町山智浩 エルトン・ジョンの歌詞と映画『ロケットマン』を語る

町山智浩 エルトン・ジョンの歌詞と映画『ロケットマン』を語る アフター6ジャンクション

(町山智浩)そう。「いま、この歌詞を書いたんだけど、歌ってよ」っていう歌なんですよ。「これ、プレゼントなんだ。まあ歌としては単純なんだけどさ。でも気に入ってくれるといいな。本当に君、この歌を『僕の歌だよ』って言っていいからね。気にしないでいいんだよ」っていう歌なんですよ。で、「僕は言いたいんだけども、僕は君がこの世界にいるというだけで、この世界はなんて素晴らしいんだって思うんだ」という歌なんですよ。

(宇多丸)ねえ。「本当に言いたいのはいままで見た中で君の瞳がいちばん素敵だっていうこと」とか、こんなの、惚れてまうやろー!

(熊崎風斗)好きにならずにはいられないですよ!

(町山智浩)でしょう? だからそれだけ聞くとすごいいい歌じゃないですか。で、エルトン・ジョンも惚れるんですよ。このバーニー・トーピンって17歳で美少年なんですよ。これ、写真を見てくださいよ。

(宇多丸)また若い時の写真を見ると2人で同じポーズをして。かわいいな。仲良くて……ちなみに映画だとバーニー・トーピンは誰がやっているんですか?

(町山智浩)あ、ちょっと、ごめんなさい(注:バーニー・トーピン役はジェイミー・ベル)。それでね、エルトン・ジョンはこれ、ラブソングじゃない? だから、「僕も好きなんだ」って言ったら、バーニー・トーピンは「ごめん。僕、ゲイじゃないんだ」ってやられちゃうんですよ。

(宇多丸)こんなラブソングみたいなのを……。

(町山智浩)こんな歌を渡されて。これ、残酷なんですよ。ここから始まるんです。まさにその残酷な瞬間からこの2人の音楽活動は始まっていくんですよ。

(宇多丸)普通はここでさ、「ひどい!」って決裂するんじゃなくて、でもお互いの才能を補完しあうっていうところは意識してるわけですね。じゃあ。

(町山智浩)だってもう、この人を捨てたら自分は音楽家としては、こんな天才と別れるわけにいかないじゃない?

(宇多丸)うんうん。同時にエルトン・ジョンの素晴らしいメロディーメーカーの力もあるし。

(町山智浩)これ、地獄ですよ。地獄が始まるんです。天国と地獄が同時に始まるんですよ。

(宇多丸)映画だとバーニー・トーピン役はジェイミー・ベルさんがやられるそうですね。

(町山智浩)はい。で、これはすごいキツいなと思って。

(宇多丸)でも、その事情を知って歌詞を読むと、もう美しさと悲しさと残酷さで泣けてきますね。

(町山智浩)泣けてくるんですよ。でね、映画の中でちょっとわかりにくい点があって。1ヶ所、ものすごく分からないところがあって。バーニー・トーピンとエルトン・ジョンの2人がまずロンドンで下宿していてですね、そこを追い出されて逃げるようにして出てくると、その後ろからメガネをかけた女の人が「出て行けー!」って怒鳴って物を投げてるっていうシーンがあって。全く説明がないんですよ。それは実は実話を元にしてるんですけど、映画の中で端折られているんですね。で、それについて歌った歌がありまして。それがですね、『僕を救ったプリマドンナ』という1975年の歌があります。これ、ちょっと素晴らしい歌なんで。すごい長い大作なんですけども。ちょこっとだけ聞いていただけると……。

(宇多丸)はい。『僕を救ったプリマドンナ』です。

Elton John『僕を救ったプリマドンナ』

(宇多丸)はい。『僕を救ったプリマドンナ(原題:Someone Saved My Life Tonight)』という曲でした。

(町山智浩)これ、いまそちらの手元に渡っている訳詞を読んでもたぶん意味、全くわからないと思います。

(宇多丸)なんか難解な歌だなって。

(町山智浩)この訳詞はオリジナルの1975年にこの曲が入っている『Captain Fantastic & Brown Dirt Cowboy』というアルバムに収められていた歌詞カード、訳詞カードが元になっています。これ、完全な誤訳です。

(宇多丸)誤訳なんだ。

(町山智浩)誤訳です。『僕を救ったプリマドンナ』も誤訳です! 実はこれ、僕が最初に買ったエルトン・ジョンのアルバムなんです。ちなみに僕、エルトン・ジョンのことをなんで好きになったかっていうと、メガネのド近眼男だったのび太くんだったんで、「のび太くんみたいなロックミュージシャンもいるんだ! メガネっ子でもロックスターになれるんだ!」って思って。それでジョン・レノンが好きで、エルトン・ジョンが好きだったんです。で、エルトン・ジョンが「ジョン」っていう名前を自分につけたのは「ジョン・レノンみたいにメガネっ子でもスターになれる」っていうことで。

(宇多丸)へー! じゃあ、メガネっ子憧れ?

(町山智浩)メガネっ子憧れですよ!

(宇多丸)そういう文脈があるわけだ。で、エルトン・ジョンから町山智浩っていう(笑)。

(町山智浩)俺はロックスターじゃないよ!(笑)。でも、本当に救いだったんですよ。「ド近眼の丸メガネであまり背も高くないし。それでも、ロックミュージシャンになれるんだ。歌がよければいいんだから。作るものが重要で見た目なんかどうでもいいんだ」ってすごいエルトン・ジョンには勇気を与えられたんですけど。それで買ったアルバムがこれで、歌詞を見て訳詞を読んだら、全く意味が分からなかったんですよ。で、僕はそのままずーっと来てたんですよ。「あの歌はどういう意味なんだろう?」って思いながらずーっと、おじさんになっていったんですけども。最近になってやっとこの歌詞の意味がわかったんですよ。

(宇多丸)ほうほう。

(町山智浩)というのは、マスコミに2010年にリンダ・ハノンという人が出てきて。「私はエルトン・ジョンと結婚するはずだった」っていうのを告白したんですよ。

(宇多丸)はー!

(町山智浩)で、「ここで歌われている『プリマドンナ』は私のことだ」って言ったんですよ。その当時、もう66歳になった女性が。それがさっき言ったエルトン・ジョンとバーニー・トーピンを下宿から追い出したメガネの女の人なんですよ。で、彼女がいろいろとギャーギャー騒いだので、この歌詞の意味が全部わかったんですよ。『僕を救ったプリマドンナ』じゃなくて、これ正しい歌詞の意味は「プリマドンナから僕を救った誰か」という歌詞なんですよ。

(宇多丸)なるほど。「プリマドンナ”が”救った」っていうわけじゃないんだ。逆だ。

(町山智浩)そうなんです。このリンダっていう人は女性で、エルトン・ジョンに結婚を迫って。エルトン・ジョンはそれに押し切られて結婚を約束しちゃったんですよ。エルトン・ジョンはゲイなのに。で、その「プリマドンナ(Prima Donna)」っていうのは英語でよく使われるんですけども。「お前、プリマドンナのつもりかよ?」っていう。その、「気取った女」みたいな。「女王様みたいに人をコントロールしようとするやつ」みたいな。「何様のつもり?」みたいなことで、「フリマドンナのつもり?」っていう意味なんですよ。皮肉で使ってるんですよ。このプリマドンナっていう言葉を。

(宇多丸)うんうんうん。

(町山智浩)で、エルトン・ジョンはもう結婚するってことになって、ちょっと落ち込んでバーに飲みに行ったんですよ。そしたら、これは歌詞の中でですね、この「Someone Saved My Life Tonight」っていう原題の後に「今夜、誰かが僕の命を救った」っていう風にその訳詞には書いてあるんですが、その後に元詞の方を読むと「Sugar bear」ってあって。この「Sugar bear」っていうのは意味が分からないから、この翻訳をやった翻訳者はパスしちゃっていて。蹴っている。でも、この「Sugar bear」こそがエルトン・ジョンを救った「誰か」なんですよ。

(宇多丸)「Sugar bear」に救われた?

(町山智浩)救われたんです。「Sugar bear」っていうのは実在の人物の名前なんですよ。これはロング・ジョーン・ボールドリー(Long John Baldry)というブルースミュージシャンで「Sugar bear」っていうあだ名だったんですよ。

(宇多丸)はー! じゃあ、もう完全に具体的な?

(町山智浩)具体的な事実を歌っているだけで、全くこれは比喩がない歌なんですよ。この歌は。「Sugar bearみたいなもの」じゃなくて「Sugar bear」っていう名前で知られていたんですよ。エルトン・ジョンが酔っ払って落ち込んで「俺、結婚することになっちゃったんだよ」って言ったらシュガーベアっていうのはゲイだったんで、「君、ゲイなのになんであんな女と結婚するの? そしたらお前、音楽とかダメになっちゃうよ」って言ったんですよね。

「君が本当に愛してるのは、ここにいる君の横に座ってるバーニーだろう? 君は自分に嘘をついて結婚をしたら、音楽家としての才能が終わっちゃうよ」って言ってくれたんで、それでそのまま酔っ払って下宿に帰ってきて。そしたらプリマドンナ女のリンダが寝てるわけですよ。で、それに対して「お前はまた今日も俺と寝ようとしてるんだろうけども、俺は今日からお前と一緒には寝ないぜ!」って歌っているんですよ。

(宇多丸)なるほど! へー!

(町山智浩)で、歌詞に出てくる「Saved in time, thank God my music’s still alive」っていうのは「よかった! ギリギリで救われた! これで僕は音楽家としてやっていける!」っていう。

(宇多丸)「あぶねえ、あぶねえ!」って(笑)。

(町山智浩)そう。それで歌詞の最後は「Someone saved my life tonight, sugar bear(誰かが僕を救ってくれた。それはシュガーベア!)」って。で、「僕は朝になったらこの家を出ていくぜ!」って歌っているんですよ。

(宇多丸)なかなかなひでえ話ですね(笑)。

(町山智浩)ひどい話なんですよ! エルトン・ジョンって何度も女の人と結婚しようとしては失敗するっていうのを繰り返している人で。これ、1967年に実際にあった事件を何も比喩もなく、あったことを順番に歌っているだけなんですよ(笑)。

(宇多丸)俺はさ、だからこの暗喩は難しいなって思っていたら、そうじゃない。逆に写実だったっていう(笑)。

(町山智浩)写実だったんですよ(笑)。ラップでも時々、あるじゃないですか。あったことを順番に歌っていく歌って。あれなんですよ。

(宇多丸)あと、固有名詞がわけわかんなすぎてよくわからない歌に見えるけど、実はすっげー具体的なことだったっていう。

(町山智浩)単にあだ名だったっていう。

(宇多丸)なるほどね。へー!

(町山智浩)それもでも僕、2010年までわからなかったですよ。

(宇多丸)逆に言うと、2010年まで多くの人はやっぱりそこまでは意味を理解していなかった?

(町山智浩)みんなわからなかった。

(宇多丸)なのに、名曲として歌い継がれている?(笑)。

(町山智浩)そう! 意味がまったくわからないまま、全世界の人が名曲としてこの歌を愛してきたんですよ。

(熊崎風斗)すごいなー!

(宇多丸)まあ、ありますけどね。アートにはそういうこと、ちょいちょいあるけども。

(町山智浩)いっぱいあるんですよ。そういう歌は。そのうちのひとつなんですよ。

(宇多丸)面白い! でも、映画を見てもその場面単体で見たら意味不明だけど、我々はもうその意味がわかりましたからね。

(町山智浩)そうなんですよ。で、エルトン・ジョンは本当にその自分で自分の心を歌うっていうのは非常に不得手だった人なんですけど、本当に数少ない彼が作詞した歌っていうのがあるんですよ。それがなんと『エルトンの歌』っていうタイトルなんですよ。『Elton’s Song』。それを聞いていただけますか?

Elton John『Elton’s Song』

(宇多丸)我々、いま歌詞を見ながらそのあまりの悲しさに……。

(町山智浩)悲しい歌なんですよ。これね、「僕は1人、ずっと君を見ていたんだ。君の笑顔がカミソリみたいに僕の骨に食い込むんだよ。君がプールで遊ぶのをずっと見ていた。この学校中で僕はいちばん君を愛してる」って。これだけ聞いたら女の子のことを歌っているのかな?って思うじゃないですか。それでもいいんです。そういう風に取っている人もいっぱいいるでしょう。英語がわかる人もね。で、「もし君が僕のこの心の痛みを知っていたらな……。いつも僕は君の名前を呼ぶたびに胸が締め付けられるんだよ。笑うこともできないんだ。君がそこにただ立ってるだけで僕の唇は乾くし、君と目が合えば目をそらしてしまうんだ」という。

(宇多丸)これね、だからまさに普通に異性愛っていうか、初々しい初恋の歌みたいにも取れるけど、でも『Elton’s Song』……。

(町山智浩)『エルトンの歌』、「俺の歌」っていうことなんですよ。さっきは「君の歌」だったんですよ。『Your Song』に対してのアンサーなんですよ、これは!

(宇多丸)おおーっ!

(町山智浩)「『Your Song』としてバーニー・トーピンが書いてくれた。”君の歌”だよって。じゃあ、これは『Elton’s Song』、”僕の歌”だよ」って。

(宇多丸)で、こんな苦しみの吐露を……。

(町山智浩)そう。

(宇多丸)しかも、バーニー・トーピンさんはそれを横で聞いているわけですよね?

(町山智浩)だからバーニーはわかってはいるんだけども、それに応えられないんですよ。ちなみに、バーニー・トーピンはものすごい女好きです。

(熊崎風斗)それはそれで苦しいですよね?

(宇多丸)まあ、そうだよね。悪気があるとか、そういうことじゃないしね。

(町山智浩)で、この歌はしかもそれを手伝ってくれて実際に発表にこぎつけたっていうのはトム・ロビンソンっていうミュージシャンが助けてくれたんですよ。トム・ロビンソンっていうのはゲイをカミングアウトしていることで有名な人ですね。もう切ないでしょう、これ?

(宇多丸)そうですね。いやー!

(町山智浩)でも、この切なさがあるからこそ、でも作品が素晴らしいんで。

(宇多丸)恐ろしいですよね。だから歌詞書き才能はある。そしてこの切ない気持ちがあるから、たとえばいいメロディーが書けるかもしれないし。なんて残酷なアート生産チーム。

(町山智浩)とにかく芸術っていうものはそういうものなんだなっていう気がしますよ。

(宇多丸)まあ、でも欠乏がないとやっぱりね、何か作ったりとかっていうのはなかなか……っていうのはありますからね。だからやっぱり欠乏を作っていくもんね。ある程度のキャリアになると。

(町山智浩)そうなんですよ。まだ、次に行きます? 次はこの2人が別れた時の歌なんですよ。

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