町山智浩さんが2020年6月26日、Periscopeライブ配信でディズニー映画『南部の唄』についてトーク。ディズニーランドのアトラクション・スプラッシュマウンテンのテーマとなりながらも公開当時から問題視され、ほぼ封印されているこの作品について解説していました。
— 町山智浩 (@TomoMachi) June 26, 2020
(町山智浩)ちょっと緊急に話しておきたいことがあって動画配信しました。というのはディズニーランドのスプラッシュマウンテンがずっと『南部の唄』というディズニーのアニメをテーマにしてやってたんですけれども。とうとうそれが変わって、違うテーマ……『プリンセスと魔法のキス』になるということで。
まあ『南部の唄』っていう作品は日本ではほとんど見れない状態になっていて。誤解が非常にあるんじゃないかと。たとえば「(描かれている内容は)大した差別じゃないんだ」とかね、そういったことはよくあることで。見てない人が多いので、その検証はできない状態になっていますから、ここでちょっと話しておこうと思ったんですね。
まあ「ポリコレで……」とか、そういうことを言う人が出てくると困るので。それでまあ、ここに現物がありますけど。これはヨーロッパで出たやつかな? 『南部の唄』ですね。
これ、歌は結構有名で。ディズニーの名曲集なんかを買うとかならず付いてくるんですけど。『Zip-a-Dee-Doo-Dah』っていうやつですね。
で、スプラッシュマウンテンというディズニーのアトラクションとはあんまり関係はないんですよ。見てみると。こじつけに近いんですけども。この映画は男の子がいて。それでお爺ちゃんがいて。それで南部で暮らしていて、このお爺ちゃんが話す話がこのウサギどんの話なんですね。で、これ見てなんかこの灰色のウサギって見たことあるなと思う人が結構いると思うんですけども。
もちろんそれはその通りなんですね。これはですね、どうもアフリカにもともとあった話らしいんですよ。それを南部の奴隷になった黒人の人たちが語り継いでいったものなんですね。で、その賢いウサギがズル賢く立ち振る舞って、キツネとか熊を騙すという、そういういろんな短い話があって。だからイソップ物語にちょっと近いですね。だから黒人の民話なんですよ。で、それをまとめた本が出まして。日本でも翻訳が出てたと思いますけど。
そういう本がアメリカで出まして。それが原作になっているのがこの『南部の唄』という映画なんですね。で、そのズル賢いウサギというのはあのワーナーのバックス・バニーの原型になってると言われてるんですよ。だから似たような感じがするというのは全くそうで。話も似てるんですよ。バックス・バニーっていうのはウサギを捕まえようとする人間だったり獣がバックス・バニーに騙されて、いじめられて、いたずらされてっていうのを毎回繰り返してるですけど。それの元々は実は南部の黒人奴隷の民話だったんですね。はい。
南部の黒人奴隷の民話が元ネタ
で、それがアメリカで出版されてベストセラーになったんですよ。で、そのマーク・トウェインっていう作家がいますけども。南部の黒人の話を元にして、いろいろと話を作ったので。その有名なトム・ソーヤーがフェンスにペンキを塗らされていて。そうすると「めんどくさいな」って思っていて、誰か友達が来た時に「ああ、楽しいな、楽しいな!」って言って。「このペンキを塗るの、すげえ楽しいわ。やってみる?」とかって言ってその友達にやらせてしまうという有名な話がありますけれど。あれは元々、その黒人奴隷の間であった民話をアレンジしたものなんですよ。
でもまあ、マーク・トウェインという人は全くそういうことをしてきた人なんですけどね。で、これは日本でも翻訳されて出ていると思うんですけれども。何年ぐらいだろうな? 『リーマスおじさん(アンクル・リーマス)の歌と言葉』っていうタイトルで。『南部農園のフォークロア(Uncle Remus; His Songs and His Sayings. The Folk-Lore of the Old Plantation)』……1881年に出ているんですね。だから南北戦争が終わってから20年もしないうちに出版されたものが原作なんですね。この『南部の唄』のね。
で、これはアイルランド系の白人の人が南部の黒人のところを回って、そういった民話を集めていった……まあ柳田国男とか、そういうのと同じようなものなんですよね。
で、主人公は「ブレア・ラビット(Br’er Rabbit)」って言うんですよ。で、この
ブレア」っていうのは『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』みたいなんですけど。このブレアっていうのは「Brother」が黒人訛りで「Bre’r、Brer」っていう風になって。このブラザーっていうのは「同胞」「仲間」みたいな。ブラザー&シスターのあれですよ。だから「Brother Rabbit」。つまり「黒人のウサギ」っていう意味なんですよ。ブレア・ラビットって。
で、これは他に出てくるクマやキツネも「ブレア」ってついてるんで、まあみんな黒人同士の話なんですね。賢い黒人がボンクラな黒人を騙すという、黒人間の話ではあるんですけれども。で、たとえばこういう話が出てくるんですね。で、僕はね、こういう話をこの本に描いているんですね。宣伝しなきゃ(笑)。『最も危険なアメリカ映画』という本で。集英社文庫で出てるんですけれども。これはKindleですぐに読むこともできます。ネットでも。
で、これはどういう本かと言うと、『國民の創生』というとんでもない映画がありまして。1915年に白人至上主義団体のKKK(クー・クラックス・クラン)をいい人たちとして描いた映画で。それで廃れていたクー・クラックス・クランが復活してしまうという事態があったんですね。その映画であるとか、アメリカで物議を醸した映画、封印されてしまった映画ばかり集めた本なんですよ。
日本では大問題になってないものもあります。たとえば一番日本で知られていて大問題になっている作品は『フォレスト・ガンプ』ですね。ロバート・ゼメキス監督の。あの映画はものすごくアメリカでは問題になっていですね。今でも「絶対に許さない」っていう人がいて。『フォレスト・ガンプ』をひっくり返した話として『大統領の執事の涙』っていう映画が作られて。それはもう完全『フォレスト・ガンプ』に対するアンチテーゼとして企画されたものだったりするんですけれど。
まあ、あの映画が公開された時もあれが『フォレスト・ガンプ』に対するアンチテーゼとして制作されたんだってことはほとんど日本で報じられてなかったですね。アメリカでは大々的に報じられたですけど。アンチ『フォレスト・ガンプ』っていうね。まあ、そういったものがあるわけですが。そういったものを集めていて。この中では、ディズニーが第二次世界大戦中に作った『空軍力の勝利(Victory Through Air Power)』っていうアニメーションがあって。これ、大作アニメなんですね。
で、著作権が切れているので日本でもYouTubeで見れますけれども。これは「東京に大空襲をすべきだ」という説得アニメなんですよ。ウォルト・ディズニーさんが自分で自費で作りまして。それで「第二次世界大戦を終わらせるには東京を直接攻撃すべきだ。長距離爆撃で爆撃すべきだ」という内容のとんでもないプロパガンダ映画なんですね。
そういったものをディズニーが作っていて、それはもう完全にディズニーではなかったことにしてるわけです。だって東京大空襲で実際、どのぐらいの人が死んだんだ?っていうね。10万人とか死んでるわけです。それを「やれ!」って言ったのがディズニーだったというようなことが書いてある本なんですよ。そういうような映画を紹介している本です。まあ、ディズニーはそのへんのことはなかったことにしているんですけどね。
で、この『南部の唄』についてもこの中で紹介しているんですが。これは実は劇場公開当時から大問題になってるんですよ。もう公開したその時に、黒人地位向上委員会という黒人の差別に対して戦う団体があるんですけれども。そこはもうすぐに「この映画は許されない」と言ってるんですね。これは1946年。第二次世界大戦が終わってすぐの年に作られているんですけど、その段階でもう黒人の人たちが怒っているわけですね。この内容に。
公開当時から問題視される
で、これは南部のお金持ちの男の子がいて。その男の子がいじめられたりいろいろして、くよくよしてるとその近くに住んでいる貧乏な黒人のおじいさんがウサギの話をするわけですね。ウサギっていうのは体はちっちゃいけども、クマとかキツネいじめられてもその知恵でねやっつけちゃうよということを教えてあげて、この子を元気にして。で、この子はその黒人のおじいさんが大好きになるという話で。そのウサギの話をするところだけアニメになるんですよね。これはだから実写とアニメの合成みたいな。『メリー・ポピンズ』とかでもやってますけども。ディズニーがやってた実写・アニメ合成映画なんですね。
まあ、そのウサギがいろいろと腕力ではなくて口から出まかせで次から次に、そのいじめられることを回避していくという話なんですけどもね。たとえばそのウサギがで人間が仕掛けた罠……あの足をガブッと噛んじゃうトラバサミみたいなやつ。あの罠にかかって動けなくなって苦しんでると、そこにクマがやってくるわけですよ。それで「ウサギくん、どうしたの?」っていうと、そこで助けてもらいたいウサギは「助けて」とは言わないんですよ。
「いやー、なんかね、こうやってるだけでお金が貯まるんだよ」みたいな話をするんですよね。本当は罠にかかっているのに。それで「どうして?」って言うと「いやー、君もやってみるかい?」とか言ってその罠を外してもらって。代わりにその罠にクマがかかって、そこからウサギの方は逃げるっていうような、そんなトンチがあるんですけど。それはトム・ソーヤーのね、あのフェンスにペンキを塗るのと同じなんですよ。つらい時に「いやー、楽しいな! 君もやってみる?」っていうね。まあこれは詐欺ですけどね。はい。という話なんですね。
で、そういうのがずっと繰り返されているんですけど、そこの部分は全然、はっきり言って『南部の唄』、問題はないんです。そのウサギのアニメのところは問題ないんですよ。まあ、これはクマどんですけどね。問題はその南部のお金持ちの男の子と黒人の貧しいおじさんの交流の部分なんですよ。というのは、これ時代設定がまるで分からない映画なんですよ。時代を示すような、たとえば電話であるとか、自動車であるとか、そういったものが出てこないですよね。
服装的にも、この服装を見るとわかるんですけども。このソックスを見るとわかりますよね。これ、1946年の服装じゃないんですよね。いわゆるキュロットみたいなものを履いているわけですけど。これ1946年当時の服装ではないんですよ。こんな格好してる人はいないわけですよ。
Disney is replacing Splash Mountain's controversial 'Song of the South' theme with 'Princess and the Frog' ?
(via @DisneyParks) pic.twitter.com/LudNmJJqWZ
— Culture Crave ? (@CultureCrave) June 25, 2020
これは恐らく南北戦争前の南部を描いてるんじゃないかと思われるんですね。ところが非常に不自然なのは、時代背景的にその黒人のおじさんは奴隷なはずなんですよ。それでこの子供はその奴隷を所有してるお坊ちゃんのはずなんですよね。奴隷を所有している白人の息子さんのはずなんですけども。その彼の親はこのおじいさんに対して敬語でしゃべるんですよ。
すごくちゃんとした現代の黒人と白人の平等が達成された状態での黒人と白人のしゃべり方なんですよ。お互いに。白人と黒人が。でも画を見ると完全にこの子は豪邸に住んでいて、彼はあばら屋の小屋に住んでるんですね。よく分からないんですよ。どう見ても画的には奴隷とご主人様で南北戦争前なんですけども。人種的には彼らは平等になってるんですよ。白人が黒人をぞんざいに扱ったりしてないですよ。で、黒人も白人に対して「旦那様」って言ってないんですよ。「なんだ、これ?」っていうことなんですよ。
この『南部の唄』っていう映画はつまり、奴隷の時代。奴隷があった時代。南北戦争前の話を原作にしてるから当然、南北戦争前の奴隷と白人の間の話なんですよね。画的には。ただ、それはこの1946年だとすでにそれは許されない。奴隷制はもういないことになっているんだから。だから人間関係的には平等になってるんですよ。これで黒人の……全米黒人地位向上協会(NAACP)は怒ったんですね。「なんだ、これは? これを見たら勘違いをするだろう?」っていう。
奴隷制度について勘違いをさせる可能性がある
つまり、「南北戦争前の奴隷制度があった時に南部の人たちは黒人の人たちに対してこのように丁寧に扱っていたと思ってしまう。そういう勘違いをさせる……南北戦争時代の奴隷制度があたかも非常に仲のいい、平等なものであったかのように誤解させる映画である」と言ったんですね。で、それに対してディズニーは「いや、これは南北戦争後の話なんだ。奴隷制度がない状態の話なんだ。黒人の人たちは小作人なんだ」という風に言ったんですね。