ジェーン・スー『フレンチアルプスで起きたこと』を語る

町山智浩 映画『フレンチアルプスで起きたこと』を語る ジェーン・スー 相談は踊る

ジェーン・スーさんがTBSラジオ『ジェーン・スー相談は踊る』で映画『フレンチアルプスで起きたこと』を紹介。映画を見て、あるある!と感じたことなどを話していました。

(ジェーン・スー)さあ、というわけで今日の相談なんですけど。『雪崩が起きたらいちばん最初に逃げちゃダメですか?』。どういうことか?と申しますとですね、実は、今日7月4日から公開されている『フレンチアルプスで起きたこと』。この映画ね、ちょっと私、職権濫用?違うな。専売特許?違うな。既得権益?違うな。まあとにかく、ちょっと先に見させていただいたんですよ。ありがとうございました。見ましたよ。ねえ、結構TBSラジオリスナーの方ならもう、話題を耳にしている方も多いかと思うんですけども。

町山智浩 映画『フレンチアルプスで起きたこと』を語る
町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』で、ゴーン・ガールよりもエグい夫婦関係を描いた映画『フレンチアルプスで起きたこと』を紹介していました。 (赤江珠緒)今日のお話は、なんですか?雪山でというお話だそうですね。 (町山智浩)雪山で(笑)。...

どんな映画か?と申しますと、2014年のカンヌ映画祭で大絶賛されまして、世界の批評家やファンの間で一大センセーションを巻き起こした注目作、日本初上陸ということで。フランスのあるスノーリゾートにバケーションで来たスウェーデンの家族。ある日、ランチを家族でとっていたところ、すぐ近くでダーッ!雪崩が発生するんですね。まあこの雪崩っていうのは、人が、大きな事故が起きないようにっていうことで人為的に起こした雪崩ではあるんですけれども。その時、父親がとある行動をとりまして、それがきっかけで夫婦間、そして家族がギクシャクしていくっていうね、物語なんですけども。

まあ、まだ見られた方はほとんど・・・今日公開ですからね、いないかもしれないですけど。これ、なかなか男性にはヘビーな映画のようです。私はですね、見まして。あの、この雪崩ね。この手の雪崩、経験したことある女、結構多いと思いました。『知ってる、知ってる。この雪崩』っていう。『あるある!この雪崩!』ね。まあ、いいんですよね。言っちゃってね?雪崩があって、旦那がですね、最初は言ってるんですよ。『大丈夫、大丈夫。ぜんぜん大したことないよ』って言ってるんですけど、思ったより早く来ちゃって。

奥さんの方は『えっ?ちょっとヤバいんじゃない?そろそろこれ、いつもと違うわよ?』って言ってるのに、旦那は『大丈夫、大丈夫』って言っていたくせに、ウワーッ!って来るとですね、旦那が自分のスマホと手袋かなんかを持って、バーッ!って走って逃げるの。子どもが2人いるんです。ここのご夫婦の間には。奥さんは急に、うわっ!っと子どもを抱きかかえるんですけど、旦那さんはバーッ!っと逃げちゃうと。で、ブワーッ!って白い雪煙にまみれて、フワーッとそれが引いていくわけですね。お客さんがだんだん戻ってくるんですけど。まあ旦那、『やべえ・・・』ですよね。バツが悪い感じ。

『バツが悪いな・・・』と思いながらも、戻ってきて。『ごめんごめん』とかじゃないんですよ。何事もなくメシを食い始めるっていう。その、ランチを続けるんですね。で、こうなんか、『違和感』っていうのが始まって、そっからこう、ギクシャクしていくんですけども。これね、世に言う男らしさっていうのにね、反することをやった男の人がそれを認めないっていうやつね。あるある!ウルトラあるある!なんでございますけども。

私がいちばん最初に『雪崩が起きたら、いちばん最初に逃げちゃダメですか?』って質問を下のはですね・・・私、逃げるよ。いちばん最初に逃げるよ。それは、ジェーン・スーは配偶者もいないし、子どももいないからっていうのはもちろんありますけども。えっ?逃げちゃダメ?あれ・・・わかんない。これ、子どもいないから本当わかんないんですけど。逃げちゃう人もいるんじゃね?みたいなことは私は思うんですが、それって許されないんだ。おおー、みたいな。

重要なボタンの掛け違い

で、ですね、これで大きな問題の中に小さな問題というか。実は重要なボタンの掛け違いがあるんですけど。逃げてしまったことを旦那が延々認めないっていう話なんですけど。まあまあ、認めないんだけど、スマホで撮ってあったりして、証拠が映像で残っちゃって。嫌だねー、2000年代、こういうことが起こるからね。なんですけど、旦那が言っているのは、『いや、君の見解と僕の見解が違うだけだ』って(笑)。おい、何を言ってんだ、お前?っていう話なんですけど。

奥さんは『逃げたでしょ?』っていうことを。逃げたことを責めて、その旦那の価値を下げたいわけじゃないんですよ。別に。逃げたことによって、あなたの価値が下がりましたっていう話を確認したいんじゃなくて、『逃げたことは逃げたんだから、それは認めてくれよ』っていう。奥さんの方は、『認めてくれよ』。男らしくあるとかないとかっていう話よりも、そこは逃げたっていうことは1回認めて、そこから話じゃない?っていう話なんだけど、旦那はそこの土俵にまず乗らない。あるあるある!この手の雪崩ね、本当、みなさん何回も経験したってことがある女性の方、多いんじゃないかな?って思うんですけども。

でもね、なんかこの旦那さん、キレないんですよ。一貫して。たとえば大きな声を出したりとか、壁をドン!と叩いてみたりとか、そういうこう、恫喝的なことはしなくて。あと、黙りこくっていなくなるみたいなこともしないんですよ。この2個ね。この2個、本当、困るタイプのあれね。で、『なんか言ってよ』って言っても、たとえば逃げちゃって、部屋にこもりきって出てこないみたいなこともないんですよ。偉いねって思ったんだけど、普通だね(笑)。『偉いね』って言ってる時点でダメだなって思ったんですけど。

これ、でもね、非常に興味深かったのは、日本の映画だったらたぶんもっと手前で怒鳴りあいになったりとか、ギャーギャー騒いで、うるさいなって映画になると思うんですけど、理知的なんですよ。登場人物が、非常に。非常に理知的かつ冷静で、相手のことを、なんて言うんだろう?こう、攻撃したりするシーンがそんなに多くない。感情に任せないんですよ。だからもっとササッと解決するのかな?と思うんだけど、ぜんぜん解決しない。ここまで根深いんだと思って。ここまで理知的に話せる人たちでも、この問題ってこんなに根深くなるんだっていうのが、ちょっとびっくりしましたね。

だからその、男性の方はですね、くれぐれも1人で見に行った方がいいと思います。もしくは、男同士で見に行っても、映画館出たら、『じゃっ、俺、帰るわ』っつって帰っちゃうかもしれないですけど。夫婦、恋人同士で見に行くみたいなことは・・・どうだろう?ケンカになるかも。ちょっとネタバレになるんでこれ以上言えないですけど。そういうね、なんかもらい事故みたいな人たちも出てくるんですけど。

で、なにが言いたいか?っていうと、その、男らしさみたいなところと女らしさみたいなところね。期待されているものってあるじゃないですか。で、私。自分にたとえてみたら、これってなんだろう?って思ったんですけど。ちょっとやっぱり過程がなかったりするから、わかんないんですよね。個人的には、『結婚しないんでしょ?』っていう。で、『まあ、結婚しないしね』みたいなことを人に決められると、ムカッとしてそこはあがないたくなる。『結婚しないとは決めてない!』みたいなことであがないたくなるっていうのはあったんですけど。

それはたぶん私の背負っている女性性みたいな。『女だったら結婚するでしょ?結婚して子どもを産むでしょ?』みたいなものに対しての圧に負けそうになる時や、『負けないよ!』みたいな葛藤が起きる瞬間だなと思うんですけど。女の人で言うと、これってこういうことなんですよねっていうのがちょっと、パッと思いつかなくて。まあでもそれって、要因のひとつとして、よく話してますけど、結婚している・してない、子どもいる・いない、働いている・働いていないとかで、女の人の場合、バージョンがちょっと最低でも8パターンぐらいあったりするんで。全女が感じるどうのこうのみたいなのが一枚岩になりづらいっていうところが逆に功を奏しているのかもしれないんですけど。

まあ、人によってね、意見はぜんぜん違うと思うんですけどもね。パンフレットの方で、私も仲良くさせていただいております武蔵大学のですね、助教の田中俊之先生がですね、『男たちよ、泣きわめけ!そして、叫べ!』っていう文章を書いてますけど。これ、いろいろ読みましたね。その、男のヒーローイズムみたいなものってういのが、結局男自身の首を締めたりとか、同性間、異性間でもそこそこトラブルを生んでるよっていう話。なんだけど、なんだろうな?その、男の沽券みたいな話。この映画、いちばん気になったのは、この男、自分のことしか考えてないんですよ。ずーっと。終始。

まあでも、人間誰しも追いつめられたら自分のことしか考えなくなるか・・・と思いつつ、この奥さんの気持ちもすごくわかって。でもここで、『わかる!わかる!わかる!こういう時、逃げちゃうのあるよね。人間としてしょうがないよね』みたいなことで旦那が追い詰められてね、泣き叫んだりするんですけど。泣き叫んだりすることに対してどんどん冷めていくこの感じもすごいわかる。幼児退行みたいなの、ありますからね。キレたりっていうのとはまたちょっと違うもの。

まあ、でもなー・・・これを認めるっていうか、難しいのはその、先方が幼児退行をした場合にですね、それを同じ土俵で受け止めるっていうことができなくなるんですよ。なぜなら、それを受け止めると、こっち側のポジションが母親っていうところに固定されるので。難しいですね。これ、幼児退行さえしなければ、その弱さみたいなところは認めるっていうか、それで君をジャッジしない。『認める』っていうと、ちょっとあれだけど。『そこであなたをジャッジしないよ』っていうことを私は言えるとは思っているんですけども。

ただ、幼児退行が始まってしまったりとか、あと、押し黙り系が始まってしまうと、受け入れが非常に難しくなるんで、ちょっといやー、考えるなみたいなことで。いろいろ考えさせられる映画でした。おすすめです。みなさんぜひ、よかったら見てください。他にもですね、作家の山内マリコさんが『愛情はいつも態度で計られる。人は行動で試される。そして男の人に期待される正しさは途方もなく重い』って言ってるんですけど、本当ね、そうだなと思いつつ。これの女版ってなんなんだろうな?とか。

これ、もっと話したいけど、私、別に映画評論家じゃないし。年に映画何本も見るわけじゃないし、あれなんですけどね。こう、男の自信を取り戻す時のあの、ウェーイ!っていう飲み会とか。あれ、本当、これだけで1時間しゃべれるみたいな感じなんですが。まあ、本番組は相談に乗る番組でございますから、この話はこのへんで。

<書き起こしおわり>

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