東野幸治さんが2026年7月31日放送のABCラジオ『東野幸治のホンモノラジオ』の中で亡くなった板東英二さんを追悼していました。
(東野幸治)そして我らが板東英二さんも……これもね、本当に悲しいしショックやし。俺なんて本当、この世界に入ってもうすぐぐらい。23、4ぐらいから板東英二さんと仕事する機会が幸いにもあって。その頃から本当に気さくに声かけていただいて。で、なんかね、僕と今田さんがやってる番組にも快くゲストに来てくださって。で、毎回毎回おもろい話とか、過去の話とかをしていただいて。なおかつ、若造が板東さんをいじってもちゃんと受け止めてくれて笑いにしてくれるっていう、めちゃくちゃ嬉しい先輩で。
で、もうなんかエピソードも面白いし。嘘かほんまかわからん話がもう山のようにあるし。元々、満州生まれなんです、板東さんって。中国の満州生まれで。戦争が終わった時、言うたらもう日本に帰るっていう船、列車。乗れるか乗れへんか、わからへん。お母さんと離れ離れになった。で、もしもそこで残ったら後の中国残留孤児に……これ、ご本人がおっしゃってるんですよ。っていう風な状況の中でお母さんの手を……お母さんを見つけて、お母さんが差し伸べた手を小さい手でグッと握りしめて。「それでなんとか帰ってきたんや!」って言うんですけど。
当時、若い時はその話で全員が「ほんまかいな?」「ほんまやねーん!」とかっていうお話とか。で、言うたら四国・徳島かな? すごく貧しくて。ほんで言うたら銀シャリ、白米も食べれなくて。で、ちっちゃい手やけど野球の才能があるからそれでっていうところで甲子園に出て。で、その一大会の奪三振記録は今も破られてない。唯一、その板東さんの記録を破ろうとしたのが横浜高校の松坂大輔。「とにかく破られたくなかったっていう、これもまた板東さんらしくてね(笑)。「もうええねん、松坂! もう投げるな、松坂大輔!」っていう板東英二さんです。
で、中日ドラゴンズに入って活躍するんですけれども。『巨人の星』のアニメに板東英二さん、出てるんですよ。これもすごいでしょう? それも自分で言うんですよ。スタッフが見つけてきて。「いやー、かなわんな」じゃないですよ。「見てみ、お前。『巨人の星』。俺、出とんねん!」とかってすっごい言うんですよ。で、実際にチェックしたら少しだけ出てるんですけど(笑)。でも、出てるのはすごい。
で、なおかつ小さい体。指もね、言うたら小さいし。で、その中でも頑張っていかなあかん。で、肩、肘、故障する。で、言うたら中継ぎとか抑えにどんどんどんどんなっていく。これ、ちょっとね、やっぱりお金にすごく苦労されてるから。プロ野球引退した後のことを考えなあかんから。現役中に朝、牛乳配達して。で、試合になったら5回、6回ぐらいからブルペンに行って。ブルペンしながら、今日の株の売買を聞きながら。「俺の持ってる株、上がったかな」って言いながら一応、肩を温めて。
で、試合終わったら名古屋の栄の方の自分のところのサウナの言うたら火を止めに行くとかいう。「これ、ほんまかな? ほんまにそんな生活あんの?」っていう。今やったら考えられないじゃないですか。で、なおかつやりながら商魂たくましいから今はもう、なくなったけど。俺らが子供の時にパジャマ……阪神タイガースのパジャマみたいなのね、着てたじゃないですか。子供たちが着る阪神タイガースの。あれ、元々アイデア出したのは板東さんなんですよ。
(渡辺あつむ)へー! それ、初めて聞きました。
(東野幸治)坂東さん、自分で言ってました。「俺やねん」って言って。中日ドラゴンズのパジャマって出したら子供たち、みんな着るんちゃうかとか。あと球団の応援歌『燃えよドラゴンズ』も「こういうのも作ったらええやん。俺、歌うわ」って言って。誰も言うてへんのに歌って、これも大ヒットしたっていう。で、その後、引退されて芸能界に入る。
上岡龍太郎師匠が「じゃあ板東くん、やったら?」ということでバラエティをやって。で、バラエティで人気者になって。名古屋で人気者になって。勉強して。ラジオとかバラエティ、情報番組で上岡龍太郎師匠に鍛えられて。で、大阪に行って。大阪でめちゃくちゃレギュラーやって。『ノンストップゲーム』をはじめ、様々な番組でレギュラーをやって人気者になって。
で、ラジオでも毎日放送……今で言うMラジでも人気番組を作って。で、それをやりながら『金曜日の妻たちへ』とかでドラマに出て。で、高倉健さんと共演して。映画で日本アカデミー賞の最優秀助演男優賞を取って。ほんである日、家におったらピンポンって鳴って。誰や思たら高倉健さんがトレンチコートの襟立てて立っていたっていう。ほんでロレックスの時計を一緒に共演したからっていうことで。高倉健さんは一緒に共演した方には言うたらロレックスを。文字盤の裏のところに「高倉より」とか……まあ、文言は忘れましたけど。そんなことを書いたやつをポッと渡して。で、「健さん、上がっていってください」って言ったら「すいません。ちょっと忙しいもんで」「どちらに行かれるんですか?」「北の方に」みたいな(笑)。「それで去っていったんや」っていう話も番組でしてて。
で、「それが俺、2つあんねん」「えっ、2つも?」「その時計がこれやねん!」って言って右腕と左腕に高倉健さんからもらったロレックスをして満面の笑みでワンショットで映る板東英二さんとか(笑)。いや、もうしゃべる話、しゃべる話、登場人物も豪華やし、面白いし。
あと俺、紳助師匠からもよく板東さんの漫談をね、聞かせていただいて。おもろいな思って。紳助さんが言うんですよ。お金にすごい執着があるじゃないですか。で、現金主義なんですけど財布を持ってないですよ。坂東さん、現ナマをジップロックに入れるんですよ。「腐るから」っていう。
(渡辺あつむ)えっ、えっ?
お金が腐るから財布ではなくジップロックに入れる
(東野幸治)「お金が腐るから。ジップロックやったら新鮮やろ」っていう板東さんの独自の考え方で。財布なんかに入れるより、ちゃんとジップロックに入れて。言うたら現金、30万、50万、100万……わからんけど。常にそこに入れてセカンドバッグに入れてるっていうやり方をしてて。それも全部、生き様とか生活が全部、ネタになるっていうタイプよね。
(渡辺あつむ)はい。
(東野幸治)あと、もう有名な話よ。だから現役時代も家の前でお正月かな? 中日ドラゴンズ、名古屋のスポーツ新聞で一面飾って。で、娘と一緒に写真を撮るっていうので。2人っきりのツーショットやとちょっと寂しいから。なんかその庭に咲いてる花のところで花を指差して写真を撮って。で、それが一面になって。その次の日、警察が来るんですよ。これ、有名な話ですけど。「どうしたんですか?」って言ったら「怪しいことしてませんか、板東さん?」「いや、何も怪しいことしてませんよ」「こちらなんですけど……」って言って。その娘と板東さんと白い花が写っている写真を出して。
「この花なんですけども、ケシの花なんで。これ、薬物の原材料になるんですよ。これ、栽培とか、されてるんですか?」「いや、そんなことない、そんなことない!」みたいな感じで取り調べを受けたとか。任意かどうかはわかりませんけど。でも、よくよく後で聞けばなんか自然に咲く花みたいですけど。でも、そんなおもろい話ある?俺、それがもうめちゃくちゃ羨ましくてね。絶対ウケるやん? ねえ。こんな緊張と緩和の最高の話とか。
板東英二の自宅の庭に咲いたケシの花の写真
板東英二がケシの花を指さす問題写真。提供は東京新聞。 #すべらない話 pic.twitter.com/fSeVpZZpB6
— 粋々崇鱈辣太 (@sudara_2012) July 12, 2015
(東野幸治)そんな話、おもろい話、山のようにあって。まあそれでお亡くなりになって。たぶん天国に行かれて仲のいいノックさんとか上岡龍太郎師匠とそういう話でキャッキャ言いながら楽しくされてるのかなという風に思いますんで。板東英二さん、本当に生前、お世話になりました。天国に行ったということでございますけれども。上岡師匠やね、ノックさんとか、当時のそのメンバー……カンテレの土曜日の生放送のあのメンバー。『ノンストップゲーム』とか『ノックは無用!』のあのメンバーでせいぜい楽しい話をしていただきたいと思います。ご冥福をお祈り申し上げます。


東野幸治さんによる板東英二さんの思い出話、盛りだくさんで最高です! 「お金が腐るから鮮度を保つためにジップロックに入れる」とか、たまりません(笑)。