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都築響一とピーター・バラカン 芝浦GOLDの思い出を語る

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都築響一さんがTOKYO FM『The Lifestyle MUSEUM』に2013年5月に出演された際の模様です。ピーター・バラカンさんが都築響一さんプロデュースの伝説のディスコ、芝浦GOLDの思い出をお話されていました。


(山内トモコ)さあ、今日のライフスタイルゲストをご紹介しましょう。写真家で編集者の都築響一さんです。POPEYE、BRUTUS誌で現代美術、建築、デザイン、都市生活などの記事を担当。伝説のクラブ、芝浦GOLD、恵比寿MILKなどの空間プロデュース。東京人のリアルな暮らしをとらえた写真集、東京スタイルは海外でも絶賛されました。日本の各地の奇妙な新興都市を訪ね歩く珍日本紀行では、木村伊兵衛写真賞を受賞。その後も現在に至るまで、秘宝館やスナック、インディーズ演歌歌手など業界が目を向けない名も無き人々の生き様や創作活動に光を当て、日本および世界のロードサイドをめぐる取材を続行中でいらっしゃいます。また、有料WEBマガジンROADSIDERS’ weeklyでは、自らメディアとして配信しています。

(ピーター・バラカン)この番組、始まって以来の長い紹介だったと思います。

(都築響一)ありがとうございます。都築響一です。

(ピーター・バラカン)こんばんは。

(都築響一)こんばんは。もう、お達者倶楽部に呼ばれたのかと思いましたが(笑)。

(山内トモコ)ついご紹介してしまいました。

(都築響一)いやいや。

(ピーター・バラカン)それだけたくさんいろんなことをやっているということですね。

(都築響一)もう、薄利多売っていうかですね(笑)。本当に。

(ピーター・バラカン)芝浦GOLDっていうのは久々にその名前を聞きましたね。

(都築響一)まあ、生まれてないっていう若い子も多いですからね。

(ピーター・バラカン)あれ、全盛期はいつでしたっけ?80年代ですか?90年代のはじめ?

(都築響一)90年代のはじめ。要するに、バブル崩壊の直後ぐらいでしょうね。たぶん。

(ピーター・バラカン)僕はね、全盛期、ぜんぜん行ったことがなくて。ある時ね、イギリス人の知り合いで映画のプロデューサーが東京に来てて。『最近話題のところに行きたい』って言われたんですよ。で、人に聞いたら『GOLDが話題のところだ』って言って。行ったんですよ。そしたらね、外にドアマンみたいなのがいてね。入ろうとしたら、『あ、待ってください』ってね。30分ぐらい外で待たされたんですよ。

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ピーター・バラカン、芝浦GOLDの外で待たされた思い出

(都築響一)すいませんね。よく知らない、若いバウンサーなので。よくいろんなミュージシャンたちを追い返したとかですね(笑)。いろいろな話が(笑)。

(ピーター・バラカン)そうなんですか。で、一緒にいる彼がね、30分ぐらいしたからね、『もう帰ろうよ』って言って。で、『もう帰ります』『あ、ちょっと待ってください』って。で、通してくれたんですよ。中はいったら、誰もいないの。

(都築響一)へー。なんなんだろ?

(ピーター・バラカン)なにこれ!?って言って。本当にその時、めちゃめちゃ怒りましたね。

(都築響一)すいません(笑)。

(ピーター・バラカン)(笑)

(都築響一)20年後に怒られる、みたいな。

(ピーター・バラカン)都築さんもどのぐらいの関わりだったんですか?お店。

(都築響一)僕はね、最初のコンセプトを書いたのが僕なんですよね。それで、たとえば1階はなににする、2階はなににする、みたいなやつとか。それから建築家を選んだりとか。音楽はだいたいこういう感じにしようとか。そのへんのこう、スケッチを書くというのが僕の仕事でしたね。だから別に運営はしてなかったんですけど。あとは遊びに行くと(笑)。

(ピーター・バラカン)とは思ったんですけど(笑)。

(都築響一)でも、その頃はちょっと時期はズレますけど、運河を挟んでこっち側にはGOLDがあり、あっち側にはジュリアナ東京があったし。都心ではマハラジャとかで女の子たちがパンツ見せてたし、みたいな。東京がものすごい元気な時代でしたね。

(ピーター・バラカン)たしかにそうでした。あちらの方の店も、なにか関わりがあったんですか?

(都築響一)いや、ぜんぜんないですよ。けど、あっちはね、もう大企業ですから。関わってないんですけど。でも、わざわざあんな湾岸の地域まで若い子がね、バスで行ったりとか。いろいろして本当に遊びのためにはね、エネルギーを使うっていう時代でしたよね。

(ピーター・バラカン)本当に交通の便が悪いっていうか、ありはしないところでしたよね。

(都築響一)だから渋谷からよくシャトルバスを出したりしてましたけども。でも本当に、いまとなにが違うかってね。いまバラカンさんに思ったけど、男の子たちが元気な時代でしたよね。やっぱりいまは男がダメじゃないですか。どこのライブ行っても、それからたとえば展覧会とか行っても、たとえば僕がトークとかしても。来るのは90%女の子ですからね。

(ピーター・バラカン)あ、本当?

(都築響一)はい。たとえば居酒屋、レストランのプロデュースとかをすることもたまにありますけど、若い男の子のお客さんっていちばんね、店としては別に来なくていい人たちですね。いまね。だいたい焼酎ボトルでたのんだりするのはOLちゃん2人組とかですね(笑)。女の人の方がはるかに、お酒もご飯もお金も使ってくれますよね。

(ピーター・バラカン)その原因はなんだと思いますか?いちばん大きな原因は。

(都築響一)なんかね、日本でだけね、DNAに変なことが起こってるんじゃないかって思いますよ(笑)。つまりね、いま男物だけね、ファッションは、メンズのファッションですけど、サイズがちっちゃくなってるんですよ。特にハイファッションの世界だとメンズラインっていうのはどんどん細く小さくなっていってますよね。でも、世界的に見ればだんだん大きくなってるわけです。人間はね。

(ピーター・バラカン)たしかにね。

(都築響一)で、だんだんいい体になっていくわけですけど。日本だって、女の人はどんどんスタイルが良くて、背も高くなっているわけでしょ?男の子は縮んでるんですよ。だっていま、背がそんなに高くなくて、細い男の子っていっぱいいるでしょ?で、よく、たとえば道端とか電車の中でしゃがんだりしてるじゃないですか。あれ、なんでそういうことすんの?って。『疲れちゃう』って言うんですよ。結構。

(山内トモコ)(笑)

(都築響一)ワルでしゃがんでるんじゃなくて、立ってられない、みたいな。

(ピーター・バラカン)それ、ちょっと危ないな。

(山内トモコ)食べる量も少ないような気がします(笑)。

(都築響一)食べる量も少ないですよ。女の子の方が食べますよ。いま。

(山内トモコ)ですよね。今日のお客様は写真家で編集者の都築響一さんです。

<書き起こしおわり>
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