町山智浩『コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話』を語る

町山智浩『コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話』を語る こねくと

町山智浩さんが2024年3月19日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話』について話していました。

(町山智浩)それで今回ね、ご紹介したい映画はやっぱりそういう世界中の若者たちが革命を求めていた1960年代終わりから1970年代初めに、実際にアメリカであったことを描いた映画です。それが今週、22日(金)に公開になる『コール・ジェーン』という映画なんですが。

(曲が流れる)

(町山智浩)今、かかっている曲は1968年という、この映画の舞台になってる時にジャニス・イアンというフォークシンガーの人が出した『Sweet Misery』という曲なんですけども。

(町山智浩)これ、ジャニス・イアンという人は日本でもフォークシンガーとして大当たりした人なんですが。この当時はものすごくこれ、過激な歌で。「人の言う通りに生きてたら、あなたはもうロボットになるしかないわ。自由を勝ち取るために戦いなさい!」っていう歌なんですよ。で、1968年というのはそういう時代だったんですね。で、この映画はまず、主人公は弁護士の奥さんで。45ぐらいのジョイという奥さんで。彼女はお金持ちで、ホテルのパーティーとかに行って、ドレスを着て、優雅にカクテルとかを飲んでるんですけど。

そのホテルの外では、学生たちがベトナム戦争に反対する運動をしていて。機動隊と対決しているという。でも主人公はそんなものと全く無縁に、優雅な主婦をしているんですね。ところが、このジョイさんは高校生ぐらいの娘がいるぐらいの年齢なんですが、妊娠しちゃうんですよ。これが、望んでない妊娠なんですね。で、どうしてそんなことが起こるか?っていうと、当時、アメリカでは結婚している夫妻が避妊をすることは禁じられていたからです。

(石山・でか美)ええーっ!?

(町山智浩)驚くべきことなんですけど、当時はそうだったんですよ。有罪判決が出てるんですよ。

(石山蓮華)ええっ?

夫婦の避妊が禁じられていた時代

(町山智浩)「ええっ?」ってなるでしょう? そんな夫婦の寝室に法律が介在するという異常な事態があったんですけれども。で、弁護士さんは法律を破ったら弁護士資格を取り消されるんで、避妊しないでいたら子供ができちゃって。ところが年齢もあって、ジョイさんがこの妊娠で出産をしようとすると、心臓病で死亡するという風に医者に言われるんですよ。ところがその当時は、アメリカでは人工中絶は憲法が守ってくれていなかったのです。女性の権利として。これ、舞台はシカゴなんですけど。シカゴでは、中絶が禁止されていました。で、唯一許されるのが、医者がですね、母体の命を守るための中絶を行う場合だけなんですよ。ところが、それは医者たちの会議で決定されるんです。

(でか美ちゃん)それもよくわからないですけどね。「なんで?」って思っちゃうけど。

(町山智浩)そうなんです。病院で産婦人科の医者たちが会議をして。「この女性は命を守るために中絶をすることを許す」って言った場合だけしか、許されなかったんです。

(石山蓮華)当人の意思じゃないところでしか、決められなかったんですね?

(町山智浩)そうです。しかもその当時の産婦人科医の90%は男性なんです。男、おっさんたちが会議しながら。「ああ、彼女の命よりも子供の命の方が大切だから、中絶はできません」とか決定されちゃうんですよ。

(でか美ちゃん)でも、2人で育てるのにって思いますよね。本当はそうしたいはずなのに。

(石山蓮華)命もかかってますしね。

(町山智浩)そうなんですね。それで「どうしよう?」って思うと、もうひとつだけ許される例があって。「精神科医に『このままだと自殺する』という診断書を書いてもらえばできる」って言われるんですよ。すごい世界ですよ、この当時は。

(でか美ちゃん)そこまでしないとダメだったんだ。

(町山智浩)当時はダメだったんです。女性が犯罪者になっちゃうんですよ。殺人罪になっちゃうんですよ。

(でか美ちゃん)その、そもそも罪になるのがおかしいと思うけど。別に妊娠も出産も、1人でできるものじゃないのに、(罪を問われるのは)女性だけなんだとか、思いますしね。

(町山智浩)女性だけなんです。で、弁護士の夫はですね、法律に触れることができないので、言いなりになろうとするんですね。それで彼女が1人で戦わなきゃなんなくなっちゃって。で、闇の医者に行って中絶をしようとするんですね。その場合、その当時はだいたい1000ドルぐらい、必要だったらしいんですよ。それは、現在の100万円に相当します。で、ジョイさんは銀行に行ってお金をおろすことができないんです。普通は。

(石山蓮華)どうしてですか?

(町山智浩)アメリカでは1974年まで、銀行は女性の口座を作ることを認めていなかったんです。

(でか美ちゃん)うわっ、じゃあもう、全てにおいて全然権利がないんですね?

(町山智浩)全くなかったですね。

(石山蓮華)「人間」と言って指しているものが男性だけ……男性のことを人間と呼んで。女性はその、ただの付随物だったんですね?

(町山智浩)でもこれね、イスラム教国では現在でも、そうですよ。女性が銀行口座を開けないところも、あるんですよ。で、とにかく中絶費用のお金が引き出せないから。夫の小切手を偽造して引き出すしかないんですね。その当時の女の人がお金を引き出そうとする時は。

(でか美ちゃん)やらなくてもいい罪を重ねてしまうのか。

(町山智浩)そうなんですよ。で、そういう状況で今度は闇医者に行くんですけど。当時は闇医者の手術では事故が多くて、かなりの女性がそれで亡くなっています。で、彼女は怖くなっちゃうんですね。で、八方ふさがりになったこのジョイさんが「どうしよう? このままだと私は死んでしまう可能性が高い」って思っていると、そこである張り紙を見るんですよ。その張り紙には「コール・ジェーン」って書いてあるんですよ。それがこの映画『コール・ジェーン』のタイトルなんですね。で、それは「ジェーンに電話して」っていう意味なんですね。だからこの映画、副題で日本では『女性たちの秘密の電話』というものがついていますけども。

「ジェーン」の意味

(町山智浩)それで、「何だかわかんないけどジェーンっていう人が助けてくれるかもしれない」と思ってそこに電話すると……これ、ジェーンっていうのはコードネームで。シカゴの女性の権利運動の運動家の人たちが作った中絶を助ける組織だったんですね。闇のネットワークみたいなものがあって、そこで女性たちを助けていたんですよ。これはね、アメリカの過去の歴史と繋がっていて。昔、黒人たちが南部で奴隷だった時代に、南部の奴隷たちを助ける闇のネットワークっていうのがあったんですよ。地下ネットワーク……「地下鉄道」って言われていたんですけども。逃げようとする逃亡奴隷の人たちを自宅とかに匿って、どんどんリレーしていって、奴隷制度をやっていない北部まで逃がすっていうネットワークがあって。

それにヒントを得て作られたのはその「The Jane Collective」っていう、地下の女性救済ネットワークなんですね。これ、全部実話なんすよ。この映画って。そこで、非常に安心できる医者に頼んで、非常に安く中絶の手術ができるということをやっていたんですね。で、この女性の権利運動家のリーダーは『エイリアン』のシガニー・ウィーバーさんが演じてるんですけど。これ結構、大物女優さんがいっぱい出ている、ハリウッドの中規模作品として作られているんですけども。これね、なんとこういう話にも関わらず、演出のタッチは非常に明るい、コメディタッチで描かれてるんですよ。

(でか美ちゃん)結構重たい題材っていう感じですけども。

(町山智浩)まあ、手術シーンはすごく、かなりリアルに描かれていて。そこは非常に衝撃ではあるんですけれども。なぜ、この映画が明るい映画として作られてるか?っていうと、この後。1973年にアメリカでは連邦最高裁判所がですね、「中絶に関しては女性が自分で決める権利がある」という判決を下しまして。で、「中絶すると罪になるというのは憲法違反である」という判断をしたので、なんていうか、ハッピーエンドが待ってるわけですよ。その後には。だからこの映画の中の5年後には。で、この映画を見るアメリカ人はみんなそれを知ってるから、なんていうか、最終的には女性の権利が守られるということで、見ることができるんですよね。だからすごく、ある意味明るく作られているんですけれども。この映画でもうひとつ、恐ろしいのはね、このジョイさんがそういう手術を受けに行くんですが。彼女自身、自分の体に何が入っていて、どうして妊娠をしているのか?っていうことを全然、知らないんですよ。

(石山蓮華)えっ、性教育がなかったんですか?

(町山智浩)当時、性教育っていうものは存在しませんでした。アメリカには。で、さっき言ったみたいに産婦人科医の9割は男性だったわけで。で、アメリカで性教育が禁じられたのはね、マーガレット・サンガーという女性がいて。この人はですね、お母さんが10何人子供を産んで、貧しくて。で、子供をたくさん産まされることで、女性が貧しくなって、学問も受けられなくなっていて、女性の地位が低いということで。なので「産児制限をしよう」という運動した人なんですね。まず、自分も知らなかったし、誰も知らなかったから、女性の体というのはどうなっていて、どうすれば妊娠して。また避妊ができるのか?っていうことを書いたパンフレットを作ったんですよ。これは1910年代なんですけども。ところが、彼女は猥褻罪で逮捕されて、有罪になっちゃうんですよ。

(石山蓮華)ええっ?

(町山智浩)だから、女性のために、女性の体はどういう仕組みなのか?っていうことを印刷することが許されなかったんです。みんな、知らなかったんだから。

(でか美ちゃん)なんか徹底的にね、権利が与えられていなかったんですね。

(町山智浩)そう。だから10代の女の子とかが次々と妊娠して。このジェーンっていう組織の仕事のほとんどがですね、10代の少女がレイプされて、妊娠をして。それを何とかするっていう活動がほとんどになるんですよ。これ、アメリカは当時、日本より進んでなかったんですよ。とんでもない時代で。で、この映画はでも、それが最終的にはね、その1973年の最高裁判決によってジェーンたちが勝利して終わるわけですけれども。この映画、実はアメリカでは2022年に公開されたんですよ。

(でか美ちゃん)そうなんですね。

(町山智浩)でも2022年、アメリカでは大変なことになっちゃって。この映画のハッピーエンドが破壊されちゃうんですね。というのは、アメリカの連邦裁判所……要するに憲法判断をするところが「中絶の権利を憲法は守らない」という判決を出しちゃったんですよ。

(でか美ちゃん)「ここ数年でそんなこと、起きる?」って思いますけどね。普通に考えたらね。

(町山智浩)ねえ。それは最高裁っていうのは9人の判事が多数決で決定をするんですけれども。現在、その9人のうち6人が共和党に任命された、保守的カトリックの判事なんですよ。で、彼らはずっとカトリックの宗教的な理由で中絶に反対していたんで。それで「中絶の権力を国家は守らない。アメリカという国は守らない」という判決をしたんで、アメリカの共和党が多数支配をしている州議会の州が一斉に中絶を禁止しました。それで現在、レイプだろうとなんだろうと、それらの州では絶対に中絶ができないんですよ。

(石山蓮華)その中絶の手術を受けるために、その州の境を超える人とかも、きっといるんでしょうね。

(町山智浩)そうです。共和党が州議会を支配してない州では、まだ中絶ができるんですけど。うちのカリフォルニアとかね。でも、そこまで旅行をしなきゃなんないんですよ。でも、少女が旅行することって、できないんですよ。

(でか美ちゃん)できないですよね。大人でもね、なかなか時間も費用も何もかも、いるものだから。

再び人工中絶が困難な時代に

(町山智浩)そうなんですよ。それでアメリカでも、大企業はお金を出したりしてるんですけど。そうじゃない場合は要するに14、5の子が妊娠した場合は今、このジェーンが復活してるんですよ。この憲法の判断の後、アメリカ各地でジェーンの活動が始まって。そこに電話をすると、ボランティアの人たちが彼女たちを中絶ができる州まで運んであげるっていう秘密ネットワークができています。僕、その運動家の人にも電話でインタビューしてるんですけど。彼らが一番怖がっているのは、その手助けをした人まで有罪になっちゃうんですよ。

(石山蓮華)えっ、その中絶の手助けで、たとえば州境をまたぐために運んだ人ってことですか?

(町山智浩)そうです。彼ら、彼女らが有罪になるんですよ。各州で。だから顔を出せないんですよ。ジェーンたちは。

(でか美ちゃん)だから当時と同じように、ジェーンというコードネームじゃないですけど。

(町山智浩)今も「ジェーン」という名前でやってます。

(でか美ちゃん)ああ、今もジェーンなんですか。

(町山智浩)だからこの映画はね、とんでもないことがアメリカで1968年にあったんだなっていう映画だったのに……これは今現在、起こってることです。

(でか美ちゃん)なんか単純に、なんでこの現代の価値観とかでそういう政策を取ろうってなっちゃうんだろう?って思うんですけど。

(石山蓮華)でも日本でも、やっぱりその吸引法……海外で認められている、体に優しいと言われる中絶法が、日本ではなかなか導入されなかったりとか。

(町山智浩)日本ではだから、要するにアフターピルがなかなか認められなかったり。あと日本は今、文部省がね、性教育に関して「避妊とかを子供に教えるな」ってやってるんですよ。

(石山蓮華)そうなんですよね。

(でか美ちゃん)それを教えない意味がわからないですけど。

(町山智浩)意味がわからない。

(石山蓮華)なんかその、人間の交配っていうか、セックスを説明するためにメダカの写真とかで解説するっていうのを聞いたことがあって。

(でか美ちゃん)私たちはメダカじゃないよね?

(石山蓮華)メダカじゃないよ!って思って。

(町山智浩)日本で今、すごくその性教育を抑圧しているのは、はっきり言うと今、政権を担当してる党の裏側にそういう保守的な団体が支持団体として存在するからですね。具体的に言っちゃうと。まあね、そういうことでね、この映画、「68年のアメリカのことなんて、関係ないじゃん」と思うかもしれないすけど。これは今、アメリカでも日本でも起こっていることなんです。

(石山蓮華)ということで、ぜひ見ましょう。今日は今週、22日(金)に公開になる映画『コール・ジェーン』をご紹介いただきました。町山さん、ありがとうございました。

(町山智浩)どうもでした。

<書き起こしおわり>

石山蓮華とでか美ちゃん『コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話』を語る
石山蓮華さんとでか美ちゃんさんが2024年3月26日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話』について話していました。
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