町山智浩さんが2020年12月8日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『Swallow/スワロウ』を紹介していました。
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— Swallow (@swallowmovie) November 14, 2020
(町山智浩)で、(コロナウイルスの感染拡大で)みんな閉じ込められてる状態でいろいろ大変なんですが。今回、紹介する映画もですね閉じ込められた状態の人の話なんですが。1月1日、お正月から東京で公開される『Swallow/スワロウ』っていう映画を今日は紹介します。『Swallow/スワロウ』というのは「飲み込む」っていうことなんですけども。ヤクルトスワローズじゃないですからね。
(山里亮太)ツバメさんの方じゃないっていう。
(町山智浩)飲み込む方ですね。で、この映画の主人公は若い奥さんです。結婚したばかりの。で、アメリカの非常にお金持ちの家に嫁ぎまして。豪邸に住んでるんですね。人里離れたというか、すごい高級な丘の上の豪邸に住んでいまして。そこでも何もしなくてもいいことになりまして。旦那さんは親の会社の経営を継ぐということで。で、待ち望まれていたお子さんもできるっていうか、妊娠が分かるんですけれども。
それでもう何もかも持ってる状態になった奥さんがですね、ある日突然、自分の子供の頃の思い出のビー玉を持ってきていて。嫁入り道具で持ってきていたのがそれだけなんですね。で、そのビー玉を見ているうちに、それを口の中に入れたくなっちゃうんですよ。それで入れて、飲み込んじゃうんですよ。
(赤江珠緒)えっ、ビー玉を?
(町山智浩)ゴクンと飲み込んじゃうんですよ。そこから、この奥さんがどんどんいろんなものを飲み込んでいくという映画なんですよ。この『Swallow/スワロウ』っていう映画は。で、飲み込むと、どうなると思います?
(山里亮太)だって消化はしないですよね? ということは……そのまま?
(町山智浩)出てきますよね。で、結構痛いんですけども、出てくるわけですよね。その出てきたものをきれいにして、自分が産んだ子供のように大事にして飾っていくんですよ。この奥さんは。
(赤江珠緒)ええっ?
(町山智浩)でも、まだビー玉だったらあれなんですけども。次に飲み込むのは画鋲なんですよ。
(赤江珠緒)ええっ? そんな……。
(山里亮太)1月1日から……。
(町山智浩)1月1日から。画鋲なんですよ。
(赤江珠緒)画鋲? それは、大丈夫なの?
ビー玉や画鋲を飲み込んでいく
(町山智浩)いや……出血しますよね。で、だんだんと飲み込むものが大きく、危険なものになっていくんですよ。で、一種の達成感みたいなもの……チャレンジみたいなことになっていくんですよ。その奥さんにとって、それが。っていう映画がこの『Swallow/スワロウ』なんですけど。そうやっていくうちに、そのお腹にいる赤ちゃんの超音波検査を受けるんですよね。そうすると、お腹の中にあるものが見えちゃうんですよ。
(赤江珠緒)ああ、「なんか異物がある?」って。
(町山智浩)そう。それで、大変な事態になっていくっていう話なんですね。これはね、すごく昔からたくさんあることなんです。これね、ピカとかパイカという病気なんですよ。
(赤江珠緒)病気? パイカ?
(町山智浩)ちょっとここでね、ロッシーニのオペラの『泥棒カササギ』という曲をかけてほしいんですけども。
(町山智浩)この曲ね、結構みんな聞いたことがあると思うんですよ。この曲は『時計じかけのオレンジ』という映画の中でも使われているんですけども。これはカササギという鳥が歩いてる姿を表現するような感じで作られた曲なんですね。で、カササギというのは今、言ったパイカ、ないしはピカっていう病気の語源で、カササギという鳥のラテン語の名前(Pica)なんですよ。で、『泥棒カササギ』っていうこのオペラはね、ある女の人が銀の食器を泥棒したっていう風に疑われて冤罪をかけられるという、実際にあった事件を元にしてるんですけど。それは、カササギが取っていっちゃったからだって言われてるんですね。カササギは光るもの、金属とかを見ると、それを盗んでいって巣に使ったりするらしいんですよ。
(赤江珠緒)ああ、ええ。カラスなんかもそうですよね。
(町山智浩)そういう習性があるって言われてるんですよ。安全ピンとかそういったものを集めていく癖があると。それで、その女の人がカササギに取っていかれたのに泥棒だと思われちゃったっていう話がこのオペラなんですけど。それをピカとかパイカって言っていて。それを人間がやるっていう病気なんですよ。で、これはね、妊娠した時にまず、よく起こることで。鉄分が不足するので、金属をなめたくなるらしいんですよ。
(赤江珠緒)はー! まあ、たしかに結構健康な女の人でも妊娠中は鉄分は減っちゃいますもんね。
(町山智浩)そう。それでなんとなく金属がほしいっていうことで、釘をなめたりするっていうことがあるらしいんですよ。それでこの主人公の義理のお母さん……旦那さんのお母さんも、「これは鉄分が不足してるんじゃないか?」っていうことで、鉄入りのジュースとかを飲ませたりするんですけども、そうじゃないんですね。本当の原因は。まずね、この奥さんが最初に異物を飲み込むとしたのは、氷なんですよ。
で、これもすごくあって。「氷を飲み込む」っていう癖を持っている人たちがいっぱいいるんですよ。これは氷食症っていう一種の病気なんですって。でね、最初に氷を飲み込むことになったのは家族で……その向こうのお母さんや義理の両親と一緒に話してる時に、彼女が自分のことを話そうとしたら、それを遮られて自分の旦那と自分のお父さんが仕事の話をしだしたんですね。その時に突然、「氷を飲み込みたい」っていう衝動にかられるんですよ。このヒロインは。で、よくこの映画を見ていくと、彼女が何かをしようとしたりして、それを旦那とか旦那の家族に潰された時、彼女にそういう衝動が起きるんですよ。
(赤江珠緒)はー!
(町山智浩)彼女はもう大金持ちで、大邸宅に住んでいて、何もしなくていいんだけれども、閉じ込められてる状態なんですよ。ほとんど。
(赤江珠緒)逆に何もさせてもらってないという?
(町山智浩)そう。何もさせてもらえないんですよ。しかも、「妊娠した」っていうと、みんな「嬉しい!」って言うんだけども。でも、赤ちゃんのことばっかりその両親も旦那も言っていて、彼女自身のことはどうでもいいっていう感じになっちゃうんですよ。
(赤江珠緒)ああ、そうか!
(町山智浩)だから、子供も動画扱いされるんですね。で、その中でもう自分自身の体が自分のものじゃなくて、所有をされている感覚なんですよ。そこで、ビー玉とかを飲み込み始めるんですけど。これはね、異食症という病気で。ストレスがものすごくひどい状況の時になるらしいんですよ。で、アメリカとかイギリスとかでは1950年代とかにすごく多かったんですね。主婦の間で。
(赤江珠緒)女性が多いんですか?
(町山智浩)はい。だってその頃ってほとんどが専業主婦で。家に閉じ込められた状態で。まあアルコール中毒になる人も多かったですけどね。それで、なんとなく口に入れているうちに飲み込むということがすごく起きるらしいんですよ。で、この映画が何で作られたかというと、これは監督のお婆さんがそういう感じの病気だったって言っていますね。監督はね、男の人っていうか、まああとで説明しますが。男の人でもないんですが。カーロ・ミラベラ・デイビスさんという人のおばちゃんが、まあ強迫神経症というやつで。手を洗い続けるという病気になっちゃったんですね。で、1日に石鹸を4個も使って洗うという。4個、全部消費しちゃうらしいんですよ。
(赤江珠緒)それは相当に洗っていますね。うん。
(町山智浩)そう。だから手がボロボロになっちゃうらしいんですよ。で、精神病院に入れられまして、1950年代だったんで、ロボトミーの手術をされてしまったっていうことがあって。
(赤江珠緒)ロボトミー?
(町山智浩)ロボトミーというのがね、前頭葉って額のところにありますよね? それを目のところから金属の棒みたいなものを入れて。それでその前頭葉を破壊しちゃうんですよ。そうすると、意思とかが全部なくなって、ただご飯食べて「あー」とかしか言わない人になっちゃうんですね。
(赤江珠緒)ええっ?
(町山智浩)でも、その頃ってそういう治療をたとえばゲイの人にしたり、非常に気の強い女の人に対してやったりとかしてたんですよ。ケネディ家でもそういう人が1人いて。そういう目にあったんで、そこからアメリカではロボトミーが大変なことになって。「これはひどい人権侵害だ!」っていうことになったんですけれども。それまでは、1950年代は普通にやってたんですよ。
(赤江珠緒)それは、治療として?
(町山智浩)治療として。この監督のおばあちゃんがそういう人だったらしいんですよ。で、「どうしてこうなったのか?」って聞いてみたら、非常に男尊女卑のおじいちゃんがあんまりいい人じゃなかったんですね。夫として。それで、押さえつけられてたんで、彼女は手を洗うということに逃げ場を見出してたんですね。
(赤江珠緒)はあー……。
(町山智浩)だから、ストレスがものすごくてブワーッと抑圧が来ると、何らかの異常行動に……だから一番よくあるのは自傷行為ですよね。
(赤江珠緒)そういうことですね。うん。
心の痛みを肉体の痛みでごまかす
(町山智浩)心が痛いから、実際に肉体の痛みで心の痛みをごまかすんですよね。あれは普通に、僕なんかでもつらいことがある時とかはぐっと握りこぶしを握って、爪で自分の体を傷つけることで一瞬、その嫌なことから逃れようとするみたいなことは誰にでもあることなので。唇を噛んだりとか、しますよ?
(赤江珠緒)ああ、はい。
(町山智浩)だからそれの延長で異物を食べるということがあって。だからこの監督はまずそこから持ってきたのと、あともうひとつ。この監督は一時、女性だったことがあるんですよ。この監督はね、ハタチから24歳ぐらいまでの間、「自分は実は男性じゃなくて女性なんだ」っていう風に考えて。そういう風に感じて。それで女性として生活してたんですよ。で、今はどっちでもないって感じで、どっちにもなったりするらしいんですけど、その時は完全に女性として生活して。女性の服を着て、エマっていう名前を名乗って女性として生活して。で、その時に相手が彼のことを「女性だ」と思うと、すごくぞんざいに扱われるっていう経験があったらしいんですよ。
(赤江珠緒)はい。うんうん。
(町山智浩)だから、どこかに行っても順番が後になるとかね。人が話している時、男同士で話してる時に男同士だけで話して、女の人をその話の中に入れないとか。そういう経験をすごくして。「ああ、これだけ抑圧的なんだ」ってことがわかったっていう。
(赤江珠緒)実際に実体験として感じられたと。
(町山智浩)感じられた。だからそれを彼がその今回、女性の抑圧でそういう異食症に走るという話を作ったんですけど。これ、スタッフはほとんど女性なんですよね。だからそのへんもね、彼自身も「1回、女性として4年間、生きてみたからわかった」って言ってるんですよね。
(赤江珠緒)そうですよね。だってこの映画の家族の話もね、家族側からすると、そこまで悪気があってやってることっていうか、そんなことも理解していないまま、なんか「赤ちゃん大事にして」とかって言ってただけの話かもしれないですもんね。
(町山智浩)そう。だからね、この旦那が言うんですよ。「君には何でも与えている。好きなことをすればいいじゃないか」って言うんですよ。「何が不自由なんだ? 何が問題なんだ?」とか言うんですよ。
(赤江珠緒)この彼女の問題点というには全然気づけてないっていうことですよね。周りがね。
(町山智浩)気づけていないんですよ。で、自分自身として生きている感覚がないから、そういうことをして。またその異物を食べて下から出すっていうのも一種の出産のシミュレーションみたいなことでやっていくんですよね。でね、いろんな研究者の人たちがアドバイザーについて、プロの精神医学の人たちがアドバイザーについて作られた物語なんですけども。ただ、それだけ聞くと「じゃあ、そこからどうするの?」って話になるじゃないですか。
(赤江珠緒)たしかに。
(町山智浩)これね、後半はこの主人公の奥さん。ヘイリー・ベネットさんという女優さんが演じてるんですけど。彼女が自分の存在を自分自身に取り戻すために戦い始めるんですよ。後半は。
(赤江珠緒)この状況から?
(町山智浩)この状況から。で、彼は自身がそうなってしまったっていう、非常に恐ろしい秘密を実は持っていまして。それと直面しに行くっていう話になってくるんですよ。だから1月1日からこれはキツいっていう人もいるでしょうけど、これは1人の女性の再スタートしようとする話なので。
(赤江珠緒)そうなのか。そこまで聞くとちょっとね、希望が見いだせるもんね。
(山里亮太)ちょっと怖かったもんね。最初聞いたら。「ええっ?」っていう。
(町山智浩)ただね、ラストで彼女がする決断がアメリカでは大論争を呼んでるんですよ。だからそこまで含めて、すごい考えさせる映画でね。これはすごいなと思いましたね。最初はただのホラーだと思って見てましたよ。わからなかったから。予告編を見るとただのホラーだったので。それが、今言ったみたいな問題をたくさんはらんでいて。これはすごいなって。結構、今年のベストに入る映画ですね。
(赤江珠緒)ああ、そうですか。
(町山智浩)でもなんか、すごく誰でもストレスがある時って、おせんべいをかじったりとか、しません? そういうものなんですよ。
(赤江珠緒)そういうのの延長線上っていうかね。そういうことですもんね。
(町山智浩)そうなんですよ。だからそういうのって、本当に段階的なものだから。誰にでもあることなんで。それこそ、男か女かだけでもないですよね。
(赤江珠緒)たしかにね。
(町山智浩)だからね、結構身近な問題でもあって。彼女自身がそれをすることは一種の反乱でもあって。小さな反乱なんですよね。誰にもわからない。でもね、怖いのは途中からね、見張られて「絶対に変なものを食べないように!」って言われて。家のものを全部片付けられても、食べたくてしょうがなくなって……っていうところとか、すごい怖いんですよ。
(赤江珠緒)ええーっ?
(町山智浩)探すんですよ。飲み込めるものはないか?って。そういうね、すごい映画がね、この『Swallow/スワロウ』だったんで。1月1日からですけども。まあ、ぜひご覧ください(笑)。
『Swallow/スワロウ』予告編
(赤江珠緒)そうですね。なんかちょっとすさまじい感じの中に、でも本当に誰にでもあるっていうストーリーなんですね。『Swallow/スワロウ』は来年1月1日から新宿バルト9などでロードショーということでございます。そうか。『82年生まれ、キム・ジヨン』とかね、町山さんに紹介していただきましたけども。そういうのに似ている感じ、しますね。
(町山智浩)あれもね、だから男尊女卑の中で、だんだんおかしくなって、人格が乖離してしまったんですけども。まあ、同じことですよね。『はちどり』とかもそうですね。あれは実際、腫瘍になるんですけども。男尊女卑の中でね、少女が。だからそういうのが非常に、つながってくることだと思います。
(赤江珠緒)ねえ。自分が自分として生きるために……という感じですね。町山さん、ありがとうございました。
(町山智浩)はい。どうもでした。
<書き起こしおわり>