町山智浩『わたしは金正男を殺してない』を語る

町山智浩『わたしは金正男を殺してない』を語る たまむすび

町山智浩さんが2020年10月13日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『わたしは金正男を殺してない』について赤江珠緒さん、山里亮太さんと話していました。

(町山智浩)それで今日、紹介する映画はですね、もうすでに先週から公開が始まっているんですが。『わたしは金正男を殺してない』っていう不思議なタイトルの映画なんですが。これは2017年2月13日にあったキム・ジョンナム(金正男)の暗殺事件っていうのを覚えてますか?

(赤江珠緒)覚えています。

(町山智浩)北朝鮮の最高指導者のキム・ジョンウン(金正恩)の腹違いの兄のキム・ジョンナムさんがマレーシアのクアラルンプール空港で若い女性2人に突然、顔を触られて。それでその直後に死んだという事件ですね。

(赤江珠緒)そう。防犯カメラにその映像が残ってましたから。それまで普通に旅をしてるような感じだったのが……ということでしたもんね。

(町山智浩)そうなんです。で、これは猛毒の神経毒のVXっていうのを塗られて。それで目の中から入って……目隠しをされたんでね。それで亡くなったんですけど。その後、どうなったか?っていうのはみんな、あんまり関心がないから知らないでしょう?

(山里亮太)たしかに。ニュースにもならなかったしね。

(町山智浩)そうなんですよ。この映画はその後、あの実行犯の2人はどうなったか?っていう話なんですよ。で、あの実行犯はどうしてこの事件に関わったかっていうことを描いたドキュメンタリー映画なんですよ。これ、アメリカ映画です。監督はアメリカ人で。で、実行犯の1人はインドネシア人のシティ・アイシャという人で。もう1人がベトナム人のドアン・ティ・フオンという人で。2人とも20代なんですね。で、2人ともその時まで1回も会ったことがないんですよ。

(赤江珠緒)ああ、この2人も面識がないんですか?

(町山智浩)面識がないんです。別々にスカウトされて。で、北朝鮮のその暗殺団によってスカウトされたんですけれども。それがものすごい長い期間にわたって訓練を受けていて。ずっと彼女たち2人は自分たちのやっていることはYouTuberだと思ってたんですよ。

(赤江珠緒)はー!

(町山智浩)「YouTuberのいたずらビデオを日本の業者のために撮っている」って言われて、それを信じていて。しかも本当にこのキム・ジョンナム暗殺の前にYouTuberのいたずらビデオを実際に撮って、ネットにあげてるんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)だから彼女たち、それで本当に信じたんですよ。ものすごい用意周到な、長い期間をかけたトリックだったんですね、これが。で、殺した理由っていうのは、キム・ジョンナムは兄なので。北朝鮮の後継者としては地位があるんだけども、彼自身は政治から遠ざかりたいっていうことで中国に住んでたんですけれども。今のその最高指導者のキム・ジョンウンの方は非常に、身内を暗殺したりね、核ミサイルを持ったりしていて手が付けられない人じゃないですか。

とんでもない軍事独裁者なので、中国としてはすごく扱いにくかったんですよ。それで彼よりも、その兄の方が常識人だから扱いやすいっていうことで。キム・ジョンウンとしては「このままだと私は中国によって排除されて、兄がすげ替えられる可能性がある」と思ったらしいんですよ。

だから、その後継者としての血を引く兄を殺害しようと考えたらしいんですけども。でね、またこの実行犯の2人に戻るんですけど。2人がどういうバックグラウンドかっていうことはこの映画で初めて明らかにされるんですね。ほとんど日本では……まあアメリカでもほとんど知られてなかったんですけども。で、2人はね、貧しい田舎の出身なんですよ。

実行犯となった2人の女性

(町山智浩)で、都会に出て働いたんですけども、うまくいかなくて苦労してたんですね。で、このインドネシア人の方の女性のシティさんっていう人は、いわゆるもう地獄のような縫製工場。洋服を作る工場、分かります? インドネシアとかパキスタンとかではもう本当に貧しい女性たちがブランド品をいっぱい作っているんですよ。日本とかアメリカのね。そこでもう奴隷のように働かされて、それでま結婚して子供ができたんだけども、その奴隷工場から逃げられなくて。最終的には子供を捨てて脱出したっていう人なんですね。

(赤江珠緒)ええっ……。

(町山智浩)で、インドネシアにはどこにも居場所がないからっていうことで、マレーシアに来ていて。ところが、マレーシアにはそういう人たちが……あそこってイスラム教国なので。そういう外国から来た非イスラム教の人たちを、まあ売春で働かせてたんですね。そこで非常に底辺の売春をして働いていて。もう1人のベトナム人のドアンさんはやっぱりベトナムの都会、ハノイに出てアイドルになろうとしていたらしいんですけども。まあアイドルオーディション番組とかにも出ていて、うまくいかなくて。それでそこにスカウトに来た男がいまして。

だからその男もすごいのは、北朝鮮に雇われてるんですけども、ベトナム語がしゃべれるんですね。で、「日本から雇われてる」と言って。「YouTuberとしてスターにしてやるぞ」と言ってやってたんですけど。これがとにかくすごいのは、本当にそのいたずらビデオを作ってるんですよ。

(赤江珠緒)事前に何回もそういうことがあったっていう?

(町山智浩)何回もやってるんですよ。何回も何回もやっていて、完全に信じてたんですね。

(赤江珠緒)巧妙だな……。

(町山智浩)巧妙なんですよ。で、VXを彼に塗った後も、彼女たちは全然、その彼が死んだってことも知らなかったんですよ。

(赤江珠緒)まあ、たしかにあの防犯カメラの映像を見ても悪びれる風もなく。何をしたんだろう、この2人は?っていう感じでしたもんね。

(山里亮太)キャッキャキャッキャやっている感じでしたもんね。ブワーッと行って。

(町山智浩)そう。死んだことも知らなくて。逮捕されてから「あなたは人を殺したんですよ」って言われたんですよ。この2人は。全然知らなかった。というは、2人ともマレーシアに入ったでしょう? 2人とも、マレーシア語がわからないから、テレビとか新聞を見ないんですよ。

(赤江珠緒)ああーっ!

(町山智浩)だから騒ぎになっていても、ほとんど何だかわからなかったんですね。まさか自分が殺したなんて思ってなかったんですよ。ところが、そのマレーシアにいた実行犯を周りでコントロールしていた北朝鮮の工作員たちはすぐにその場で空港から飛行機に乗って国外に出ちゃっているんですね。

(赤江珠緒)逃げましたね。はい。

(町山智浩)ところがそれ以外に、そのVXガス自体を作った科学者とかはまだマレーシアにいたんですよ。で、警察が4人マレーシアで逮捕をしているんですよ。それなのに、彼らは北朝鮮に帰されるんですよ。彼ら、主犯なのに。

(赤江珠緒)えっ?

(町山智浩)なぜかというと、北朝鮮にあったマレーシア大使館を北朝鮮が襲って、大使たち4人を人質にしたんです。で、「マレーシア大使を返してほしければ、逮捕したその北朝鮮人を釈放しろ。北朝鮮に帰せ」って言って交渉して、マレーシアはそれに負けて、首謀者たちを帰してしまったんですよ。

(赤江珠緒)北朝鮮はそこまでしたんですね。

(町山智浩)まあ、最初から計画通りだと思うんですけどね。それも。で、マレーシアはメンツが立たなくなっちゃったんですよ。マレーシア政府に対して全世界が注目してたでしょう? だったら「この2人が最初から殺人の意思があった」っていうことで裁判にかければ、一応形だけは保てるじゃないですか。要するに誰も罰さないというわけにはいかないから。

で、彼女たち2人を有罪にしようとするんですよ。でも、マレーシアって非常に厳しくて。この場合、殺人罪は死刑なんですよ。で、彼女たちは死刑になりそうになるんですよ。という恐ろしい話なんですよ、これ。で、2人とも貧しいから、親は弁護士費用なんか払えないんですよ。あとインドネシアとそのマレーシア、ベトナムとマレーシアっていう本国同士の関係も非常に微妙なんですね。

(赤江珠緒)ふーん!

国際的、政治的な関係性の中に巻き込まれていく

(町山智浩)で、特にベトナムは同じ社会主義国だから北朝鮮と仲がいいんですよ。だから北朝鮮と戦うために自分たちの国民を守ろうとするのかっていうと、そこは非常に微妙なんですね。で、この田舎から出てきた何も分からない2人の若い女性は国際的な、その政治的な関係性の真っ只中に巻き込まれていくんですよ。で、またすごいのはね、この北朝鮮の犯人たちはこの貧しい女の人たちは別に捨て石で、死んでしまえばそれでいいんだと思ってたという、鬼のような奴らなんですよ。

(赤江珠緒)まあ、そうでしょう。だってそもそも、言わずにVXを使わせていたっていうことですもんね。

(町山智浩)そうなんです。だからその言わずにやってたし、それも彼女たち自身が死ぬという可能性もあったんですよ。でも「別に彼女たちが死んでもいい」と思っていたわけですよ。

(山里亮太)そうか。コマだから。

(町山智浩)そう。この2人はたまたま生きていただけなんです。「手が気持ち悪い」って言ってすぐに手を洗ったんで大丈夫だったんですけども。別に「そうしろ」とも言われてなかったんですよ。

(赤江珠緒)うわあ、そうなんだ!

(町山智浩)で、彼女たちを派遣した後、彼女たちを行かせたやつはすぐに飛行機に乗っちゃっているんですよ。だから彼女たちが死ぬっていうのはある程度、前提だったみたいですね。

(赤江珠緒)完全に捨て駒だ……。

(町山智浩)恐ろしいんですけども。で、本当にね、このひどい……誰も彼もがひどいっていう。この2人はね、もう全く天涯孤独で刑務所に入れられて。言葉もわからないし。誰も助けに来てくれないっていう状態の中で、マレーシアの弁護士がこの2人を助けようとするんですよ。この弁護士たち、すごいんですよ。全く何の得にもならないことなんですよ。

(赤江珠緒)そうですね。うん。

(町山智浩)彼女たちは自分の国民でもないし、お金も出ないし。それでもやっぱりこういう国策によって、政治的な理由によって何も知らなかった女性が死刑になるっていうことは絶対に許せないということで、弁護士2人がですね、一生懸命に彼女たちのために戦うのは素晴らしいんですけどね。でもこれ、恐ろしいのは誰にでも、この実行犯たちのような目に遭う可能性があるということですよ。

(赤江珠緒)いや、本当ですね。人としての希望がそのマレーシアの弁護士の人たちしかいないですもんね。怖いな……。

(町山智浩)怖いんですよ。で、この2人は独房に入れられて、言葉が全く通じ合わないんですけれども。お互いしかいないから。そこで顔も見れないんですけど、刑務所の中で全く言葉が通じないのに何とか会話をして、友達になっていくというあたりとかも
やっぱり人間ってすごいなと思うんですけどね。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)はい。というね、国際的な謀略の話でもあるんですけど、人間とは何か人間の良心とは何かとか、いろいろ考えさせられる話で。しかもこの2人が本国でネットで叩かれるんですよ!

(赤江珠緒)ええっ!

(町山智浩)彼女たちは完全に犠牲者なのに、ベトナムで「バカじゃないの?」「自業自得だよ!」とかね。これ、日本でも絶対同じことが起こったら、同じような状態になりますね。本当に人間ってなんだろう?っていう。いろんなことを考えさせられる映画でしたね。

(赤江珠緒)『わたしは金正男を殺してない』は10月10日からシアターイメージフォーラムほか、全国順次ロードショーとなっています。

(町山智浩)はい。公開中です

(赤江珠緒)じゃあ、この2人は? 今も?

(町山智浩)まあ、映画をご覧ください。

(赤江珠緒)ああ、そうかー!

(山里亮太)それをやっているんですから(笑)。

(赤江珠緒)あー、気になってしょうがないね。

(町山智浩)映画をご覧ください。

(赤江珠緒)町山さん、ありがとうございました。

(町山智浩)どもでした。

<書き起こしおわり>

タイトルとURLをコピーしました