齋藤孝 梶原一騎から受けた影響・特訓癖を語る

齋藤孝 梶原一騎から受けた影響・特訓癖を語る たまむすび

明治大学教授の齋藤孝さんがTBSラジオ『たまむすび』に出演。少年時代に夢中になった梶原一騎作品から受けた影響と、特訓癖について話していました。

(玉袋筋太郎)いや、でもね、その1から行かせてもらいますけども。教育問題に目覚めたのが小学生時代って、これ?

(齋藤孝)ですねえ。結構僕、小学校の頃のことをよく覚えてましてね。学校で社会科で、『日本には、資源がない。資源がない』って教わったんですよ。だからもう、日本は工夫するしかない。加工貿易の国だから。そのためには、人間が大事。ということは教育が大事ということで。

(玉袋筋太郎)うん。

(齋藤孝)もう日本を何とかするには、教育が大事だなという風に小学校時代に思いましてですね。だから、日本をなんとかしなきゃって小学校時代にやたらと思っていたんですけど。その当時でも、小学校ってそういう空気があったんですよ。

(玉袋筋太郎)へー!

(齋藤孝)なんかこの日本が、戦争があって、そっから高度成長で、いまこういう時期です・・・みたいな。みなさん、頑張りましょう!みたいな空気感があって。修学旅行で東京タワーとか行くと、東京タワーのところにみんな、『根性』とか書いてあるようなお土産があってですね(笑)。

(玉袋筋太郎)ありましたね。もう。『忍耐』とか。『努力』って。たしかにそうだ。土産物、そうだったよ。そういった時代で、でも、夢は総理大臣って。これは?

(齋藤孝)ですねえ。なんか修学旅行でね、国会議事堂とか、静岡市に普通の小学校ですから。東京に来ただけでみんなびっくりっていう感じで。で、国会議事堂に入ってですね、赤いじゅうたんとかを見て。『齋藤くんは将来、ここにもう1回来るんだよね』とかって担任の先生が言ってですね。『そうなのか』って思って。いまだに行ってないですけどね(笑)。

(玉袋筋太郎)いやいやいや、まだ、間に合いますよ!

(齋藤孝)(笑)。いやいや。

(玉袋筋太郎)日本にいま必要なのは、齋藤さんかもしれませんよ!はい。でもなんか、あれですよね。子供の頃は相撲大会、サッカーと結構スポーツは?

(齋藤孝)僕はもう本当に体を使うのが好きだったんで。まあ、夜、そうですね。暗くなるまで外で遊んでましたね。だから、相撲とか大好きでしたね。

梶原一騎作品に夢中になる

(玉袋筋太郎)そして夢中になったのが梶原一騎先生ですよ。ビッグK。

(齋藤孝)そうですね。まあ、コンビの水道橋博士も大好きな。ね。

(玉袋筋太郎)ああ、もう。梶原一騎さんはかならず通り過ぎますよね。我々、男の子は。

(齋藤孝)もうね、雨が降ったらね、わざわざ雨の中をピッチング練習に行くっていうのがコツなんすよ。

(玉袋筋太郎)(笑)。そうそうそう!

(齋藤孝)晴れている時よりも雨の中投げた方が、なんか雰囲気が出るとかね。

(玉袋筋太郎)(笑)

(阿部哲子)ムード。気分の問題。

(齋藤孝)やっぱり、大リーグボール養成ギブスとかね。

(玉袋筋太郎)作っちゃった?

(齋藤孝)作りますよね。エキスパンダーで。

(玉袋筋太郎)エキスパンダー!これね。ガシャンガシャンガシャンって。

(阿部哲子)そのシーンは知ってる!

(齋藤孝)ええ。

(玉袋筋太郎)胸毛、はさんじゃったりして(笑)。肉、はさんじゃったり。いてててて!って。そうですよ!

(齋藤孝)小学生は、大概の子はやりますよ。

(玉袋筋太郎)消える魔球に挑戦したこと、あります?

(齋藤孝)あります。あります(笑)。

(玉袋筋太郎)消える魔球。消えなかったなー。

(齋藤孝)とりあえず、なんか砂を盛っておいて、そこにぶつけるみたいな(笑)。

(玉袋筋太郎)(笑)。そういうことをやって。

(齋藤孝)特訓っていうのが好きだったんですよね。なんか特訓すると、とんでもない力がつくんじゃないかと思って。特訓癖っていうのがその後、人生でずーっと抜けないんですよ。

(玉袋筋太郎)おおー。

特訓癖が抜けない

(齋藤孝)本もね、1000冊ぐらい読むと違うんじゃないか?とか。1万冊読んだら変わるかな?とか。そういう風に、なんか大量にやると人生が変わるっていうような信仰があってですね。特訓癖がこの時について。このノリで大学生にも接すると、ちょっとね、ズレを感じる時がありますね。

(玉袋筋太郎)(笑)

(齋藤孝)『先生、ちょっと昭和ですね』とか言われて。

(玉袋筋太郎)たしかにね。いま、特訓しないですよ。子供たち。全くしない。うん。

(齋藤孝)特訓ってあんまり好きじゃないんですよね。

(玉袋筋太郎)好きじゃないのかな?

(齋藤孝)ねえ。『千本ノック』とか言っても、ピンと来ないんで(笑)。

(玉袋筋太郎)たしかにそうなんだよね。

(阿部哲子)それを体罰と呼ばれてしまったり。

(齋藤孝)(笑)

(玉袋筋太郎)これなんだよね。で、梶原一騎で育っちゃうと、飛雄馬と一徹の関係をずーっと見ちゃっているじゃない。で、俺もやっぱり自分がさ、親父になってみて。で、親父になると、俺は一徹にならなきゃいけねえっつって。自分の息子がさ、運動会。足、遅かったわけよ。特訓、やらしちゃったんだよなー。

(齋藤孝)やりますねー。

(玉袋筋太郎)やらしちゃったら、公園でさ、泣いちゃってるの。

(齋藤孝)(笑)

(玉袋筋太郎)で、これは心を鬼にして。一徹だから。『負けるんじゃない!やれ!』なんつってやっててさ、迎えた当日の運動会。俺、見に行けないわけよ。行けねえから、カミさんと向こうの両親がさ、ビデオを回して。かけっこ。あれだけ特訓したんだから、どうなんだ?って。仕事から帰ってきて、晩酌しながら見たらさ、もううちのせがれ。飛雄馬なんだから。俺に取っ手の。

(阿部哲子)うん。

(玉袋筋太郎)だからもうさ、必死になって走っているかな?と思ったら、カミさんが撮っているビデオカメラの方向を向いて、手ふってるんだよ(笑)。

(齋藤・阿部)(笑)

(玉袋筋太郎)手、ふっちゃって。おい!

(齋藤孝)ああー!っていうね。

(玉袋筋太郎)で、ビリ。

(阿部哲子)いや、それはもう子供として最高ですよ。最高。

(玉袋筋太郎)で、最後。ゴールする時にピョーンって跳ねてやんの。あん時ね、ああ、これは一徹になれねえと。

(齋藤孝)いやー、気持ち、わかりますよ。自分の子供だと、力が入っちゃうんですよね。僕、明治の時もね、最初の頃、学生に力入りすぎちゃって。『お前ら、なにやってんだ!』的な感じになっちゃうんですよ。だからもう、激しくなりすぎちゃって。

(玉袋筋太郎)はいはい。

(齋藤孝)だからもう、安住紳一郎くんなんてね、僕が明治で教え始めて最初の頃の学生さんだったんで。もう思いっきりエネルギーをぶつけてね。だから、安住くんはたぶん、僕がいかに激しい人間か?を知っている、数少ない人間ですけどね(笑)。

(玉袋筋太郎)おおー!それでNキャスで共演してたわけですからね。

(齋藤孝)いまは穏やかそうに私、話しますけど(笑)。授業の時は激しくてね。でもだんだん、最近は穏やかになりましてね。やっぱりこう、学生さん。無理をさせちゃいけないっていう時代になりましたんでね。やさしくやるようにはしてますけどね。

<書き起こしおわり>
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