町山智浩『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』を語る

町山智浩 クインシー・ジョーンズと楳図かずおを追悼する こねくと

町山智浩さんが2025年1月28日放送のTBSラジオ『こねくと』でマレーシア映画『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』を紹介していました。

※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。

(町山智浩)で、今日ご紹介する2本目の映画は『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』というね、マレーシア映画なんですが。これ、主演のマレーシア人を演じてる俳優がマレーシア人じゃないんですよ。台湾人なんですね。で、それが見事なんですよ。この『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』のプドゥっていうのは、マレーシアにクアラルンプールっていう首都がありますけど。そこにある巨大な、生鮮食料品の市場、マーケットとその周辺にある移民と貧困層の住宅地の名前がプドゥなんですね。プドゥっていうのは「富都」って書くんですけど。でも全然それと違って。もうほとんど、この間紹介した九龍城みたいな感じでしたよ。もう、ぐちゃぐちゃ。

スラムというかね、『ブレードランナー』っていうか。だから電線、すごいですよ。で、そういう風にわざと撮影してるんですけどね。ネオンとかをすごくうまく使って、色鮮やかなカラフルな、しかもその多民族なんで、ありとあらゆる民族がいるわけですよ。それを色とりどりの映像で表現してるのはこの『富都(プドゥ)のふたり』なんですけど。マレーシアって実はすごい経済発展をしてるんですよ、今。毎年の経済成長率が5%以上とかで、すさまじいんですよ。で、今ね、インドネシアとマレーシアとベトナムの経済成長率が毎年、すごくて。4%とか5%がずっと連続してるんですけど。

急速な経済成長を遂げるマレーシア

(町山智浩)だから1人当たりのGDPとかがマレーシアは現在74位で日本は34位なんですけど。どんどんどんどんその差が狭まってるんですよ。大変な事態になっています。で、マレーシアがなんでこんなに稼いでるか?っていうと、半導体なんですよね。国として全体で、それまで石油とか天然ガスとかゴムとかが産業だったんですけど「半導体を作る」って決めて。それでいきなりもうシェアがすごくなっちゃって、世界の15%かなんかのシェアになっちゃって。で、お金がわんさか入ってくるからクアラルンプールっていうのは超ハイテクな高層ビルがもうバンバン建っているんですけど。で、このプドゥも実はその侵略を受けていて。

で、プドゥってね、めちゃくちゃ飯がうまいところなんですよね。マーケットでさ、全世界の人が集まってるから屋台料理とか、むちゃくちゃうまいんですけど。ただ、もう今はそんなになくってきているんですよ。なんと、ららぽーとができてしまいました。三井がららぽーとをクアラルンプールのプドゥに建てちゃって。それで今、プドゥの人たちも侵略されちゃって住むところがなくなっちゃうんですけど。これね、『富都(プドゥ)のふたり』の主人公はどういう人かというと、国籍がない兄弟なんですよ。

で、国籍がないからいつも不法移民として入管に追われ続けてるという。入国管理局によって難民とか不法移民だということで彼らは狩られ続けてるんですよ。しかも、その国の保証はないし、教育も受けてないし。最低賃金も守られないし。保険も入れないし。そんな中で生きているのがこの兄弟なんですね。で、その中で兄の方のアバンはひたすら一生懸命に働いて。市場でご飯を作ったりね、朝から晩までいろんな職業を持って。少しでもお金を貯めてそのID、身分証明書を買って国籍を買おうとするんですよ。

ところが弟の方は「こんなバカバカしい状況で真面目になんか働いてられっかよ」っていうので裏ルートでヤクザとつるんでIDを手に入れようとしたり。あとはIDを手に入れようとする人たちを騙して金を集めたり。あとヒモをやったりしてるんですけど。この全く違う2人の兄弟の兄弟愛の話ですね。でね、これですごいのはね、この真面目な兄のアバンの方を演じている人がウー・カンレンという台湾の俳優さんなんですよ。

で、この映画は台湾との合作なんで。これはお金の問題だと思うんですけども。それで台湾の俳優を主演にしたんですね。ただ彼は全然、マレーシア語がしゃべれないわけですよね。だからどうしたかっていうと、ろうあの役に設定したんですね。で、手話で会話をするんですけれども。あのね、本当にこの人、ウー・カンレンさんの演技がすごいんで言葉は全然、いらないんですよ。本当に悲しみとか喜びとかをね、見事に表現してるんですよ。この人が。

で、やっぱりいっぱい賞を取ってますね。この映画、マレーシアで記録的な大ヒットしてるんですけど。この曲もよくて。これ、日本人の人が歌っています。日本では全く知られてない人で片山亮太さんっていう方ですね。

(町山智浩)この人もお母さんがマレーシア人なんですよ。で、マレーシアで活躍してるシンガーソングライターで片山亮太さんがこの映画の全体の音楽を作ってるんですけど。この人も素晴らしくて。でね、無国籍問題っていうのがマレーシアにはすごくあって。非常に家父長的な、男尊女卑的な国籍制度のせいで婚外子は国籍を取得できない場合が多いらしいんですよ。それと捨て子とかですね。そういった形でこの2人はマレーシアの中で完全に存在しないものにされてしまって。それで警察からも追われてね。それでも何とか一生懸命、暮らそうとするんですが……この映画のすごいのは前半と後半が全く演出が違っていて。

前半はさっき言ったみたいに色鮮やかで、ありとあらゆるところがカラフルで、いろんな民族が入り乱れて、カオスそのものなんですね。スピード感も速くて。で、カメラも手持ちで。ところが、真ん中らへんのある事件から色とスピードと音と、もう何もかもが消えちゃうんですよ。で、画面が本当にモノトーンになって、会話もなくなって。このコントラストが強烈な映画ですね。この映画は。

で、このお兄さんがずっと無国籍者として生きてきた悲しみをぶちまける非常に長いショットとかがね、素晴らしいんですけど。これを見て思ったのはね、出生地主義っていうのは日本にはないんですけど。国籍に関しては、血統主義なんですね。それでアメリカも今、出生地主義をやめようとしていて。それで大変な数の無国籍の人がアメリカでも出現しちゃうと思いますよ。

出生地主義をやめようとするアメリカ

(町山智浩)アメリカは今ね、不法移民っていうか、要するにグリーンカード持ってない人をみんな、「不法」とみなしてるんで。それの強制送還を今、徹底的にやっているわけですけども。一番、トランプがやろうとしてるのはそのグリーンカードを持ってない人の間に生まれた子供の国籍はアメリカで生まれた場合は自動的にアメリカ人になることになってるんですけど。憲法14条でね。それを撤廃するということをやろうとしていて。そうすると、その子たちはどうなっちゃうか?っていうことですよ。

で、実は僕が娘を持った時はカミさんも僕も一時就労ビザだったんですよ。だから今のトランプのやろうとしてることだと、娘はアメリカ国籍を持てないんですよ。カマラ・ハリスさんもそうです。カマラ・ハリス前副大統領はお父さんとお母さんがバークレー大学に留学してる時に生まれた子供なんで、トランプの今のやり方だと彼女も無国籍になるんですよ。下手すると。アメリカっていう国自体が移民の国なんで出生地主義をとっているんですけど、アメリカという国の国是というか、国の根幹の部分を破壊しようとしてるんですね。それは。

ただね、日本も実はこの間まで、ものすごい無国籍の人がいっぱいいたんですよ。離婚時において夫婦が別居してる間に奥さんが妊娠して生まれた子供で親権を取られないようにして無国籍だった人がいっぱいいたんですよ。今もいるのかな? かなり。一応、法律がちょっと変わってそれを助けられるようになったんですけど。本当にね、国籍とかそういったものを子供たちは選べないのでね。これはね、マレーシアの映画ですけど全世界で同じ問題が通じてると思います。はい。

『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』予告編

アメリカ流れ者・『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』

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