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毒蝮三太夫 秋山ちえ子との思い出を語る

毒蝮三太夫 秋山ちえ子との思い出を語る ジェーン・スー 生活は踊る
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毒蝮三太夫さんがTBSラジオ『ミュージックプレゼント』の中で、『ゆうゆうワイド』などで共演した故・秋山ちえ子さんとの思い出を話していました。

(毒蝮三太夫)いや、だけどね、昨日ちょっとね、仕事をやっている途中で、あの秋山ちえ子さんが亡くなったっていう話をはぶ三太郎から聞いたんだけどね。いや、俺も世話になったんだよ。うん。99才だからね。いずれ、そういう報せが来てもおかしくない方なんだけどね。目黒通りの本町にお住まいでね。本当に世話になったよ。NHK時代からよくね、知ってらっしゃる方だったんだけどね。

(ジェーン・スー)うん。

(毒蝮三太夫)お家のそばにね、島田正吾さんっていう新国劇の名優さんがいらっしゃったんだよ。その方も、99か8ぐらいで亡くなったんだけどね。辰巳柳太郎、島田正吾。だから、岡田健さんやなんかのね、お師匠さん筋ですよ。その方とも仲良くてね。それから、日野原先生とも仲が良かったのよ。

(小倉弘子)ふーん。

(毒蝮三太夫)あの104才の聖路加の名誉院長。それでね、日野原先生がね、「秋山さん、俺ね、なんかあったら治療に行くよ」って言ったらね、「あんなおじいさん、嫌だわ。震える手で注射を打たれたくない」だって(笑)。秋山さんも口が悪いんだよ。

(ジェーン・スー)(笑)

(毒蝮三太夫)そんなことを言い合っていたお二人でしたよ。うん。だから、あの世に行ってね、いろんな人とまた辛口で言ってるんじゃないかな。『ゆうゆうワイド』でも世話になったからね。だから、ずいぶん世話になった人がね、いなくなる。だから、あなた方にとっても、俺もいずれいなくなりますからね。

(ジェーン・スー)いやいやいや。「120まで」って昨日、お約束したじゃないですか。

(毒蝮三太夫)ああ、そうかそうかそうか。

(ジェーン・スー)あと40年です。

(毒蝮三太夫)ああ、そうかそうか。120ね。はい。120まで生きられる人間はね、事故と病気がなければ細胞はそうなっているんだって。日野原先生に聞いたよ。だから120まで生きて。元気で、長生きしたいよね。

(ジェーン・スー)そうですね。

(毒蝮三太夫)若者に迷惑をかけないで。笑って。周りの人が泣いて、死にたいよ。

(小倉弘子)いや、でもね、いま下駄の音がしっかりカランコロン聞こえてるから。マムシさん、まだまだね。

(毒蝮三太夫)大丈夫? いや、弘子ちゃんね、あんた、中延の焼き鳥屋、よく行くって言ってたじゃないか。

(小倉弘子)おでん屋。

(毒蝮三太夫)おでん屋か。まあ、おでんも焼き鳥も似たようなもんだよ。今日は焼き鳥屋なんだよ。炭火焼きの。

(小倉弘子)ねえ。焼き鳥。

(毒蝮三太夫)荻窪。ほいで、青梅街道ずっと新宿の方から来るとさ、天沼の橋を渡ると、右側に入っていく道があるんだよ。荻窪。古い道なんだけどね。いまはもう、いろいろと道路工事をやっている。そこにある、ごいちという炭火焼きの店だよ。いま、初めて入るよ。にゃろう、俺が来るなんて、大きな看板出してやがるな……

(ジェーン・小倉)(笑)

(毒蝮三太夫)1年前にできた店なんだってさ。弘子ちゃんも焼き鳥、大好きか?

(小倉弘子)好きですよ。スーさんもね。

(ジェーン・スー)私も大好きですよ。

(毒蝮三太夫)スーちゃんも好きなの? 俺、よく女の子をね、有楽町のガード下に連れて行くんだよ。

(ジェーン・スー)ああ、連れて行ってくださいよ。私たちも。

(毒蝮三太夫)ああ、今度、行こう行こう。

(小倉弘子)挟む、挟む。

(毒蝮三太夫)挟む? うん。串で挟まないでよ。

(ジェーン・小倉)(笑)

(毒蝮三太夫)ほいでね、隣近所のジジイがね、「おう、マムシさん。ちょっと焼けるまで、これ食ってろよ」なんてね、自分がたのんだやつを俺にね、モツやハツをくれるんだよ。そんなのを食いながらね、友達になっちゃうんだよな。だから2人だけで、しんねこで行くっていうところじゃないよ。みんな、顔見知り。

(ジェーン・小倉)(笑)

(毒蝮三太夫)でも、大きな女とね、太い女とね、挟まれて。焼き鳥食うか。

(小倉弘子)いいじゃないですか。スケールが大きくて。

(ジェーン・スー)ボンジリとハツがいいんじゃないですかね。

(毒蝮三太夫)豚肉の方がいいんじゃないか?(笑)。じゃあ、いま焼き鳥屋、入るよ。

(ジェーン・スー)はい、お願いします。

<書き起こしおわり>

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