町山智浩さんが2025年10月7日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『ネタニヤフ調書 汚職と戦争』について話していました。
※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。
(町山智浩)今日はもう大問題作なんですけれども。『ネタニヤフ調書 汚職と戦争』というタイトルのもう今、まさに起こっているイスラエルの戦争の裏に何があるのかというものを暴くドキュメンタリー映画です。これ、あまりにも内容的に非常に危険だということでアメリカではちゃんと劇場公開されてないです。配給会社が怖くて引き受けなかったんですね。今、ちょっと簡単に状況を説明しますと……もう2年ぐらいになるんですね。イスラエルによるガザへの攻撃が始まってからね。
で、そのきっかけはガザ地区……ガザ地区というのはパレスチナ人が住んでいるところで。今、イスラエルのあるところというのはもともとパレスチナの人たちが住んでいて。そこにユダヤ系の人たちがイスラエルという国を作って、もともと住んでいたパレスチナの人たちを壁の内側に押し込めていったんですけど。その壁の内側というのは2か所あって。ヨルダン側、東側のヨルダン西岸地区というところと海側のガザ地区というその2か所に押し込めてるんですね。
で、それぞれヨルダン側には300万人ぐらいかな? で、ガザ側には200何十万人のパレスチナ人が壁の中に押し込められているんですけれども。これ、政治体制が左右で違うんですよ。もともとパレスチナはパレスチナ解放機構という統一の政府があったんですね。ところがそれが分裂して、ガザの方。海岸で今、攻撃を受けている方はハマスというなんというか、ちょっと民族主義的ないわゆる右翼のグループが支配していて。そこが攻撃を今、受けています。
で、実はパレスチナ問題って延々と続いているように思うんですけど1995年ぐらいに一旦、解決しそうになったのはご存知ですか? クリントン大統領がイスラエルのラビン首相という人をアメリカに呼んで。それでパレスチナの方のリーダーのアラファトさんを呼んで会議をさせたんですよ。それでイスラエルの今ある国の中にイスラエル人の土地とパレスチナの国を独立させて二国間解決というのを提唱して。それを両国とも引き受けたんですよ。で、もう解決っていう状態になったんです。1995年ぐらいに。
ところがそれに賛成しないしない……要するに「パレスチナという国の存在を許さない」と言っているユダヤ人の右翼の人がそれに同意した自分の国の首相を暗殺しちゃったんですよ。それで全部パーになったんですけど、そこから2つのものが生じるんですね。1つはその二国間解決を引き受けないパレスチナ人です。つまり「イスラエルという国を完全に滅ぼせ。全部、パレスチナのものに戻すんだ」って言ってる人たちがいて。まあ、右翼ですよね。
そのパレスチナの右翼がハマスです。で、それがパレスチナの東側のガザ地区を支配するんですね。で、もう1つはイスラエル側の人で、さっき暗殺した側の人ですね。「パレスチナという国の存在を許すな」と言った人。その人がネタニヤフなんですよ。ネタニヤフさんはそれまでほとんどイスラエルとアメリカを行ったり来たりしていた人なんですけど。二国間ということになった時にイスラエルに帰って「パレスチナという国の存在を許さない」っていう演説をしたんですよ。その後、ラビン首相が暗殺されてネタニヤフが首相になりました。
なんか嫌な話なんですよ。それがネタニヤフの話なんですけど。で、この映画はこれ、制作がアレックス・ギブニーという人で。この人はアメリカのドキュメンタリー作家で、ものすごい多作な人でアカデミー賞も取っていて。いろんな政治的な問題を暴いていく非常にセンセーショナルなドキュメンタリーを作ってる人なんですけど。その人のところにある日、何者かの匿名のビデオが届いたことがこの映画を作るきっかけになったそうです。
これ、アレクシス・ブルームさんが監督をして、制作をしたのがアレックス・ギブニーさんですね。彼のところにビデオが届いたんですよ。で、そのビデオの中身を見たらネタニヤフ首相が警察で取り調べを受けているビデオだったんですよ。これ、リークした人は絶対に警察内部の人なんだけど。警察は実はネタニヤフにイライラしてるからたぶん、これを流出させたんだろうと思うんですけども。これが実は現在の延々と続くガザに対する攻撃の根本的な理由だったことが見ているうちに分かってくるんですよ。
これ、今ね、ハマスはトランプ大統領が「人質を全部、解放したら……」って。要するに今、イスラエルの人を人質にとっていて現在、人質が20人ぐらいいるって言われてるんですけど。「それを解放したらイスラエルとの間の戦争を完全に止めるぞ」ってトランプさんが言ったんですね。そしたらハマスが「はい、解放します」って言ったんですよ。そうすると、イスラエル側は戦闘を止めなきゃいけないんですけど。でも、彼らはおそらく止めないだろうって言われてるんですよ。攻撃し続けるだろうって。
ネタニヤフが戦争を続けなければいけない理由
(町山智浩)なぜならば、ネタニヤフは戦争を続けないと自分が滅んじゃうからなんですよ。彼の運命が終わっちゃうんですよ。それがこの映画でわかるんですよ。なぜ彼は戦争をやめないどころか今、自分たちの国の周りに片っ端から爆弾とかミサイルとかドローンで攻撃し続けて、戦争を拡大して。なんとか戦争を起こそうとしてるんですよ。いろんな国に。イエメンとか、レバノンとか、チュニジアとか、片っ端から攻撃してるんですよ。「誰か、戦争を受けて! 僕と喧嘩して!」ってやっているんですよ。他は受けないんですけど。彼には戦争をしないと困る理由があるんですよ。ネタニヤフには。
だからガザへの攻撃がもし終わったとしても、他のところと戦争を始めなきゃならないぐらいにめちゃくちゃに攻撃してるんですね。レバノン、シリア、イラン、イエメン、カタールなど。なんで? ネタニヤフ、なんかやばくない?っていう映画なんですよ、これ。で、この映画は警察に取り調べを受けている状態から始まるんですけど。そこにアメリカの超大物2人が登場して。それでなぜネタニヤフが取り調べを受けているかがわかるんですけど。
1人はアーノン・ミルチャンというハリウッドの大プロデューサーです。この人はね、リージェンシーという映画会社を経営していて。『ファイト・クラブ』とか『ボヘミアン・ラプソディ』とか『未来世紀ブラジル』とか、すごい映画を撮りまくっていてアカデミー賞もいっぱい取っているプロデューサーなんですけど。彼が警察の取り調べを受けて。「ネタニヤフがなんかごちゃごちゃうるさいから、いろんなものを贈ったよ」って証言してるんですよ。
この人はもともとイスラエル人で、イスラエルで軍事化学工場を作っていた人なんですけど。武器とか作っていた武器商人なんですが。彼がハリウッドに行って成功して、今はハリウッドに住んでるんですけど。彼はイスラエルにすごく寄付をし続けているんですね。イスラエル人だから。ところが、その寄付を超えて個人的に宝石とかシャンパンとか葉巻きとかをネタニヤフ夫妻にねだられるっていうことを愚痴っている警察の取り調べ風景が出てきて。
もう1つはですね、アデルソン夫妻というですね、カジノ王。アメリカのカジノ王で全世界的な大富豪がいるんですね。その奥さんのミリアムさんが出てきて。やっぱり「ネタニヤフ首相の奥さんからいろいろ宝石とかをねだられて困った」っていう風に警察に語っている映像が出てきます。これ、アデルソン夫妻という人はアメリカの共和党の巨大な寄付者で。トランプの選挙とかに1億ドルぐらい寄付している人です。なぜかというと、彼らはユダヤ人でイスラエル政府を支援するシオニストなんですね。
で、アメリカの政治家、特に大統領がイスラエルを支援するように寄付をしているんですよ。アメリカ政府を動かそうとしてね。でも今までイスラエルにも莫大な寄付をしていたのに、その彼女もこのネタニヤフ夫妻のおねだりにはもううんざりだって言っているんですよ。でも、その額っていうのは1億円もないんですね。数千万円なんですよ。だから、これ自体はちっちゃい汚職事件なんですよ。
でも、これがだんだん雪だるま式に膨れ上がって大変な事件になっていくんですよ。ちっちゃい始まりなんですけど。で、それが何段階かでネタニヤフの汚職が大型化していくんですが。途中で結構大きいのがあって。イスラエルにネットニュースサイトでですね、ワラっていうのがあるんですね。この「ワラ」っていうのは「本当に」とか「マジ」っていう意味なんですけども。250万人ぐらいが見ているニュースサイトなんですが。そこに彼が圧力をかけるっていうか、「優遇してやるよ」っていうことで。なぜならば政府はいろんな通信とかそういったもの、会社の合併とかに許認可の権利を持ってるから。規制とかも政府が自由にある程度扱えるから。「それで君を優遇してあげる。だから私にとって有利なニュースをいっぱい流してくれ」っていう風に一種の買収をしたことがわかってくるんですよ。
で、ここでそのワラっていう会社の大株主が出てくるんですけど。それもやっぱり警察の取り調べを受けるってる映像なんですね。この人の名前がね、ショール・エロビッチっていうんですよ。名前はエロビッチだけど、汚いおじさんでした。まあ、そんなオヤジギャグはいいんですが、それがかなり選挙に影響を与えていたことがわかってくるんです。つまり政府の権力を使って情報統制をしていたという……これも今、トランプがやってることでね。テレビ局とかの許認可権を握っているから、それで圧力をかけて自分をバカにしてたコメディアンの放送を停止させたんですね。この間ね。まあ、それもネタニヤフの方が早いんですけど。
で、そういうことをやってたんで結局、彼は起訴されちゃうんですよ。これも結局、犯罪なんでね。要するに報道に介入しているわけですから。で、彼は2016年に起訴されちゃって。収賄とか、いろんなことでね。それで裁判になるんですけど、これでものすごい支持率が下がっちゃうんですよね。ネタニヤフは。それでどうなるかというと、ネタニヤフは2つのことをします。支持率がものすごく下がったんで。
1つはですね、「裁判所自体を自分の支配下に置けばいい」って考えたんですよ。これもトランプが今、やってることですね。2023年に司法改正というのを行おうとするんですね。それは裁判所がどんな判決を出しても、それを国会で過半数の投票があれば覆せるっていうとんでもないことで。もうこれで完全な無法地帯になっちゃうんですよ。さらにその裁判官を決めるっていうのも自分が行えるという風に改正するって言い出したら、これが国民から大反対を受けて。そこら中、イスラエルがデモだらけになるんですよ。こんなことをしたら、三権分立は崩壊しちゃいますからね。
で、もうすごいデモが連日、続いているという状態で。それとちょっと前後するんですけれども、その前にネタニヤフはすでに支持率を失っちゃって。彼の政党のリクードっていう与党が選挙で勝っても議会120議席のうちの過半数の60を取れないと、与党としては少数与党になっちゃうんですね。なのに、リクードは32議席しか議席を取れないんですよ。これでは与党としては足りないわけで、だから連立政権を作るんですがその時に最も極右、一番右の政党2つと連立しちゃうんですよ。
今、だから自民党が少数与党なんで高市早苗さんは参政党とか日本保守党と連立するんじゃないかという噂がありますけど。それもネタニヤフの方が先にやってるんですね。で、その時に連立したところが2つあって。1つはその宗教シオニスト党というところで。そこはヨルダンの西側のパレスチナ人地区に無理やり、強制的にイスラエル人が家を建てちゃって、彼らを追い出すっていうなんというか、地上げの強烈なやつ。相手の家を壊しちゃうんですけど。映画にもなってましたけど。それをやっているのがその宗教シオニスト党ですね。
で、そこの党首のスモトリッチっていう人を財務大臣にしちゃうんですよ。で、もう1つ、ネタニヤフが連立したのがユダヤの力という極右政党なんですけど。それのベングビールという人を閣僚にするんですが。このベングビールっていう人はパレスチナ人に対するテロとか差別事件で53回も起訴されている、なんていうか極右テロリストなんですよ。暴力行為とか、いろんなものをしてるんですけど。弁護士としてテロリストを弁護したりとか、いろんなことをしている極右なんです。反パレスチナ人なんですけれども。この人をなんと、警察とかを統括する国家安全保障省の大臣にしちゃうんですよ。
だから、めちゃくちゃなことをやってるんですね。で、そういうことをやりながら、さらにとんでもないことをするんですけど。これでヨルダンの西岸を攻撃するんですね。そのパレスチナの人たちが住んでいるところをね。ところが、それと対立しているガザ地区のハマスがいますね? そのハマスに莫大な資金を投入するんですよ。
これ、要するに相手が2つに分かれているからですよ。パレスチナ人勢力は今までのパレスチナ解放機構のパレスチナ政府と、それに反対する極右のハマスがいるわけですね。ハマスに大量にお金を入れることによってハマスを強くして、パレスチナを分断させるのが目的なんです。で、どのくらいお金を入れたかっていうと年間に3億6000万ドル、ハマスに入れたんですよ。ネタニヤフは。
一応、名目は人道支援ってことでお金を送っていたんですね。カタールという国をトンネルにして。ところが、それだけのお金を得てハマスは何をしたのか?っていうと、2023年10月7日の大テロ事件ですよ。あれはネタニヤフがお金を送っていたから、できたんですよ。これは要するにロシアが日本とかアメリカの右派勢力にお金とかを入れたり、ネットで支援しているのと同じことなんですね。相手の国を分断するためには右派の方を支援すればいいという考え方だったんですけども、それでやられちゃったのがハマスのテロだったわけです。
という事態なんですが、これで戦争になったおかげでネタニヤフの裁判は中止になりました。今、裁判は停止している状態です。で、選挙とかでも要するに挙国一致体制で国が一丸となるという形になったんで反ネタニヤフ勢力も今、鎮まりました。だからネタニヤフは自分の地位というか、要するに彼は逮捕される寸前でしたから。戦争し続けることによって逮捕を免れている状態なんですよ。
これ、戦争をし続けるとやっぱり国は1つになるじゃないですか。ネタニヤフさんの下でみんな、頑張ろうと。で、ネタニヤフのことを批判する人は「売国奴だ、非国民だ」って言われて体制が維持できるから延々と戦争をし続けるしかない状態にあるんです。今。
これ、どうやって止められるかって彼、結構いい年なんで。死ぬまで逃げ切る気なのかなって思うんですけども。今、国際法廷っていうか、彼は要するに戦争犯罪人と認定された犯罪者ですから。国際的に彼は。だからやり続けるしかないんじゃないかなと。というね、すごい内容の映画がこの『ネタニヤフ調書』で。これ、本当に警察の調書を取られているところがずっと続くので。『汚職と戦争』っていう副題がついてますけど、まさにこの汚職事件から逃げるために戦争を続けているという映画でしたね。