宇多丸が語る ヨルタモリと紙の月の宮沢りえの素晴らしさ

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宇多丸さんがTBSラジオ『タマフル』の映画『紙の月』評の中で宮沢りえさんを絶賛。ヨルタモリと紙の月で宮沢りえさんが見せている素晴らしさについて語っていました。


(宇多丸)宮沢りえ、ちなみにちょっと話ずれますけど。今回の映画、ずれますけども。『ヨルタモリ』、みなさん見てます?タモリさんの、フジの夜にやっている。『ヨルタモリ』で架空のバーのママをやってるんですけども。あの史上最強のママっぷり。要はその、普通じゃない人生を歩んできた人にしか醸し出せない何か、なんかすごさみたいな。最近ちょっとやっぱり宮沢りえ、ハンパねえ!みたいなのが私の中でですね、今回の『紙の月』、そして『ヨルタモリ』で非常に高まっているわけなんですけども。

で、ですね、何が今回素晴らしいかっていうと、宮沢りえ。あんなキレイな派遣社員いない!みたいなことをおっしゃってます。たしかにキレイなんですよ。で、劇中でも『美人だ』みたいなことを言われるんだけど。こういう映画で、いわゆる美人女優がキャスティングされるとですね、とは言えですね、こんな美人なのになんかしょぼくれてます。たとえば美人女優がちょっとメガネかけて髪の毛ボサボサにしたくらいで、なんかしょぼくれた役でーすなんつったって、なんかちょっとな・・・って。だってこんな美人なんだよ?みたいな。米倉涼子はだって、まず背丈がさ・・・とかさ(笑)。

なんかそういう、冴えない女を演じていることにちょっと白けちゃう時って多々あると思うんですけど。今回の宮沢りえはですね、これたぶんスタイリングとかメイクとかが非常によくバランスを考えていて練られてると思うんですけど。たとえば序盤ではですね、脚本の早船歌江子さんシナリオ12月号で言っているの表現を借りるならですね、彼女、主人公はね、『美しいことが得になっていないタイプ』なんだと。で、それに今回の宮沢りえ、ちゃんと見えるんですよ。たしかに顔は整っている。キレイなんだけど、それが得になっていない。それが彼女を幸福にしていないタイプに見える。

どういうことかっていうと、これも早船さんの表現。『美しいせいで他人に上っ面しか見られていないと捉えている』。まあ、自分でそのように捉えているということですね。実際、彼女は職場である銀行でも、家庭内でもですね、そういう風に扱われているように自分で思うと。吉田大八監督のその十八番のですね、それぞれの人間が実はまったく異なる世界の見方をしていて。それをセリフ的な説明ではない、微妙なズレによって、不穏な緊張感が高まっていく。

それぞれが見ていることは、実は隣にいる友達だったり夫だったりなんだりが、実はぜんぜん自分と違う世界の見方をしてるという、そのズレが微妙な不穏感、もしくはやだみと言うかですね、それを積み重ねていくという。これは吉田大八監督十八番のタッチによってですね、主人公の家庭でも職場でも、疎外感。あるいは静かな絶望みたいなのがキリキリキリキリ描き出されていくと。

<書き起こしおわり>

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