宇多丸さんが2026年10月27日放送のTBSラジオ『アフター6ジャンクション2』放課後Podcastの中でちばてつやさんの訃報について話していました。
(宇多丸)そしてまあ、なんといっても今日、飛び込んできたのは漫画家・ちばてつや先生ですね。87歳ということで。ちょっと皆さんからメールをいただいてるんで、まずはそこをいくつかご紹介しますね。ラジオネーム、「クワイ=ガン・G3」さん。「本日お昼を食べ終わった後に妻から『ちばてつや先生がお亡くなりになったそうよ』と聞いて、全身の力が抜け、ショックすぎて午後からの仕事に支障が出るほどでした。ちばさんといえば自分は『あしたのジョー』です。自分の中の6割が『あしたのジョー』でできていると言っても過言ではないくらいに大好きな作品で、人生に大きく影響を受けております。お別れの会も開かれそうなので、本気で行くかどうか検討してます。ちばさんのご冥福をお祈りいたします」というクワイ=ガン・G3さんとか。
「ゾウのしっぽ」さんはですね、「いつかこの日が来てしまうと覚悟はしていたつもりでしたが、ちば先生の訃報に触れ、自分の心に大きな穴が開いてしまいました。いつか体調が回復されたらもう一度、宇多丸さんとの対談を番組で聞きたいと願っていました。2025年4月1日放送の『漫画家漫画が好きなんだ』特集で、私が好きな漫画家漫画はちばてつや先生の『トモガキ』とメールしました。ちば先生とトキワ荘の若き漫画家たちのほとばしるエネルギーと温かな交流のお話。この話が収められた『あしあと ちばてつや追想短編集』にある、ちば先生の終戦直後の体験を回想した『家路』も何度も読み返しました」。なかなかハードなね、満州からのね。「楳図かずおさんが亡くなった際も追悼の漫画を描かれていましたね。ちば先生のお人柄に触れたくて創作された作品よりもエッセイ漫画『ひねもすのたり日記』をよく読んでいました。これから原点に戻って『あしたのジョー』などをひとつずつ読み返したいです」とおっしゃってるゾウ象のしっぽさんとか。
「前の弁当屋」さんも「とうとうちば先生が旅立たれました。『ひねもすのたり日記』の連載がお休みになってしばらく経ちますので、ついにこの日が来てしまったのかとの思いが胸に響きます。日本の漫画文化黎明期から活躍を続けてきた巨人が亡くなられたのは喪失感が大きいです。先日、放課後ポッドキャストでの宇多丸さんの『おれは鉄兵』話……」。そういえば、そうでしたね。「鉄平は面白いんだよ」って。「が、とても面白かったのを思い出します。自分で読んだ作品だとやはり『あしたのジョー』が一番印象に残っています。特にマンモス西やウルフ金串、カーロス・リベラなど脇役の実在感が忘れられません。脇役の存在感が作品のリアリティと面白さを何倍にも増してます。これからもちばてつや先生の作品が読み継がれていくことを願って」。まあ、それは当然でしょう。「アトロクでもちばてつや先生の特集を聞かせてください」というお声であるとか。
あと「きらきら星」さん。「アトロクにご出演のちばてつや先生のお話を聞いたり、アトロクきっかけで読んだ『ひねもすのたり日記』を通してちばてつや先生のお人柄に触れて、先生にお手紙を書きました。するとお返事をくださいました。文面は先生ご本人が書かれたものではないと思うのですが、私の手紙の内容に触れてくださって『ファンレターの鏡のようなお便りをありがとう』と書いてありました。それから毎年お正月にはちばてつや先生がその年の干支を書いた年賀状を送ってくださいました。どれだけのお手紙がちばてつや先生の元に届いていることでしょう。ちばてつや先生のお人柄に触れることができて、漫画を通して多くのことを知り、感じる心を得ることができて私はとても幸せです」というきらきら星さん。
その他の皆さんからもいただいております。皆さんのちば先生を偲び、その作品を思うというね。それぞれまた、その思い入れがある作品があると思いますが。というのはね、やっぱり本当にそれぞれあるでしょうしね。でもその中でもですね、ちょっと皆さんを差し置いて申し訳ありません。私はもうとにかくちば先生、事あるごとに私はとにかく「ちばてつや先生型のアーティストが好き」とまで言ってますからね。映画の話するにしたって。
「ちばてつや先生型のアーティストが好き」
(宇多丸)要するに、何て言うんですかね? よく僕が言うのは「主人公のために世界があるわけじゃないということをちゃんと描いている」というか。そこがちゃんとあの作品の倫理としてある。後ろにいる人たちはモブじゃない。書き割りじゃない。背景じゃない。後ろにいる人たちが主人公の人生より価値がないということではない。それはその後ろの背景の描き込み。ちばてつや先生独特のあの、あえて遠近法をつけないで背景を描いて。目線をどこに持っていってもいい。で、その端っこにいるいろんな人たちのちょっとした全てに生活とか、その人らしさみたいなものが宿ってるみたいな。だからまあ、それこそ加藤幹郎さんの名評論もありましたけど。何度でもそのコマを愛で続けられるというか。
(古川耕)そうなんですよね。それでいて「目が泳ぐ」とは違うんですよね。目が泳ぐわけじゃないというか。
(宇多丸)そうですね。もちろん、漫画ならではの導線もしっかりしてるし。と同時に、でもその目を止めて隅々の人たちの生き様をってこれ、漫画ができることなんですよ。映画みたいな時間芸術ではちょっと難しい。
(古川耕)そう。こちらでね、緩急をある程度つけられるということができるようにそもそもなっている。
(宇多丸)演劇でもできません。だから漫画というものの特性を実に生かしたことですし。もちろん漫画界の巨人といえばね、筆頭に手塚治虫さんが挙がってくるのはこれは当然のことですけど、これもよく言われていることですけど。手塚さん型の、まあ言っちゃえばスターシステムで。キャラクターはもうある意味、類型……ある種の類型にあえて分けて。で、それが演じ分けてるっていうか。で、ストーリーみたいなものがガシッとあってみたいなものに対して、やっぱりそれとは対照的ですよね。ちば先生は骨太なストーリー展開が中心にあるのではなく、その中で生きている、「キャラクター」という言い方すらしたくない。その中で生きている人たちがいて。その人々の生き方っていうか、その人々が生きていくことが話っていうか、続いていくっていうか。だからその、なんかちば漫画においては始まりと終わりってひとまずでしかないっていうか。
だから『あしたのジョー』はちょっとやっぱり例外的な作品で。あれはやっぱり梶原一騎とのね、合作でもあって。とはいえ、ちば先生のなんていうかな? 作品広げ力というか。梶原一騎のその描いた物語をさらに生き生きとさせて……あれは本当に化学反応ですね。あれは本当にペアよ。あれはもう奇跡の化学反応。要するに、お互いどっちかだけでは起こせなかった化学反応だから。あれはもちろん、もう文句なしの名作ですけど。
でさ、やっぱりでもちば先生らしいところがなんていうの? だから最後のさ、ホセ・メンドーサとの試合のところでジョーがその自分が戦う理由みたいな。戦い続ける理由みたいなもの。「俺、なんで戦ってんだろう」みたいなことを朦朧としながら思っている時に、ふと思い出すのがあの乾物屋ののりちゃんとの何気ないぶらぶらして過ごした1日。これ、すごいちばてつやらしいことじゃない? 要するになんでもない、試合とかじゃない、暇な1日。でも、その暇な1日にこの長い長い……今の漫画に比べれば長くないんだけど。でもこの長い長い『あしたのジョー』という物語の一番の本質がそこにあるっていう。
で、クライマックスにそれを持ってきて。「燃え尽きてないんだ。真っ白な灰になるまで燃え尽きてない」っていうこの話になるって、もう鳥肌が立つ。今、話してても俺、もう鳥肌が立つような凄さの話だと思うし。それはやっぱり梶原先生もいろいろ組んだ中で、やっぱりちばさんはちょっとたぶん別格だったと思う。もちろん(『巨人の星』の)川崎のぼるもすげえけど。川崎のぼるは逆にその、なんていうかな? シュールなまでの漫画力でなんていうかな? 梶原一騎の圧に拮抗したっていう感じだけど。ちばさんはやっぱり本当に化学変化だよね。たぶんね。いや、もちろん『あしたのジョー』はそうだし。で、それ以降の、それ以外の本当にちばさんの純度がもっと高いやつとかはやっぱり、ねえ。そういう何も起こってない合間に……。
のりちゃん「なにもボクシングだけが人生ちゃうで!!普通の若者みたいに海や山に遊びにいこうや」
ジョー「不完全燃焼じゃイヤや 充実感と共に真っ白な灰になるんや」
のりちゃん「えぇ….」(ドン引き) http://t.co/v2XE0RjswR
— ぶりぶりざえもん (@syuugotomihara) May 6, 2015
(宇多丸)だし、かと思えばああいう『螢三七子』みたいなものすごい社会派問題がガッツリ入っていてとか。『餓鬼』とかさ、もうめちゃくちゃハードな……あれなんか、もうストーリー漫画としてももうがっつり素晴らしいし。あと『男たち』ね。
(古川耕)ああ、それは読んだことない。
ちばてつやのストリート作品『男たち』
(宇多丸)『男たち』、最高です! ちばてつやさんのストリートサイド。実はちばてつや漫画って明朗快活っていうイメージあるかもしれないけど、めっちゃストリートだから。要するに、ドヤ街ですよ。そのドヤ街の話みたいなのをあれだけ生き生き描ける人っている?っていう話。で、『男たち』は完全にそのドヤ街の住人たち……まあ主人公はエリートサラリーマンなんだけど。そこにたまたまおじさんが住んでいて、住むことになって。そういうストリートな住人たちとの交流と、ちゃんとそのなんていうかな? すげえ盛り上がりがありますから。途中、仲間の1人がまあなんていうかな? ちょっとあんまり良くない飯場っていうかな? そういうところで働かされていて。会いに行くとものすごい怪しいボスみたいなのがいて。「ええ、楽しく働いてますよ、こいつは」なんつって。「ええ、楽しく働いてます」って言っているのに、前歯がないんですよ。
で、「お前、何をされたんだ?」って言うとガタガタガタ……って震えだして、みたいな。で、そこからの奪還劇っていう。めっちゃおもろい。『男たち』、最高。2巻で終わっちゃいますけど。最高です。とかね、話しだすとキリがないよ!っていうことで、ちょっとすいません。ちば先生追悼特集はちゃんとやりますから。すぐやりますから。
(古川耕)うん。11月中にやりましょう! ちばさん、だからそれこそ小林信彦さんに褒めてもらいたかったじゃないけど。もう1回、番組にお招きしたかったですね。
(宇多丸)ぜひ、ちば先生には2回、出ていただきましたけど。ロングインタビューの方とか。『ウィークエンド・シャッフル』の。ちょっと音源、もし出せるものなら聞いていただきたいですけどね。皆さんにね。
(古川耕)『ウィークエンド・シャッフル』時代に1回、宇多丸さんがロングインタビューしたのと、あと2020年の8月に戦争についての話を伺っているのと、あともう1個、実は出てもらっていて。みなもと太郎先生の追悼特集に……。
(宇多丸)そうでした!
(古川耕)そこで実はちばさんにコメントをもらって出てもらっているんですよね。それも思い出してなんかね、「ああ、もうお2人ともいらっしゃらないんだ……」と思ってね。それでまたちょっとね、胸がギュッとなっちゃいました。今日。
(宇多丸)みなもと先生! そうですね。『風雲児たち』。まあ、そうなんですよ。まあ、ちょっとちば先生……とにかく、どういう形であれするか、わかりませんけど。やっていきますし。
(古川耕)我々のありったけの誠意と敬意と感謝を込めた特集したいと思います。
(宇多丸)とにかく私はですね、この世にある全ての表現の中で『のたり松太郎』の単行本でいうとあれは6、7、8巻……どこだっけな? その、ある場面。まあ主人公の松太郎本当に人間のクズなんですよ。本当に見下げ果てた男なんですけど。乱暴者でエゴイストでっていう松太郎が朴訥な田中くんという相棒と……まあ、田中くんはいい人なんですけど、ちょっと酒乱で。で、2人で飲んで大暴れして。で、破門を食らっちゃって。で、松太郎が田中くんの田舎についていくんですよ。「まあ、どうせ暇だし」とか言って。でも田中は言ったら自殺未遂までしてるんですよ。っていう状態。で、もう田舎……秋田でしたっけね。田中くんの家では皆、心配して。「まあ、遊びに来たんですよ」「えっ? 遊びに? この人は……?」みたいな感じになっていて。
で、田中の田舎にいて。そうすると田中の周りの人が就職先を斡旋してくれるっていうんで、ガラス工場を見学に行くっていうくだりがあるんですよ。田中くんが。で、松太郎は夜にずーっと田中くんが子供の時から貯めてきた相撲漫画のいろんな切り抜きとか、いろんなその彼の思い出の品々みたいのをこうやって出して見ていて。「こんなに相撲、好きだったんだね。まあ、こんな田舎でね、ちやほやされりゃあ、そりゃ相撲取りになろうって気になるのも無理ねえな」とか。そんなまたかわいくないこと言ってるわけ。
で、でも松太郎、本当に超無神経男なんですよ。なんだけどこうやって寝てて。ずーっと寝られなくて。で、その彼の賞状とか、いろんな紙相撲のあれとか作ったやつとか、そういうので1人で遊んだりしてるんだけど。そういう転がってんのが見えてどうも、あの無神経な松太郎が「明日、ガラス工場に就職しに行く」っていう田中くんのあれを前にして「寝れない」っつって。で、翌朝に「俺もガラス工場についていくよ」って、ついてくるんですよ。松太郎が。で、ずーっと「おめえ、なんだ? ガラス作るのが好きなのか?」「好きとかそういうことじゃねえだだども……」「そうか。ガラスねえ……」なんて言いながらずーっとくっついてって。なんかぶつくさ言いながら。
「なんだこの工場? こんな汚いところ、やめとけ、やめとけ」「ええだども」「こんな遠くちゃ、通うの大変だ。やめとけやめとけ」「寮があるだども」「ああ、そうかい。好きにしろい」みたいなことを言って。で、田中くんがまあ面接に行くところにもずっとついていて。で、中に入るのもおかしいから、外で待ってるんだけど。で、松太郎が「おい! こんなに待たされて……やめちまえ!」みたいなことを言いに行くと「いや、俺はここで就職するだども」っていう、ここからの下り。ここからの数ページがこの世にある全ての表現の中で俺は最も尊い表現だと思っています。本当に。
(宇多丸)でも、それでいて本っ当に僕はもう胸を打たれて。今、話してても泣きそうなんだけど。主人公のために世界があるわけじゃないってこともちゃんとね、示している。ほら、それこそ『家路』の終わり方もさ、先生が昔のことをこうやってさ、思い出しながら書いてるとさ、奥さんが全然さ、「変な人……」みたいな。
(古川耕)そうそうそう。周りの人は無関心というかね。そういう温度感なんですよね。
(宇多丸)ちゃんとそういうことところもね、きっちり守っていて。俺はもうパーフェクトだと思いますよ。ありとあらゆるもの……もう本当にコマ運びといい、何といい。そしてその人間のクズ・松太郎のなんていうか、人生でたった一度だけある本当に美しい瞬間みたいな。もうね、完璧です。もうマジで。ということでぜひ皆さんね、ただ本当に松太郎はクズなんで。1巻目で読むのが嫌になるのも……女性とか、結構嫌になると思うんですけど。そんな人間にもこんな瞬間が訪れるということで。そしてね、松太郎もずっと続いて。松太郎もね、田中くんも結構強くなって、ずっと続くんですよね。で、なんかもう終わりとかない感じ。
(古川耕)そうですね。それは人間を描いてるから、そうならざるを得ないっていう。
(宇多丸)そう。とか、鉄平の話をした時にさ、「全然剣道漫画じゃなく終わる」って話をしたじゃない? で、なんていうの? めちゃくちゃ乱暴な終わり方をするっつって(笑)。
(古川耕)「終わるとか、終わらないとかじゃないから」っていうね。
(宇多丸)そうそうそう。なんだけど。そう。あと、やっぱり俺は鉄平のあの東台寺学園の合格発表を待っている1日が本当に好き! もう本当に大好き。ああ、もうダメだ。
(古川耕)そう。『ひねもすのたり日記』もね、エッセイ漫画になったけどもテイストは変わらずで。
(宇多丸)本当です、本当です。もっと言えば、そのルーツには屋根裏でずっと隠れてなきゃいけなくて。満州で中国の親切な方にかくまわれて暮らしてた時。もう、外に出ちゃうと本当に命が危ないから。弟たちのために話を書いてあげてたと。で、それが屋根裏のね、原点。ルーツだってなっているんだけど。だからその宙吊りの時間。そういう宙吊りの時間がまずひとつ、やっぱりちば先生の……すいません。もう特集みたいになっちゃってますけど。ひとつ、本質。その満州から帰る時の。そして満州帰る時のこれももうひとつ、人間はやっぱりでも行くところまで行くとやっちまうっていうか。それも、実はだからあんなにほんわかした漫画を描く人なのにこの世の地獄を見てきているんですよね。
そしてその地獄は、そのほんわかした漫画のすぐそこに……さっきの『男たち』の仲間たちを助けに行って。その怪しいボスのところで「なあ。かわいくやってますよ」なんつって。そしたら前歯が全部ないって。「ええっ? お前、何をされた?」っていうちょっとおぞましい想像をするような描写なんですよ。やっぱりちば先生、全然甘くない。僕ね、雑誌blastで「Bボーイ魂(イズム)」っていう連載の中で「ちばてつやのハードコア・サイド」っつってね。その回がありますんで。ぜひ、そちらの方も……。
佐々木士郎のBボーイ魂「ちばてつやのハードコア・サイド」
置いてけぼりになったリスナーは1997年の佐々木士郎という方のちばてつや論をどうぞ
#utamaru https://t.co/szxpdV03Ws
— 忘却と追憶のあいだ2 (@___ism) October 27, 2026
(宇多丸)すいません。もうこんなこと言っておいて。お願いしますよ、本当に。ということでちょっと特集はしますけども……。
(古川耕)しましょう。はい。


宇多丸さんがずっと敬愛してきたちばてつやさんの訃報、本当に残念ですね。これを機に『のたり松太郎』、読み返してみたいと思います!




