吉田豪が語る 永六輔インタビュー裏話

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吉田豪さんがTBSラジオ『赤江珠緒たまむすび』で月1回のコラムコーナーをスタート。初回は永六輔さんにインタビューした際の裏話を披露していました。


(赤江珠緒)吉田豪の月イチ豪外では、これまで同様豪さんが芸能人の方やタレントさんをインタビューした話だったり、タレント本を紹介してくださったりということですが。初回の今日は、永六輔さんと。

(吉田豪)はい。

(赤江珠緒)TBSラジオでもお馴染みの永さんでございます。

(吉田豪)永さん。1933年生まれの現在80才ですよ。いまね、『土曜ワイドラジオTOKYO954永六輔その新世界』のパーソナリティーで。『永六輔の誰かとどこかで』っていうのが67年スタートで、先月、9月27日に最終回を迎えて。46年間放送して。で、週刊ポストという雑誌でこの前インタビューしてきまして。


(博多大吉)ほうほう。

(吉田豪)永さんの取材、ずっとしたいって言ってたんですよ。永さん本、ほとんど持ってましてっていう状態で。

(博多大吉)何冊ぐらい出してるんですか?

(吉田豪)見当もつかないですよ。

(博多大吉)見当もつかない量?

(吉田豪)あの、僕も全部買っているわけじゃないですよ。ラジオ本も、最初の2冊しか買ってないですからね。その後も出続けているんで。

(博多大吉)はー!言ったら、無数にある・・・でもそれはほぼ、読まれて?

(吉田豪)うーん・・・半分ぐらい読んでます(笑)。

(博多大吉)それでもね、すごい量ですよ。

(吉田豪)その中で永さんのデビュー作。いまから52年前。1961年に永さんが28才の時に『一人ぼっちの二人』っていうのが出てるんですけど。

(博多大吉)あ、これが最初?

(吉田豪)これはすごい本なんですよ。表紙にね、タイトルも名前もないんですよ。

(博多大吉)本当だ。これ、本屋さんのカバーじゃないんですか?本のカバーがこれ?

(吉田豪)これです。で、帯に平仮名で『えいろくすけ』って。『ウィット、お色気、そして知性』って書いてあるんですけどね(笑)。

(博多大吉)へー!斬新ですね。

(吉田豪)斬新な本が出た瞬間に、このえくらん社っていう出版社が倒産します(笑)。

(赤江珠緒)(笑)。あ、そうなんだ。えくらん社。はー。

(吉田豪)倒産しましたね。この本、すごいんですよ。プロローグで今は亡き昌子夫人にこう書いてあるんですよ。『この本の中にあなたの大嫌いなオナラの話も載っています』ってね。で、読んでみるとオナラの話も・・・じゃなくて、むしろオナラとウンコの話ばかりの本なんですよ。

(赤江・大吉)(笑)

(赤江珠緒)『一人ぼっちの二人』は。

(博多大吉)えっ?ほぼオナラとウンコの話?

(赤江珠緒)デビュー作が。

(吉田豪)デビュー作。よりウンコ寄りな感じです。しかも(笑)。

(博多大吉)でも帯には『ウィットとお色気』。

(吉田豪)お色気っていうのはたぶん、オナラとウンコを色気と解釈した。セクシーな感じの話ではないんですよ。そっちでした。

(赤江珠緒)えくらん社は、ねえ。大丈夫だったんですか?

(吉田豪)だからすぐなくなっちゃいましたね(笑)。その結果。

(博多大吉)そんなに種類、あります?オナラの話とか。

オナラは小さい時から興味があった

(吉田豪)いや、でも相当掘り下げてるんですよ。ちなみにいつごろから汚い話が好きになったのか思い出せないって言うんですけど、『思い出せないがとにかくオナラとウンコの話で徹夜をするぐらいだから、女房に叱られるのも無理はない。叱られる度に考える。どうして汚い話に興味を持つようになったのだろう?ウンコは最近にしても、オナラは小さい時から興味があった』ということで。

(博多大吉)そういう風に書いてあるんですね(笑)。

(吉田豪)まあね。たいていの男子はオナラ好きっていうか。オナラで笑い取るようなの、あるじゃないですか。

(博多大吉)小学校低学年ぐらいとか、そんなんですよね。

(赤江珠緒)幼児がね。そんなぐらいですよね。

(吉田豪)永さんの場合は、本当好きなんてレベルじゃなくて。永さん曰く、『僕が少年時代にオヤジを尊敬したいちばんの理由は、オヤジのオナラの立派さでした』っていうね。

(博多大吉)立派?

(吉田豪)お父さん、歩きながらテンポ良くオナラをする人だったらしくて、その姿に感激するんですよ。

(赤江珠緒)えっ、男の子ってそういうもんですか?

(吉田豪)いや、違いますよ!男の子幻想、間違ってます。永さんが特殊なんですよ。だからその結果、小学校に入って担任の先生が『大きくなったらなにしたい?』って聞くので、『歩きながらオナラがしたい』って答えたら、『先生をバカにしてる』という罪で入学早々廊下に立たされたっていう。

(博多大吉)そういうエピソードが!

(吉田豪)そうなんですよ。

(赤江珠緒)堂に入ったオナラ好きであると。

(吉田豪)大吉さん、歩きながらオナラ、できますか?

(博多大吉)たぶんできないと思います。

(赤江珠緒)これ、意識的にできます?

(博多大吉)いや、だって普通人前でしないでしょ?どう考えても。

(吉田豪)歩きながらでも、それが推進の力になるぐらいでやらないと。

(赤江珠緒)そんなパワーありましたっけ?

(博多大吉)桂文珍師匠の落語の世界ですよ!えっ、豪さんできます?

(吉田豪)やらないですよね。

(博多大吉)やらないし、できるか?って聞かれて、できるって答えられる人、少ないんじゃないですか?やっぱり、止まっちゃいますもん。どうしても。

(吉田豪)集中しますよね。音、出さないようにとか。その結果、でも永さんは歩きながら規則正しくオナラをすることに成功したのは早稲田大学に入ってから。

(博多大吉)夢、諦めてなかったの!?

(吉田豪)地道にやってて。でも、『歩く速度が速まるということはなかったが、連続17発。あの日の感激は忘れられない』ということで。

(博多大吉)子供の頃、ああなりたいっつって、大学時代に夢叶う。

(赤江珠緒)そんなために早稲田に行かせたんじゃない!って感じ、しますけどね(笑)。

(吉田豪)さらには本当に相当立派なオナラができるようになって。結婚後、あまりのオナラの爆音ぶりで飛び起きた奥さんから、『地響きをたててロケットが発射するようだわ』って言われたことを、永さん喜ぶんですよ。やった!っていう。で、『オナラもロケット並になると発射する方もものすごく爽快な気分が味わえる。しかし、良いことばかりではない。3発に1発はパンツを汚してしまう。汚すといってもウンコの色素だけが染み付く程度』って。それでもアウトですよ(笑)。

(赤江珠緒)大人としてアウトですけど。

(博多大吉)なにを色素を染み付けとるんですか(笑)。その危険性があるから、歩きながらとかそういうのはダメだと思うんですけど。

(吉田豪)爆音とかもね。

(博多大吉)でも、3発に1発ぐらいなら、もう失敗のうちに入らないっていう。

(吉田豪)しかも、色素ぐらいだしね。ミが出るわけじゃないし。

(赤江珠緒)これがちゃんと本として出版されてたってことですよね?

(吉田豪)これ、さわりです。この後も延々オナラの話が続きます。

(赤江・大吉)(笑)

(博多大吉)『一人ぼっちの二人』。

(吉田豪)で、さらには、この後延々、さらに激しいウンコの話が続くんですが、さすがにラジオでは紹介できないレベルで。

(博多大吉)えっ?そんな本なんですか?こんなおしゃれな・・・

(吉田豪)周りにウンコ仲間ができて、どんなウンコ談義したとか、それを原稿で書くとお父さんから『いや、俺が知っているウンコの話はな・・・』みたいな、そのお父さんの手紙を載せたりとか。

(赤江珠緒)だってね、本を出版しませんか?って言われた時に、やっぱり本って後世まで残っていくものだから、ある程度ね、考えますけれども。しかも、デビュー作が。

(吉田豪)デビュー作ですよ。その結果、残って50年たっても僕がこうやって読むわけですから(笑)。52年後に。

(博多大吉)寝かせた甲斐はあったと思いますけど。不思議な方ですね。でもね。そんなに・・・

(吉田豪)聞いたんですよ。『なんでこんなにウンコとオナラの話ばっかりなんですか?デビュー作で?』って聞いたら、『やっぱり多かったです。昔は』って言ってて。『ラジオをやっていて深夜放送でそういう話ばっかりやっていたのと、来る投書がその手のものが多かった。そのせいで随分叱られたけれど、最近あまりそういうことはない。別に上品になったっていうわけじゃなくて、元気がなくなったんでしょうね』っていう。下品な話をする元気がなくなったっていう。

(博多大吉)そういうところで、ご自身の体調を測られてるんですね。

(赤江珠緒)52年ぐらい前のラジオは、こういう感じだったんですかね?

(吉田豪)『最近また永さん、オナラの話してるから元気だぞ』みたいな(笑)。そういうバロメーターになるっていうね。

(博多大吉)なるほど。深夜放送の影響で。こういうことを公に言ってたんですね。

(吉田豪)そういうとちょっと弱った感じだったから、『でも今でもちゃんとラジオ、面白いですよ!』って伝えても、『そうですか?』って感じで。自信ないんですよ。『卓球じゃないけど、来たボールをすぐ打ち返せない。それが自分でイライラする』っていうことで。パーキンソン病のせいで固有名詞がすぐ出てこないってことで、リズムが悪くなっていると。で、いまね、外山惠理さんとね、土曜ワイドやってますけど。

(赤江珠緒)いいコンビですよね。

(吉田豪)最高ですよね。目の前にいる外山くんに、『君、誰だっけ?』って聞いた時はすごく叱られたという。

(赤江珠緒)さすがにあの外山さんでも。

(吉田豪)当たり前ですよね(笑)。

(博多大吉)でもやっぱり、名前が出てこないと。

(吉田豪)出てこない時もある。あれだけ付き合ってもっていうね。

(赤江珠緒)全てだって、永さんがおっしゃることが阿吽の呼吸でわかってらっしゃう。

(吉田豪)娘を越えているレベルですよね。本当ね。でもだからそうなんですよ。『付き合いが深くなると、何を言いたいか想像して話してくれるので、すごくありがたい』って言っていて。本当、ラジオ聞いていると感心するんですよね。外山さん、よくこれ拾えるな!みたいなの。つい最近だとね、土曜ワイドで永さんが『なんだっけ?は・・・』って言っただけで、『半沢直樹』っていう(笑)。

(赤江・大吉)(笑)

(吉田豪)拾えるんだ、これって(笑)。

(赤江珠緒)あ、『は』で。もう百人一首じゃないんですからね。それ、無理ですね。

(吉田豪)カルタのスキルですよね。完全に(笑)。

(博多大吉)すごい。一文字だけで、半沢直樹。

(吉田豪)って言ったら、永さんの『永六輔の誰かとどこかで』の遠藤泰子さんの方がわかるって言ってましたね。

(博多大吉)外山さんよりも。

(赤江珠緒)遠藤泰子さんとのお付き合いの年数でいうと・・・

(吉田豪)46年ですからね。

(赤江珠緒)46年!

(吉田豪)『最初からパートナーですからね。46年やってきて、今日だ!』って言い出して。インタビューしたのが9月27日で、『誰かとどこかで』の最終回の日だったんですよ。オンエアーの直後で。いいタイミングで取材して。46年、よく続きましたよねって話で。

(赤江珠緒)夫婦でも46年って、なかなかいかないですよ。これ。もうあとちょっとで金婚式っていうね。

(吉田豪)そうですそうです。最終回間近に、突然遠藤さんに永さんが求婚するっていうね、ハプニングもありましたからね(笑)。

(博多大吉)大ハプニング。

(赤江珠緒)ありましたありました(笑)。

(吉田豪)46年続いてきたのが奇跡で。永さんって昔からいろんな番組でケンカして、すぐ降りることで有名な人なんですよ。

(博多大吉)えっ?なんかあったかそうな、優しそうな・・・

(吉田豪)いや、喧嘩っ早いんですよ。バイオレントな人なんですよ。あんな物腰柔らかい感じですけど。永さん曰く、テレビのスタジオにいると、なにしてるんだかわかんない人がいっぱいいて。あれが不愉快ってことで。こう、代理店とかスポンサーとかね。真剣にやっている周りに、用もないのにただただ偉そうなヤツがいると、『彼らを全部外に出してくれ!』って言って。そう言うと、『そうは行きません』と言われると。だから大抵そこでケンカが始まって、スポンサー怒鳴り散らしたりするっていうね。そりゃあモメるわっていうね(笑)。

(博多大吉)暴れん坊ですね。

(吉田豪)で、番組の途中で帰ったりとか、番組やめたりするんですけど。最終的にはスタッフと、スタッフ殴ったり殴られたりっていう。そこまでが普通だったみたいな話をしてましたね。

(博多大吉)武闘派なんですね。

(吉田豪)武闘派ですよ。

(博多大吉)え、だってね、いまでも昔もそうなんですよね。そういうでも業界の方、スポンサーの方が見てるって。当たり前ですよね。

(赤江珠緒)テレビにおいてはね。

(博多大吉)気に食わない。何だ、あいつは?と。

(吉田豪)関係ないのにって、関係ありますよ!って(笑)。その人がいるから成り立ってるんですよっていう。

(博多大吉)お金はこっから出てるんですよっていうのに。

(吉田豪)そうなんです。だからスポンサーなしで始まっている時代からやっている人なんで、スポンサーが出てきた時に意味がわかんなかったって言ってるんですよ。なんだこれは?っていう。

(赤江珠緒)なるほど!はー、そっかそっか。

(吉田豪)って言いながらもね、『永六輔の誰かとどこかで』が最終回の時には、ちゃんとスポンサーに感謝の気持ちを述べてましたけどね(笑)。

(博多大吉)成長した。

(吉田豪)いま、大人になったんですよ(笑)。

(博多大吉)そんなケンカする方がね、こんなに・・・普通干されたりとか、しそうなもんですけどね。

(吉田豪)でも、だからそういう時に、何度もモメても小沢昭一さんとか野坂昭如さんとか五木寛之さんとかが、すぐに別の仕事をまわしてくれると。昔からの友達がね。『そういう人たちがいたから、無茶苦茶な辞め方をしても生き残ってこれたんですか?』って聞いたら、『うん!生き残った!』って(笑)。

(赤江珠緒)(笑)。そこ、かわいいですね。

(吉田豪)テレビでそれだけモメてても、ラジオに点火せずにすんだのは、いいアシスタント。遠藤さんや外山くんが僕が怒りそうになるとパッと間に入ってくれるというね。それができないとすぐケンカになります。上手なんです、みんなっていうね。

(赤江珠緒)アシスタント業務っていうのは、そこまで。

(吉田豪)そこまでアシスタントがする必要、本来ないんですけどね(笑)。そんな永さんにすごい伝説があるんですよ。年月もわかってるんですけどね、1969年かな?TBSラジオで8月4日だ。起きた事件なんですけどね。

(博多大吉)事件?なんでしょう?

(吉田豪)永さんがパプアニューギニアで人食い人種に食べられて死んだってラジオで放送して大問題になったっていう事件があるんですよ。

(博多大吉)ちょっと・・・一口では飲み込めません。

(赤江珠緒)いろいろ突っ込みどころが・・・

(博多大吉)パプアニューギニアで?

(吉田豪)永さん、パプアニューギニアに旅行に行ってて。帰国第一回の放送がこれだったんですよ。これで特番を組んで。永さんがそうやって亡くなったと。食べられちゃって亡くなったという特番を組んだんです。ラジオ番組で。って聞いたら、素直に『はい』って答えて。『本当なんですか?』っていうね。

(赤江珠緒)実際にやった。

(吉田豪)そうなんですよ。芸人さんとかだったら悪ふざけで済むかもしれないですけど、映画監督の武智鉄二さんとか演劇評論家の安藤鶴夫さんとか、芸能界で認められている、ちゃんとした人たちが弔辞を述べたりしたことでリスナーは本気で永さんが人食い人種に食べられて死んだと思ってしまったと。

(博多大吉)緊急特番みたいな感じで、永六輔さんがパプアニューギニアで食べられちゃいました・・・

(吉田豪)最後は本人が出てきたらしいんですけど。それまで本当にまじめにそういうことをやっていたんで、大変な騒ぎになっちゃうんですよ。TBSの電話がパンクしたみたいですね(笑)。

(赤江珠緒)(笑)。自由ですねー!

(吉田豪)大変な騒動になって、最終的には警視庁からTBSに連絡が入って。

(博多大吉)警視庁から!?

(吉田豪)いまやっている放送で死んだって話が出てくるけど、その死体はどこにある?ってことになって(笑)。それで局も慌てて。慌てはじめて謝ったらしいんですよ。誤報でした!っていうね。誤報とかじゃないですよね。

(博多大吉)確信犯でしょ、これ?

(吉田豪)確信犯です。完全に。

(博多大吉)はー!そういうことやるんですね。

(吉田豪)そういうデタラメなことやってきた人です。

(博多大吉)でもそういうのって、ネット探しても出てこない・・・やっぱり本にしか載ってないですね。

(吉田豪)音源も残ってないでしょうし。

(赤江珠緒)いや、数々の伝説、ありますね。さすがですね。

(吉田豪)でも、現在進行形で伝説も残している人で。インタビュー中に『いまからする話は半分嘘ですっていうのもあれだけど・・・』って言い出して。なんのことかと思ったら、松島トモ子さんに来週トークショーのステージあるから手伝ってほしいって言われて、なに手伝うのか?って思ったら、車椅子ダンスだったんですね。松島さんが得意としていて、車椅子の人とダンスを踊るっていうのをやってるんですよ。

(赤江珠緒)ええ。

(吉田豪)で、インタビューの前日にスタジオで練習したんですね。松島トモ子さんは車椅子ダンスを踊るワールドカップで優勝したことがあるからってことで。永さん曰く、『僕は振り回されていればいい』ってことで。車椅子でぶんぶん振り回される。

(博多大吉)松島トモ子さんってワールドカップ制してるんですか?車椅子ダンスの。へー!

(吉田豪)松島さん自身、すごい変わった人ですからね。永さんのラジオ、ゲストで出た時、最高だったんですよ。永さんに、同人誌文化とボーイズラブについてずーっと説いて。いま、松島さんボーイズラブに夢中なんです。

(赤江・大吉)(爆笑)

(博多大吉)いろんなところに行ってますねー。

(吉田豪)そう。そういう文化があるんですよって言って、キョトンとする永さんみたいな(笑)。

(赤江珠緒)(笑)。永さんもちょっとボーイズラブはなかなか・・・

(吉田豪)でも理解はしてくれたみたいで。そういうのがあるっていうね。

(博多大吉)じゃあそれだけお上手だから・・・

(吉田豪)振り回されることになって。練習では手握って一緒に踊りながら、向こうが車椅子を振り回したり、一回りさせてきたり、いろいろやったっていうんですけど。本当はこれ、やっちゃダメなことなんですよ。なぜならパーキンソン病っていうのは、グルグル回されるのに弱いんですね。あの、振り返るだけでくらくらしちゃう病なんですよ。平衡感覚がちょっとあれになっちゃってるので。

(赤江珠緒)なのに。

(吉田豪)振り返るだけでダメな人が、グルングルン回されるんですよ(笑)。自分がパーキンソンだってことを忘れてたってことで(笑)。

(赤江珠緒)(笑)

(吉田豪)その結果、昨日から気持ちが悪いと(笑)。どう考えても向いてないですよ!

(赤江珠緒)自業自得じゃないか!みたいな感じですけど、そこはね。

(博多大吉)本当はお断りするところじゃないですかね?

(吉田豪)出来ないって言われるとしたがるところがあって、ってことで。車椅子ダンスがパラリンピックの正式種目になったら、僕と松島トモ子が組んで、そこに参加するっていう目標を立てたりと。

(赤江珠緒)それはいいことですね。

(吉田豪)永さん、オリンピックには反対してるんですけど、出る羽目になるかもしれないと。そういうのって面白いでしょ?って言われて、みんなに笑われるだろうと思うけど、80才で参加できるなんて他の競技にはないと。そのへん、ラジオで味方をつければいいので、ラジオで語りかけてパラリンピックに出す運動っていうのをやりません?って。協力してください的なことを言われて。『永さんが7年後も元気でいてくれるなら、やりますよ!』って話じゃないですか。

(博多大吉)まあまあね、多くの方に希望を与えますよ。これ。

(赤江珠緒)しかも東京でね。へー!そうですか。

(吉田豪)パワフルですよ。

(博多大吉)負けず嫌いですね。本当ね。

(赤江珠緒)永さん、実際にダンスまでやっちゃってるんですね。

(博多大吉)体に悪いのに。

(吉田豪)誰かとどこかでの放送が最終回を迎えたわけですけど、永さんとしては辞めるんじゃなくて、休むっていうことで。遠藤泰子さんとラジオで話せなかったことをステージで続けていくっていうことで。いろんなところ回って、トークで巡業していこうみたいなことを考えているみたいで。最終回で『番組宛のハガキはこれからも受け付ける』って言ったら、これまで以上に届いてるっていうね。

(赤江・大吉)えーっ!?

(吉田豪)だからいままでのラジオとは違う形のラジオに、遠藤さんと一緒に戻れたらいいと思ってるって言ってるんですけど。

(赤江珠緒)番組は最終回で終わったのに・・・

(吉田豪)ハガキはガンガン届いている。

(博多大吉)わー、すごい。一歩間違ったらちょっとしたサスペンスの始まりですよ。怖っ!

(吉田・赤江)(笑)

(吉田豪)亡くなった人から届くみたいなね(笑)。ちなみに永さんとハガキと言えば、この取材の後で担当編集の人に、あのインタビューの人の住所を教えてほしいって聞いたみたいで、お礼状が届きましたよ。手書きの。


(赤江珠緒)わっ!永さんの。達筆!

(吉田豪)達筆すぎて最後のかっこは読めないんですけど。

(赤江珠緒)あ、すごい!なんか、『楽しい時間、ありがとう』のありがとうが文字なんですけど、絵文字のようにね。ちょっと『あ』がかわいくて。『本、脱帽!感謝。永六輔』。

(博多大吉)ねえ。しかもちゃんと切手を貼るタイプのハガキ。

(赤江珠緒)うわー!これ、いいですね!

(吉田豪)ハガキ、よく出す人だとは知ってましたけど。まさかこれがもらえるとは。感無量ですよ。本当に。

(赤江珠緒)いいですねー。素敵なハガキですね。やっぱり思い、こもってます。でもね、いままでパートナーの方と嫌になったりすることはなかったんですかね?

(吉田豪)どうなんですかね?でも、非常に仲いいっていうか、うまくやれてますよね。

(赤江珠緒)じゃあ、愛されてるんですね。やっぱりね。

(吉田豪)永さんね、本当に本が最高なんですよ。永さんの若いころの着こなしの格好良さとかね。ヤング永六輔。


(赤江珠緒)これ、どういうポーズですか?

(吉田豪)ポーズもともかくね。服のデザインもあれなんです。

(赤江珠緒)短パンじゃないですか!


(吉田豪)あの、永さんが尻出している写真とかあって。

(博多大吉)これ、博多の山笠に出てる時ですね。お祭りの。

(吉田豪)これ、キャプションが最高なんですよ。『その昔、多くのホモの憧れだったが、少々垂れ下がってきた』って(笑)。

(赤江・大吉)(笑)

(博多大吉)なんちゅうことを(笑)。

(吉田豪)そんな永さんでした。

(赤江珠緒)ねえ。愛すべき方ですね。

<書き起こしおわり>

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