町山智浩『焼肉ドラゴン』を語る

町山智浩『焼肉ドラゴン』を語る たまむすび

町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『焼肉ドラゴン』を紹介していました。

(町山智浩)今日はね、『焼肉ドラゴン』というもうすでに公開されている映画についてお話したいんですけども。これは鄭義信さんという在日朝鮮人・韓国人の脚本家の方ですね。『月はどっちに出ている』というタクシー運転手の映画の脚本でよく知られている人なんですけども。その人が1969年の大阪を舞台に、ホルモン焼き屋さんをやっている在日韓国・朝鮮人の一家を描いたホームコメディーなんですよ。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)で、この映画はとにかくリアリティーがない!

(赤江珠緒)ないんですか?

(町山智浩)ない。だってさ、この家の……三姉妹の話なんですけども。お姉さんが真木よう子。次女が井上真央。で、いちばん下の末っ子が桜庭ななみちゃん。こんな三姉妹がいる焼肉屋があったら大変な騒ぎですよ!

(赤江珠緒)アハハハハハッ!

(山里亮太)看板娘!

(町山智浩)もう1万人ぐらい押し寄せてね。そんなところ、ねえだろ!っていう。

(赤江珠緒)美人すぎると(笑)。

(町山智浩)美人すぎるだろっていうね(笑)。そう思いましたけども。もう大変なことになるぞって思いましたよ。でね、ところがこの映画はね、すごいのは井上真央さんなんですよ。ちょっとびっくりしますよ。本当に。井上真央さんのイメージってあるじゃないですか。朝ドラのイメージとか。

(赤江珠緒)『花より男子』とか。

(町山智浩)そうそうそう。おとなしい女の子だったりするじゃないですか。でもすごいんですよ。この映画『焼肉ドラゴン』の中ではいきなり「アホンダラァ!」ですからね。

(赤江珠緒)ほー!

(町山智浩)「なにやっとんねん!」みたいな。すさまじいですよ。井上さんの演技。びっくりしますよ。これ。でもね、なんでそんなに怒るか?っていうと、その理由があるんですよ。彼女、井上さんの旦那さんっていうのはこの映画の中では大泉洋さんなんです。大泉洋さんは井上さんと結婚しているのに、お姉ちゃんの真木よう子さんが好きなんですよ。

(赤江・山里)ええっ?

(町山智浩)ねえ。そりゃあ頭に来るわっていう。でね、真木よう子さんの方も大泉洋さんのことを好きなんですよ。

(赤江珠緒)えっ、そういうドラマ?

(町山智浩)でしょう?っていうか、ふざけるなって思うでしょう。大泉洋さん、最近小松菜奈ちゃんにも好かれているんですよ。

(山里亮太)そうですね。『恋は雨上がりのように』でね(笑)。

(赤江珠緒)役ですね、役(笑)。

(町山智浩)どういうことだよ、これ。世の中?

(山里亮太)モテすぎてるなー(笑)。

(町山智浩)なんなんだろうね? そういうことでいいのかな? とかいろいろ思いますよ、本当に。

(山里亮太)町山さん、役です(笑)。

(町山智浩)あ、役なのか(笑)。ちょっとそれはないだろう? とか僕もいろいろと思いましたよ。で、彼の人生にとっていちばん最高の時になっていないか? とかいろいろ思うわけですけど……(笑)。

(山里亮太)言い寄ってくる女のレベルが高い!

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)ちょっとそれは……真木よう子と井上真央に引っ張られてね、「どっちが好きなの?」とか。そんなことはあっていいのか!?って思いましたけど。はい。でね、この映画はね、いろいろとその当時の大阪の伊丹空港のすぐ近くにある国有地を勝手に占拠して住んでいる韓国人集落の話なんですね。

(赤江珠緒)伊丹空港。

(町山智浩)そういうのは昔、いっぱいあったんですよ。終戦直後はね。土地が誰のものかわからない状態になりましたから。焼け野原でね。東京とか大阪とか。これ、1969年なんで、そういうのがもう最後に残っているような場所なんですね。他はもうみんな、高度成長しちゃっているわけですけど。で、まあ立ち退きを命じられているけれども居座り続けている人たちなんですよ。だから、この中で大泉洋さんが言うんですけど、「在日っていうのは本当に矛盾だらけだな」って言うんですよ。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)「こっちに来て働いていて、それでいて文句ばっかり言って。それで(国には)帰らないし」みたいなことを言うんですよ。ここでも立ち退けって言われていても立ち退かない。そのへんの話っていうのはすごくシビアに出てくる映画ではあるんですよ。でも、基本的にはコメディーなのね。そこも上手いんですけど。たとえば、井上真央さんが大泉洋さんにこう言うわけですよ。「あんた、頭のてっぺんから足の先まで韓国人なんだよ! あたしたちは韓国人なんだよ!」って言うんですよ。でもそれって本当にそう思っているのか?っていうと、そうじゃないんですよ。

(赤江珠緒)ん?

(町山智浩)井上さんは日本で生まれて、韓国のことは全く知らないんですよ。で、韓国語もしゃべれないんですよ。それなのに、韓国人なんですよ。「私たちって本当に韓国人なの?」っていうことですよ。

(赤江珠緒)そうですね。うん。

根なしのアイデンティティー

(町山智浩)だから結局、まあアメリカでもそうですけど、移民とかっていうのはみんなそうなんですけども。そういうアイデンティティー……要するに、根なしのアイデンティティーなんですよね。だから矛盾があるということなんですけども。そのへんが理解できない人たちが本当に多くて。「帰ればいいじゃないか!」って言うんだけど、そうじゃないんだよっていう。帰るところなんかないんだよっていう。まあ、セリフの中でも出てくるんですけどね。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)それが移民だったり難民だったりするわけなんですよ。だから、「私たちは韓国人なんだ」って言うんですけど、でもなにも韓国について知らない。行ったこともない。言葉もしゃべれない。僕もそうですよね。そのへんのリアリティーが監督で脚本家の鄭さん自身の……彼自身を投影した1969年に中学生の少年っていうのが末っ子で出てくるんですけど。まさに彼の本当にリアルな気持ちっていうのがすごくそういうセリフにはっきりと出ていますね。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)で、このお父さんは一世で日本に来て働いていたんですけど。セリフの中で「働いて働いて働いて働いて……もう帰れなくなっちゃったよ」って言うんですよ。もうだから彼にとってはそういうことですよね。そこらへんのリアリティーみたいなところがすごくよくできているところですよね。三姉妹は美人すぎますけども。

(赤江珠緒)うん。そこはね。

(町山智浩)本当にね。で、彼の故郷は済州島というところなんですけど、そこは韓国政府によって住民が弾圧されて日本に逃げてきた人たち。で、もう済州島には帰れないんですね。済州島っていうのは韓国の南の端でいまはリゾート地ですけども。で、大阪の人たちってそこの人たちがすごく多いんですよ。

(赤江珠緒)ああ、うん。

(町山智浩)だから彼らは韓国政府に弾圧されて逃げてきているから、戸籍を選ぶ時に北朝鮮籍を選ぶんです。でも、北朝鮮なんか行ったこともなければ見たこともないし、親戚も誰も住んでいないんですよ。だから、日本にいる在日にとっての故郷っていったい何か?っていうとすごくフィクション上の故郷なんですよ。

(赤江珠緒)そうなのかー。

(町山智浩)そうなんですよ。だから日本にいる人たちで朝鮮籍の人たちって多いでしょう? あの人たち、別に北朝鮮に知り合いも誰もいないんですよ。出身地でもないんです。そういう政治的状況の中で朝鮮籍を選んだだけなんですよ。

(赤江珠緒)政治的状況で翻弄されて、その結果っていうことですか?

(町山智浩)そう。だって韓国っていうのはあとからできたわけで、もともとは朝鮮しかなかったわけだし。だから彼らの本当の出身地はほとんどは韓国なんですよ。で、北朝鮮籍を選ぶわけじゃないですか。それは見たこともない祖国として政治的に存在するんですよ。で、この中でいろんなシーンがあるんですけど。「家族というのはバラバラになっても家族なんだ」っていうセリフが出てくるんです。それはある意味、この映画を見た人たちは感動をすると思うですけど、実はすっごい皮肉な言葉なんですよ。

(赤江珠緒)えっ?

(町山智浩)姉妹のうち、ある娘は北朝鮮に行くんですけど、そこは行ったこともない国なんです。

(赤江珠緒)北朝鮮に行くんですね。うんうん。

(町山智浩)帰国事業という形で北朝鮮に帰った在日の人たち、9万人ぐらいいるんですけども。ほとんどが行方不明、死亡、強制収容所に入れられて殺されるっていう……。

(赤江珠緒)北朝鮮は地上の楽園ってすごく宣伝をされていた時代がありましたもんね。

(町山智浩)そう。騙されて行って大変な目に……まあ、殺されたりしているわけですけどね。で、もう1人の娘は韓国の人と結婚をして韓国に行くんですよ。でも、彼女も韓国になんか行ったことがないんですよ。だから「家族はバラバラになっても永遠に続くよ」って言うけど、それは実はすごく悲しい、その後に本当に霧散してしまうようなことなんですよ。この映画のラストって。実は。

(赤江珠緒)ええーっ!

(町山智浩)でもそれは、じゃあそういう濃厚な家族関係っていうものは韓国系だけだったのか?っていうとそうじゃなくて。それよりちょっと前の日本っていうのはみんなそうで、狭い狭い家でみんな怒鳴りあって殴り合って取っ組み合って愛し合って、泣いたり笑ったりして。狭い部屋で枕を並べて寝ていたんですよね。そういう濃厚な家族関係っていうのは実はこれを最後に日本からほとんどなくなっちゃうんですよ。だから彼ら、韓国系の在日の人たちの家族がこうしてバラバラになって消えていって、なんとなく日本の中で消えていったり、日本と韓国と北朝鮮っていう3つの関係の中で消えていったっていうことだけを意味しているんじゃなくて、日本におけるそういう濃厚な家族関係はじゃあどこに行ったのか? 実際にはそれも消えちゃうんですよ。

(赤江珠緒)うんうん。そうか。『万引き家族』もね、ポツンと取り残されたみたいな。

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(町山智浩)そう。『万引き家族』っていうのは実はそれから何年もたっていま現在に、貧しさの中で社会の底に沈殿して集まった人たちがまた新しい家族関係を、血統(血の繋がり)じゃなくて作り出していくっていう話なんですよ。すごくよく似ているんです。貧しかった頃の韓国人たちの、その貧しいけれども濃厚な家族関係っていうのは『万引き家族』において貧しさの中でまた再形成されていくんですよ。血筋ではない形で。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)だからこれは韓国云々っていう話じゃなくて、『万引き家族』と『焼肉ドラゴン』っていうのは非常に通底しているものなんですよ。その終戦直後から高度成長期から現在のまた貧困が戻ってくるところにかけて、その家族というものが解体してまた再形成されていくけども、すでにそれは国籍とか民族ではないものなんですよね。根底にあるのは。だから本当はあわせて見ていただいて、いろいろと考えてもらえるといいなと思います。

(赤江珠緒)そうですね。

(町山智浩)でも大泉洋さんはね、真木よう子さんの膝をなめたり、おっぱいに顔をすりすりしたりね、もうふざけんじゃねえよ!って思いますけどね。はい(笑)。

(山里亮太)フフフ、役です。仕事です(笑)。

(赤江珠緒)今日は現在公開中の『焼肉ドラゴン』とそしてDVDが本日発売された映画『小林多喜二』をご紹介いただきました。町山さん、全てが続いているようなお話でしたね。ありがとうございました。

(町山智浩)どもでした。

<書き起こしおわり>

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