町山智浩さんが2026年3月24日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』について話していました。
※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。
(町山智浩)今日は今週27日金曜日から公開される日本映画で『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』という映画を紹介します。はい。
(町山智浩)この歌、誰が歌ってると思います? これね、モーリー・ロバートソンの歌なんですよ。モーリーさんね、最近亡くなったんですけど。まあ彼とは何回か交流があってですね、実はすごく話が合ったんですよ。どうしてかというとまず、学年が一緒なんですね。で、体験が非常に似ていて。どういう体験をしたかというと、高校時代にパンク・ニューウェーブの洗礼を受けた世代なんですよ。で、彼はこれを歌っているの、19歳の時です。
これ、『チャリンコロッカー』ですからね。バイクに乗る免許も持ってないんですよ。彼ね、矢沢永吉、永ちゃんに憧れてたのにバイクの免許を持ってなかったからチャリンコでロックしてたんですよ。そういう話をして2人で笑ってたんですけど。
で、今回紹介する映画の『ストリート・キングダム』という映画はですね、日本で1970年代の終わり……79年ぐらいにあった、そのパンク・ニューウェーブのムーブメントについての実録に近い、まあ名前とかは変えてるんですけどね。非常にその時、何があったかってことを描く映画が『ストリート・キングダム』なんですね。難しいですね。実名じゃないからね、実録っていうと違うんでね、難しいですが。
これね、東京ロッカーズというムーブメントがあったんですよ。具体的にはフェスのようなもんなんですが。新宿のLOFTがありますよね。ライブハウス。あのLOFTで連続公演をやって、それでいくつものバンドが出て。それが録音されたアルバムとして、LPレコードとして出したんですね。アルバムって言うと通じないかもしれないから。で、それをモーリーと僕は高校時代に聞いたんですよ。
で、モーリーは自分でバンドを始めて。で、僕はロック雑誌の宝島に最終的に入社することになるんですよ。そのぐらい影響を受けたんですね。で、何があったかっていうとまずニューヨークとかその後、ロンドンでパンクロック、ニューウェーブっていう新しい音楽の流れが起こって。それと同じようなことが日本で……六本木の貸しスタジオで始まるんですよ。
六本木なんですけど。ロアビルの裏の辺にS-KENさんという人が……その人もバンドマンなんですが。その人が経営してたS-KENスタジオという貸しスタジオがあって。そこで若い、バンドをやってる人たちが集まって自分たちの音楽をそこで表現してたんですね。で、それを集めて新宿LOFTでやったっていうことなんですけど。
なぜ、これがそのモーリー・ロバートソンとか僕たちにとって衝撃だったか? このニューウェーブとかパンクっていうものが。でね、その東京ロッカーズの中の一つのバンド、フリクションの曲をかけてください。
(町山智浩)これがね、フリクションというバンドなんですけど。聞くと、どうですか? この音の感じなんですけど。これね、生っぽいんですよ。で、ドラムの音とか本当にそこで鳴ってるように聞こえるんですけど。これ、当時としてはびっくりしたんですよ。こういう音っていうのは。っていうのは、ロックって1955年に始まるんですね。ロックンロールっていうのは。で、まあプレスリーとか出てきて、62年にビートルズが出てきて。で、その時に世界中の10代の若者、少年少女はギターを買って。それで真似したわけですよ。どうしてか?っていうと、真似したくなるんですよ。ビートルズとかプレスリーを聴くとね。
ところがそれから20年経って1970年代に入っちゃうと、どんどんロックが高度化してったんですよ。テクニック的に難しくなっていくんですよ。で、音もすごくいろんな、オーケストラを入れたりね。この今のドラムがすごく生っぽいんですけど、いろんなエフェクターをかけちゃうんですよ。だからドラムはこういう音じゃないですよね。結構、売れてる、メジャーで出てるバンドの音楽ってね。もっといろんなことしちゃうんですよね。いろんな、ゲートリバーブとかそういうのをかけるんですけど。
で、いろんなことをするうちにどんどん、最初のみんながパッと真似できる音楽じゃなくなっていったんですよ。で、モーリー・ロバートソン自身が書いてるし、言ってるんですけど。つまり、ギターとかものすごく難しくなっちゃって。早弾きの凄さみたいなことが強調されるようになってったんで、真似できないんですよ。で、歌なんかもボーカルがどんどんどんどんハイトーンを目指していって。イアン・ギランとかね、ロニー・ジェームス・ディオとか。普通の人は歌えないんですよ。声、出ないんですよ。それこそマライア・キャリーみたいにどのくらい高い音が出るか、みたいなことを競い合うようになっちゃったんですよ。ボーカルもね。
で、ドラムもツインバスとかでタムタムをいっぱいつけて。オクトパスっていうんですけど、ものすごい難しいドラムになっていくんですよ。真似できなくなっちゃう。クラシックと同じになっちゃったんですよ。それともう一つは、そうやって技術的に高度化することによってソフィスティケイテッドされてしまって、ジャズみたいになっていくんですよ。
あと、子供の頃から音楽教育をちゃんと受けてないとできなくなるみたいなことになってくるんですね。ところが最初はコードを3つ、覚えればできたのがロックンロールだったんですけど。そのうちにコードも複雑化してくるんですよ。で、抑えられないようなコードになって。今、ネオソウルってあるでしょう? あれってギターはね、ものすごく難しいコードで普通、抑えられないんですよ。そういう風になってくるんですね。音数が多くなってくるんです。
誰でもできるロックに戻すムーブメント
(町山智浩)で、「それじゃないのに戻そうよ」っていう動きが世界的に起こったんです。もともとの、最初のロックが始まった頃の「さあ行くぞ、一発。3コードでやるぞ! 誰でもできるぞ!」っていうのに戻そうよっていう動きが起こったんですよ。それがニューウェーブとかパンクと言われるものなんですよ。で、そのいろいろ尖った部分とかをそのまま出そうと。それは音的な部分だけじゃなくて、歌もそうなんですよ。歌も「言いたいことをがっつり言おうぜ!」みたいな感じになっていて。まあ「とんでもないことを歌っちゃおうぜ」みたいな感じなんですね。で、東京ロッカーズで出せたら出してほしいんですが。LIZARDの『宣戦布告』、出せますか?
(町山智浩)これがLIZARDというもう一つの東京ロッカーズの目玉バンドだったんですね。それが出した『宣戦布告』という、まさにそういう昔的なっていうか、その当時の70年的なロック状況に『宣戦布告』する歌なんですよ。
これね、テクノみたいに聞こえるんですけど。テクノもこの頃、出てきたんですよ。で、これは歌詞がすごく、はっきりこの当時の東京ロッカーズのやりたいことが出ていて。「とにかくロックンロールを一発、やろうぜ。その気になればできるはず」っていうね。要するに、ものすごく難しく考えなくても、ものすごいテクニックがなくても、言いたいことをその場で言おうぜというような動きだったんですよ。
で、これは実はその当時、文化全体に広がっていたことで。あのね、コミケみたいなものもこの頃、始まるんですよ。同人誌ブームが起こるんですよ。で、それまでは出版とか、そういったものは要するに大手の出版社しかできないと思ってたものを、「いや、誰でもできるんじゃないの?」ってことで本を作りだすってことが起こって。で、僕は漫画を描いてたんでコミケとかが始まる時、同人誌作ったりしてたんですよ。だから音楽の世界でも漫画の世界でもそういうことが起こるんですね。
この当時は。みんなで「直接やりゃいいじゃん。会社とかを通過しないで」って。それまでは歌手になるためにはオーディションに出て、事務所に入って、レコード会社と契約してっていう必要があったわけじゃないですか。レコードを出すには。ところが、この東京ロッカーズのそのLIZARDのモモヨさんっていう……モモヨって名前ですけど、男なんですけど。映画の中ではですね、若葉竜也さんが演じてます。イケメンですね。
で、彼らがやるのは「レコード、自分で作ればいいじゃないか」ってことなんですよ。で、レコードって実は、やってみたら作れたんですよ。それだと500枚とか300枚とかっていう量で作れちゃうわけですよ。レコード会社と契約したりすると、やっぱりほら、歌謡曲みたいな歌を歌わされたりするわけですよ。
Charさんなんて、あんなギタリストなのにその頃、阿久悠さんの歌で年上の男に恋する少年の歌とか歌わされてたんですよ? そういう歌謡曲みたいなのを歌わされるんですよ。桑名正博さんなんてブルースロッカーだったのに『セクシャルバイオレットNo.1』とか『哀愁トゥナイト』とか、歌わされちゃうんですよ。
だからレコード会社があって、事務所があってっていうね。だってホリプロとかに入ってたんだもん。その頃ロックバンドの人って。で、アイドル売りしなきゃみたいなことでさ、男の人が乳首を出させられたり。そういうことをさせられて。「そういうんじゃねえよ」っていうことで。「じゃあ、そういうのに関わらないで自分で直接レコードを出しゃいいじゃん」っていう話なんですよ。
で、この東京ロッカーズっていうイベントを全部、記録してた人がいて。この人は地引雄一さんっていうカメラマンなんですね。で、このイベントがすごいっていうんでずっと撮っていて。で、その後で何が起こったかってことを写真と自分の文章で記録して本に出したのがこの地引雄一さんの『ストリート・キングダム』っていう本なんですよ。これが原作で、これを映画化したんですよ。
これ、ほぼドキュメンタリーなんだけど個人的ないろんな問題があるんで名前を変えているんですね。で、その地引雄一さんの役は映画の中では銀杏BOYZの峯田和伸さんが演じています。ここでね、そのS-KENさんのスタジオで集まっている子たちが「俺、楽器ができねえからさ」とか言ってたり。「やめろよ、下手くそなのに」とか言ってるとS-KENさん……大森南朋さんが演じてるんですけど。「別にいいんだよ、下手でも。やりたいようにやって、言いたいように言えばいいんだ。それがお前の音なんだ」って。だからこの映画のタイトルになってんですよ。
「自分の音を鳴らせばいいんだ」って。みんな、何かの真似をしてたんですよ。ビートルズの真似をしたり、ツェッペリンの真似をしたり。「そうじゃなくて、お前がお前の音を出せよ」ということで。それが、地引雄一さんにとっては写真を撮ることだったんですよ。
みんながね、「誰でも表現していいんだよ」って。オーディションとかに受からなくていいし、音大とか出なくていいし、出版社に入んなくてもいいし、とか。「やりたかったそのまま、生で出しちゃえよ」ってことだったんですよ。それがこの時代なんですよ。だから僕もこういうなんかヤクザ者になっちゃいましたけど(笑)。僕はそういうのを紹介する雑誌に入りたくなったんですよ。
それで僕は宝島っていう雑誌に入ったんですけど。そこはね、雑誌でそういうことをやってるところで。読者から手紙が来て、その手紙が面白いとその高校生とかに連載を持たせちゃうっていう雑誌だったんですよ。だから、よくわかんない人がいっぱいウロウロしてるんですよ、編集部に。それこそその頃、スターリンっていうバンドが出てきてね。もうスターリンの写真集とかを出したりしましたけど。スターリンの曲、ありますか?
(町山智浩)はい。すごいですね。スターリンも出てきますよ、この映画。はい。とにかくスターリンがすごかったのはこれ、「パパママ共産党」って歌ってるんですけど。全裸だしね。客席に豚の頭とか臓物とか投げつけるんですけど。遠藤ミチロウさんがね。遠藤ミチロウさんも亡くなりましたけどね。ミチロウさん、本当にね、礼儀正しくて本当に謙虚ないいおじさんでしたけどね。はい。で、こういうのを見て、それに憧れて真似をして。しかも、この映画の監督をしたのは田口トモロヲさんなんですよ。
田口トモロヲさんというと『プロジェクトX』のあの神妙なナレーションで有名ですが。あの人はこの頃、大学生で。獨協大学の学生だったんですけど。スターリンとかに憧れて、東京ロッカーズに憧れてバンドを始めるんですよ。でね、まあちょっとラジオでは言えないような、とんでもないパフォーマンスをしまして。
当時、もう何でもありだったから。だから音楽をすごく、ロックとか、そういったものはものすごく高度化してくところでそれを全部、ぶち壊したんですよ。ぶっ壊しちゃえばいいんだ、やりたいことやっていいんだということで、それこそその後出てくるのがインディーズブームというね。さっき言ったそのレコードを自分で作るっていうのはその頃は自主制作って言ってたんですけど。
だんだんインディペンデントレコード、インディーズレコードって言われるようになったんですね。で、その後、大インディーズブームが80年代に入ってから起こりまして。そこからですね、まあラフィンノーズ、KERAさんのやっていた有頂天とか、そういったバンドが出てきて。で、BOØWYもそこから出てきます。
それでバンドブームが起こって。で、最終的にはブルーハーツという素晴らしいものが出てくるんですね。ブルーハーツもだから、僕と同い年なんですよ。この辺はね、だから布袋さんとかも僕と同い年なんですけど。どのくらい、この東京ロッカーズが衝撃だったかってことなんですけど……ただ、東京ロッカーズ自体は彼らが衝撃を与えたBOØWYであるとか、ブルーハーツの方がはるかにビッグだになっちゃったんで。東京ロッカーズっていうその始まりの始まりはほとんど今、知られてない状態なんですよ。
この映画で初めてそれを知る人も多いと思うんですけど。これね、その宝島っていうのを僕は作ってた時、雑誌でこういうインディーズブームとかを紹介してる時、仙台の高校生で毎号毎号、宝島を買っていたのが工藤官九郎さんで。その彼がこの映画をシナリオ書いてるんですよ。だからね、僕は個人的にはこれはもう、なんというかまともに評価ができないんですよ(笑)。ここで僕、人生変わっちゃったんですけど。この辺でね。それでね、この峯田さんの銀杏BOYZがこの間、うちの近所に来たんですよ。ちょっとかけてください。
(町山智浩)これ、なんだかわかりますか? あのね、銀杏BOYZがうちのすぐ近く、5分しか離れてないところのライブハウス。924ギルマンっていうところでいきなりライブをやったんで僕、行ったんですよ。すぐ近所。そこはね、あのグリーンデイが出てきたライブハウスなの。パンクの聖地なんですよ。そこに彼ら、銀杏BOYZがいきなり登場して、満員なんですけど。「何をやるんだろう?」って思ったんですよ。そしたら、いつもの曲を全部やりましたよ。日本語で。『恋は永遠』とか『ボーイズ・オン・ザ・ラン』とか。で、この広末のもやったんですけど。時速185キロぐらいのスピードのパンクでやりましたが。お客さんは僕とかみさん以外はもう全部、アメリカ人ですね。日本語で合唱してました。ものすごいモッシュとダイビングで、日本語で合唱しながら盛り上がっていてですね。
銀杏BOYZ (924 Gilman in Berkeley, CA)
(町山智浩)僕はだから最近、もう日本の音楽はどんどん高度化しちゃって。高度化してっていうのはものすごく難しくて、歌がうますぎるし、ギターがうますぎるし。それでとにかくリズム変わりが多いし、転調も多いし。「これ、真似できないよ」っていうレベルに日本の音楽、なってきてますけど。それでこういうパンクとかニューウェーブとか、そういったものの初期衝動は終わったのかと思ったんですけど。アメリカの子供たちが銀杏BOYZで、広末涼子でモッシュして、ダイビングしてんのを見てね、「いや、パンクイズノットデッド!」と思いましたよ。
びっくりしましたよ。若い人たち、パンクを知ってんのかな?って思って。かみさんと行く前に「うーん、パンクの客なんてみんな、おじいさんばっかりじゃないの?」って言われて。「おお、白髪がいない!」とか思って感動しましたけどね。そういう感じでね、今日は冷静に紹介できませんでしたが。『ストリート・キングダム』でした。

