町山智浩『教皇選挙』を語る

町山智浩 クインシー・ジョーンズと楳図かずおを追悼する こねくと

町山智浩さんが2025年3月18日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『教皇選挙』について話していました。

※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。

(町山智浩)今日、紹介する映画は僕、来週からね、ローマに行くんですよ。なにをしに行くかっていうと、主な目的がバチカンに行きたくて。カトリックの総本山ですけれども。そこに行くのがずっと夢だったんですけども。特に今回、行きたいのは法皇様……フランシス教皇が今、ご危篤なんですね。非常に不安定な状態にあって今、世界中の人がお祈りに行ってるんですよ。教皇様のそのご快癒をということでですね。僕、カトリックじゃないんですけど、ちょっとお祈りに行きたいなという気持ちもありましてですね、来週はイタリアから出演することになると思います。

ただ、ちょっと怖いのは今、アメリカに戻って来れない可能性が非常にあって。外国に出たグリーンカードを持っている人たちをちょっと、逮捕してるんでね。トランプ政権の政策でね。それがちょっと怖いんですけど。帰ってこれなかったらこれなかったら、まあイタリアの方で暮らすかと思ってますけど。はい。まあいいや(笑)。

それで今日、紹介する映画はですね、ローマ教皇を選ぶ選挙を描いたヨーロッパの映画なんですが『教皇選挙』という映画を紹介します。

(曲が流れる)

(町山智浩)音楽、かっこいいですね。かっこよくて、なんていうかゴージャスなんだけどサスペンスもあってね、素晴らしい音楽なんですが。この『教皇選挙』……『教皇選挙』っていう日本語タイトル、やめてよと思うんですよ。なんか無理やり選挙するみたいな感じじゃないですか。これはね、元のタイトルは『Conclave』っていうんですよ。ラテン語のタイトルはね。で、「コンクラーベ」って結構、みんなに知られてるからコンクラーベで行けばいいのにと思うんですが。これはローマ教皇が亡くなって、次のローマ教皇、法王様を決めるための選挙を教皇の下に枢機卿というですね、非常に位の高い神父さんたちがいて。その人たちが100人から140人ぐらいで投票をして決めるという選挙を描いた映画です。

これ、すごいのはそう聞くとなんというか、「カトリックの話と関係ねえし」とか、「俺は全然興味ないし」って思う人も多いと思うんですよ。日本では特に。でも知識とか、全然必要ないです。これ、圧倒的なエンターテイメントなんです。面白いんですよ。ものすごく面白く、よくできてるんですよ。これね、選ばなきゃならないってことで。コンクラーベっていうのは「監禁された状態」っていう意味らしいんですね。「鍵がかかった部屋」とか、そういうことをコンクラーベっていうんですけども。これ、選挙をして3分の2の票を1人の候補者が獲得するまで、何度も何度も投票し続けるんですよ。だから日本語の「根比べ」からついたと言われてるんですが……まあ嘘ですが。

オヤジギャグでね、「コンクラーベは根比べだよ」とか、みんな言ってるんですけども(笑)。もう100億回ぐらい言われてると思いますが。だからね、面白いんですよ。評決に達するまでの話なんですよ。でね、これは主人公はレイフ・ファインズというイギリス人の俳優で。この人、62歳で僕と同い年ですね。名優なんですけれども。彼が、亡くなった教皇の一番弟子だった人で。その後継者の選挙の管理人をするんですね。彼が主人公です。ローレンスという選挙管理人ですね。で、彼はですね、その選挙を本当になんていうか、公正にやりたいんですよ。どうしても。というのは、これは実際のローマ教皇選挙をモデルにしてるんですが……今、バチカンが真っ二つにわかれてるんですよ。

真っ二つにわかれているバチカン

(町山智浩)これは激しくわかれてます。というのはまず、ご存知だと思うんですけれども。世界中で神父の人たちが男の子たちとか女の子たちにいたずらしてたことが発覚しましたよね? もうものすごい数の被害者がいて、それに賠償をしてるんでもう、破産してる状態なんですよ。バチカンは。そこで選ばれた現在の教皇がフランシス教皇という人なんですけれども。アルゼンチン出身の人なんですが。彼が徹底的にバチカンを改革していったんですよ。ただ、それに反発している保守派の人たちがいて。その改革派と保守派の間でものすごい激しい政治的な争いがずっと続いてるんですね。バチカンでは。それを反映した映画がこの『教皇選挙』で。

やはりこの話の中に出てくる亡くなった教皇は現在のフランシス教皇をモデルにした人らしいんですよ。改革派なんですね。だからその改革派の教皇が亡くなったから、保守派は巻き返しを図って。選挙で勝って、またバチカン・カトリック教会を保守化させようとしてる派閥があるわけですよ。で、そうはさせまいとするリベラル派・改革派の候補者もいて。それがいろんな工作を裏でしてるんですね。お互いに。

で、この主人公のローレンスという選挙管理人を務めるレイフ・ファインズの使命は、その候補者の中から不適切な、教皇にしてはいけない人たちを見つけ出して、排除していかなきゃいけないんです。これね、ミステリーなんですよ。要するにミステリーって、アガサ・クリスティとかが『オリエント急行殺人事件』とか、いろいろ書いてますけど。限られた登場人物の中から誰が犯人か?ってのを探す、フーダニットっていうジャンルがあるんですね。「誰がやったか?」っていう意味なんですが。それの一種なんですよ。

不適切な候補者を探すミステリー

(町山智浩)離れ小島とか列車とか、なんていうか、限られたところに何人かの容疑者がいて。そこから犯人を見つけ出すという。金田一耕助もそうですね。これはそのジャンルなんです。密室物なんです。鍵がかかってるから。で、何回も投票するんですが、評決に達するまではこのバチカンの中からも出られないんですよ。外部との連絡も全然できなくて。スマホはもちろん、電話からテレビから何から何まで完全に遮断されるんです。投票してる間はね。その中で犯人探しというわけじゃないんですけど、とにかく候補者の中から悪いやつを見つけ出さなきゃならないんですよ。そこがまずひとつなんですけれども。

もうひとつのポイントはこのレイフ・ファインズ扮する主人公が全く、絶望的な気持ちで、もう神を信じられなくなってるという設定があるんですよ。それは彼があまりにもその亡くなった教皇を尊敬していて、その一番弟子だったから。愛する人を失ったら、普通は人は神を信じなくなるんですよ。だって、おかしいじゃないか。こんな素晴らしい人がなんで死ななきゃいけないんだ? 神なんていないんじゃないか?っていうことで、このローレンスは「神は死んだ」という気持ちになっちゃうんですよ。つまり、教皇が死んだことと神が死んだこと、信仰を失っていくことは重ねられてるんですね。それは現在の地球に住んでる人の多くが今、そういう魂の危機にあるというものを彼に象徴させているんですね。

実際に、それは象徴じゃなくて、カトリックの人たちっていうのは全世界に13億人もいるんですよ。大変な人数なんですよ。だから、「キリスト教と俺たち、関係ないから」っていうのとはちょっと違って。ものすごく政治的なことなんですよね。この教皇選挙って。だから現在のフランシス教皇が何をしてきたか?っていうと、たとえばウクライナ戦争でそのロシアの侵略に対してはっきり抗議したんですよね。で、イスラエル政府のあのガザの空爆に対しても、抗議してるんですよ。で、彼が抗議するっていうのは13億人の頂点にいる人ですから。全世界のどんな大統領よりも意味がある言葉なんです。だから国々はそれぞれあっても、カトリックの人たちはその国の大統領ともう1人、信じるべき人。神の代理人としての教皇を持ってるんですよね。

だから教皇がそう言うことはすごく大事なことで。で、このフランシス教皇はさっき言ったみたいに保守派からものすごく嫌われてるっていうのは今、全世界で移民とか難民に対するすごい、なんていうか政治的な弾圧が進んでいて。アメリカはもちろんそうなんですけど。今、ひどいんですが。ヨーロッパでも、その移民や難民を排斥するということを主張している右派政党がものすごい票を伸ばしてるんですよ。で、それに対しても、このフランシス教皇は「元々、ユダヤ人は難民だった。キリストも(父母が難民だったので)難民として生まれている。それなのになぜ、難民や移民を排斥するんだ? それは神の教えに反してるぞ」という風にはっきり言っています。

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