町山智浩さんが2025年6月3日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『罪人たち』を紹介していました。
※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。
(町山智浩)今日はですね、再来週の6月20日に日本で公開される『罪人たち』という映画をご紹介します。
(町山智浩)これがこの『罪人たち』の音楽なんですけど。聞いて分かると思うんですが、南部のアフリカ系……黒人の人たちの音楽ですね。この映画、タイトルがものすごく重くて。『罪人たち』っていうんですけど、こういう楽しい音楽がガンガン流れるミュージカル・ホラーです。もうね、ミュージカルシーンが最高にいいんですよ。こういうね、1930年代のアメリカ南部の黒人たちの音楽なんで、ノリノリなんですけど、ホラーです。
この曲の感じとつながらないんですけども。今、アメリカ映画はなんでもホラーになっちゃうんで、いろんな……◯◯ホラーというのが次々と出てくるんですけど。さっきの『コンパニオ』とかもそうですけど。これはね、まあこういう音楽なんですが。いわゆるそのブルースが中心になってるんですよ。だからブルース・ホラーという非常に珍しいジャンルの映画です。
これがね、アメリカで大大大大大ヒットだったんですよ。ものすごい当たったんですよ。で、日本で急きょ、公開されることになったんですが。ただこれね、僕はものすごい好きな映画なんですね。で、どうしてかというとこういう音楽……まあアメリカの黒人の人たちのルーツミュージックというんですけど。ロックンロールとかね、そういった現在の音楽の根っこにある音楽のことをルーツミュージックっていうんですが。
これがね、大好きで。僕、こういう音楽のその始まった発祥の地を訪ねて、実はアメリカ中を回ってるんですよ。で、この映画『罪人たち』の舞台になるのはミシシッピというところです。アメリカの南部でミシッピ川というのがありまして。それがルイジアナというところ……メキシコ湾からずっと北の方まで続いてるんですけど。その地域一帯が非常に肥沃だったんで、綿。綿花ですね。木綿の原料になる綿花の畑がいっぱいあったんで、そこでもともとその黒人の奴隷の人たちが綿花を作っていたんですけど。1865年に南北戦争で解放された後も小作人の人たちとしてみんな、そこで綿花を摘んで働いていたんですね。
そこからブルースっていう音楽が出てきたんですよ。これは労働が終わった後に歌う感じなんですよ。憂さ晴らしのために、お酒を飲んで、みたいな。『カラーパープル』っていう映画でもそういう酒場が出てきましたけども。そこに吸血鬼が押し寄せてきて、大戦争になるっていうなんですよ。かなり無理やりです、この映画。はっきり言って(笑)。
全米で大ヒット
(町山智浩)でも、これが当たったんですよ。これが……僕がね、こういうブルースと言われるような音楽が大好きになったのは、高校生の頃にですね、『ブルース・ブラザース』という映画を見たんですよ。1980年に作られたアメリカ映画で。それはアメリカのシカゴという町で白人の孤児院出身者の人たちがブルース・ブラザースというバンドを組むという話なんですね。
で、これがもう最高にノリノリのコメディアクション映画で、それもブルースコメディミュージカルアクション映画だったんですけど。それでブルースという音楽が好きになって、いろいろとたどっていったんですけど。で、その『ブルース・ブラザース』とそっくりの映画でこの『罪人たち』というのはシカゴからやってきた2人の兄弟がミシシッピに里帰りをして、そこでブルース酒場を始めるというのが前半部なんです。はい。
だから前半は『ブルース・ブラザース』という映画とそっくりです。『ブルース・ブラザース』スというのは昔のバンドのメンバーを集めて「またバンドやろうぜ!」っていう話なんですよ。で、これも前半はそうなんですね。最高のメンバーを集めてブルース酒場を始めようぜ!っていう話なんですけど……途中で吸血鬼が現れて、吸血鬼との大戦闘になっていくんですよ。
で、これも元ネタがあってですね。クェンティン・タランティーノという監督が『フロム・ダスク・ティル・ドーン』という映画の脚本を書いてるんですね。それは前半がならず者の兄弟の話なんですけど、後半で酒場に吸血鬼が現れて、吸血鬼との大戦闘になるんですよ。で、前半と後半がつながってないんですよ。話が。全然違うジャンルになっちゃうんです。前半はギャング物で後半がホラー映画になるんですけど。『フロム・ダスク・ティル・ドーン』は。その構成をこの映画は真似してるんですよ。
というね、へんてこなことをやってるんですが。これね、監督はライアン・クーグラーという人で39歳と若い天才なんですけど。アフリカ系の人でね、うちの近所の出身なんですが。オークランドというね。彼は『ブラックパンサー』というマーベルコミックスの黒人ヒーロー物で大成功した人です。で、この映画はさっき言ったみたいなブルースと吸血鬼の合体という話なんですが、それはそんなに無茶じゃないんですね。実はそのアメリカ音楽の歴史を調べると、非常に納得できるような文化的なバックグラウンドがあるので、今日はちょっとその話をしたいんですね。
すごくややこしい話になんで大変なんですが。まずね、この映画ね、『罪人たち』って、なんでそんなタイトルなの?って思うじゃないですか。何が『罪人たち』なの?って思うんですけど。これ映画の一番最初で黒人教会が出てくるんですよ。そこで聖火を歌ってるんで、ちょっと聞いてください。
(町山智浩)これはいわゆる黒人霊歌とかゴスペルと言われている黒人の人たちが教会で歌う歌なんですね。で、まあ、いかにもなんていうか本当に清らかでね、輝ける……歌詞もね、「世界を心の光で輝かせよう」っていう歌なんですよ。非常に聖なる清らかな音楽なんですけど。これに対してこの映画の中のブルース酒場でその主人公の兄弟がやっている音楽というのを、ちょっと比べて聴いてほしいんですが。
(町山智浩)これ、さっきの聖火というか賛美歌と比べると、この音楽はどういう風に聞こえますか? これ、アフリカの土属の音楽ですよ。でしょう? これ、アフリカの音楽ですよ。で、要するにアフリカから奴隷として連れてこられた人たちはずっと白人の社会の中で白人的な音楽とか白人的な文化を押し付けられてるんですけど。この酒場では、自分たちのルーツを解放するんですよ。で、すごくうねるような音楽じゃないですか。これは単にダンス音楽として興奮してみんな、踊ってはいるんですけど。一種、呪術的じゃないですか?
もともと、呪術的な儀式としての音楽なんですよ。こういうの。これはブードゥーと言われるもので、アフリカからハイチとか、あの辺の西インド諸島を通じてルイジアナに入ってきた黒人奴隷が持ってきた音楽なんですけれども。基本的には呪いの音楽なんですよ。非常に宗教的な音楽ですね。で、これ、こういう音楽をやってるからその教会が最初に出てくるんですけども、その教会の牧師さんの息子さんがこういう音楽をやっているブルースマンなんですね。ブルースミュージシャンなんですよ。
ブルースとゴスペル
(町山智浩)で、彼のことをその牧師さんのお父さんが「お前は罪人だ」って言うんですよ。で、そこからこの映画は始まるんですよ。だから教会の音楽に対して、こういう酒場でやっているアフリカの音楽は悪魔の音楽だとされたんですよ。教会で。というのはそれははっきり悪魔とは言わないんですが、アフリカではその精霊信仰というのがあって。ブードゥーというのはジャングルにはいろんな生き物がいるんですけど、みんな一種の霊(スピリット)を持っていると考えていて。
で、それを呼び覚ましたり、それとつながるための音楽なんですね。で、それはキリスト教からすると、なんというか邪教なんですよ。悪魔なんですよ。だから禁止されているんですよ。で、当時もそうだったんですけど、その2つの音楽の対立の話なんですよ。これは。だから、こういう悪魔の音楽とされている呪術的な音楽をやっていると、本当に吸血鬼がやってきちゃうんですよ。そういう話なんですよ。で、ここで面白いのはそこで来る吸血鬼が……もっとすごく大事な話をすると、ブルース音楽というもの。今、バックでものすごいギターが鳴っていますけど。「ブルースをやることは悪魔と契約することだ」って言われていたんですよ。
で、ちょっとロバート・ジョンソンっていうミュージシャン、ギタリストの『Cross Road』という音楽をかけてください。
(町山智浩)これは伝説的なブルースギタリストのロバート・ジョンソンが歌った『Cross Road(十字路)』という歌なんですね。これはどういう歌かというと「十字路で俺はひざまずいて祈った」って言ってるんですけど。何を祈ったかというと「十字路で悪魔を呼び出して俺にすごいギターの腕をくれれば、俺は悪魔に魂を売るぜ」っていうことなんですよ。で、この人は実在のギタリストなんですけど急にものすごくうまくなったんで「悪魔に魂を売った」と言われているんですよ。で、これはその十字路、現在も残っていて。僕はそこに行きました。ただの十字路でした(笑)。僕は悪魔の呼び出し方が分からなかったんですけど。
で、このロバート・ジョンソンは『俺と悪魔のブルース』っていうすごい怖い歌も書いてるんですけど。ブルースは教会で禁じられていること……たとえば犯罪ですね。殺人とか。あとセックスとか酒とか、そういった人間の闇の部分を歌うんですよ。欲望の部分を。それで教会からはもう絶対許さないって言われてるんですけど。これ、『エルヴィス』っていう映画はご覧になってませんか?
エルヴィス・プレスリーは白人なんですけど、貧しかったんで黒人たちと一緒に暮らしてるんですよ。まさにそのミシッピで。子供の頃にそこで黒人教会に行って、黒人のゴスペルを聴いて。夜は黒人のブルース酒場に行って、恐ろしいセックスについての歌を聴くんですね。子供の頃、プレスリーは。そこからロックンロールが生まれていたんですよ。で、この映画で吸血鬼が襲ってくるんですが、吸血鬼は白人なんですよ。全員。で、彼らもバンドを持っていて「一緒にセッションしようぜ」って言うんですけど、その白人吸血鬼が歌う曲は、これです。
(町山智浩)はい。これはアイルランド民謡なんです。実はアメリカにはスコットランド系とかアイルランド系っていうケルトの人たちは移民がすごく遅れたんで、土地を持つことができなくて、黒人と同じように小作人として暮らしてたんですよ。で、彼らが持ってきたケルト民謡が黒人のブルースとかゴスペルと合体するんです。そこでロックンロールという音楽が生まれてくるんですよ。
まあ、一緒に暮らしてたんで。貧乏だったんで。で、エルヴィス・プレスリーはまさにそこで育ったんですよ。そこでロックンロールを作っていくんですが。っていう話がこの『罪人たち』という映画の裏には隠されてるんですよね。これ、曲を知らなくてもすごく楽しいミュージカル映画で、ホラー映画で。しかもこの主人公の兄弟2人はですね、第一次大戦でヨーロッパで激戦を体験した後、シカゴのギャングのアル・カポネの下で殺しをやってたんでものすごい戦闘能力が高いんですよ。双子なんですよ。
だから敵が吸血鬼だろうがKKKだろうが、大戦争になっていくんですよ。というね、とんでもない映画なんですよね。この『罪人たち』というのは。それでしかも、その人たちがミシシッピでブルースというものを作った後、シカゴに行くんですね。シカゴで黒人たちの仕事……産業革命で工場で働くことになるんで。そこでシカゴブルースっていうのができるんですよ。それはギターをエレキギターに変えるんですね。
で、そのシカゴブルースの生き残りの人が本当にこの映画に出てくるんです。まだ生きてるんです。88で。今もツアーをやっているんですよ。伝説のブルースマンが最後に出てきて、とんでもないことになってくるというね。まあ、僕みたいなこういうのが大好きな人にとっては宝物のような、ごちそうのような映画だったんです。
吸血鬼は黒人音楽を搾取した白人たちの比喩
(町山智浩)白人たちにロックンロールを盗まれて、黒人たちは搾取されるんですよね。産業として盗まれて。この間、紹介したレッド・ツェッペリンなんて黒人のブルースをそのまま替え歌で歌ってたりしてた人たちなんですけど。でもたぶん、この白人たちの吸血鬼が黒人音楽を盗もうとするっていうのは吸血鬼に比喩してるんだと思うんですよ。そういうところまで含めてね、掘れば掘るほどね、深すぎるんでね。もう3時間ぐらい語れますんで、この辺でやめておきます(笑)。