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Base Ball Bear小出祐介が語る NUMBER GIRLと『青春』

宇多丸が語る CDJ13/14のBase Ball Bear小出祐介のグズりっぷり 宇多丸のウィークエンド・シャッフル
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(小出祐介)そして、2000年です。NUMBER GIRL、セカンドアルバム『SAPPUKEI』をリリースします。こちら、僕がいちばん聞いたスタジオ盤かなと思うんですけど。プロデュースとエンジニアにデイヴ・フリッドマンっていう方が参加しまして。これ、フレーミング・リップスとか、ウィーザーのセカンド『ピンカートン』っていうアルバムを手がけている方なんですけど。まあ、知る人ぞ知る人であったデイヴ・フリッドマンをプロデューサーに迎えるっていうのもなかなかすごい話だなというか。まあまあ、向井さんの音楽好きっていうのがそこに反映されているのかなって思いますけど。で、リードシングル『URBAN GUITAR SAYONARA』っていう曲で。この曲なんですよ。

(小出祐介)いま、かかっている曲ですね。この『SAPPUKEI』っていうアルバム、他にも今後代表曲となるような、ライブアンセムとなるような曲が入ってるんです。それが、『ZEGEN VS UNDERCOVER』っていう曲なんですけど。それが、まあ結構パッと聞き、キャッチーだし。

(宇多丸)普通、これがシングルだろ?と。

(小出祐介)と、思うんですよ。なんだけど、向井さん的にはこっちだったし。で、加茂さんも、『ZEGENじゃねーの?』って言ったらしいんですけど、『いやいや、URBAN GUITAR SAYONARAで行きます』って言ってこの曲が。ちょっと変な曲なんですけど。まあ、こだわりを見せているんですけど。さらにこの時、eastern youthの発案のコンピレーション『極東最前線』というコンピがあるんですけど。そこに『TOKYO FREEZE』という曲で参加していまして。それが、ラップの曲なんですよ。

(宇多丸)うん。向井さん、ラップすごい好きなんですよね。

(小出祐介)そう。HIPHOPもすごい好きなんですけど。それで、いまのZAZEN BOYSでも繰り返し出てくるフックですね。『繰り返される諸行無常 蘇る性的衝動』っていう言葉がそこで出てきたりとか。後の向井さんにつながるような曲もここですでに仕上がってますよと。だから、HIPHOP傾倒みたいなのも徐々にしだすっていうのがこの時期でした。

(宇多丸)僕、最初、なんか向井さんのインタビュー見た時に、『最近聞いているのはShingo02』とか言ってて。えっ!?っていう。でも、やっぱり感というか。だよねって感じしましたけど。そして、その頃。

(小出祐介)僕なんですけど。まあ、バンドメンバー、僕集まんなくて。僕、開店休業状態だったんですよ。

(宇多丸)まだ湯浅くんしかいなかった?

(小出祐介)関根は会ってるんですけど。女の方ですね。堀之内はまだ会ってなくて。で、ドラムがずっと見つからなかったもんで、オーディション繰り返してたんだけど、結局なんかどうにもならず。結局開店休業状態になっちゃって、僕はもうバンドのモチベーションが下がったから。もう映画監督でもなろうかな?と思って、こん時、日に2・3本毎日レンタルビデオして、映画を見てるみたいな時期でしたね。

(宇多丸)へー。いいね!いい青春をおくってるね!でも、そのモチベーション下がる手前のところで、関根さんとあれでしょ?土手のところでさ、アンプにつながないで2人でベース、ギターの練習してんでしょ?

(小出祐介)そうそう(笑)。そういうのもやってました。

(宇多丸)泣くわ!最高だよ!

(小出祐介)(笑)。そして、2001年ですね。NUMBER GIRL、リリースはなかったんですけど。特に際立った。オリジナル作品はなかったんですけど。精力的にライブやツアーはやってまして。町田康さん原作の『けものがれ、俺らの猿と』っていう映画のサウンドトラックに参加して。そこで、『ZAZENBEATS KEMONOSTYLE』という、これもラップっぽい曲を披露したりとか。

(宇多丸)そうだった。そうだったね。はいはい。

(小出祐介)はい。で、その一方、僕。もう青春の絶頂期でして。もう、そこで初めて青春しているって思ったんです。

(宇多丸)いくつ?いくつ?

(小出祐介)17才です。で、同じクラスに彼女ができたりとか、親友ができたりとか。さらに、Base Ball Bearの原型となるバンドが。

(宇多丸)ホリくんも入ってきて。

17歳でBase Ball Bearの原型となるバンド結成

(小出祐介)はい。ホリも入ってきて。で、最初はスーパーカーのコピーバンドをやっていたんです。なんですけど、本当は文化祭で解散する予定だったんですけど。堀之内と僕がケンカして(笑)。

(宇多丸)(笑)。このニュアンスはちょっとまた説明が必要になるからあえて飛ばすけど。

(小出祐介)ケンカしてやめることになっていたんだけど、そのライブ終わった後に、ホリからメールが来て。『今日、ライブ楽しかったよ』と。

(宇多丸)すごい良かったんだ。

(小出祐介)そうそう。『ライブ、良かったよ。これから、みんながんばっていくんだろうけど、俺は陰ながら応援してるから』みたいなことを言われて。なんだけど、俺はホリとなら一緒にやれると思ったから、メールで『いや、今後も一緒にオリジナルバンドとしてやりませんか?』ってメールしたら、彼から『はい(ニコッ)』みたいなメールを返してきて。

(宇多丸)めちゃめちゃいい話じゃない!えーっ?あのいつものさ、4人いてさ。写真見ながらさ、『ホリだけ隠すとバランスがいいんだよな』とかさ。あのくだりは、でもそれが有りきなんだね!泣けるわー!

(小出祐介)まあ、っていうような感じで、バンドも結成しましたというのが2001年でした。そして、2002年。NUMBER GIRLサードアルバム『NUM-HEAVYMETALLIC』。こちらをリリースします。前作に続いて、デイヴ・フリッドマンのプロデュースの作品なんですけども。サウンドプロダクションが本当、すごくて。いま聞いても、ちょっともうやりすぎなんじゃねーか?ぐらいのすごい音になってまして。特にダブ処理がすごいことになってたりとか。あと、まあ単純に曲としての祭感っていうか和モノ感っていうか。そういうのがだんだん増してきたっていう時の曲なんですけど。同時期に、塩田明彦監督。『黄泉がえり』とか、『カナリア』とか、最近だと『抱きしめたい』とか監督されている塩田監督の映画『害虫』の音楽を担当したりとか。

(宇多丸)あの宮崎あおいのね。

(小出祐介)そうです。で、『I don’t know』っていう曲がそれのテーマ曲だったりするんですけど。で、その映画の雰囲気にすごいそっくりな携帯のCM、やってましたよね。中島哲也さんが監督の。で、曲もすごい『I don’t know』みたいな感じの、某携帯会社のCMで。

(宇多丸)あー。

(小出祐介)あ、これ、まんまだなみたいなのがあったりとか。インスパイアされてるんじゃないかな?と思うんですけど。で、そんな中、秋に突然の解散発表をします。中尾憲太郎さんが脱退するとかしないとかっていう話から解散っていう話になったらしいんですけど。で、その後、札幌ペニーレーンでのライブを最後に解散しまして。まあ、こん時の『終わった』感。自分での。『あ、時代、終わった。1個の時代が終わった』感がすごくて。この後、2003年ぐらいかな?ミッシェル・ガン・エレファントも解散したんですけど。そん時も、『ああ、これもうハンパねー』みたいな感じだったんですね。

(宇多丸)ちなみに、ライブを見に行ったことはなかったの?

(小出祐介)で、この話が。この後、僕が18才なんですけど。この時、もうね、人生で最大の暗黒期でして。

(宇多丸)ちょっと待って・・・さっき、青春を謳歌してたのに!

(小出祐介)黄金期からの、暗黒期なんですよ。18才。っていうのも、いままで大嫌いだったあいつらのほとんどと同じクラスになっちゃったんですよ。18才の時に。

(宇多丸)ああ、そうなんだ!ずーっと。一貫?

(小出祐介)一貫です。中高一貫。そこで一緒になっちゃって、『うわー、もう最悪』と。で、もうだから『どうやって殺してやろうか?』ってことを考えて。毎日。で、その登下校でずっと聞いていたのがNUMBER GIRLだったんですよ。特に。だからNUMBER GIRL聞くと、当時の登下校の景色が出てくるというか。

(宇多丸)やっぱさ、ヒリヒリ感、ゴツゴツ感みたいなのもでも、ありますよね。それこそ、殺伐感というかさ。殺風景感というかさ。

(小出祐介)そうです。まあ、そういうので特に自分の気持ちが加速していったわけですけど。で、その時に僕ら、実は東芝EMIのデモテープオーディションに応募しまして。で、その窓口っていうのが実はこのNUMBER GIRL A&Rの加茂さんだったんですよ。そっから、加茂さんとの付き合いが始まったんですけど。それ以降、NUMBER GIRLと同じスタッフに僕ら、育成をされていくんですね。エンジニアをやっていた斉藤匡崇もそうですし、あと、PVの。向井さんのサポートをしていた遠藤さんっていう方がいて。遠藤さんと一緒にやったりとか。あと、NUMBER GIRLのインディーズから、ZAZEN BOYSのいまに至るまで、ずっとデザインをやっている三栖一明っていう。向井さんの高校の同級生なんですけど。僕らもずっとインディー時代からアートワーク一緒にやっていたりとか。あと、ウチのいまのディレクターは夫婦でNUMBER GIRLの当時、宣伝をやっていたりとか。

(宇多丸)もう、本当にじゃあそっち移行したような感じじゃん。もう、ベボベは。

(小出祐介)そのままスライドしたような感じだったんです。なんで、NUMBER GIRLと同じレーベルになれるかも、って思っていた矢先の解散だったんですけど。で、そのラストツアーに、僕ら全員で行ったんです。セミファイナルなんですけど、Zepp Tokyoで。僕ら、制服姿で。全員ブレザーで行って、ライブ、バーッ!って4人で見て。で、汗だくになって。それで終わった後、加茂さんに『ちょっとグッズTシャツ、買ってくださいよ』っつって、買ってもらって。で、そのTシャツ着て、Zepp Tokyoの観覧車に乗ったんです。

(宇多丸)うんうん。

(小出祐介)で、4人で乗って、『今日のライブ、最高だったよな』って言って。で、いまだったら絶対やらないですよ。絶対やんないですけど、観覧車がてっぺんに来たところで、窓をちょっと開けて、網越しに外に向かって、『俺らもここでライブやるぞー!』って叫んだんです(笑)。

(宇多丸)(爆笑)。あのさ、なに?映画!?ベボベは、映画!?もうヤバいんですけど!

(小出祐介)っていうようなことを、やっちゃったんですよ。

(宇多丸)ああ、そう。いーい話じゃないの!もう完全に、なんか青春の軌跡と一致してるわけね。まさにその、NUMBER GIRLが終わる瞬間にさ、そこに夢の入り口じゃん。超いいじゃん!

(小出祐介)そうなんですよ。で、まあその後に、実は僕ら、2008年の『17才からやってますツアー』っていうのでZepp Tokyoをワンマンでやりまして。だからそっから6年たっちゃいましたけど、夢はかなったなと。

(宇多丸)2008年。じゃあそのZeppは感慨深かった?

(小出祐介)深かったですよ。めっちゃ。『ここ乗ったね』とかって言ってましたもん。さすがに。

(宇多丸)これはあれだよね。だからモーニング娘。のなっちと飯田圭織にとっての『横浜アリーナいっぱいだよ』だよ。

(小出祐介)まさに。

(宇多丸)マジかよ!そう。いい話じゃん!でも、こっから。ベボベもね、普通に成功してっちゃうから。

(小出祐介)いや、なんですけど。まあ、この翌年。2003年。僕らはじめてのアルバムですね。『夕方ジェネレーション』ってこれ、インディーズでリリースしたんですけど。実はこのアルバムが、NUMBER GIRLに似てるって、めっちゃ叩かれたんですよ。

(宇多丸)えっ、マジで!?誰が叩いたの?評論家?

(小出祐介)まあまあ、ネットとかでもそうですし。で、なんかそれを僕、当時見ちゃって。いまは絶対見ないですけど。めっちゃ気にしちゃって。すげーヘコんだんですよ。で、まあたしかに、僕らの周りもね、NUMBER GIRLのスタッフだったし。僕もすごいNUMBER GIRL好きだったし。だからこうすごい追ってたっていうのはたしかにあったと思うんだけど。だけど、僕なりに自分の思うことをちゃんと形にしたと思っていたから、そういう風に言われたのがすごいショックだったんですよね。だからそれがきっかけで、僕、それ以降はあんまりNUMBER GIRLの話を外でしないようにしてきたんです。

(宇多丸)なるほど。それがあったのか。

(小出祐介)それからだからずっと。10年間ぐらい。まあ、好きですぐらいは言ってたんですが、あんまりNUMBER GIRLの話はしてこなかったですね。

(宇多丸)あー、たしかにそんな経験すると、ちょっとはばかられちゃうかもね。

(小出祐介)そう。っていうことがあったんですけど。でも、やっぱりずっと自分の目標としてきたNUMBER GIRLが解散したくらいの年齢には、僕も自分らしい自分になりたいと。だったら。っていう風にずっと思ってたんですよ。で、話がちょっと戻るんですけど。僕の今作。『二十九歳』っていうアルバムなんですけど。これは初めてね、なんか自分でも作った手応えとして、やっと自分らしい自分でできたなっていうアルバムなんですよ。

(宇多丸)自分らしい。いままでは、なんかこう、なにかに憧れて作ってた感っていうこと?

(小出祐介)とか。いちばん最初に、1作目で否定されちゃった自分っていうのを、自分でやっと肯定できたというか。『それも込みでの今の俺だよな』っていう風にやっとなれたっていう、実はアルバムで。すごいなんて言うか、自己肯定のアルバムになったかな?って思うんですよ。あと、狙ったわけじゃないんですけど、奇しくもですね、NUMBER GIRL解散時の向井さんの年齢が29才なんですよ。

(宇多丸)あ、マジで?あ、そうなんだ。あの人、年、わかんな!でも、29なんだ。へー。

(小出祐介)そう。だからまあ、あの時の向井さんと今、俺、同い年かって思っているとすごい感慨深いし。

(宇多丸)じゃあ、ある種リスタート地点に立てたっちゅーか。

(小出祐介)ですね。だからやっと胸はって。それも込みでNUMBER GIRLの話もできるなっていう風に、いまやっとなれたかな?と。

(宇多丸)ね。で、ズバリ二十九歳と来たか!って思ったしさ。ちょうどアルバム、今回作る。ニューアルバム、いま考えてるんですよっていう時にいろいろ・・・コイちゃんは頭いいし、いろいろ考えるから。もう完璧!1回ゼロに戻りました!っていうところも知ってるから。だからそこまで吹っ切れて納得できるところまでいったんだったら、本当によかったね。

(小出祐介)そうなんです。

(宇多丸)途中になんか、無理やり飲みに連れ出したりして、本当迷惑かけたなって。

(小出祐介)あれはね、本当めっちゃ楽しい夜でした。あの夜は(笑)。

(宇多丸)あの後がたぶんね、日程的に大変だったと思うけど。無事できてっていうことですね。はい。

(小出祐介)そうなんですよ。で、どうですか?時間的にどうですか?まだいけますか?1分か・・・じゃあ、NUMBER GIRLがなにがすごかったのか?って考えた時に、たとえばたくさんフォロワーがいるっていうこともそうかな?ってちょっと思ったんですよ。たとえば、アジカンの曲に『N.G.S』っていう曲がありますけど、これ、『NUMBER GIRL SYNDROME』の略だったりとか。きのこ帝国っていう最近すごい人気のある・・・

(宇多丸)そういうこと言われるグループって、ないよね?

(小出祐介)そう。ないんですよ。『Girl meets NUMBER GIRL』っていう曲があったりとか。こう、曲のモチーフに近代のバンドが出てくるってなかなかないなと思うんですけど。

(宇多丸)日本の、だよ。しかも。

(小出祐介)そうそうそう。で、そういうこともないなって思うんですけど。じゃあ、NUMBER GIRLとはなんだったのか?ってもう1回。本当に考えてみたんです。今回のことを考えながら。そしたら、答えになるようなワンフレーズが今回のその『SCHOOL GIRL DISTORTIONAL ADDICT』の15周年盤にあったんです。向井さんのインタビューが中に入ってるんですけど。そこで『向井さんにとってのNUMBER GIRLってなんだったんですか?』って答えに、『これね、もう一言で言わせてもらいますけども、青春なんですよね』と。すいません。青春です。向井さんにとっての青春だって言ってるんですけど、そこではじめて気づいたんですけど。向井さんにとって、NUMBER GIRLが青春だったみたいに、NUMBER GIRLは僕らの青春でもあったんだなって。

(宇多丸)うんうん。

(小出祐介)なんか、やっと気づいたっていうか。だから、心と景色ってつないでいたのがNUMBER GIRLだったなって思うし。で、向井さんがこう言ってくれたおかげで、僕がすごい叩かれた時も、『でもそうか。あの人は、やっぱりあの人たちにとっての青春だったんだ』って思ったし。なんか全部、肯定できたというか。そういう気持ちにもなって。だからリスナーの人たちの青春そのもののバンドであったなと。だからこそ、僕、伝説になったんじゃないかなと、ちょっと思ったんですよ。で、すなわちこれが、『omoide in my head』だったなと。

(宇多丸)キレイな。キレイなところに着地して。いや、見事じゃないですか。特集。コイちゃんの、NUMBER GIRL特集というか、僕とNUMBER GIRL特集。思いの外、いい話も聞けたし。

(小出祐介)(笑)

(宇多丸)キレイにまとまって、素晴らしかったです。1回、時報を挟んで、ちょっとしばらくお付き合いください。

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