吉田豪さんが2021年5月10日放送のTBSラジオ『アフター6ジャンクション』の中で少女漫画家の萩尾望都先生と竹宮惠子先生について話していました。
(宇多丸)さあ、ということで今夜は少女漫画に変革を起こした2人の漫画家、萩尾望都先生と竹宮惠子先生についてということで。これはやはり、想像するに先日出版されました萩尾望都先生の本『一度きりの大泉の話』きっかけということでよろしいんでしょうか?
(吉田豪)そうですね。それきっかけで一気に僕は関連書を読み漁り……もうどんどん、このことについて考え続けている状態ですね。
(宇多丸)結構漫画好きの間でも話題沸騰で。実は福田里香さんとかもすごいこのことについて話なんかしてましたけど。ということで、改めてですが。まあ本当にね、少女漫画界のレジェンド中のレジェンド。お二人の先生のプロフィール、熊崎くんからご紹介をお願いします。
(熊崎風斗)はい。まずは萩尾望都先生です。1949年、福岡県生まれ。現在71歳。1969年にデビューをされています。代表作は『ポーの一族』『11人いる!』『残酷な神が支配する』などなど。日本SF大賞、手塚治文化賞マンガ優秀賞や日本漫画家協会賞。また少女漫画家としての初の紫綬褒章など多数受賞されています。続いて竹宮惠子先生です。1950年、徳島県生まれ。現在71歳。1968年にデビューされています。代表作は『ファラオの墓』『風と木の詩』『地球(テラ)へ…』など。小学館漫画賞、日本漫画家協会賞、紫綬褒章など、こちらも多々受賞されたほか、2000年より京都精華大学の教授となりまして、2014年に学長に就任されています。
(宇多丸)ということで、このお二人についてということですが、吉田さん。
(吉田豪)はいはいはい。まあ、元々同学年で、ある意味盟友と言っていいような2人だったわけですよね。漫画家になろうとしていた萩尾先生を竹宮先生が東京に誘い、それで上京がで。それで2人で一緒に大泉の「大泉サロン」と呼ばれるアパートで一緒に住み。そこにいろんな同じような夢を持った少女漫画家が集まってきて……みたいな、美しい話として。
少女漫画版のトキワ荘みたいな感じで語られてきたんですが、なぜか竹宮惠子先生側は積極的に語るけど、萩尾先生側はこのことについてあまり語ろうとしなかった。で、その理由というのが今回出た『一度きりの大泉の話』という本でかなりはっきりと書かれたんですよね。しかも、その内容というのが本当にもう1度きり。「今回に限って話すのであって、この先は2度とこれに関する話はしません」という。
(宇多丸)なんかその、萩尾さん的にはとにかくこのことについて、逆に言えば2度と聞かれたくないので。もうこれで終わりにしたいから、あえて語ったというようなことですね。
(吉田豪)そうですね。ちょうど2016年にですね、竹宮惠子さんが『少年の名はジルベール』という本を出して。その大泉サロン時代の話をかなり細かく書いてたんで。それでいろんなメディアとかが2人の対談を申し込んだりとか、「ドラマ化とかどうでしょうか?」みたいな話が来るたび、萩尾先生がもう完全にトラウマで触れたくないことを何度もそうやって触れられて。なので「はっきりさせておきましょう」ということで書いた本で。
(吉田豪)本当に萩尾先生サイドとしては……まあ、ざっくり言っちゃうと竹宮先生からまあ、嫌われて。「距離を置きたい」と言われて、そのことがトラウマでちょっとかなり一時期病んだ、みたいなことが書いてある本で。萩尾先生は何ひとつ悪いことをしていないので、気持ちはすごくわかるんです。だからTwitterとかいろいろ周りの感想とかを見てても、本当に萩尾先生の本がショックだった感じで。「内容にも触れられない」みたいな感じの人がすごく多くて。
(宇多丸)ちょっと、だから僕もこの本を読んで。もちろん話題沸騰なのはわかるけど、なかなか扱い方が難しいなとは思ったんですよね。
(吉田豪)そうですね。ただ、それこそ本当に読んでほしいんですよ。『少年の名はジルベール』っていう竹宮先生の本も読むとかなり立体的になるし。で、ぶっちゃけあれなんですよ。僕、竹宮先生の気持ちがわかりすぎるんですよ。
(宇多丸)ほうほう。
竹宮先生の気持ちがわかりすぎる
(吉田豪)あの、萩尾望都さんっていうのはもう本当に紛れもない天才。とんでもない作品をずっと生み続けている人で。で、竹宮先生は萩尾先生を呼んだ時点では自分の方が漫画の世界では先輩と言うか。で、仕事もあって。明るくて朗らかで人当たりも良くて。で、萩尾先生っていうのは結構、いろいろと不器用な人で。だから、萩尾先生の本ってとにかく自己評価が非常に低い本なんですよね。自分の作品にも自信がなければ、自分の人間的な部分でも。だから、その「嫌われた理由」っていうものを自分の中に探すんですよね。「私がどんくさいからダメなんじゃないか?」とか何だとか。でも、竹宮先生の本を読めばはっきりわかるんですけど、まあシンプルに「嫉妬」なんですよ。
(宇多丸)竹宮さん側が萩尾さんの才能に当時、嫉妬されていた?
(吉田豪)まあ、そのとんでもない才能に気付いて。当時は本当に性別もわからなかったから。「男だったら結婚したい」と思うぐらいに惚れ込んで。で、デビュー前の萩尾先生はボツだらけで全然作品を書けなかったところに、自分の仕事をしている出版社を紹介して……みたいな感じでかなりケアしたら、そっちの出版社に萩尾先生の方が気に入られて。どんどん仕事を……しかもデビュー当時からとんでもない作品を書き始めて。で、竹宮先生は比較的器用貧乏のタイプで。合わせに行けちゃうんですよね。で、自分が本当に書きたいものはあるんだけど、書けないでいる時にのびのびと書きたいものを書き、評価されるという天才が身近にいて。しかも天才に自分が仕事をする場を与えてしまったみたいな。
(宇多丸)うんうん。
(吉田豪)で、その大泉サロンというのも平和な場なようで、そこに集まってくるその少女漫画志望の人とかは基本、萩尾先生のファンばかりだったんですよね。とか、そういう竹宮先生側にどんどん寄せて考えれば考えるほど感情移入しちゃって。「この気持ちってどういうものなんだろう?」っていう。で、竹宮先生からしたらずっと……その鍵になる人で、増山法恵さんという人がいるんですよね。この人が元々、萩尾先生の友達で。ペンフレンドで。萩尾先生が東京に来たら、そこに住ませてもらったりとかしていて。で、増山さんという人はこの人、大泉在住で。その家の前のここにみんなで住もうという話になって。だからこの人は実は鍵を握っている人なんですけども。この人と、要はBLの話とかで竹宮惠子先生とかが盛り上がって。
(宇多丸)今で言う「BL」ね。ボーイズ・ラブ。
(吉田豪)そうですね。で、萩尾先生はそこがよく分からなくて。そういうものは分からないけれども、少女を主人公にするよりは少年を主人公にした方が動かしやすかったりとか、いろいろあるので。それで少年を主役にしたものを書き。それを見て、竹宮先生がさらにモヤモヤし。当時は少女漫画で少女以外を主人公をするというのはかなりタブーだったらしいんです。やっちゃいけないこととして止められてたのが、萩尾先生はそれをできている。竹宮先生はそれを書きたくても書けない……みたいな。でも、なんか考えれば考えるほど竹宮先生がつらいというか。
それで、もう耐えられなくなって「ちょっと別々に住もう」ってなって。で、別々に住んで。その増山さんはその後、竹宮先生のブレーンになるんですけども……その、竹宮先生は増山さんと一緒に住むんだけど、増山先生と話すために萩尾先生が竹宮先生の家に来て。で、楽しく漫画の話で盛り上がり。それで竹宮先生の中ではこの増山さんと萩尾先生の文化的なレベルの高さに対するコンプレックスも相当あったんですよね。それでもう、そこで限界が来て。で、竹宮先生も実は別れた後にメンタル的に完全に壊れちゃって、みたいな。お互いにしんどかった話なんですよね。
(宇多丸)そうかそうか。
(吉田豪)だから「一方がただ悪い」とかじゃないっていう。なので、本当にできれば皆さんも竹宮先生側の本の方も読んでいただきたいというところなんですけど。
(宇多丸)『少年の名はジルベール』も。
(吉田豪)そして、最近またもう1冊、『扉はひらく いくたびも』という本も出ているんですが。
(吉田豪)さらに立体的にするためにいい本というのがありまして。これ、2020年に幻冬舎新書から出た中川右介さんという方の『萩尾望都と竹宮惠子 大泉サロンの少女マンガ革命』という本がありまして。これは、当時はまだ萩尾先生サイドからの発言は出てないながらも、明らかに両者が盟友としてすごい仲が良かったはずが、決裂していく流れみたいなものをいろんな証言を集めて。しかも、「これはたぶん事実誤認じゃないか」みたいなところの訂正までしながら、かなり細かくやっている本で。これが重要なのが、増山法恵さんのコメントを取ってるんですよ。
(宇多丸)はい。先ほどから言っているキーマンですね。
増山法恵さんのコメント
(吉田豪)そうです。2019年に増山さんに取材してるんですよね。それが印象的だったのが、要は「増山法恵は竹宮惠子が萩尾望都に『距離を置きたい』と言った場にはいなかった。萩尾がいつの間にか来なくなったのは忙しいからだろうぐらいに思い、2人の間にそんな決定的な別れがあったとは知らなかった。2019年秋、増山氏に取材した際、『少年の名はジルベール』の該当箇所を示し、『竹宮さんはこう書いています』と読み上げたが、彼女は『知らなかった』と言った。(同書を読んでもいないようだった)。そして増山氏はこう言った。『ある時、竹宮さんから大泉サロンを解体したのはあなたを萩尾さんには取られたくなかったから、と打ち明けられた』と」っていうね。
(宇多丸)なるほどね。
(吉田豪)そうなんですよ。で、ただ恐ろしいのはやっぱり萩尾先生が天才すぎて、「嫉妬という感情がわからない」って書いてるんですね。まあ、当然恋愛とかそういうような嫉妬という感情はわかるけど、こういう作品とかで嫉妬するという意味が分からなくて。「私みたいなダメな人間に嫉妬なんかするわけがない」ぐらいの感じで書いているんですよ。
(宇多丸)『一度きりの大泉の話』でも、頑張ってそれを理解しようとする項があるぐらいで。
(吉田豪)「『嫉妬という感情がよくわからないのよ』と山岸凉子先生に話したら『ええ、萩尾さんにはわからないと思うわ』とあっさりと言われました」みたいな。天才がゆえの、ある種の残酷さというか。これは竹宮先生にとってはもう……っていうね。
(宇多丸)で、その増山さんとの関係性みたいなのも、萩尾さんサイドから見たのとはまたやっぱりストーリーが全然違うんですね。やっぱりね。
(吉田豪)全然違うんですよね。で、また残酷なのが、この『少年の名はジルベール』ってたぶん、竹宮先生にとっては謝罪の本に近いと思うんですよ。「当時は冷静には見つめられなかったけども、私がいかには彼女の天才的な部分に嫉妬して……」みたいなことをかなり書いていて。で、これを彼女に送ったっていうのは、ある意味詫び状に近かったんだと思うんですけど。それをマネージャーさんが受け取り拒否って送り返してるんですよね。これね。それぐらいの溝があって。うん。
(宇多丸)いやー、そうか、そうか。でも、やっぱりね。それは、だから両面を見るとそういうことかっていう。だから、どっちも悪くない……。
(吉田豪)そう。単純な話じゃないし。どっちもものすごく傷ついた。
(宇多丸)しかもね、それでどっちもすごい漫画家にやっぱりなっていくわけだから。すごいことですね。本当にね。
(吉田豪)ただ、やっぱり竹宮惠子先生はあれなんですよね。「自分は天才じゃない」っていう意識はすごいあると思うんですよ。器用貧乏的にいろんなものを書いて。オリジナリティー……なんか新しいことはたぶん『風と木の詩』でいわゆるBL的なことをやったけれども。その後はそういうような方向ではなく、それこそ歴史漫画的なものを書いたりとか、いろいろやってきていたんですけども。で、僕は萩尾先生に1回だけお会いしたことがあって。
東村アキコさんが『海月姫』っていう作品で漫画賞を取った時のパーティーに掟ポルシェ夫婦と僕もなぜか招待されて。遊びに行ったら萩尾先生がいて。当然僕、大好きで。で、掟さんの奥さんも萩尾先生が大好きなので。「ちょっと僕が突破口を開くので、話しに行きましょう」って言って。そしたら、すごい『海月姫』という作品のことを萩尾先生は大好きみたいで。すごいそういう話を熱く語ってくれて。『海月姫』っていうのはちょっとオタク的な趣味を持った女性たちがみんなでアパートに暮らして。BL的な趣味を持った人とかが集まってたっていう話なんですけど。それで、そこに集まってる女性たちのことを「尼〜ず」っていう風に言っていたんですけどね。
萩尾先生は「私、尼〜ずだったの」っていう話をしていたんですよ。つまり、その大泉サロン時代の話をたぶん投影して。「私も彼女たちみたいにみんなで一緒に過ごしていた楽しい時があった」的な感じで言ってたんだろうなと思って。
(宇多丸)ああ、なるほど、なるほど。だから、そういう幸せでいられたかもしれないという可能性を見てたってことなんですかね?
(吉田豪)そうなんでしょうね。それこそ、だから『竹宮惠子 萩尾先生 少女マンガ家になれる本』とかね。これ、実は2人の唯一の共著なんですが。
(宇多丸)これはいつ出た本ですか?
(吉田豪)これは1980年だったと思うんですけども。共著のようで、やっぱりお互いがお互い別々の章で別個で書いていて。全然共著になっていないとか。
(吉田豪)いかにその後、まあ修復できない溝ができちゃったのはわかるし。まあ、気持ちがわかるのが、当時の友達まで奪われちゃったんですよね。萩尾望都さんはね。その友達だった増山さんがブレーンとして竹宮さん側につき……みたいな。いやー、なんかね、読んでくれないかな? でも、こうやって読んでほしいと求めることすら、ある意味残酷だしっていう。
(宇多丸)その『少年の名はジルベール』の方をね。まあね。だし、やっぱりいろんな、頑張って頑張って決着をご本人たち的にはつけてきたことだから。ちょっとね。うん。
(吉田豪)そう。他者が気軽に立ち入れることじゃないっていうのはすごいわかるけれども……っていう。
(宇多丸)でも、すごいその戦後少女漫画史の大きなもうひとつの真相っていうか。萩尾さんご自身も、たとえば「24年組」っていうくくりはどうなんだとか、すごい問い直しがあって。すごい、ここに来てその歴史観自体が見直されるようなことがあるんだと思って。それもすごい感慨深かったですけどね。
(吉田豪)たぶん、だからトキワ荘とかもそうなんですよね。すごい平和にいろいろ語られてるけれども。絶対に寺田ヒロオさん側から見たトキワ荘っていうのは全然違うわけで。
(宇多丸)たしかに、たしかに。
(吉田豪)あの人はすごい真面目にいろいろやってきたら、周りがどんどん売れていって。自分はそこに取り残され、ちょっと心を病み、漫画家を辞め……みたいな。
(宇多丸)たしかにね。ということで、これは萩尾望都さんのその『一度きりの大泉の話』と竹宮惠子さんの『少年の名はジルベール』。これを両方読んで、なおかつ……。
(吉田豪)そう。気軽に「面白い」なんて言える本ではないですけど。本当にこれはぜひ読むべき本だと思います。
『一度きりの大泉の話』と『少年の名はジルベール』
(宇多丸)ということで、ありがとうございます。ちょっとなかなかね、この本の話はしたいけど。するべきだと思いつつ、どうしたもんかって迷ってたところもあったので。ありがとうございます。
<書き起こしおわり>