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西寺郷太・宇野維正・松尾潔 プリンス追悼特集

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『プリンス論』の著者 西寺郷太さん、音楽ジャーナリストの宇野維正さんがJ-WAVEプリンス追悼特番『The Music Special~nothing compares 2 Prince~』に出演。サッシャさん、そして電話で途中参加の松尾潔さんとともに、プリンスについてお話されていました。


(サッシャ)改めまして、こんばんは。サッシャです。日本時間で昨日、22日(金)の早朝になりますが、プリンスが突然この世を去るというニュースが世界をかけめぐりました。アメリカはミネソタ州ミネアポリスの自宅、そしてスタジオで意識不明の状態で発見されまして、その後、亡くなったということなんですね。死因は現在調査中で、司法解剖を行うという情報も入ってきています。享年57才。あまりにも突然の、そして早い、ポップミュージック界のレジェンドの、殿下の死ということになるわけですが。今夜は、プリンスを愛してやまない、プリンスを本当に詳しい方をお迎えしまして、彼の功績を短い時間ではあるんですが、迫ってみたいという風に思っております。

(中略)

(サッシャ)それでは、ここからはスタジオにお二方、参加していただきます。まずは音楽ジャーナリスト、宇野維正さんです。こんばんは。

(宇野維正)よろしくお願いします。

(サッシャ)お忙しいところを突然、ありがとうございます。

(宇野維正)忙しいというかね、1人で籠っていました。

(サッシャ)本当ですか。

(宇野維正)ちょっと、辛くて。

(サッシャ)そんな中、ありがとうございます。来ていただいて。そして、もう一方はNONA REEVESの西寺郷太さんです。こんばんは。

(西寺郷太)こんばんは。

(サッシャ)ライブ後なんですよね?

(西寺郷太)いま、ライブが終わって。渋谷でやっていたんですけど。駆けつけました。

(サッシャ)超無理を言ったんですが。ありがとうございます。

(西寺郷太)いやいやいや、ありがとうございます。

(サッシャ)ということで、お二方にお越しいただきましたが。まずは、お二方が……まあ、なかなか語るのは難しいかもしれませんが。いま、感じていること、思っていることを。宇野さんから。

(宇野維正)だからまだ、現実味が全然ないんですよね。今日、ちょうどリアルサウンドっていうサイトで6000字ぐらいの追悼文をたのまれたんで書いたんですけども。追悼文とかを書いたら、ちょっとは現実的な気持ちになるのかなと思ったんですけど、全くならなかったっていうね(笑)。

[リンク]プリンスがすべてだった 宇野維正による追悼文

 フェイバリット・アーティストが死んだ。ワン・オブ・フェイバリットではない。自分にとってプリンスは永遠の、これまでもこれからも自分の人生における最愛のアーティストだ。21日未明に海外からの第一報をネットで目にした時、最初は悪戯好きな彼による何か新しい仕掛けなのかと思った。昔、突然プリンスの名前を捨て…

(サッシャ)まだ?

(宇野維正)うん。全然、そうですね。ただ、一応聞くじゃないですか。最初は全然聞けなかったんですけども、昨日、原稿を書くぐらいの時からちょっと聞き始めて。聞いたら、ただただ盛り上がっちゃうんですよね。興奮してね(笑)。

(サッシャ)いい曲だからね。

(宇野維正)そうそう! だから、まだ自分の気持ちが全然整理がついていない状況ですね。なんか。

(サッシャ)そんな中、来ていただきました。ありがとうございます。郷太さんはどうですか?

(西寺郷太)一昨日の夜でしたっけ? ニュースが入ったのは。

(宇野維正)2時ごろですね。いちばん最初は

(西寺郷太)それから、J-WAVEも(ジョン・)カビラさんの番組に電話でゲストに出させてもらって。

西寺郷太 プリンスの訃報とその偉大な足跡を語る
プリンスの突然の訃報に際して、『プリンス論』の著者である西寺郷太さんがJ-WAVE『JK RADIO TOKYO UNITED』に電話出演。ジョン・カビラさんとプリンスの偉大な足跡...

それから、いろんな取材なんかもあったんですけど。通常の、僕のレコーディングだったり、予定の合間だったんで。テレビとかも見る暇もなかったんで。それで、昨日の夜はTUNAさんっていう、本当にプリンスも知っているような、日本人を代表するようなプリンスファンの方とか、(ホフディラン)小宮山雄飛くんとか。勝手に集まって、プリンス仲間で飲もうみたいな感じで、三茶で飲んでいたんですけど。

(サッシャ)はい。

(西寺郷太)その時はね、なんかまあ、楽しかったんですよ。僕は。TUNAさんはその前に泣いていたらしいんですけど。僕は涙は出なくて。で、今日の朝、僕は今回出る『HITNRUN Phase Two』っていう(アルバムが)、ユニバーサルから5月27日に出るんですけど。それのライナーノーツを、3年前から3作続けて書いていて。それが、実は3日前に書き終わったばっかりだったんですよ。亡くなる前日ぐらいに『Phase Two』のライナーノーツを最終校正して。それで、「『Phase Three』『Phase Four』なんて聞けるのかな?」なんて終わっていて。

(サッシャ)そうですか。

(西寺郷太)そしたらその後、ユニバーサルの方から「ちょっと短い追悼文をつけてくれないか?」って。で、昨日はそうやって飲んでいたんですけど、今日の朝、短い、本当200字ぐらいの追悼文を書いている間にボロボロ泣けてきて。もうびっくりしましたね。自分でも。やっぱり、プリンスっていう人がいたから……ミュージシャンになりたい、彼のようにいろんなアーティストに曲を書いたり、プロデュースしたり。そういう人間になりたいなと思わせてくれたのは彼なので。それで、自分はNONA REEVESになり。

(サッシャ)うん。

(西寺郷太)それで僕のいま見ている社会があるというか。人とのつながりがあって。だからそういう意味で言うと、プリンスがいなかったらいまの、たとえば自分の息子とか娘とかも、別の形だっただろうな、なんて思ってくると、やっぱり彼がいてくれたから、いま僕らはこうやって暮らしているんだなって思ったんですよね。そうすると、やっぱり感謝の気持ちで。

(宇野維正)僕も、音楽についてものを書くような仕事をするきっかけは全部プリンスなんで。それで全部の人生が変わっているんですよね。だから本当に、うん……あまりにも大きい。

(西寺郷太)僕は割とだから、スターというか、こういうスーパースターって、なにがすごいのかって。プリンスはギターもベースもドラムも上手いですけど、そういうことじゃなくて、人をつなぐ力が強かった人がやっぱりスーパースターなんじゃないかな?って思うんですよ。

(サッシャ)人をつなぐ力が強い?

(西寺郷太)はい。だからプリンスっていう人が、人に及ぼしたパワーっていうのは、たった1人のミュージシャンがやった中では、世界最高レベルの人だったと思うので。そうやって、宇野さんもジャーナリストになりたいって思って。僕もミュージシャンになりたいと思ってっていうのが。やっぱりそういう、ミュージシャンズ・ミュージシャンであり、ミュージックジャーナルをやる人にとっては……

(宇野維正)ジャーナリスト・ミュージシャンですよね。

(西寺郷太)そう。だから、両方なんですよね。それと、彼は休まなかったんで。ずーっと。だから、楽しませてくれてありがとうっていう気持ちで、涙が出てきましたね。

(サッシャ)走り抜けたと。宇野さんは、もう全部のライブをご覧になっていて。

(宇野維正)全部というか、来日のタイミングは見ていますね。

(サッシャ)高校1年生だったと。

(宇野維正)高1の時に。1986年の9月、横浜スタジアムだったんですけども。それが、プリンス&ザ・レヴォリューション(The Revolution)っていう、『Purple Rain』の時から組んだバンドが『Around The World in a Day』っていうのと『Parade』っていう、3枚のアルバムを出して。で、実はそれで解散をしちゃうんですよ。

(サッシャ)はい。

(宇野維正)当時は解散するなんてわからなかったんですけど。本人たちはもちろん、わかっていて。だから、プリンス&ザ・レヴォリューションの解散ライブだったんですよね。それで、とにかく初めてプリンスを見るから。もう興奮状態なんですけども。もちろん高1で、僕は割と早熟だったんで、その前にもライブをいろいろ見ていたんですけども。高1の時点で「一生、これを超えるライブはないな」と思ったし、その後、仕事柄年に100本以上ライブを見る生活を30年近く続けていますが。はい。その時のライブが死ぬまで絶対に、生涯最高のライブだし。たぶん、その時にいた人たちにとってはほとんどがそうだと思います。

(サッシャ)いや、すごい。もうこれだけで、この熱量とプリンスのすごさ。断片がだんだんわかってきたところですが。宇野さん、1曲選んで、ちょっとかけたいなと思うんですが。

(宇野維正)もともとプリンスの中でフェイバリットソングのひとつなんですけども。ただ、亡くなった後で改めて……僕、実はまだこの曲を聞いてないんだけども。まあ、自分の人生観みたいなものにものすごく影響を与えてくれた、とても大切な曲で。かけてはいないけど、頭の中でずっとこれが鳴っていました。

(サッシャ)じゃあ、聞きましょうか。ご紹介いただいてもよろしいですか?

(宇野維正)『POP LIFE (Fresh Dance Mix)』。すいません。Mixのバージョン、好きなんでこっちをかけさせていただきます。
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PRINCE『POP LIFE (Fresh Dance Mix)』



(サッシャ)お送りしているのは、宇野さんに選んでいただきました。プリンス『POP LIFE (Fresh Dance Mix)』。改めて、どうですか?

(宇野維正)このね、ここのあたりの間奏が最高なんですよ。

(西寺郷太)(笑)

(宇野維正)というかね、結局「プリンス、死んじゃったな」と思ってプリンスを聞くと、ただね、ドキドキウキウキしちゃうだけなんですけどね。ただ、この曲は「ポップじゃなかったら、ファンキーな人生を送れないよ」っていうね。あと、「みんな人生の空白を持っていて、その空白を埋めるために生きているんだ」っていう。ある種、ちょっと虚無的な歌でもあるんですけども。

(サッシャ)へー!

(宇野維正)なんかね、これを聞いたのがだから中学生なんだけれども。なんか、人生観がこのまま来ちゃった感じなんですよね。それから30年、自分。

(サッシャ)すごい! この曲に、まさに人生観をこう……

(宇野維正)そう。「ポップじゃなきゃ、ファンキーな人生を送れない」っていう。まあ、ファンキーな人生を送っているかどうか、わかんないんですけども。

(サッシャ)いやいやいや。でも、プリンスがいたからこそ、こういう仕事についたっていうのはお二人の共通の部分になりますし。

(西寺郷太)僕もこの曲、大好きなんでね。はっきり言って、こういう場合で「プリンスを1曲、選んでください」って言われて非常に困るんで。

(サッシャ)そりゃそうですよね。

(西寺郷太)本当、いい曲が多すぎて(笑)。だから、宇野さんがこれを選んでくれて、僕もうれしかったです。っていうか、そういうのばっかりだと思うんですけど。

(宇野維正)一体何十曲、代表曲があるんだ?っていうね。もちろん、だから『Purple Rain』とか、今日も(番組の)頭にかかった『Let’s Go Crazy』とかね。もちろん代表曲なんだけども。それも素晴らしい曲なんだけども。ただ、本当に人それぞれ、「いちばん好きな曲は?」って聞いて、この人ぐらいバラける人もいないだろうと思うし。

(西寺郷太)多作で。たくさんあるんで。

(宇野維正)そう。で、今日、たまたまいろんなメディア。『Rolling Stone』とか『The Guardian』とかがプリンスのベストトラックみたいなのを10曲とか、選んでいるんだけど。まあ、見事にどこもかぶっていないっていうね。これ、珍しい話ですよね。

(西寺郷太)うんうん。

(宇野維正)みんなね、ちょっとひねりを入れてきているつもりなんだけど、見事にそれがかぶっていなくて。何たる人だ!っていうね。普通、だって5曲や4曲、かぶるでしょ。10曲選んだら。全然かぶってなくて。けど、それがプリンスなんだよなっていうね。笑っちゃう(笑)。

(サッシャ)西寺郷太さん、実は『プリンス論』という、これ、日本で唯一ですかね? プリンスの本っていうのは。

(宇野維正)「日本人が書いた」っていうね。

(西寺郷太)そうですね。

(サッシャ)を、お書きになっている。もういま、注文殺到らしいですけども。

(西寺郷太)なんか、そうやって新潮の人は言ってました。

(サッシャ)この『プリンス論』では、西寺郷太さんはどんなことを書かれているんですか?

(西寺郷太)本当に、書き始めたのが2年前で。徐々に書き始めて、昨年の9月に出たんで。その時は、一部の人を除けば、「なぜいま、プリンスの本なんだ?」って言われていたんですけど。僕が「書きたい」と言ったというよりは、新潮の金さんという編集者の方が僕に「書いてほしい」っていう風に依頼をしてくれたんですよね。

(サッシャ)はい。

(西寺郷太)というのも、膨大な作品数と、さっき言ったように曲がかぶらないというのはそれだけアルバムも多いですし。で、僕は42才なんですけど。僕もマセて音楽を聞いていた、小学生ぐらいでプリンスを聞いていた人間だったんで、僕と同世代、それからちょっと下の人になると「すごい」っていうのはわかっていても、どこから順番に聞いていってそのすごさを体感していいかわからないっていう人が多かったんですよ。

(サッシャ)うんうん。

(西寺郷太)で、僕ちょっと思ったのが、自分にとってのマイルス・デイビス(Miles Davis)って、大好きなんですけど、やっぱり全部は理解できないっていうか。リアルタイムじゃないし、最後の方は『Doo-Bop』とか買っていたのはあるけども。なんか、ああいう気持ちに若い人とかなんとなくの人がプリンスがなっているのであれば、僕みたいな人間が入門編として。僕らのちょっと上の人は「知ってるよ」っていうことでも1冊にまとめて、「こういう人ですよ。こういう曲が面白いよ。なぜ面白いのか?」と。たとえば、『When Doves Cry(ビートに抱かれて)』。大ヒットしましたけど。1984年の年間ビルボードチャートの1位になった曲。



(サッシャ)はい。

(西寺郷太)1年間でいちばん売れた曲だけど、ベースが入っていないよ、とか。普通、ファンクとか黒人音楽の中心であるベースが入っていない、とか。よくよく聞いたら、頭と終わりにしかギターも入っていない、とか。そういう曲の聞き方の面白さなんかも、その『プリンス論』の中では書いたはずなんですけどね。ただ、最大の理由は、マイケル(Michael Jackson)の時に、亡くなってから僕は本を出したので。ずーっとそれを悔いてまして。ライブも、プリンスだったら日本に来る可能性もあると思っていたので。

(サッシャ)はい。

(西寺郷太)いまのうちにそういう土壌をもう1回、固めておけば、また日本に来てくれた時にフィーバーするんじゃないかな、みたいな。そういう思いもあって。実際にすごい売れたし、喜ばれたんですよ。思っていたほどの批判も来なかったんで。プリンスファンってすごく怖い人たちも多いので(笑)。

(サッシャ)みんな、愛が深いとね(笑)。

(西寺郷太)みんな、愛が深いので。

(宇野維正)みんな、「俺だけのプリンス」って思っていますからね。

(西寺郷太)そうなんですけど。でも、やっぱりみんな概ね喜んでくれて。という流れだったので、全くもってびっくりしているんですけどね。

(サッシャ)ちなみに、その本の中で紹介しているものでもいいんですけど。郷太さんがいちばん好きなプリンスのエピソードって何かありますか?

(西寺郷太)僕もやっぱりライブですね。96年の1月だったんじゃないかな? 1回延期になった『Goldツアー』かな? それを見に行ったのが、たまたま最前列から5列目ぐらいのところの、ど真ん中のチケットだったんですよ。たまたまなんですけど。

(サッシャ)すごい!

(西寺郷太)その時に、自分はちょうどプロになるか・ならないかの境目で。大学生の卒業をするかっていう時で。その時にプリンスが演奏したり歌ったりするのがあまりにも素晴らしすぎて。22とか1とかだったんですけど、それまでの自分の人生の10何年間で、その当時でも何十万円か、プリンスに払ってきていたわけですよ。CD買ったりとか、レコードを買ったりとか。でも、なんか自分の払ったお金がこの人のピックとか弦とかストラップになっていることで、新しいプリンスの音楽が生まれているとしたら、こんなうれしいことはないな!って。

(サッシャ)はい。

(西寺郷太)そんな発想、なかったんですけど。俺、もしかしたらこの人の音楽作りをサポートできたのかもしれない。もっともっとがんばってほしいし。そういう風になるのが、プロになるっていうことなんじゃないかな?って、なんかパツンと思って。

(サッシャ)へー!

(西寺郷太)なんか、ライブを見て教えてくれたんですよね。で、自分もそういう風に思われなきゃダメだなっていうのが、ちょうどNONA REEVESがプロになるきっかけをくれて。それで、ワーナーに行ったんですけど、それもプリンスがワーナーで。何社か(契約オファーが)来たんですけど、「これはもう、絶対にワーナーに行く!」と思って。そんなようなこともあって、ともかく、やっぱりいろいろ教えてくれる人なんですよね。うん。

(サッシャ)そんな西寺さんが選ぶ1曲は、じゃあ何にしましょうか?

(西寺郷太)それは『Sign ‘O’ the Times』に入っている『The Ballad Of Dorothy Parker』っていう曲なんですけど。僕はやっぱり、いろんな好きな曲がありますけど。プリンスにしか出せないニュアンスというか。もう、大好きな曲なんで、選ばせていただきました。

(サッシャ)じゃあ、聞きましょう。

Prince『The Ballad Of Dorothy Parker』


(サッシャ)お送りしたのは西寺郷太さんに選んでいただきました『The Ballad Of Dorothy Parker』です。宇野さんも唸っていますが……どうですか?

(宇野維正)大好きな曲なんですよね。いや、だから当時はね、「ドロシー・パーカーって誰なんだろう? あ、アメリカの詩人なんだ」とか思ってね。プリンスってインタビュー、基本的にほとんど受けなかった人なので。本当に数少ないので。だから、あまり彼が何を好きで、何をしているのか?っていうは、みんな全部曲から受け取るんですよ。

(サッシャ)なるほど。

(宇野維正)たとえば『Kiss』の中で、『Dynasty』っていう当時の人気のドラマの固有名詞とかが出てくると、「えっ、プリンスってドラマ、見るんだ」とか。

(サッシャ)たしかに(笑)。

(西寺郷太)「You don’t have to watch Dynasty♪」っていう(笑)。

(宇野維正)だから、好きなミュージシャンとかも、もちろん聞けばわかるんですけども。スライ&ザ・ファミリーストーン(Sly & The Family Stone)とか、ジェイムズ・ブラウン(James Brown)とかにどれだけ影響を受けているかって。だけど、たとえばジョニ・ミッチェル(Joni Mitchell)とかいう言葉をプッと聞くと、それきっかけでジョニ・ミッチェルのアルバムを全部、自宅にあるのを聞くとかね。

(サッシャ)なるほど。

(宇野維正)そうやって、プリンスを手がかりにいろんな世界を勉強させてもらったっていう感じ。うん。

(西寺郷太)うんうん。

(サッシャ)ここでちょっと、電話がつながっています。もう一方、ここで電話で参加していただきます。音楽プロデューサー松尾潔さんです。松尾さん、こんばんは。

(松尾潔)こんばんは。はじめまして。

(サッシャ)よろしくお願いします。サッシャです。

(松尾潔)よろしくお願いいたします。

(サッシャ)スタジオには西寺郷太さん、そして宇野維正さんもいらしておりますが。

(松尾潔)ああ、郷太くん。こんばんは。宇野さん、はじめまして。

(西寺郷太)どうもどうも。松尾さんが作詞してくれた歌を、歌ってきました。ライブで。ありがとうございます。

(サッシャ)松尾さん、まずはいまの率直な思いとか、いま感じていることを教えていただけますか?

(松尾潔)そうですね。僕もこの番組を先ほどから聞かせていただいているんですが。まあ、ゲストのお二人のファンとしての熱いお気持ちとか、喪失感みたいなのを聞いた後に出るのはなんか、うーん。ちょっと恐縮するぐらい……僕は、もっと自分にとってモスト・フェイバリットと呼べるようなアーティストって別にいますので。割と、仕事でプリンスに近いところで接したというような感じになるので。ちょっとまた違うんですよね。なんと言うか、とにかく大きなポップスターを亡くしたということを考えていますね。

(サッシャ)そんな松尾さんから見ると、プリンスの魅力って? まあ、一言で言うのはとっても難しいと思うんですが。

(松尾潔)僕、たとえば名前を出しちゃいますと、マーヴィン・ゲイですとか、ルーサー・ヴァンドロス(Luther vandross)とかジェイムズ・ブラウンっていう、それこそさっきどなたかがおっしゃっていたけれども、自分の人生を変えてくれたというか、規定してくれたようなアーティストって別にいるんですが。クインシー・ジョーンズ(Quincy Jones)とか。

(西寺郷太)うんうん。

(松尾潔)そういう人とは違って、プリンスは好きな作品もあれば、好きなものもあるけれど、その人の生き方にまで自分が影響を受けたわけではないんで。なんかね、こういう言い方はちょっとビジネスライクに聞こえるかもしれませんけれども。あの、ヒットレコードの作り方をすごくこの人に教わったような気がしますね。

(サッシャ)なるほど。

(松尾潔)僕は、たとえばルーサーとかはもう、聞く時は全然ダメなんですよ。ダメなおじさんになって、トロトロになっちゃうんで。

(サッシャ)(笑)

(松尾潔)プリンスを聞く時は、「うーん。ああ、こういう組み立て方をするんだ」とかね、割と客観性を保って聞けることが多いので。

(西寺郷太)でも松尾さん、若い頃にペイズリーパークで取材をされてますもんね?

(松尾潔)あっ、そうなんですよね。僕、92年の3月にペイズリーパークに言ってますね。その頃、横浜にグラムスラムっていうね、本店がミネアポリスにあるプリンスのクラブを横浜に出すことになって。僕はちょっと、その店のお手伝いをしていましたので。そのグラムスラムと、あとどうせなら……っていうことで、ペイズリーパークを訪ねましてね。「プリンス本人と話すことはできないよ」って初めから言われていたんですけども、当時の僕はまだ20代前半だったんで。おそらく、音楽好きの少年に見えたんだろうと思うんですね。それで、ゲネプロを見せてもらえましたね。お情けで。

(西寺郷太)うん。

(松尾潔)それで、『Diamonds and Pearlsツアー』っていうのがその年の、その10日後ぐらいかな? 東京でたしか始まったと思うんですが。その東京ドームのゲネプロをそこで見ましたね。

(サッシャ)その時の感想は? どういう風に見えたんですか?

(松尾潔)あの、結構やっぱりバンドマン、バンドリーダーとして。それまで先入観で、たとえばタイム(The Time)っていう僕がある意味、プリンスよりも好きなグループがいるんですけども。そのタイムっていうのはプリンスの傀儡の時期があっただとか、レヴォリューションとかっていうのは本当にプリンスの独裁的なやり方にみんな嫌気がさしていたとか。いろんな予備知識があったんですが、僕がそこで見た時は、割と民主的な……(笑)。

(宇野・サッシャ)(笑)

(西寺郷太)たぶん僕、そう思いますよ。レヴォリューションはかなり、やっぱりバンドだったと思うんですよね。プリンス&ザ・レヴォリューション。

(松尾潔)民主的だったんですよ(笑)。

(西寺郷太)いや、でも本当に松尾さんがマーヴィンやルーサーをすごく好きで。プリンスはちょっと、ジャーナリストとして1つ置いていたというのは、やっぱりそのミネアポリスっていう街が97%白人の街。2、3%しか有色人種、黒人がいないっていう街で生まれ育った人なんで。ちょっと不思議なフュージョンっていうか。ロック寄りなんですよ、多分。

(サッシャ)なるほど!

(西寺郷太)だから、松尾さんは本当にブラック・メロウが好きな方なので。そういった意味でいうと、プリンスってちょっと変わっている。だからこそ、日本人にも受け入れられやすかった部分があるのかな?っていう。それはだから、すごい正直な感想であって。

(松尾潔)そうじゃないですか。僕がその時、何日間かミネアポリスに滞在して。当時のニュー・パワー・ジェネレーション(The New Power Generation)のドラマーのマイケル・ブランド(Michael Bland)とか。マイケル・B(Michael B.)ですか。

(西寺郷太)マイケル・B。

(松尾潔)あとは、セント・ポール(St. Paul Peterson)っていたじゃない? あと、リッキー・ピーターソン(Ricky Peterson)のあの兄弟とかに夜、遊びに連れて行ってもらったりとか、いろんなクラブとかに行ったりしんですけど。ウィスキーなんとかとか、そういう店に。

(西寺郷太)ふんふん。

(松尾潔)釈迦に説法だよね(笑)。いろいろ行ったんだけど。向こうはね、「日本人だったらこういうの、好きでしょ?」みたいなことをいろいろ言ってくれるんですけど。「ああ、やっぱりロックっぽいな」とか思って。

(西寺郷太)でもね、その92年あたりのニュー・パワー・ジェネレーションの時期って、割とプリンスが黒人音楽回帰というか。ジャズっぽいのもあったけど。レヴォリューション時代に比べると……

(松尾潔)あのアルバムはそうだよね。

(西寺郷太)そうなんですよね。ロックっぽくないんですよね。だからこそ……

(松尾潔)マイケル・ブランドはさ、クライド・スタブルフィールド(Clyde Stubblefield)的なおかずを弾くじゃない? JB’sとか。

(西寺郷太)うんうんうん。

(松尾潔)だから僕は、プリンスのコアなファンがみなさん、どう思われているかわかんないけど。まあ、たまさかそこに居合わせたというのもあって。『Diamonds and Pearls』とか、やっぱりすごく……

(西寺郷太)いいアルバムですよね。

(松尾潔)いいしね。で、その後、96年にマイテ(Mayte)っていう奥さんを連れて日本に来た時に僕、会っているんだけど。その時に、『Emancipation』だっけ?

(西寺郷太)『Emancipation』。ワーナーをやめてEMIに行った時ですね。

(松尾潔)そうそうそう。『La-La (Means I Love You)』とかさ、ああいうフィリー・ソウルのカバーとかをやっている時に……だから、随所随所では。とか、最近のBlack Lives Matterにおける彼の言及とかを見ていると、ずっと目が離せない人ではあるんだけれども。なにしろ多作でね、途中から「この人、ピカソと同じで死なないんじゃないか?」みたいな気持ちもちょっとあったので。

(西寺郷太)いや、僕もそう思っていたんです。

(宇野維正)みんな思っていましたよ。

(松尾潔)うん。だからちょっと、そこでびっくりしているっていう。ポップスターが、やっぱり逝ってしまうんだなっていう。

(宇野維正)なんかけど、死因の話とかもあんまり知りたくないんですよね。もはや。

(松尾潔)ああ、ファンの方はそうでしょうね。あのね、ちょっと明るい話かどうかわかんないんですけど。せっかくなんで、92年にペイズリーパークに行った時の話をしたいと思うんですけども。

(サッシャ)ああ、ぜひ。

(松尾潔)彼のエピソードっていうか、こういうことを見てきたっていう話なんですけど。トイレに行きました。で、男性用トイレに行くわけですけども。男性の、小さい方の用をたすための便器が、子供用と大人用と、あと中ぐらいのやたらゴージャスなものがありまして。

(宇野・西寺・サッシャ)(笑)

(西寺郷太)中ぐらいがゴージャス(笑)。

(松尾潔)で、僕はトイレから出てきた後に、関係者の人に「あの中ぐらいのものは、特定の誰かのために作られているのですか?」って聞いたんですけど。「お前は答えを知っている」っていう風に言われましたね(笑)。

(宇野・西寺・サッシャ)(爆笑)

(西寺郷太)なるほど(笑)。

(サッシャ)最高ですね! じゃあ松尾さん、お忙しい中、お時間を頂戴していますが。1曲、選んでいただいたのは『Diamonds and Pearls』なんですよね。

(松尾潔)そうですね。その話の流れで。ゲネプロを見た時の感激がどうしても強いので。

(サッシャ)では、その曲をおかけしたいと思います。松尾潔さん、お忙しい中、本当にありがとうございました。

(松尾潔)とんでもないです。この後も最後まで聞かせていただきます。

(サッシャ)ありがとうございましす。失礼いたします。

(西寺・宇野)ありがとうございます。

Prince『Diamonds And Pearls』


(サッシャ)プリンス&ザ・ニュー・パワー・ジェネレーション『Diamonds And Pearls』。松尾潔さんのセレクト。貴重な話をいろいろありがとうございます。郷太さん?

(西寺郷太)いや、実はこの『Diamonds And Pearls』、僕も脳裏に浮かんだ曲だったんですけど。プリンスの特徴としては、女性が歌って映える曲がすごく多いっていう。だからチャカ・カーン(Chaka Khan)の『Feel For You』もそうですし。



(サッシャ)そうですよね。

(西寺郷太)バングルス(The Bangles)の『Manic Monday』もそうですし。



(サッシャ)はい。

(西寺郷太)いろんな曲を、プリンスの曲ってカバーされるとよかったんですよね。で、このニュー・パワー・ジェネレーション期はロージー・ゲインズ(Rosie Gaines)っていう素晴らしいシンガーがいて。この『Diamonds And Pearls』では自分の男性ボーカルと女性ボーカルが互角に来るっていう。プリンスの得意なことが1つに入っているような曲なので。この曲、実はそういう意味ではプレゼンテーションにいいかなって思って。聞いてほしかったんですよね。

(サッシャ)なるほど!

(西寺郷太)だから松尾さんが選んでくれて、ラッキーって僕は思ったんですけど。

(サッシャ)ボーカルのレンジの広いプリンスだからこそ、っていうのもありますよね。J-WAVE『The Music Special~nothing compares 2 Prince~』。お知らせを挟んでまだまだ特集していきます。

(CM明け)

(サッシャ)生放送でお届けしています。J-WAVE『The Music Special~nothing compares 2 Prince~』。急死したプリンスを追悼しています。音楽ジャーナリストの宇野維正さん、そしてNONA REEVESの西寺郷太さんをお迎えしています。引き続き、よろしくお願いします。

(西寺・宇野)よろしくお願いします。

(サッシャ)メッセージも頂いておりますので。ご紹介したいと思います。二十歳の大学生さんからいただきました。ありがとうございます。「プリンスが大好きになってまだ5年なんですが、亡くなって悲しみにくれています。何がいちばん悲しいかというと、プリンスの最後の来日公演は2002年。つまり、私のような若い日本のファンは彼の姿をここ日本で見る機会に恵まれなかったということ。いつかは……と思いながら聞いていたので、とても残念です。飛行機に乗ってでも、見るべきだった」という風に。

(宇野維正)いや本当、けどね、「飛行機に乗ってでもみるべきだった」って実は僕も西寺くんも、ずっと思っていたんですよね。

(西寺郷太)一緒にね。本当に去年も。

(宇野維正)「一緒に行こう」みたいな話をしていてね。

(西寺郷太)それぐらいだったんですけど。でも最近ね、3日前とかに告知していたんですよ。1週間ないぐらいで。

(宇野維正)要するにプリンスって、普通のアリーナクラスのキャパだったら、3日前に告知しても、世界中どこでも入るんですよ。

(サッシャ)即完というね。

(宇野維正)だから、「地元の人に来てほしい」っていう気持ちもあるかもしれないし。

(西寺郷太)そうだと思いますね。

(宇野維正)あと、サプライズ的なことを常に楽しんでいる人だったから。

(西寺郷太)日本から行こうとすると、下手したら間に合わないっていうか。で、こっちもね、普通に暮らしていると。で、一時はね、もう2週間ぐらいプリンスのために(スケジュールを)明けていたんですけど。その時に限ってライブをやらないみたいな(笑)。

(宇野・サッシャ)(笑)

(西寺郷太)本当、『プリンス論』を書いている時は、新潮の方とも「かならず行こう」って。それだけを条件にしていたんですけど。だけど、やっぱりそれが叶わないぐらい、なかなか特殊なツアーをやられていて。今回はね、ピアノとマイクロフォンを使って、弾き語りのような。

(宇野維正)ついね、オーストラリアまでね、来ていたのにね。経度的にはね、日本だったんですけどね。緯度が足りなかった。

(西寺郷太)うんうん(笑)。あと、ここ3年ぐらいでワーナーともう1回、再契約をしてみたりとか。それから、いまはユニバーサルでは『HITNRUN』シリーズを出してますけども。だから僕、ちょっと期待していたんですよね。大手のメジャーレーベルに所属すると、やっぱり動きやすいんで。プロモーションも。それがやっぱり、あと1年、2年あったら絶対に来ていたと僕、思うんですけどね。

(宇野維正)ひとつはね、2002年に来た後に、実は2002年って一般的なプリンスの人気がいちばん落ちていた時期なんですよ。ただ、それを2004年に、その2年後に『Musicology』っていう久々にメジャー流通の作品を出すことで、潜在的なファンがみんな待っていたんですよ。みんな、やっぱりさすがにネットでプリンスのニュー・パワー・ジェネレーションのサイトに行って買いはしないけど、プリンスを待っている人っていっぱいいて。

(サッシャ)はい。

(宇野維正)2004年に久々にメジャーに戻ったら、爆発したんですよ。それが。売上もそうだったんだけど、その年のアメリカのコンサートの収入の1位になっちゃったんですよ。そのツアーがね。そのぐらい、爆発して。それ以降、やっぱりプリンスって、もともとトップスターだったんだけども、現実的に本当のトップスターに返り咲いちゃってて。だから、ギャラもそうだし、キャパもそうだし。ちょっとなかなか日本に来づらい状況ができちゃったっていう。

(サッシャ)うんうん。

(宇野維正)相変わらずレコード会社の安定したパイプはなくなっちゃっていたしっていう。だから、まあ仕方ないっていうかね。

(西寺郷太)その『Musicology』の時は、ライブのチケットにCDをつけるっていうやり方を。すごいね、プリンスのやってきたことって、最初は「なんで?」って思うんですけど、みんな結果的に……たとえばメジャーを離脱してインディーズ。自分のレーベルでやり始めたりとか。ネットで音楽を売ったりとか。そういうのって、いまとなっては当たり前なんですけど、20年とか前にやっていることが多くて。それで、追いついていくというか。

(サッシャ)周りがね。

(西寺郷太)『Nothing Compares 2 U』の『2 U』ってしてみたりとか。ああいうのも、だんだんTwitterとかになると、みんなやるようになったじゃないですか。省略したいから。

(サッシャ)たしかに! いま、当たり前ですよね。

(西寺郷太)そういうのとかも、すごくプリンスってね、不思議な先読み能力がある人で。

(宇野維正)ラブ・シンボルだってね、みんなね。

(西寺郷太)そう。マーク。

(宇野維正)AYU(浜崎あゆみ)とかもやってますからね(笑)。ああいう、自分のアーティストネームみたいなものをね、ああいうことにするみたいなのもね、プリンスのが全部ハシリだったしね。

(西寺郷太)あと、もう1個彼のプロデュース能力で言うと、「紫色をプリンスと思わせる」って、すごくないですか?

(サッシャ)たしかに、そうですね!

(西寺郷太)パープルって言ったらもう。そんな人って他に……

(宇野維正)いない、いない。

(サッシャ)アーティストカラーって、ないですよ。本当の意味でね。

(西寺郷太)黄色を見て、あの人を思い出すとか。黒を見てって。まあ、多少はあると思うんですけど、紫ほど、彼が取っちゃったっていうものは。

(宇野維正)取ったね。

(西寺郷太)そんな変わった色でもないのに。それってすごい、彼の自己プロデュースで。「僕を見れば紫だと思え」っていう。それはすごいやっぱり、才能のあるキャッチフレーズ作りとイメージ作りの天才だったなって思いますね。

(サッシャ)いろんなところが、紫になったんですよね。

(宇野維正)そう。実際にね、ナイアガラの滝、エンパイア・ステート・ビル。あと、ニューオリンズのスタジアムだったりとか、エッフェル塔だったり。

(サッシャ)Googleのトップページも。

(宇野維正)Googleのサイトもあれ、紫になるだけじゃなくて、ちゃんと雨が降っているんですよね。で、いま目の前にある東京タワーも。これはね、なんか別のイベントで昨日から紫にしているっていう話もあるんですけども。Japan Timesっていう英字新聞が「プリンスのトリビュートで東京もようやく紫になったよ」ってやったら広がっちゃってて。だからもう、既成事実として。


(サッシャ)あ、そうなんですね!

(宇野維正)いま、見れる方は東京タワーを見てください。東京タワーも紫です。

(サッシャ)本当ですね。これも、じゃあまあ、ひょっとしたらプリンスが起こした奇跡かも知れないですね。

(宇野維正)本当ね、亡くなった後にペイズリーパークにみんな集まって。みんな虹の写真をアップして。虹が、亡くなったその日にずっとかかっていたんですよね。


(サッシャ)そうなんですか。

(西寺郷太)『The Rainbow Children』っていうアルバムがあったりするんで。

(宇野維正)そう。

(西寺郷太)だからなんかすごく、『Sometimes It Snows In April』っていう、僕がカビラさんの番組でリクエストをしたんですけど。「時々、4月に雪が降ることもある」っていう。クリストファー・トレイシーっていう映画の主人公が4月に死んだっていう歌なんですけど。でも、プリンスが亡くなったのも4月で。だから僕、大好きな歌だったんですけど。まさか……とは思うんですけども。


(宇野維正)『Sometimes It Snows In April』とね、あと『Purple Rain』は聞けないんだよね。悲しくて。『Purple Rain』、よくかかっているみたいですけどね。世の中ね。

(サッシャ)まあ、なんかいま、本当に紫のその色にしたっていうこともあって。本当に代表曲に、このタイミングでなっていますね。

(宇野維正)泣いちゃうのがわかっているから、聞けないんだよ。

(西寺郷太)なんか、やっぱりそういう予言じみたところがすごくある人でしたね。

(サッシャ)もう、お別れの時間が実は近づいてきたんですが。一言ずつ、いただきましてお別れしたいと思うんですが。何か、言い足りないこと、伝えたいこと、プリンスに対する思い。宇野さんから。

(宇野維正)なんかね、プリンスって日本ではやっぱりすごく下世話というか、下品というか、猥雑なイメージみたいなものが。最初は実際そういうイメージもあったんですが。

(西寺郷太)最初、うちの親父は買うのを禁止してましたからね。

(宇野維正)だけど、実際に表現も変わっていったっていうのもあるんですが。それだけじゃなくて、いま、こうやって思い出すと、あんなにチャーミングな人はいないなって言う。

(西寺郷太)いや、まさにそうですね。

(宇野維正)全ての表情、発言、何から何まで。歌詞もそうだし、曲も。あんなにチャーミングでかわいらしい人はいないなっていうね。なんか、そういう気持ちにしかならないんですよね。で、それは亡くなったからいいところだけが残っているとか、そういうのでは全然なくて。なんか、プリンスのことを考えると……『Forever In My Life』っていう曲の中にもあるんですけども。なんか、「君のことを思うと、すごく神聖な気持ちになるよ」って。「Divine」っていう言葉を使っているんですが。非常にそのね、Divineな気持ちになるんです。

(サッシャ)うんうん。

(宇野維正)だから、亡くなっていま、僕が感じているのは非常に、Divineな気持ち。浄化されるような気持ち。プリンスのことを考えるとね。だから、いなくなったっていうことについては、あまり考えたくない。プリンスのことだけを考えていたい。

(サッシャ)郷太さん。

(西寺郷太)僕はね、やっぱり余力を残さない人だったなっていうか。何事も全力でやる。多作ですし。それは、本当に僕もそうやって生きていかなきゃいけないなって。もう本当に、何事も全力な人だったし。あと、ファンをこれほど愛した人はいないなって。僕ら、やっぱり30何年間、いろんなことを振り回されたり、いろいろありましたけど。でもやっぱり、ずーっと楽しませてくれた。5年に1枚とか、10年に1枚とかではなくて、毎年、いろんな形でプリンスに触れさせてくれたっていう。それって最大に優しかったなって、そう思いますね。

(サッシャ)うん。

(西寺郷太)実際に僕もまだ、本当の意味での納得とか、理解はできてないんですけど。やっぱりそういう人だったなって。で、もしかして、未発表曲も含め、『HITNRUN』シリーズでどんどんどんどん出て行く。その形も作った状態で、『Phase Two』まで残して。それから旅立って行ったって思うと、最後までファン思いの人だったなっていうのは思いましたね。

(サッシャ)まあ、まだまだ、実感がわかないところですが。これから、いろいろ感じてくるのかもしれません。お二方、お忙しい中、本当にありがとうございました。宇野維正さん、そして西寺郷太さん。お越しいただきました。そして、松尾潔さんもありがとうございます。最後は、この番組のサブタイトルにもさせていただきました『Nothing Compares 2 U』をプリンスバージョンで聞いていただきながらお別れです。『The Music Special~nothing compares 2 Prince~』、お相手はサッシャでした。Rest In Peace。あなたと比較できるものはいません。『Nothing Compares 2 U』、プリンス。

プリンス『Nothing Compares 2 U』



<書き起こしおわり>