町山智浩さんが2026年4月21日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で『サンキュー、チャック』について話していました。
※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。
(町山智浩)今日紹介する映画はですね、『オールド・オーク』はまあ、わかりやすい映画でしたけど。今日の映画はアメリカでもアメリカの観客をみんな「?」だらけにした、とんでもない映画を紹介します。『サンキュー、チャック』という映画なんですね。これね、原作はスティーヴン・キングです。スティーヴン・キングはまあホラー小説の巨匠ですよね。で、一番有名なのは何だろう? 『シャイニング』かな。あと『キャリー』とかね、『IT』とかね、いっぱい書いてますけど。
ああ、『ショーシャンクの空に』はホラーじゃないんですよね。感動的な刑務所の話で。ホラーじゃないのも書いてますね、スティーヴン・キングはね。『スタンド・バイ・ミー』とか、少年小説ですけど。まあ、アメリカ最大のベストセラー作家かな。その人が原作なんですね。ところが今まで映画化されたり、読まれてきたスティーヴン・キングのどんな物語よりもこの『サンキュー、チャック』って、変なんですよ。とんでもない映画なんですね。で、見てる間中、「一体、これは何? 何なのこれ?」っていう映画なんですけど。
でもね、すっごくいい映画なんですよ。すごいいい映画です。見た人の人生を変える映画です。「?」が浮かぶのに。はい。でね、この映画ね、まず『サンキュー、チャック』っていうので「チャック」っていうのは「口にチャックする」とか、ああいうんじゃなくて。チャーリーっていう人の愛称なんですね。ジョンの愛称がジャックだったりするのと同じなんですが。英語、めんどくさいんですよ。本当に。関係ないけどロバートの愛称はボブですからね。
ボブさん、本名はロバートなんですよ。で、ジャックなんとかっていう人、いるじゃないですか。あれの本名は、ジョンですよ。それからジョニーも本名はジョンなんですよ。まあ愛称っていうのはめんどくさいですが。はい。で、チャーリーの愛称はチャックなんですね。で、この映画はね、三部構成で三つのパートに分かれてるんですけど。一番最初がパート3なんですよ。パート3から始まるんですよ。
で、そのパート3の主人公はチャックじゃないんですよ。全然関係ない、高校の国語の先生ですね。黒人の。で、まあ授業をやってると生徒が授業中に高校だから、スマホをいじってるんですよ。で、「やめろ、お前。スマホをいじるんじゃねえぞ」とか言ってると「あっ、落ちた」とか言うんですよ。全員のスマホのネット回線が落ちるんですよ。で、そこからだんだん、いろんなインフラが止まっていくんですね。
それだけじゃなくて、ニュースとかを見ると世界各地でもう大変な大地震とか、大洪水とか、大火災とかが起こって、めちゃくちゃになってるんですよ。で、しまいにはそのテレビの放送も落ちちゃうんですよ。ところがそのテレビの放送が落ちる直前に「サンキュー、チャック。ありがとう、チャック。39年間、ご苦労様」というコマーシャルが流れるんですよ。
で、それを見ていたその国語の先生が「誰だ、このチャックって? 何なの、これ?」って言うんですね。で、そのチャックというのはその広告に出てくるんですけども。眼鏡をかけてネクタイを締めて背広を着た、いかにもサラリーマンとかね、硬い職業のお役所で働いてるような感じの人なんですね。すっごい普通の人なんですよ。その人が出てきて、「サンキュー、チャック」っていう広告になるんですけど。ところが、それが世界がどんどんどんどん破滅に向かっていくと、その広告がそこら中に出てくるんですよ。
なんでかはわからないんですよ。で、このままだと世界が終わるってことで自分がその世界の終わりに1人でいたくないという風に思ったその高校の先生が離婚をした、でもまだ愛している奥さんのところに向かうという話がこの映画の一番最初の部分。第3部なんですよ。ややこしいな。はい。で、これで「チャックって一体誰なの?」って観客が思ってるうちに世界は、世界だけじゃなくて宇宙全体の破滅に向かっていくっていう、ものすごくスケールのでかいSF映画として始まるんですね。
「なんなの、この知らないチャックっていう人は? 真面目そうなただのおっさんは誰なの?」っていうことになるんですよ。で、第2部になるんですよ。第2部はそのチャックが出てくるんですよ。とうとう。ところが、この第2部も彼が主人公じゃないんですよ。主人公は名門の音楽学校を途中で中退したドラマーのアフリカ系の女の子なんですね。で、ストリートミュージシャン。だから日本だと路上ミュージシャンっていうのかな? だから商店街のところでね、ドラムセットを置いて叩いてるんですね。そうすると、そこにそのいかにも真面目な勤め人風のチャックが通りかかるんですよ。
で、このチャックを演じてる人はね、トム・ヒドルストンという俳優さんでこの人、マーベルコミックス映画の『アベンジャーズ』シリーズでいたずら者の神のロキというのを演じて人気の人なんですが。この人、眼鏡をかけてると本当に普通の感じで。職業は公認会計士ですね。で、ドラムを叩いてるところを通りかかるとですね、突然彼が踊り始めるんですよ。
(曲が流れる)
それで今、かかってる音楽ってジャンルとしてはですね、チャールストンと言われてるような音楽なんですよ。チャールストンっていうダンスがあるんですよ。足を蹴り上げるやつです。そういうリズムなんで、そういう踊りをして。その後、「この人は踊れる」と思ったんでそのドラマーの子がリズムをいろいろ変えていくんですね。で、ラテン風のリズムにしたり、いろいろなリズムをやるとそれに合わせてチャックは見事に踊ってみせるんですよ。
それだけじゃなくて、「ああ、この真面目そうなおじさん、すげえ踊りがうまい」って見ている人たちの中から女性を1人、誘って。彼女をリードして見事なカップルのダンスを踊り始めるんですね。そのチャックが。で、その彼女は実は彼氏に振られて、ものすごいもうイライラしてたんですけどもチャックと一緒に踊ることで救われていくんですね。
で、「一体このチャックって人なんでこんなに踊りがうまいの?」って観客はさらに謎が増えるんですよ。しかも、さっきの世界の終わりとどう関係あるのか?って。ねえ。世界の終わりとこのダンスうまい会計士と、どうつながるの?って思っていると最後のパート、第1部が始まります。第1部が一番最後なんですよ。で、そこで初めてチャックが主人公になるんです。で、そこでチャックの子供時代が描かれるんですけど。チャックは幼い頃に両親を交通事故で失って、おじいちゃんとおばあちゃんに育てられるんですね。
祖父母を演じるマーク・ハミルとミア・サラ
(町山智浩)で、このおじいちゃんを演じるのはなんとマーク・ハミル、『スター・ウォーズ』第1作目の主人公のルーク・スカイウォーカーです。で、おばあちゃんが……このおばあちゃんを演じてる人がびっくりだったんですけど。ミア・サラという女優さんなんですよ。このミア・サラという人はね、僕の世代にはものすごく重要な女優さんなんです。彼女はね、トム・クルーズとかあの辺……だから俺と同い年ですけども。が、青春映画にいっぱい出てた時の青春アイドル美少女スターだったんですよ。
それが今、おばあちゃんですよ。まあ俺もおじいちゃんだからね、しょうがないけど。でもその80年代はね、もう本当に美少女でしたよ。トム・クルーズと一緒に『レジェンド』っていう映画に出てるしね。あと、この人の代表作は『フェリスはある朝突然に』という映画で。青春コメディなんですけど。マシュー・ブロデリック扮するフェリスのガールフレンドの役をやって、非常に人気があった人なんですけど。
このミア・サラさんがおばあちゃんなんですね。で、このおばあちゃんがダンスが大好きなんですよ。で、ご飯を作りながらいつも踊っていて。で、両親を失ったんで本当に暗いそのチャックがおばあちゃんにダンスを教えてもらうことでだんだんと明るくなっていくというね。で、彼がなんでダンスがそんなにうまいのかがそこでやっと明らかになるんですけど。映画の一番最後の方でやっとですけど。
で、チャックはそのダンスによって救われたんですね。人生の中で。それで学校のダンス部に入って真剣に本当にダンスの練習をするんですよ。でもね、おじいちゃんはね、ダンスとかを全然しない人なんですよ。おじいちゃんは暗くてね、酒しか楽しみがない人で。で、その孫がダンサーを真剣に目指してるのを見てこう言うんですよ。「ダンサーを目指して実際に食えるようになれるのは10人に1人もいないぞ。でも会計士なら、資格さえ取れば確実に食えるぞ。だからワシみたいな会計士になれ」って言うんですよ。
これはすごいキャスティングが重要なんですよ。これを言ってるおじいちゃんはマーク・ハミルという人です。彼は『スター・ウォーズ』で父親から「俺の後を継げ」って言われた人なんですよ。その父親は銀河最大の悪人、ダース・ベイダーです。ダース・ベイダーから「お前は俺の息子だから、俺の後を継げ」って言われた人がおじいちゃんになって、孫にそう言ってるんですよ。
で、実はこのダンスを教えるおばあちゃんのミア・サラというキャスティングにもそういうトリックがあるんですよ。これはね、『フェリスはある朝突然に』という映画を見るとわかるんですけど。フェリスという男の子は学校に行くのをさぼって遊びに行くんです。ガールフレンドを連れて。で、そこで踊りまくるんです。「人生は短い。学校なんか行ってる暇があるか? 踊ろうぜ」っていう話なんですよ。『フェリスはある朝突然に』は。
それをキャスティングしてるんで僕は「この映画、ただもんじゃねえな!」と思ったんですけど。まあ、ジジイを喜ばしてるだけだと思いますが。で、この2人の間に挟まれてチャックがいるんですけれども。さっきの宇宙の終わり、世界の終わりとこれがどう繋がるの?っていうところがあるわけですよ。それはチャックが中学の国語の授業でウォルト・ホイットマンというアメリカの詩人の詩を勉強するんですね。それが「僕自身の歌」という詩なんですよ。この詩の中にその謎が隠されてるんですよ。
ウォルト・ホイットマン「僕自身の歌に謎が隠されている
(町山智浩)これはね、言っちゃうとネタバレになっちゃうんですけど。この詩はすごい詩で。言いにくいな……。なんていうか、ウォルト・ホイットマンって人は「僕自身を称える、僕自身のことを絶賛するためにこの歌を書きました」っていうことで、これはものすごい長い詩なんですが。その詩の中で彼は、あらゆるものになるんです。
このウォルト・ホイットマンの詩というのは、いろんな映画のテーマそのものになってきた詩で。『ソフィーの選択』という名作がありますね。あと『きみに読む物語』というラブストーリーがあって。それも実はウォルト・ホイットマンの詩を元にして書かれた物語なんです。で、『いまを生きる』という映画がありまして。それではウォルト・ホイットマンの詩そのものが映画のテーマになってるんです。ロビン・ウィリアムス扮する高校の先生がウォルト・ホイットマンの詩を高校生たちに教えて。「人生で本当に君たちがしたいことは一体、何なのか? それをしないと絶対に後悔するぞ」っていうことを教えていくんですよ。
ウォルト・ホイットマンの詩っていうのはね、アメリカの学校では必ず習うんですけど。どういう詩かというと、全てが同じなんですけど。「君よりも素晴らしいものはこの世にないんだ」ってことを訴える詩なんですよ。「絶対にその君自身を抑えてはいけないんだ。思いっきり生きるんだよ」ってことを教えるんですよ。「どんなルールも無視しろ。君自身の生き方を達成することが一番大事なんだ」ってことをアメリカの学校では教えます。これ、日本は違うよ? 日本は「ルールを守れ」って言うよ。
これ、真逆なんですよ。だからこの映画はすごく不思議なことに一つの詩に向かって物語が収斂していくんです。で、最終的な決着の部分はちゃんとスティーブン・キングなんで、ホラー映画になるんですよ。結末に向かってホラーになっていきます。で、どういう風なホラーかというと、そのチャックが住んでるおじいちゃんの家には屋根裏部屋があるんですよ。で、その屋根裏部屋には鍵がかかっていて、おじいちゃんが「絶対に入っちゃいけないよ」って言うんですよ。この部屋には、スティーブン・キングはいろいろホラー小説を書いてきてますけども。その中でもたぶん、最大の恐怖が隠されてるんです。
これ、最後はホラーですよ。このホラー、恐怖っていうのはおそらく映画史上最大のホラーで。全てのホラーの中でも最大のホラーなんですよ。一番の恐怖なんですよ。これは誰にでも起こることです。恐怖は誰にでも起こって、誰も絶対逃げられないんです。どんな人も逃げられないです。どんな人も逃げられないし、その恐怖がいつ来るかは誰にも絶対にわからないんです。もう数秒後かもしれない。何十年後かもしれない。その恐怖は誰にでも絶対に起こって、逃げることはできないっていう恐怖が最後に来るんですよ。この『サンキュー、チャック』っていう映画は。
これは見た後も、劇場を出る時にいっぱい考えながらお客さんは家に帰ることになると思います。その日の夜、寝る時も考えなければならなくなると思います。だからいい映画っていうのはいい質問をしてくる映画なんですよ。答えはくれないんですよ。答えを安易にくれるのは秋元康の歌だけです。全部言っちゃうんですよ。そうじゃないんです。
タイトルとかで言ったり。「人生は○○のようだ」とか言っちゃうんですけど。「それはなぜかというと……」って全部、説明するのが秋元康の歌なんですけど、これはしません。秋元康じゃないんです。スティーヴン・キングは。自分で考えるからこそ、自分に染みてきて。「じゃあ俺はどうしよう? 私はどうしよう?」っていう風にさせる映画なんですよ。はい。それがこのね、『サンキュー、チャック』という映画で、見た後はやっぱりね、「サンキュー、チャック」って言いたくなるんですよ。