酔い、国境を越える)』で。中身はハードコアな男なんですけど、見た目ナメられやすい男というのもあったんでしょうか。このイアン・コンドリー、バズ・ラーマンさんと東京でたまたま会って、話をして……こんな話を長くしている場合じゃないんだよね(笑)。これ、詳しくはみやーんさんの起こしがあったりするんで、そっちを読んでいただいて。要は、バズ・ラーマンさん、酔っ払っていたんでしょうね。イアン・コンドリーになにを思ったか、突然「殺すぞ!」とキレだしたというね。そんなバズ・ラーマン東京秘話。こんなので知られるバズ・ラーマンさんです。

宇多丸『華麗なるギャッツビー』バズ・ラーマン監督東京秘話を語る
宇多丸さんがTBSラジオ ウィークエンド・シャッフルでずっと引っ張っていた『華麗なるギャッツビー』のバズ・ラーマン監督が来日時した際の秘話を話していました。 (宇多丸)結局、あれ何週入ってたんですかね?『華麗なるギャッツビー』ね。ムービーウ...

ただ、そのバズ・ラーマンは僕は特に2001年の『ムーラン・ルージュ』という作品……舞台は当然フランス、パリなんですけど。で、要するに昔の話なんだけど、そこの音楽の使い方がいまで言うマッシュアップというかね。様々なポップカルチャーのいろんな文脈を踏まえた歌詞とかトラックとか、そういうのが自由自在にカットアップ、コラージュされたような楽曲なんですね。『ムーラン・ルージュ』というのは。で、それを見た時に「ああ、この人はすごいたぶんヒップホップをわかっている人だぞ。すげえヒップホップなやつに違いない」と思って見ていたわけですよ。で、僕は「ヒップホップ映画を挙げろ」っていう時に『ムーラン・ルージュ』をわざわざ挙げたりしていたぐらいなんですけど。

で、後の『華麗なるギャツビー』ではジェイ・Z(Jay-Z)と組んでね。当然、要するに1920年代のアメリカというののイケイケ……ヒップホップのブリンブリン感で描くというようなことをやった人なんで、まあヒップホップとのつながりがあるんだろうな、好きなんだろうなっていうのは思っていたんですけど。なんと、このバズ・ラーマンさんが手がけた今回のNetflixオリジナルドラマ『The Get Down』は1970年代後半。具体的には1977年のサウスブロンクスを舞台に、ラップも含めたヒップホップという文化全体が……まだ「ヒップホップ」っていう名前はついてません。その時代の、ヒップホップという文化が生まれる瞬間、黎明期のサウスブロンクスを描いた作品だということで、非常に我々界隈ではもう、配信前から非常に話題になっていた作品で。

で、現在僕、シーズン1で13話あるみたいなんだけど、6話まで見れることになっているのかな? で、6話まで見てきたんですけど。その話をぜひしようと思って。なんでか?っていうと、要はヒップホップ黎明期。限りなく黎明期に近いところの記録に近い映像というのはいわゆる『ワイルド・スタイル』という1982年の作品で残っているわけなんですけど。劇映画なんだけど、非常にドキュメンタリックなところに価値があるとされて、我々が知る限り、映像ではいちばん現場に近いところというか。ヒップホップが生まれた瞬間、現場にいちばん近いところの映像というのは『ワイルド・スタイル』。それも、82年なわけですね。

1977年のサウスブロンクス

で、やっぱり1977年のサウスブロンクスの生まれた瞬間のところに……要はいちばん治安が悪い状態。「治安が悪い」っていう言い方よりは、この作品を見ればよりはっきりわかるのは、もう行政的に見捨てられた地域っていうことですよね。悪い人がもともと悪いところにいて、悪いことをしたわけじゃなくて、行政としていろいろ福祉とかそういうところから見捨てられた結果荒れていったっていう土地なんですけども。要するに、我々日本人なんかましてね、そんな1977年のサウスブロンクスの、しかもアンダーグラウンドなパーティーなんか絶対に居合わせられないわけですから。その居合わせられない現場に、ある意味主要登場人物たちの視点で、居合わせたような気分でいろいろ見たり聞いたりできるという、この時点で非常に貴重な……僕はヒップホップ大好きというか、ヒップホップによって人生をある種、時空のねじれでねじ曲げられた人間からすれば非常に貴重な作品なんですけど。

で、いまね、そのサウスブロンクスという地域が見捨てられた地域だっていうような話をしましたけど。そのへんのことを詳しく書いている本で、ジェフ・チャンという人が書いた『ヒップホップ・ジェネレーション』という本があって。リットーミュージックから出ていて。最近、新装版が出直すので、私が帯を書いていたり、高橋芳朗くんが今回の出直し版の解説を書いているんですけども。その『ヒップホップ・ジェネレーション』の頭の一章丸々が、「ヒップホップは1970年代のサウスブロンクスという貧しい地域から生まれた文化ですよ」という、こんなことはどこの浅い解説でもなんでも言うことなんだけど、じゃあなんでサウスブロンクスがそんなに荒れた地域になってしまったあたりを、その『ヒップホップ・ジェネレーション』で非常に詳しく解説されているんですが。

ある意味、その『ヒップホップ・ジェネレーション』で詳しく解説されたところを非常にわかりやすく物語化して見せてくれて。なので、この『The Get Down』という話は、後にある意味、この作品のラップ監修もしているナズ(Nas)というヒップホップ界を代表するリリシスト。ヒップホップ界の歴代トップ級の名ラッパーが歌詞を書いたりしているんですけども、明らかにナズを思わせる一流ラッパーに最終的に成り上がっていくらしい男の1977年……1997年にスタジアムをわかせているそのラッパーのシーンが出て、「俺はこういうところから出てきて……」ってラップをしているところから、一気に20年時代がさかのぼって77年。彼がまだ童貞だった頃から話が始まるということなんだけど。

その彼が、要は次第にラップというか、ヒップホップという文化と出会ってやりたいことを見つけていくという青春ストーリーなんですよ。彼がすごく恋い焦がれる女の子がいて、この子はある意味ヒップホップの黎明期と同時に、いわゆるパラダイス・ガラージュというハウス、ガラージュシーン。そういうものともリンクしていくんですけど。要は、青春物語なんですね。彼を中心とした。それと平行して、さっき言った歌い手の女の子の親類の人が政治家なんですけど。その荒廃したサウスブロンクスをどうする? というような政治の話。当時、実際にあったその政治家の政治の話。これも主人公もからんでくるんだけど。そういうヒップホップが生まれた社会背景みたいなものも並行して語られていくんですよ。これがまたすごい面白い。

これはたぶんドラマの部分だけを見てもちょっとわかりづらいところも、ひょっとしたら日本人はあるかもしれないんで、だったら『ヒップホップ・ジェネレーション』を副読本として読みながらこの『The Get Down』を見ていただくとより理解度が深まるんじゃないか? あるいは、当然のことながら、私がいちばん見たいところ。ヒップホップ文化が生まれるその瞬間の描写ですよね。それとかも、元にあるのはディスコ文化。で、ディスコのDJっていうのがいて、マイクを握って煽ったりとかそういうことはしているんですけども。ラップに近いようなボーカル表現っていうのはあるんだけど、この作品で言うとエグゼクティブ・プロデューサーで本当にパイオニアで参加していたグランドマスター・フラッシュ(Grandmaster Flash)という人。あるいは、カーティス・ブロウ(Kurtis Blow)という初期のラッパーで非常に優れたラッパー。これが入っているんですけど。

まあ、グランドマスター・フラッシュが劇中にも出てきて。これ、かなりフィクショナルな設定で、主人公たちのメンターというか、本当にシャオリン・テンプル(少林寺)の師匠であるかのごとく、本当にジェダイマスターであるかのごとく、教えを本当にちょっと聖人っぽく教えるような立場で。いくらなんでもこれ、作りすぎだろ!っていう、そういうキャラクターで。でも、面白いんですけど。顔とかも似ていたりして。で、そのグランドマスター・フラッシュとかが始めたヒップホップの音楽像……要は、ブレイクビーツ。劇中では「Get Down」って呼ばれている、曲の中のかっこいいビートの部分ですね。で、はっきり言うんですよ。「この後はかっこ悪い歌が始まっちゃうから、このかっこいいビートのところだけを繰り返してかけると……みんな盛り上がる!」みたいな。

まあ、それを実際に後から、1981年の『The Adventures Of Grandmaster Flash On The Wheels Of Steel』という曲。ちょっとこれ、聞いてください。後ろで流しますので。

Grandmaster Flash『The Adventures Of Grandmaster Flash On The Wheels Of Steel』

まあ、劇中でやってみせるのはこういうような、いわゆるブレイクビーツ。で、それまではディスコ的な音楽像だったところが、こうやってブレイクビーツ。いまのヒップホップの原型になるような音楽像。もう完璧に違う感じが第一話90分あるんですけど、そのクライマックスシーンで主人公たちがそのフラッシュのパーティーに行った瞬間に『Apache』というヒップホップの国歌といわれる『Apache』ビートがガシガシやられているわけですよ。


それでもう、我々とかは「フォーッ! キターッ! ヒップホップ・ジェネレーション、キターッ!」っていう感じになる。で、そこでグランドマスター・フラッシュ&フューリアスファイヴっていうグループで、メインのラッパーはメリー・メル(Melle Mel)という優れたラッパーがいるんですけど。カウボーイ(Cowboy)という……これ、死んじゃうんですけど。カウボーイというラッパーは。カウボーイという人が、たとえば「みんな手を上げろ。左右に振れ! 言えよ、ホー!」とかそういうヒップホップの盛り上げるルーティンをあらかた、そのカウボーイという人が作ったと言われるんだけど。そのカウボーイ、実際にカウボーイという名前で出てきて、マイクを握ってこうやっている。

で、「ライムができるやつはいるか? いたら上がって出てきてマイク持てよ!」って。で、主人公は「お前、詩とか書いているんだから。すげーいい詩とか書いているだから行けよ!」って背中を押される。ところが、この主人公というのはサウスブロンクスという非常に荒れた環境の中で学校に行って、たとえばライム。美しい詩を書く才能というのは先生から認められて。「あなたは頭がいいんだから、大学に進学した方がいいですよ」っていうんだけど。「あなたの詩、入賞したからみんなの前で朗読しなさい」って言われると……要はそんな詩なんか読んだりするとそんなタフな地域だとバカにされたりするからっていうんで、「そんなの、できない」って。

常に、何事も尻込みしちゃうような問題を、少なくとも1話の時点では抱えている。その青年が背中を押されるようにマイクを握って、最初はおずおずしているんだけど、やおらそれで……彼が「ああ、これだ! このパーティー、最高だ!」って見つけて、マイクを握ってはじめて自分の自己表現とイケてる文化みたいなのが一致する瞬間、もうね。もう、最高なんですよ! このドラマの。もう一話目にして、もう持って行くわ!っていうね。90分あるから、ほとんど1本の映画なんですけど。で、一話はバズ・ラーマンが監督してっていうね。

ただ、ヒップホップマニアとしてすごい細かいことを言えば、そこで主人公が始めるラップが、「うん。1977年にこんなラップをしてるやつはいねえ!」っていう。ちょっとね、ラン・D.M.C.(Run-D.M.C.)スタイルとか。ちょっと全体にこのドラマ、当然いまの観客に見てもらうためっていうのもあるんでしょうけど。1977年にしてはこんなラップはあり得ないっていう……まあ、ナズが書いているものすごいオールドスクールマナーに則ったラップ。たとえば主人公たちがその後、グループを組むんですけど。そのかけ合いなんかは、それこそフューリアス・ファイヴを思わせるような、グループ名がファンタスティック・フォー・プラス・ワン(Fantastic Four Plus One)っていう……実際のグループではファンキー・フォー・プラス・ワン(Funky Four Plus One)っていうのがいるんだけど。あと、ファンタスティック・ファイヴだっけ? も、いるんだけど。まあ、それを混ぜたようなグループで。

かけ合いラップとかは本当にオールドスクール風によくできているんだけど、その対抗するグループでクール・ハーク(Kool Herc)という、これはブレイクビーツ的な手法を最初にやった人と言われる人なんだけど、そのクール・ハークのクルーのラップは、「おいおい、90年代ハードコアかよ?」っていうような、ものすごい出来上がりすぎなラップをいきなりしていたりして。ちょっとそういうね、ラップ時代考証は細かいことを言えばおじさん、ありますけど。そんなのはたぶん2016年に見る若い観客は関係ないため、普通に超かっこいいヒップホップシーン箇所として見れると思いますし。

なにしろ、僕らが絶対に目撃することができなかった、まだ名前が付く前の文化が生まれる、まさにその瞬間をとらえるっていうのが、ドラマで疑似体験的に。しかも、あれはどうやって……まあCGもね、当然背景とかやっているんでしょうけど、見事にそのサウスブロンクスを。あれは、オープンセットとかも作らないと無理ですよね。あの瓦礫状態。なんで瓦礫状態になっているか?っていうと、ビルの持ち主がギャングを雇って、家賃を取るよりも火をつけて燃やしちゃって火災保険をもらった方が儲かるからって、そこら中で火の手が上がっているっていう。「戦争!?」っていう状態になっているのが当時のサウスブロンクス。それを見事に描いていて。CGも使っているんでしょうけど、見事にやっていて、本当に見事な作品でございました。

ということで、ベラベラしゃべってしまいました。後ほどね、海外ドラマ全般については池田さんにお話をうかがっていきますが、『The Get Down』、ヒップホップ男としてもおすすめの作品でございました。

<書き起こしおわり>


タイトルとURLをコピーしました