町山智浩さんが2024年11月26日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『ザ・バイクライダーズ』を紹介していました。
※この記事は町山智浩さんの許可を得て、町山さんの発言を抜粋して記事化しております。
(町山智浩)今日はですね、日本では今週公開だと思うんですけど。『ザ・バイクライダーズ』という映画を紹介します。(BGMを聞いて)もうロックンロールで始まってますけど。『ザ・バイクライダーズ』っていうタイトルでもう分かるんですけど。「バイクに乗る人たち」っていうタイトルですけど。これ、1960年代にシカゴで結成された暴走族についての映画です。で、この暴走族の名前は映画の中ではヴァンダルズという名前になってますが。これ、実在する暴走族はアウトローズという、そのまんまですね。「ならず者たち」という暴走族なんですけど。アメリカの暴走族で聞いたことあるグループってあります? アメリカの暴走族で一番有名なのはヘルズ・エンジェルスというグループなんですね。
ハーレーに乗っていて。「地獄の天使たち」という名前で。あれは僕の住んでいるオークランドから発生した暴走族なんですよ。で、ただこの映画のモデルになったアウトローズははヘルズ・エンジェルスより古くて。たしかね、世界最古の暴走族なんですね。で、世界最大です。もう今、アメリカだけじゃなくてオーストラリアとかですね、ヨーロッパとか……日本の沖縄の米軍兵士の中にもまだあるらしくて。このアウトローズっていうグループは。超巨大で全世界にメンバーが3000人以上いて。それで、ものすごい凶悪なグループです。
暴走族って、日本の暴走族のイメージだととにかくバイクで走ってるというだけで。交通違反を多少、起こす程度ですね。で、喧嘩するっていっても他の暴走族グループと喧嘩するぐらいですよね。ところが、アメリカのこのアウトローズは完全な犯罪集団で。麻薬とか銃の密売を商売にしていて。全員が銃で武装していて。抗争の時も殺人事件を繰り返してるという、非常に凶悪な……それこそアメリカだとFBIの監視対象になってるようなとんでもないグループなんですよ。ただ、それは今はそうなったんですけども。もともと、60年代に彼らが結成された時は非常に爽やかな、本当にオートバイが好きな連中がオートバイをぶっ飛ばすためだけのグループとして作られたんですよ。
FBIの監視対象にもなる凶悪な暴走族
(町山智浩)で、この『ザ・バイクライダーズ』という映画はね、原作があるんですね。原作は『ザ・バイクライダーズ』という写真集なんですよ。その当時ですね、写真家のダニー・ライオンっていう人がずっとこのアウトローズと一緒に暴走をしながら撮った写真で。非常に美しい写真集で、非常にロマンティックな……アメリカのそのバイクに乗る人たちのイメージっていうのはカウボーイのイメージに非常に近いんですけど。荒野を馬で走るカウボーイの美しさみたいなのがこのバイクに乗ってる、その当時若者だった人たちがもう荒野をバーッと走っているところを美しく捉えた写真集で。非常にロマンティックな写真集なんですが。
で、これを監督のジェフ・ニコルズっていう人がたまたま手にして。たまたまっていうか、2000年代に1回、この写真集が再発されたんですね。で、それを読んだらまあ、写真がすごい美しいんですよ。で、「これを映画にしたい」と思ったらしいんですよ。そしたら、写真集におまけがついてるんですね。それはね、そのダニー・ライオンっていう人がこの暴走族の人たちにインタビューしたんですよ。で、彼らは一体どういう人たちで、どういう生活をしてるかっていうことがインタビューで本当に生の言葉で書かれていて。それを読んで「ああ、これはちょっと違う。思っていたものと違う」ってなって。つまり、美しい、ただオートバイで走ることを愛する男たちがだんだん暴力集団になっていく過程がそのインタビューに書かれていたんですよ。
で、それを映画化することになったんですね。これね、ジョニーという人がこの映画の中ではヴァンダルズ。アウトローズを作ったんですけれども。その彼を演じるのはトム・ハーディという俳優さんです。この人、マッドマックスですね。『怒りのデス・ロード』のマッドマックスです。この人はね、本当に総合格闘技に出て優勝したりするような、とんでもない人なんですけど。喧嘩するとめちゃくちゃ、本当に強いという。で、めちゃくちゃ強いからこのジョニーの元にいっぱいバイク乗りが集まってくるわけですよ。
それで、彼の相棒というか、一番の子分がベニーという人で。これね、非常に美しいオースティン・バトラーという俳優さんが演じてるんですけど。彼、イケメンなんですね。この人はね、『エルヴィス』という映画でエルヴィス・プレスリーを演じた人ですね。で、この2人がナンバーワンとナンバーツーなんですね。このアウトローズ、映画の中ではヴァンダルズの。で、この人たちが次々と暴走族同士の抗争を繰り返して。あと、警官とやり合って。パトカーを振り切ったりして暴走するっていう風に聞くと石山さんとかでか美ちゃんさんは興味ないですよね?
それで僕はね、実は18、19の時にバイクに乗っていて。すごいバイク大好きだったんですよ。やっぱりね、400ccのバイクに乗ってかっ飛ぶとね、ちょっと違う世界に入る感じがするんですよ。この映画『ザ・バイクライダーズ』の監督のジェフ・ニコルズって人はバイクに乗ったことなくて。ただ、映画を撮るために実際に免許を取って、乗ってみたそうなんです。それで「これはやばいと思った。中毒になる」って言ってるんですよ。バイクって乗ると、違うものが脳内から分泌される感じなんですよ。あの振動とスピードとね、風を切る感じと車を追い抜く感じとかね。あと、車と違って体が全部むき出しだから、本当に自由な気持ちになるんですよ。
あのね、男って2タイプいて。1つは電車が好きなやつ。時間通りにきっちり来て、線路の上から外れないのが好きなやつ。電車好きっていうのは、いるんですよ。結構、男の子って小さい頃にわかれるんですよ。電車好きと、それからバイク好きがいるんですよ。僕はバイクなんですよ。時間とか関係なしで、道なんか関係ないっていうので自由に行くっていうのと……まあ電車は決まった道をね、決まった時間に行くのが好きなのと。その両方がいないと世の中、成り立たないんですけど(笑)。でね、バイク好きの方がまあ、ろくでもない人が多いんですけど。ただこれね、女性でも……というか、女性だからこそ見てもらいたい映画なんですよ。これね、暴走族の実録映画なんですが女性の目から見て描かれてるんです。
妻役を演じるジョディ・カマー
これ、完全にホモソーシャルで、ホモソーシャル以外の何者でもないですよ。だって男同士で殴り合って、ヘラヘラ笑って抱き合ってるわけですから。血だらけになって。「フハハハハッ! お前のパンチ、よかったな!」とか言ってるわけですから。そこに入ってくる女性っていうのは、奥さんなんですよ。で、それを演じるのはジョディ・カマーという女優さんでね。この女優さんは『最後の決闘裁判』という映画が素晴らしかったですね。これ、フランスで実際にあった話で。決闘裁判っていうのは男同士が裁判で決着がつかない時、本当に決闘して。馬に乗って決闘をして、勝った方がその裁判に勝つというとんでもない決まりがフランスにあったんですね。かつて。で、このジョディ・カマーさんが人妻なんですけども。悪い男にレイプされて。それでその旦那がそのレイピストに対して裁判をするんですけど、決着はつかないんです。それで「じゃあ決闘で決着つけるぞ!」ってなってくる映画なんですよ。これ、本当の話なんですけど。
結構、そんなに昔ではないところが恐ろしいんですが、それが『最後の決闘裁判』っていう映画で、これが素晴らしかったですね。その奥さん役でジョディ・カマーさんは。で、その『最後の決闘裁判』ってのは戦ってるうちに男同士の要するにメンツの話になってきちゃうんですよ。つまり女性が、奥さんがレイプされたってことが大問題なのにも関わらず、男同士で「どっちが強いか?」って話になってきちゃうんですよ。それって「私はどうなるの?」っていう話で。今回もすごくよく似てて。で、この女性のキャシーさんって人は別に暴走族に出入りしてたような人じゃなくて。たまたま酒場に偶然入ったら、そこが暴走族の溜まり場だったんですね。
で、「これは危ない。早く出なきゃ」と思ったら1人、非常に美しい男性がそこにいたんですね。それがオースティン・バトラー扮するベニーという彼でね。で、一目惚れしちゃって。そしたらベニーの方もキャシーに一目惚れして、彼がついてくるんですよ。で、すぐに結婚しちゃったっていうこれ、実話らしいんですよ。これ、その写真集についてるインタビューの中でその奥さんが語ってる言葉なんですね。キャシーって人も実在します。で、結婚してみたら大変だったっていう。要するにこの人たち、土日は家にいないんですよ(笑)。土日はバイクで走っているんです。で、しょっちゅう警察に捕まるわけですよ。信号とか無視しますからね。それだけならいいけど、喧嘩するわけですよ。この頃、ヘルメットだってかぶってないしね。危ないんですよ。で、で、喧嘩をするともう血だらけになってくるわけですよ。ナイフとか使って喧嘩しますから。
これ、決闘ですよ。で、実際に決闘するらしくて。その暴走族のリーダーに対して挑戦するということをしてきて。戦って負けたら、その暴走族の格を譲らなきゃならないっていう決まりがあるそうなんですよ。で、そういうシーンも出てきます。だから「決闘するんだけど、何をする? 素手か、ナイフか、どっちか選べ」みたいな風なのが出てくるんですよ。で、そういうことをこの人は毎週、やってるわけですよ。
ところが、この映画の素晴らしいところは彼らはただの暴走族で荒くれ者としては描かれていないんですよ。そこに入ってくるなりの理由が描かれていて。やはりみんな、家が貧しかったり、親がひどくて。父親がお母さんを殴ってたりするような家なんですね。で、居場所がなかったんですよ、家庭に。それで暴走族に入ってくると、そこに別の家族があるわけですね。暴走族という家族に入ってきた人たちなんで。だから結婚をすると、その旦那のベニーには2つの家族ができちゃうんですよ。暴走族という家族と、奥さんのいる家族と。で、どっちつかずなんですよ。特に、さっきもホモソーシャルって出てきたんですけども。このベニー、オースティン・バトラーはトム・ハーディに扮するジョニーっていう親分となんか、どう見てもおかしい感じなんですよ。で、彼から呼び出されると奥さんを放り出して、どこにでも行くんですよ。「次、お前、ツーリングあるぞ」とか「次、お前、喧嘩あるぞ」っていうと奥さんよりも、そのジョニーの方が大切なんですよ。彼にとっては。
こういう人、いますよね。だからこれ、暴走族の話じゃないっていうか、どこにでも通用する話ですね。僕の友達でね、50過ぎたりしていても奥さんとはちゃんと会話しないくせに、友達と飲みに行ってベラベラしゃべってっていうのがいて。ちゃんと奥さんと対峙できないのに、男同士の方がリラックスできるとかね。そういう人はいっぱいいるし。あとは会社員でもね、土日にゴルフにばっかり行ってるやつとかね。だからこの映画ね、『ザ・バイクライダーズ』ってタイトルだけど途中からこの奥さんが自分の旦那を自分のものにするために、暴走族と戦う話になってくるんですよ。
夫をめぐって暴走族の親分に立ち向かう妻の話
(町山智浩)このジョニーっていう、もうめちゃくちゃ喧嘩が強くて荒くれ者の親分と旦那を取り合う話になってきます。で、このジョディ・カマーさん、すごいんですよ。この人、いつも戦ってます。いろんな映画で。『フリー・ガイ』っていう映画でも戦ってましたね。モロトフ・ガールっていう役でね。この人、いつも戦わされていてかわいそうなんですけども。でもこれ、まさか奥さんの話だとは思わなかったですね。だからこれは暴走族の話だけど、本当に夫婦で見に行って考えさせられる映画になってますよ。本当にね、「暴走族? 私は見ないわよ」っていう人もね、ぜひ見ていただきたいと思います。『ザ・バイクライダーズ』です。