町山智浩『ハウス・オブ・ダイナマイト』を語る

町山智浩 クインシー・ジョーンズと楳図かずおを追悼する こねくと

町山智浩さんが2025年10月14日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『ハウス・オブ・ダイナマイト』について話していました。

※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。

(町山智浩)今日はNetflixで24日金曜日から配信される映画で『ハウス・オブ・ダイナマイト』を紹介します。すごい物騒な音楽が流れていますが、これはリンキンパークっていうバンドの『A Thousand Suns』というアルバムの曲を流してるんですが。

(町山智浩)これ、映画では使われていないんですけども。この『A Thousand Suns』というアルバムはアルバム1枚、核戦争についてのトータルアルバムなんですよ。で、この『ハウス・オブ・ダイナマイト』はまさに核戦争についての映画なんですが。どういう話かというと一言で言ってですね、アメリカに向かって核ミサイルが飛んでくるのをアメリカ軍が発見します。ロシアか中国か北朝鮮かはわからないんですが、そっち方向から飛んできます。で、発見した段階で「あと18分でアメリカ本土のどこかの都市に着弾する」というところから映画が始まります。

18分しかないんですよ。じゃあ映画、18分しかねえのかよ? と思っちゃうんですけども、映画はちゃんと2時間近くあるんで。この18分を何回も何回も、いろんな角度から見せていくという映画なんですね。この『ハウス・オブ・ダイナマイト』っていうのは。で、『ハウス・オブ・ダイナマイト』っていうのは「ダイナマイトでできた家」ということでそんな家、あるかよ?って思うんですけども。「今現在、世界に核兵器がたくさんある状態っていうのはダイナマイトでできた家と同じなんだ。そこにちょっとマッチを投げ込んだだけでもう全部、吹き飛ぶんだよ」というセリフが中で出てくるんですね。

で、こういうタイトルになってるんですけど。これ、その18分間にアメリカの全軍が実際、もしミサイルを発見したらどういう風に動くか?ってことを徹底的に取材して。あとは実際に本当に軍隊にいた人とかに話を聞いていって。ミサイル部隊にいた人とかにもインタビューして、実際にどういうことが起こるかということを、シミュレーションした映画なんですね。で、もう全くいろんな考証的には間違ってないし、非常に正確だって言われています。

監督キャサリン・ビグロー

(町山智浩)で、これの監督は女性です。キャサリン・ビグローさんという人なんですけど。この人はこういうジャーナリスティックな映画だけを作り続けている人なんですけど。『ハート・ロッカー』というイラクの爆弾処理係の人を主人公にした映画でアカデミー賞を受賞していて。その後は『ゼロ・ダーク・サーティ』という映画で、これは911テロの首謀者だったオサマ・ビン・ラディンが世界のどこかに隠れているというので、それを10年間ぐらいかけてCIAが見つけ出して暗殺するまでを描いた映画が『ゼロ・ダーク・サーティ』で。キャサリン・ビグロー監督はその前にですね、2002年に『K-19』という映画を撮っているんですが。これは1961年にソ連の原子力潜水艦の原子炉がメルトダウンしちゃったという実際にあった事件があって。それをその原子力潜水艦の乗組員たちがなんとか食い止めたっていう実話を映画化したものでした。

これもすごい怖い映画だったんですけど。もしそれで完全に原子炉が崩壊して爆発したら、一緒に積んでいる核ミサイルも全部、爆発しちゃうんですよ。これ、本当にあったことなんですけど。そういう映画ばっかり撮っている豪傑がこのキャサリン・ビグローさんという女性監督なんですけれども。で、この映画、一番最初はまずアラスカから始まるんですね。アラスカにね、その迎撃システムがあるんですよ。それはミサイルが飛んでくるとしたらロシアが中国が北朝鮮なんで、そっちから飛んでくるミサイルを察知して撃ち落とすシステムがアラスカにありまして。で、その飛んでくるミサイルっていうのはICBM(大陸間弾道弾)というものなんですね。

で、それはいわゆる宇宙ロケットと同じで宇宙に向かって打ち出されて、宇宙を飛んで、地球を半周ぐらいしてアメリカに落ちるっていう仕組みになってるんですよ。で、発射されないと発見できないんですね。で、発射された瞬間に分かっても、ロケットが発射されてから宇宙空間に出るまでわずか2分から5分間ぐらいしかないらしいんですよ。だから、宇宙に上がるまでは撃ち落とすことができないんですね。で、20分間、宇宙空間を飛ぶんですって。核ミサイルは。で、その時にアラスカの上空を通るんで、そこで撃ち落とすんですね。その後、そのミサイルは地球に向かって落ちてくるんですけれども。落ち始めると、わずか90秒で着弾します。

これ、撃ち落とせるチャンスが1回しかないんですって。僕、知らなかったですよ。的が動いてるから、これは映画の中でも出てくるんですけど命中する確率はだいたい50%ぐらいなんです。だから「コインを投げた時の裏と表の出る確率と同じゃないか!」っていうセリフが出てくるんですよ。だから半分の確率で外れるんです。で、外れて地球に落ちてくるともう撃ち落とすことができないんですって。わずか90秒で落ちるから、早すぎて。で、「今、こういう状況でいいの?」っていう問題が1つ、あって。この撃ち落とすシステムはアラスカと僕が住んでいるカリフォルニアの2カ所にしかないんですよ。で、44発しかそういう撃ち落とすことができるミサイルはアメリカにないんですって。

これ、ものすごくお金がかかってるから。それで今、トランプさんが言ってるのは彼が「ゴールデンドーム」と呼んでるんですけど。ゴールデン……彼、金が好きなんで。アメリカ全土をそういう迎撃ミサイルでカバーすることができないか?って言ってるんですよ。で、イスラエルのテルアビブとかはそうなってるらしいんですよ。これはアイアンドームって言うんですけど。そっちは鉄なんですね。だからトランプはそれに対抗して「うちは金だ! ゴールデンドームだ!」って言っているんですけど。

それはミサイルが飛んでくると撃ち落とすシステムなんですけど。テルアビブだったら1つの町なんでできるんだけど、アメリカ全土っていうと不可能なんですよ。で、まあしょうがないからアラスカとカリフォルニアにだけあるんですけど。それもわずか44発なんですが。ロシアが持っているICBMの数ってどのくらいかというと、大陸間弾道弾の数は1700発なんですよ。

これ、桁が違うんでトランプさんの計画を実行するっていうのは、アメリカを全部、迎撃ミサイルって防衛することっていうのはほとんど不可能なんですよ。で、そのことをみんな知らないじゃないか?っていう映画なんですよ。この映画は。結構、みんな知らないのに……要するに世界中の人たちがダイナマイトでできた家に住んでいる状態なのに。でも、みんなそれ、知らないでしょう?っていう映画なんですよ。で、発射されたらもうほとんど防げないよという話なんですね。

で、この映画はさっき、アラスカの迎撃基地から始まるって言ったんですけど、それと同時に……何回もその18分間が繰り返されるんで。もう1つはですね、ホワイトハウスにシチュエーションルームってあるんですよ。「シチュエーション」っていうのはね、「状況」っていう意味なんですけど。この状況っていうのは軍事用語でね、戦闘状況のことです。これ、面白いですけど。道端で大きな声を出して「状況!」って叫ぶと、どうなるか? 元自衛官とか現役の自衛官はその場で戦闘態勢に入ります。「状況」って言われたら戦闘体制に入らなきゃいけないんですよ。自衛官は。「状況終わり」とか「状況解除」って言うまで戦闘状態に入ったまんまなんです。彼らは。

だから道端で「状況」って言えば、どの人が自衛官かわかりますよ。そういう風に訓練されているんで。で、ホワイトハウスの中にそういう戦闘状況に入った時に作戦指揮をする部屋があって。そこの人たちの物語があって。そこの女性の担当官の話があって。で、3人目の主人公っていうのは大統領の補佐官なんですけど。こういった問題に対応するため、大統領ってそんなに核兵器のこととか、わからないじゃないですか。専門家じゃないからね。で、そういうのに対応するためにアドバイスをする人でこれは英語では「ナショナル・セキュリティ・アドバイザー」って言うんですけど。日本語だとものすごく長くて、国家安全保障問題担当大統領補佐官という名前なんですね。

で、まあこの人がいて。この人は何を言うかというと「大統領、もう撃ち落とすことはできないですよ。このままだと、おそらくミサイルはこの進行方向からいくとシカゴに落ちます。シカゴに落ちると、シカゴの人口は270万人ぐらいです」ってなるんです。で、この核ミサイルがどこの国から来たかというとは全然、問われないんですよ。この映画は。ただ、1発だけ飛んでくるからおそらく北朝鮮から来ただろうと言われているんですね。もしロシアとか中国から来たら、1発じゃなくて何十発も飛んでくるから。1発だけだから北朝鮮とか、あとはロシアや中国で事故か何かがあって1発だけきちゃったのか、どっちかだろうと。

で、北朝鮮が持っている……実験をしてますからね。その核兵器の爆発力というのはだいたい分かってるんですけど300キロトンと言われているんですよ。1発の破壊力が。これは、なんと広島に落とされた原爆の18倍の破壊力だそうです。1発で。それが人口270万人のシカゴに落ちると爆発の最初の死者だけで40万人以上だろうと計算されているらしいんですよ。で、「大統領、これはもう間に合わないです」っていうことで。じゃあ、何をすればいいかというと「フットボール」というものが出てくるんですよ。

アメリカ大統領と「フットボール」

(町山智浩)このフットボールというのは何だろうと思って、俺も映画を見るまでよくわからなかったんですけど。これね、大統領が核ミサイルを発射するボタンが入った黒いカバンなんですよ。これね、よく見ると大統領が行くところに必ず、1人の軍人がこの黒いカバンを持っていつもついています。どこに行く時もいつもついてるんですよ。だから、交代制なんですね。ついていく軍人は。だからこの黒いカバンをパスするんですよ。交代の時に。だからフットボールって言うんですって。

で、その中には無線で発射する形なんで無線発射装置と同時にマニュアルがついていて。核攻撃を受けた時の迎撃のいろんなパターンというか、メニューが載ってるんですね。で、1発食らったんだったら同じ程度の被害を相手に与える報復がまず1つ。もう1つは中程度の被害を相手に与えるもの。つまり、相手の国を滅びないけれどもある程度、制することができるもの。で、最高の報復っていうのは全弾ぶち込んで完全に滅ぼすという方法ですね。で、「そのうちのどれにしますか?」みたいな話になってくるんですよ。

これってステーキをオーダーした時にレアかミディアムかウェルダンか、みたいな話じゃんってなるんですよ。何十万人も死ぬかもしれないのに。これ、大統領を演じるのはイドリス・エルバさんっていう俳優さんで。この人、何度か大統領やってる人ですけど。最近、大統領づいてる人ですけど。でも、この映画の中では「そんなことを俺に決めさせるなよ!」って感じですよね。これ、すごい怖いのはその国家安全保障担当の大統領補佐官っていうのは今、現在専任の人がいないんですよ。これね、もともとマイケル・ウォルツという人がやってたんですけど。この人はヘマをしてクビになっちゃったんですね。イエメンに攻撃をかける時、その作戦会議の内容をジャーナリストに漏らしちゃって、共有させちゃって。もうダダ漏れになってたんですよ。

これ、普通クビになるんですけどこの人は今、国連大使になってるんで完全なクビじゃないんでおかしいなと思うんですけど。で、しょうがないからマルコ・ルビオさんという国務長官が兼任している状態で。非常にプロフェッショナルじゃないんですよ。今、アメリカってこの核兵器に対しては。助言をできる人がいないんです。トランプは自分に逆らう人を全部、クビにしちゃうから今、全部国防関係は素人なんですよ。アメリカは。これは恐ろしい。ブライアン・ヘグセスさんっていう人が今、国防長官で軍事のトップにいるんですけど。この人、州兵の小隊長として小隊の指揮までしかしたことがないんですよ。ほとんど素人です。戦略に関しては。だから非常に怖い状態にあるので。この映画は全然トランプが大統領になることを想定しないで、その前に撮影してたものなんですけど。

まあ今、本当に怖い状況にあるんですね。しかもトランプさんはやられたらやり返す人だから、何をするかわからないんですけど。そうすると日本も全然ね、他人事じゃないですよ。巻き込まれますからね。ただ、何があるのか? じゃあどういう仕組みになってるのか?っていうのを非常にその政治的なイデオロギーなしにですね、実際はこうですよってことを科学の解説みたいにして見せる映画がこの『ハウス・オブ・ダイナマイト』なんですが。まあ、どんなホラー映画より恐ろしいんですよ。

怖いですよ、これ。本当にね、お化けとか出てくるホラー映画とか全然怖くないですよ。これに比べたら。もう一瞬でこの地球も何もかも失われるかもしれないという気持ちでものを見るようになりますね。この映画を見た後は。

『ハウス・オブ・ダイナマイト』予告編

アメリカ流れ者『ハウス・オブ・ダイナマイト』

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