町山智浩さんが2025年6月10日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『カーテンコールの灯』を紹介していました。
※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。
(町山智浩)今日はその『年少日記』という映画にもちょっとつながってくる映画なんですが。再来週の6月27日(金)から日本公開されるアメリカ映画で『カーテンコールの灯』という映画をご紹介します。音楽どうぞ。
(曲が流れる)
(町山智浩)まあ非常に美しい音楽なんですけども。これはですね、まあなんていうか50過ぎのですね、もう白髪交じりのおっさんで道路工事している、がっちりしたクマみたいなおっさんがですね、なぜかお芝居で『ロミオとジュリエット』のロミオを演じることになるというまあ、コメディですね。
で、どうしてこのおっさんが……まあ写真を見るともう本当におっさんですよ。もうね。50過ぎの。で、しかも工事現場でガガガガガガガガッとか道路を掘っているんですよ。で、もちろん芝居の経験なんかまるでない人が、どうしてロミオを演じることになっちゃうかという話なんですけれども。で、まず『ロミオとジュリエット』の話をちょっとしないとならないんですが。音楽をお願いします。
(町山智浩)この『ロミオとジュリエット』というと僕の世代は1968年に公開された映画版なんですね。これは一応、全世界で最もヒットした『ロミオとジュリエット』映画で。オリビア・ハッセーという女優さんがこれで世界的大スターになって、布施明さんとなぜか結婚されましたが。
これね、いわゆるヒッピーカルチャーの時代に大ヒットしたんですね。全世界で。つまり、そのロミオとジュリエットは親同士が非常に喧嘩していてですね、抗争している家族なんですが。それを超えて愛し合って、犠牲になってしまうんですね。それがその当時、ちょっと今だったら考えられないんですけど。親の反対を押し切って結婚するというのは非常に大きな戦いだった時代なんですよ。その時代って。日本でもそういう歌があります。はしだのりひことクライマックスの歌でね、「花嫁は夜汽車に乗って嫁いでいくの」っていう歌がありますけども。
(町山智浩)今、親が反対する結婚って、あんまりないでしょう? 今はね、そんなに「家」とかあんまりないですからね。家制度みたいなものがないから、ないんですけどその当時はまだあったんで。まあ『ロミオとジュリエット』がなぜかロック世代に大ヒットしたんですね。68年に。で、この映画はですね、『ロミオとジュリエット』の話をちゃんと知らないと、なんだか分からない展開になっちゃうんで一応、基本だけは抑えてください。2人は最終的に心中しちゃうんですよね。で、家同士の争いがなんてくだらないんだっていうことに親同士がやっと気づくという話です。
で、この映画、こちらの『カーテンコールの灯』の方ですが。こちらのダンという中年のおじさんは工事現場でガリガリガリガリやってるんですけども、あの本当にむっつりしてるんですよ。で、表情がなくて、笑わないんですね。で、まああんまり奥さんとも、なんていうかいわゆるレスなんですね。で、娘との関係性もあんまりよくなくて。娘の方は高校生なんですけれども、学校で暴力事件を起こしまして。先生をぶん殴っちゃったんですね。それで停学処分になって。
それで「怒りをコントロールした方がいいよ」みたいなことを学校側から言われるんですが。このお父さんのダン自身もですね、ブスっとしてるんですが、ちょっとなんかあるとバーッとぶち切れて暴力的になっちゃうんですよ。凶暴なんですね。2人とも。で、じゃあこの家族は一体どうしちゃったんだろう?って思うと、どうも別の家族と法的に争ってるらしいんですよ。家族同士で戦っている。弁護士を立てて。で、一体何があったんだろう?ってことがだんだん分かってくる、ちょっとミステリーっぽいところがあるんですね。この『カーテンコールの灯』という映画は。
で、これが楽しい映画、コメディっぽいな展開にどうやってなっていくのかというと、このお父さんがブスっとしてなんか暴れたりしてるのを見た田舎のちっちゃい町のアマチュア劇団がありまして。それでジュリエットを演じる女優さんがこのお父さんに「ちょっと芝居、見ていきなよ。稽古をやっているから見ていかない? この劇団に入りなよ」って無理やり、誘うんですよ。
このジュリエットの人もですね、50過ぎのおばさんなんですけど。で、この『ロミオとジュリエット』の通し稽古みたいなことをやってるのを見るんですね。このダンさんは。そうするとね、ラストシーンでぶち切れちゃうんですよ。ロミオとジュリエットの2人が心中するのを見て。「この終わり方は嫌だ!」って叫ぶんですね。「2人が死なないラストにしてくれ!」って言うんですよ。
「えっ、これ、シェイクスピアだよ? 知らないの?」っていう感じなんですけど。まあ、このお父さんは知らないんですけど。で、一体何だろうと思うと実はこのお父さんの家族は大事な人を失っていたことが分かるんですよ。その時、はじめて彼はずっと秘めてた感情を出すんですね。悲しみを。このダンおじさんはものすごい悲しみがあって、それが放っておくとこぼれてしまうから抑えていて。それで全く無表情になっていたと。で、しかもイライラしてたんだってことがだんだん分かってくるんですよ。
はじめて秘めていた感情を出す
(町山智浩)で、このジュリエット役の人がですね、この劇団の演出家が「あなた、ロミオをやってみない?」って言うんですよ。大抜擢なんです。やったことないのにね。芝居なんか、全く。で、ここから芝居の稽古が始まっていくんですけど、これがちょっとね、いわゆる芝居物の映画でたとえばですね、『ドライブ・マイ・カー』っていう映画、ありましたよね? あれ、お芝居の演出家が西島秀俊さんで。で、ずっとセリフの読みをやっていたんですけれども。そういう話っていうか、そういう稽古じゃないんですよ。
これでね、稽古と言って何をやるかっていうと、遊ぶんですよ。この劇団に入ったダンさんは最初、稽古をやるのかなと思ったら、そうじゃない。「ゲームをしましょう」って言われるんですよ。で、それがたとえばどういうゲームか?っていうと、まあ電車ごっこですね。前の人の肩に手を当てて、みんなで電車ごっこをしたり。なんかジェスチャーをしてね、「これは一体なんだ?」って当てさせたりですね。あと、見えないボール。ドッジボールぐらいの大きさの見えないボールを持って、それを相手に投げて。相手はそのボールが来たという芝居をして、見えないボールのキャッチボールをしたりね。そういうことをずっとさせるんですけど。
これ、シアターゲームというんですが、特に全く芝居をしたことのない人にとってはこれがすごく大事なんですよ。っていうのは、お芝居っていうのは自分じゃない人になることですから。そうすると、自分の殻から出なきゃなんないんですよ。それって普通の人は、やったことがないですよね。だからその殻から出さなきゃならないんで、それが大事なんですよ。演技よりも。まず、それをしなきゃならないんで。特にこのお父さんは本当にもう辛くて、まあ殻に閉じこもっているわけですから、それを溶かしてあげなきゃならないんですよ。だからこのシアターゲームが非常に大きなものになってるんですね。この映画の中では。
シアターゲームの効果
(町山智浩)で、この映画ね、シアターゲームとは一体何か?っていう説明はないんですよ。で、途中で窓から子供が覗いていて。「大人が、いいおっさんたちが子供の遊びしてる」って笑うシーンがあるんですよ。わかんないとそうなっちゃうんですけど。これはね、実はすごく大きい革命があったんですよ。演劇における。
さっき言った「自分の殻から出なきゃなんない」っていうことで昔、新劇はかなり俳優さんたちをなんていうか、いじめたんですよ。いわゆるメソッドアクティング、メソッド演技とか、スタニスラフスキー・システムと言われているもので。誰か別の人格になるために、その人に完全になりきるために、自分の人格を一種、破壊するっていうことがあったんですよ。
で、たとえばロバート・デ・ニーロっていう人がそうですけど。中毒患者の役をやるために、本当に中毒になったりしたんですよ。それでヒース・レジャーっていう人もそうでしたね。ジョーカーの役をやる時に、完全にまあ、本当に精神が壊れたとか。そういうことをやっちゃうことがあって、それを劇団で演出家がやったりすると、それこそもうつかこうへいさんとか、蜷川幸雄さんみたいにものすごいじめみたいなことが行われて、人格破壊をしたりしてたんですけども。それはそれはダメだっていうことで、変わっていったんですよ。
今はそういうことはほとんどしないようになっていて。まあ、する人もいますけど。これね、このシアターゲームっていうのは僕ね、実はその発祥の地に行ったことがあるんですよ。これね、もともとシカゴで始まってるんですよ。で、もともとは子供同士、遊べない子たちを遊ばせるためのものとして開発されたんですよ。友達と打ち解けない子供がいるじゃないですか。でも、こういう遊びだったら……たとえば見えないボールを投げるっていうゲームだよとか。それだったら、できるじゃないですか。話がうまくできない子でも。で、少しずつ打ち解けさせていくということを児童心理学の面からやっていたのを劇団に取り入れて。
で、セカンドシティっていう劇団があって。僕、取材でそこに行ってるんですよ。それで、やりました。シアターゲームを。楽しかったです。これね、基本的にはコメディ劇団なんですけど。その芝居をしたことがない人だけじゃなくて、ずっと何かうまく人と話ができなくて苦労してるっていう人たちも、入ってました。
これ、グループセラピーっていうのもここから出ているんですよ。それまでのグループセラピーって結構、宗教的で。告白させたりしたんですけど。そういうことよりもまず、その自分の殻を自然に溶かしていった方がいいよと。誰かに触れ合ったりとか、そういうことで非常に柔らかくやっていこうってことでやってるのがこのシアターゲームなんですね。
それまでのはやっぱり結構、きつかったんですよ。演劇の訓練とかね。で、この映画はそういった形でこのお父さんの心を解きほぐしていくんですが……この映画の一番すごいのは、この全く芝居のできない堅苦しいお父さんという役をやっている人は、実はものすごい芸歴が長い、いろんな賞を取っている名優さんなんですよ(笑)。
この人、キース・カプフェラーっていう人で、この人は日本ではほとんど知られてないんですけど、シカゴではものすごい知られている人で。映画とかテレビにいっぱい出ていて、劇団にも出ていて。それなのに全く芝居ができないド素人っていう役をやっているんですよ。
これ、すごいなって。僕ね、志穂美悦子さんが今まで……志穂美悦子さんという女優さんがいて。まあすごい、日本のカンフースターなんですけども。一番きつかった仕事は『二代目はクリスチャン』っていう映画で。全く運動とか戦いをしたことのない人の格闘をやらされたらしいんですよ。ものすごくできるのに(笑)。だからこれが超難しかったってインタビューで言ってましたね。
だからこのキース・カプフェラーさんのお父さんの演技が素晴らしいんですけど。あと、娘さんとその奥さんの役の人は本当の娘さんと奥さんなんですよ。この人たちも俳優さんなんです。これね、娘さんがミュージカルスターになりたくて歌を歌うシーンがあるんですけど、素晴らしいんですよ。本当に。めちゃくちゃうまくて。芝居ファミリーなんですよ。
だからこれね、壊れちゃった家族が立ち直ろうとする話なんですけど、その向こうの方に見えてくるものはですね、『年少日記』と同じで。息子と父の関係が見えてくるんですね。で、これ、『Ghostlight』っていう原題なんですが。『カーテンコールの灯』っていう全然違う邦題になっていますが。これ、タイトル『Ghostlight』っていうのは直訳すると「幽霊の光」っていうタイトルなんですが。これね、お芝居をやってる時、お芝居する時ってほら、幕が左右にあって。あの中って完全に真っ暗になっちゃうじゃないですか。
でも、真っ暗だと見えないから、すごくうっすらかりをつけるらしいんですよ。舞台袖についてるちっちゃ光みたいな。あれを『Ghostlight』っていうんですね。もうギリギリ見えるぐらい、観客から見えないぐらいの明かりをつけておくんですけども。この映画は実はその『Ghostlight』のもうひとつの意味の「幽霊の光」というのが……まあ、2重の意味を持っていて。これが大変なクライマックスになってくるんですよ。
これはすごい、もうよくできた映画でしたね。ほとんどまあ知られてないんですけれども。まあ、アカデミー女優さんも出てますけれども。実はそのジュリエット役をやるおばさんの人がですね、ドリー・デ・レオンさんというですね、『逆転のトライアングル』っていう映画で豪華客船のメイドさんをやっていたという。これはとんでもない映画なんで。ゲロゲロ映画ですけど。豪華客船がめちゃくちゃ揺れて、金持ちたちが豪華な料理を食べながらゲロ吐きまくるっていうすごい映画なんですが。それでメイドさんの役をやっているね、アカデミー賞にノミネーされた人なんですけども。まあ芝居についての映画で、芝居がみんなめちゃくちゃうまくて。
で、しかも「誰かを演じるということは誰かの心になってみることなんだ。それが人には必要なんだ」っていうことまで描いていて。で、親と子の関係は子になってみろってことも描いてますね。はい。これは本当にすごい映画でちょっと今年ベストの中に入る映画ですね。楽しいですよ。ちゃんとコメディのところもありますから。
でもこれ、アメリカでもね、公開時に見損なった人たちが後から発見して。「これは素晴らしい映画だ」ということで口コミが広がったりしてる映画なんですね。まあだって、主役はこのおっさんですからね。ちょっとね。このおっさんで「この映画を見に行こう!」ってなる人はちょっと難しいかもしれないなと思いますけど、本当にいい映画で。見たことを本当によかったと思える映画ですから、ぜひこの『カーテンコールの灯』、ご覧になっていただきたいと思います。