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東野幸治 サニーデイ・サービス『青春狂走曲』を語る

東野幸治 サニーデイ・サービス『青春狂走曲』を語る 東野幸治のホンモノラジオ

東野幸治さんが2021年12月31日放送のABCラジオ『東野幸治のホンモノラジオSP~俺たちの紅白歌合戦~』の中でサニーデイ・サービス『青春狂走曲』を選曲。当時の思い出話などを話していました。

(東野幸治)さあ、私はこれはね、これもだから東京に来てベンツのC200に乗っている頃。いろんな局に行く時によく聞いていたサニーデイ・サービス『青春狂走曲』。95年にリリースされたということです。

(椿鬼奴)渋谷系ですか?

(東野幸治)このへん、だからくるりとかサニーデイ・サービスとかアジカンとか、もうまんま、『ロッキング・オン・ジャパン』。渋谷陽一先生のあれを読みながらこれを聞いてなんか、意外と斜に構えてそうで俺、ど真ん中なロックチューンが好きなんですよ(笑)。邦楽は素直に歌詞が入ってきて、ど真ん中な感じが好きなんですよ。

(椿鬼奴)でも、すごいですね。洋楽も邦楽もっていうのは。私はこの時期、90年代とかは洋楽ばっかりで全くJ-POPを聞いてなかった時代なんですよね。

(東野幸治)曽我部恵一さんという方が中心のバンドで。なんかすごい人気がありましたし、どこでもかかっていましたし。渋谷系で、カヒミ・カリィとかね。

(椿鬼奴)ああ、そうですよね! カジヒデキくんとか。

(東野幸治)「もっと大きい声を出されへんのか?」っていうぐらいの歌声とか。カジくんとかもおったりとか。だからTKサウンドと対極な感じであったし。あとはフリッパーズ・ギターとか、あの時代の中のロックチューンな感じでございます。

(椿鬼奴)私も大学の頃、大箱のクラブからちっちゃい箱のクラブが流行っていたので。そういうところは行っていたんですよね。三宿のWebとか。そこにいそうな方たちというか。

(東野幸治)たしかに。で、こういうサニーデイ・サービスもそうですけども、この手の音楽が好きな人って一定数、いてるんですよ。だから洋楽のような邦楽っていう。で、歌謡曲じゃない邦楽っていうところでございますから。ぜひぜひ皆さん、聞いてください。サニーデイ・サービスの『青春狂走曲』です。張り切って、どうぞ!

サニーデイ・サービス『青春狂走曲』

(東野幸治)さあ、年末に春っぽい曲でございました。今、しゃべっていると懐かしくて。東京に来てから、東京の道を知る。その時に俺ね、中野区の方南町に住んでいて。中野通りから新宿に行ったりとか、十二社通りを走ったりとか、青梅街道を走ってこの曲を聞きながら。曲中にしゃべっていましたけども。車の後ろのトランクルームを開けて右側にCDチェンジャーっていうのでCDを5枚、入れるんですよ。で、1、2、3、4、5で。俺ね、サニーデイ・サービスとくるりとか電気グルーヴとかが入っていて。あとはオアシスとブラーが入っていて。それをかけながら東京の街を走っていた覚えがありますから。

(椿鬼奴)一方、私はその頃にインテグラ……中古のカッコインテグラに乗っていまして(笑)。

(東野幸治)それは曲、後ろを開けて入れるの?

(椿鬼奴)私、そのインテグラがまさにトランクにCDチェンジャー、5枚入るやつがあって。私はニルヴァーナの『Unplugged』と、あとはファーサイドとか。

(東野幸治)ああ、俺、知らん。ファーサイド。

(椿鬼奴)ああ、そうですか。ヒップホップなんかもちょっと聞いたりしていて。

(東野幸治)ええっ? ヒップホップも聞いてらっしゃる?

(椿鬼奴)そうなんですよ。スノーボードの影響ですかね。

(東野幸治)えっ、腰穿きされていたんですか?(笑)。

(椿鬼奴)私はしていないですけども。あとは、レッチリとか。

(東野幸治)ああー、俺、そのへんのレッチリとかがゴソッと抜けているんですよ。結局、大阪で仕事をしている時で。車もないし、音楽を聞く感じでもなかった時期で。東京に行ったり来たりの時やから全く抜けているんですよ。だから俺、ニルヴァーナもリアルタイムではわからないんですよ。

(椿鬼奴)忙しかったのが92年とかっていうことですかね?

(東野幸治)だから時代時代で……それでさかのぼってとか。ニルヴァーナを後で聞くとか。「パール・ジャムがええらしいで」とか(笑)。なんか「パール・ジャムはチケット販売を言うたらチケットぴあじゃなくて、自分でやって安い金額でライブを見てもらうみたいな革命を起こしたんです」みたいなのを当時の吉本のマネージャー、シミズが説明していた。「東野さん、パール・ジャム! とにかくパール・ジャムを聞いてください! パール・ジャムっていうのは今、そういう音楽業界の革命を起こしているんです!」っていう。

(椿鬼奴)いいですね。歳が近いマネージャーさんね。そういう音楽の話をしてくれて。

(東野幸治)それがシミズ、ツキムラっていって。で、ツキムラは後に吉本を辞めて違う事務所に行って竹刀を持ってボコボコにして評判悪くて去っていくっていう。

(椿鬼奴)私、ツキムラさんの時にNSCにいたんですよ。東京の。

(東野幸治)ああ、すごく悪かったやろ?

(椿鬼奴)悪かった! 怖かった!(笑)。何人辞めたか……。

(東野幸治)そのツキムラとシミズが当時、周りのマネージャーでいて。それでパール・ジャムを教えてもらったりっていう時代で。

(椿鬼奴)なるほど。テコンドーでしたっけ? なんか、やっていましたよね。ツキムラさん、格闘技みたいな。

(東野幸治)そうそう。格闘技を。

(椿鬼奴)それを授業で言うんですよ。「俺、これをやっていた」とかって。

(東野幸治)そう。で、今田さんのマネージャーをやっていましたから。なんかモメてました。詳しくは言いませんけども、なんかモメてました。サニーデイ・サービス、やっぱり今、聞いても爽やかな気持ちに。

(椿鬼奴)いいですね。でも車に積みたいっていうのはわかりますね。うん。

(東野幸治)今は車、乗らないでしょう?

(椿鬼奴)今は全然乗ってないんですけども。当時は3台ぐらい、中古車を乗り換えてやっていましたね。

椿鬼奴の愛車遍歴

(東野幸治)ちなみに『おぎやはぎの愛車遍歴』やないけども。インテグラ?

(椿鬼奴)その前がスプリンターっていうマニュアル車ですね。

(東野幸治)あった(笑)。ああ、マニュアルに乗れるの?

(椿鬼奴)乗れます。

(東野幸治)ほんで、インテグラで。

(椿鬼奴)インテグラに行って、最後はレガシーですか。それに乗ってました(笑)。

(東野幸治)ああ、結局ゴツいやつ。かわいいやつとかじゃなくて?

(椿鬼奴)まあ、知り合いがくれるっていうやつを「車検を通すだけでいい」っていう状態で。

(東野幸治)お金はできるだけ払わなくていい車で……っていう。ミッションなんて今、よう乗らんもんね。怖くて。

(椿鬼奴)そうですね。ただ、なんかドラマで軽トラの運転シーンがあった時にミッションで。「ああ、よかった。できる!」って思って。『グランメゾン東京』かなんかのドラマの時に。「ミッション、私乗れるから行けます」って。

(東野幸治)だってベッキーが『旅猿』でゲストに来た時に「普段、ミッションです」って。ミッションに乗ってましたよ。俺、ビビりましたけどね。俺なんて半クラしたらすぐエンストしてまうから。ドドドドドドドッ……って(笑)。

(椿鬼奴)あれ、かっこ悪いんですよね(笑)。

(東野幸治)坂道発進とかで。俺、ホンマにビタッと後ろつけるやつ、めっちゃ嫌いやったもん。坂道発進で(笑)。

<書き起こしおわり>

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