町山智浩 韓国映画『君と私』を語る

町山智浩 クインシー・ジョーンズと楳図かずおを追悼する こねくと

町山智浩さんが2025年10月28日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で韓国映画『君と私』について話していました。

※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。

(町山智浩)で、もう1本の方の映画は女子高生同士の友情物語ではあるんですが。全然違う方向に行ってる映画で、それはね、『君と私』という韓国映画です。これはですね、韓国の女子高生の話ではあるんですけども。最初に主人公のセミちゃんが夢を見て目覚めるとこから始まるんですけど。これ、学校の中で夢を見てますけどね。居眠りなんですが。それはね、修学旅行の前日の午後なんですよ。で、その夢の中で親友のハウンちゃんが1人っきりで死んでしまう夢を見たんですね。

実はその修学旅行にハウンちゃんは行けなくなっているんですよ。それはちょっと交通事故があったり……まあ、足のちょっとした怪我なんですけど。それと修学旅行のお金が出せない。家が貧乏で。で、「私は行かない」って言っていた。でも、死んじゃう夢を見ちゃったから、もしかしたら彼女を置いて自分たちが修学旅行に行っちゃうと、ハウンちゃんが死んじゃうんじゃないかと思って。で、このセミちゃんがなんとかお金を集めて修学旅行に行かせてあげようとするという話がその『君と私』なんですが。

ところがこのハウンちゃんはなかなか行きたがらないんですよ。やる気にならないんですよ。「行きたくない、行きたくない」ってずっと言ってるんですよ。で、調べるとどうもなんか好きな人がいるみたいだと。で、その人と一緒にいたいから私と一緒に修学旅行に行かないんだってセミちゃんが思って、その彼らしき人を探すというもう1つのミステリーもあるんですね。

で、そのハウンちゃんの持っていたメモでこういうものが見つかって。「フンババにキスしたい」って書いてあったんですよ。フンババって何? なんか鬼ババとか怪獣みたいな名前なんですけども。韓国でもこんな名前の人、いないですから。それで「これは一体、誰? 男じゃないの? なんか変な男と付き合ってるんじゃないの?」ってことで。修学旅行までタイムリミットがあってね、あと半日しかないわけですけど。その間に駆けずり回るんですね。

で、その間にこのハウンちゃんとも仲が悪くなって。どうやって修学旅行に連れていけるか?っていうサスペンスみたいになっているんですけど……この映画はすごく撮影が変なんですよ。全編が淡い光で彩られていて、ふわふわとした撮影なんですよ。で、さっき言った映画『ひとつの机、ふたつの制服』っていうのはものすごくリアルな撮影をしていて。何もかも見せていくんですね。汚いものも。たとえば台湾って、行かれたことありますか?

台湾ってビルが黒く薄汚れてるんですよ。あれ、みんなに原チャリに乗っているでしょう? あの排気ガスが雨で落ちてきて、黒いシミがビルにつくんですよ。あれもちゃんとしっかり映してるんですよ。ところがこっちの『君と私』の方はきれいなものしか映さないんですね。

まあ、夢のような映像がずっと続いていてですね、で、「なんかこれ、おかしくないか? この映画……」っていう気持ちに見ていくうちになってくるんです。で、街中を駆けずり回る話なんで、あちこちに時計があるんですね。公園とか、駅前とかに。その時計の時刻を見ると、最初2時半なんですよ。午後なんで。ところが夕方ぐらいのシーンになっても、2時半なんですよ。夜のシーンになっても2時半なんですよ。「これ、時が止まっているんじゃない?」っていう感じなんですけど。

僕もだからこれ、途中でゾッとしたんですけど。『マルホランド・ドライブ』というデヴィッド・リンチ監督の映画があって。あれも女性同士の恋愛物語だったんですけど。最初、これはリアルな話なのかな?って思って見ていると、どうも誰かの夢の中の迷宮に入っているんだってことがだんだんわかっているんですよ。『マルホランド・ドライブ』って。これ、ぜひご覧になっていただきたいんですけど、それに近い映画になってるんですね。この『君と私』っていう映画は。

で、具体的に何かというと、これはもう映画の中の一番冒頭でネタを割っちゃってるんで言っていいと思うんですが。この修学旅行というので彼女たちは済州島というリゾート地にみんなで行くんですけど。そこにフェリーに乗っていくんですよ。そのフェリーの名前は、セウォル号っていうんですよ。

セウォル号事件の前日を描く

(町山智浩)これ、2014年4月16日に済州島に向かったフェリーのセウォル号が倒れまして。それに乗っていた高校生の修学旅行の生徒さんたちが200人以上亡くなったという事件がありましたね。あれ、原因はお金を儲けようとしてバラストっていうね、おもりが普通、船の下に入ってるんですけど。それを減らして、荷物をたくさん積んでいたせいで頭の方が重くなって倒れて沈んだっていうことが分かって、大変な問題になりましたが。これはそれについての映画だったんですね。

で、これはね、監督がこれを映画化しなければと思って……監督はその被害があった高校の街の出身の人らしいんですけど。これをなんとか映画にしたいっていうので7年間、考えたんですけど。やっぱりその亡くなった人たちを冒涜するような映画にはしたくない。あの人たちを利用するような映画にはしたくないということで、すごい苦労した末にたどり着いたのがこの『君と私』という映画なんですね。

つまりその就学旅行に行く前日の話にすると。一切、そういう船とかは見せない。そういうものを一切見せず、そういうものを利用しない。ただ、その前日にその高校生たちには非常に楽しい青春があったんだってことを見せようということで、この映画になったんですけど。ただ、この夢のような映像っていうのは一体誰の夢なのか?ってことなんですよ。一体、この夢を見てるのは誰なんだろう? まあちょっと、迷路のような、パズルのような映画にもなっているんですね。

あんまり言うとネタバレになんて言いませんが。でね、今流れていく歌がデュエットなんですけど。これはその主人公のセミちゃんを演じているパク・ヘスさんとその親友のハウンを演じているキム・シウンさんが本当にデュエットしているんですね。

(町山智浩)だからすごい胸を締め付けられるような映画になってるんですけど。ただ、この映画のテーマは一体何を言おうとしているかというとやっぱり人は若くても、俺みたいなおじいちゃんになっても、いつ死ぬか分かんないんですね。もう明日、死ぬかもしれないし、数時間後に死ぬかもしれない。誰でも。確率が僕ぐらいの年になると高くなりますが。でも若い人だってそうなんで。じゃあ、その時に後悔しないように、やっぱり仲が悪くなっちゃった人とはそれまでになんとか仲直りしてた方がいいよという。

人はね、いつ何が起こるか分からないから。とにかくね、仲良くしたい人とは何が何でも仲良くしていこうという映画が『君と私』です。ぜひ、ご覧ください。

『君と私』予告

アメリカ流れ者『君と私』

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