町山智浩『犬王』を語る

町山智浩『犬王』を語る たまむすび

町山智浩さんが2022年5月24日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『犬王』について話していました。

(町山智浩)はい。そしてもう1本、紹介する映画がこれは今週末から公開で。『犬王』っていうアニメーションです。5月28日から公開なんですが。監督は『夜は短し歩けよ乙女』や『映像研には手を出すな!』の湯浅政明監督で。原作はですね、古川日出男さんという小説家で。この人、『平家物語』というのが最近アニメ化されましたけど。それの外伝の『平家物語 犬王の巻』というのが原作で。犬王というのは実在の室町時代の能楽者ですね。能を演じた人です。その人が主人公なんですけども。これ、ロックミュージカルになっています。

(山里亮太)へー!

(町山智浩)音楽は『あまちゃん』の大友良英さんですね。で、キャラクターは漫画家の松本大洋さんなんですけど。脚本がですね、『逃げ恥』の野木亜紀子さんなんですよ。だから野木さんのシナリオはいつも「働く」ということがすごくテーマの中心になっていて。この『犬王』もそういう話になってるんですけど。さっき話してきた話(『私のはなし 部落のはなし』)と繋がるんですけども、この当時、その芸をする人たち。芸能ですね。歌や踊りをする人たちというのは、いわゆる「河原者」と呼ばれていて。河原でね、テントを張ってやるんですけども。まあ、被差別者だったんですよ。特にこの話では『平家物語』という物語が成立していく過程と絡んでいて。

その琵琶法師の人たちが語っていくんですね。平家の盛者必衰をね。で、彼らは目が見えないんですよ。差別されてる人たちなんですね。それと、この犬王は踊りを踊る人なんですけれども。能楽師の父親から生まれるんですけれども、全身に何十ヶ所も欠損がある障害を持った人として生まれてくるんです。この犬王は。で、それは滅ぼされた平家の亡霊によって呪われてるからということなんですね。

赤江;うんうん。

(町山智浩)ところが、なんというか踊りを踊っていく能楽師の……その頃、「能楽」っていう言葉はないんで「猿楽」って呼んでるんですけどね。その犬王と琵琶法師の主人公の友魚がバンドを組んで、ロックスターになっていくって話なんですよ。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)で、それがですね、クイーンの『We Will Rock You』のような煽りをして。で、もう本当にエリック・クラプトンのようなブルースギター。ジミヘンのようなギターで。マイケル・ジャクソンのように犬王が……ギターって言っても琵琶なんですけどね。ものすごいディストーションであった音が出るんですね。で、犬王がマイケル・ジャクソンのようにムーンウォークして踊るという展開になっていくんですけども。踊って歌って平家の物語を語っていくんですね。自分に亡霊としてついている。で、ひとつ語るたびに身体の欠損を犬王は取り返していくんですよ。

(赤江珠緒)ほう。うんうん。

平家の亡霊たちから身体の欠損を取り返していく

(町山智浩)だから最初は足に不自由があったんですけど、ひとつ平家の物語を語ると、足がすっと伸びて……っていうのを繰り返していくんですよ。これ、『どろろ』なんですよ。

(山里亮太)あっ、ああーっ!

(町山智浩)『どろろ』っていう物語があって。手塚治虫さんが描いた漫画で。戦国時代に天下を取ろうとした武将がね、魔物たちと契約をするんですよ。悪魔に自分の息子を売るんですよ。で、「この息子の体の好きなところを持って行け。その代わり、俺に権力をくれ!」って言うんですね。醍醐景光という侍がね。で、生まれてきた百鬼丸という男の子は体中の肉体が欠損した状態で生まれてくるんですよ。ところが、その魔物を1匹倒すごとにそれを取り戻していくっていう物語が『どろろ』なんですね。それの能楽版なんですよ、これ。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)だからもうお客さんがだんだん乗ってきて「イエーッ!」ってやるとバーッて、腕がものすごく長かったのが普通の長さに戻ったりとかですね。という物語なんですけども。これね、すごく深い話だなと見てて思ったんですね。まず、彼らは本当にどん底の、要するに被差別のどん底から出てくるんですよ。要するに河原者でね、しかも身体に障害がある。2人ともね。それを武器にして、どんどん人気を得て、全国ツアーとかやるんですけど。

どんどん無視できない存在になって、その頃の足利義光も「なんとかしなきゃ」ってことになってくるんですよ。彼の影響力がすごいから。で、なんとか取り込もうとするんですね。で、その権力と芸能、芸事との関係性っていうものもちゃんと描いてるんですけども。なぜ彼らがその音楽をやったりしなければならないのか? 表現しなければならないのか?ってことなんですよ。これ、ひとつは悲しく死んでいった人たちの魂を歌うためでもあるし。もうひとつは、自分に欠損があるからこそ、歌うんですね。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)表現者って、みんなそうなんですよ。お笑いをする人たちでね、山ちゃんがいるから言いにくいんですが。「超イケメンで勉強もできてスポーツも万能でお笑いをやってるやつって、何?」とか、思いませんか?

(山里亮太)思いますよ、そりゃあ。

(町山智浩)実際にはいますけども。パーフェクトな人もいますけどもね。でも、その人たちも何か、何かを抱えているんですよ。足りないものを。やっぱり絵を書いたり、歌を歌ったりするのって、何か足りないものを埋めようとするためだったりしますよね。

(赤江珠緒)表現の根源はそこに?

(町山智浩)表現の根源はそこにあるんですよ。で、そのことはやっぱり野木さんのシナリオだから「表現するとは何か? なぜ私たちは物事を語ったり、歌ったりしなきゃなんないのか? お笑いをしなきゃなんないのか?」ってことはね、そのさっき言った差別っていう問題とも絡んでくるんですよ。そこから生まれてくるんだということがわかるんですよね。ただ、逆に言うと、欠損をどんどん取り戻していって満たされていった時に、表現とか芸術というものはどうなるんだろう?っていうことですね。

(赤江珠緒)そういうことか……。

(町山智浩)だって最初、この平家物語っていうのは、ここで歌われている内容っていうのは、要するに「権力を持った者もいつかは滅びるよ」ってことなんですよ。だからそれは権力者にとって非常にまずいネタなんですよ。つまり平家ではなくて、その頃は足利家だけれども。でも、結局は同じことを言ってるわけですよね。「権力を持っても、いつかは滅びるよ」っていう。

(赤江珠緒)盛者必衰ね。

(町山智浩)そう。これは非常に困るわけですよ。それを権力側はコントロールしようとしてるんですよ。だんだんとね。で、やっぱりそれは庶民がなぜ、武士とか貴族のことを歌うかっていうと、自分たちと関係ない人の話だけども。でも根元には「権力が滅びるよ」っていう庶民からの叫びですよね。それはね。で、それを歌っていた最も被差別の人たちがどんどん権力に取り込まれそうになっていくっていう物語なんですよ。この『犬王』っていうのは。

(赤江珠緒)うわーっ! 深いですね。

(町山智浩)すごい深いんですよ。だからもう本当にね、ロックミュージシャンに映画の中ではしていますけども。でも、いろんなものに通じることで。まあね、ラストが本当にね、切ないんですよ。

(山里亮太)切ないんだ……。

(町山智浩)切ないんですよ。ちょっと「ええっ?」っていう終わり方をしますね。でもそこにね、さっき言ったようなテーマの本質があるんで、ぜひご覧いただきたいと思いますね。

(赤江珠緒)おおー、見たいですね。

(町山智浩)はい。『犬王』です。そういうことで、根底のとこで今の二つのお話は繋がっているところだと思います。

(赤江珠緒)そうなんですね。虐げられているがゆえにっていうね。なるほど。町山さん、今、『鎌倉殿』もご覧になってるんですか?

(町山智浩)ああ、見ていますよ。本当に、ひどいひどい話ですね! こんなにひどいのか?っていうね。平家を滅ぼした後、源氏もだって内部抗争でみんな死んじゃうんですよ?

(赤江珠緒)そうですね。その政治絡みみたいな話とかね。本当ですね。切なくなる。

(町山智浩)本当にね、大泉洋さんが紅白歌合戦でね、みんなに嫌われたのはこのネタ振りだったのか!っていう。

(赤江珠緒)いやいや、違います、違います(笑)。もうね、堪能してしまっておりますけどね。なかなか。

(町山智浩)本当にひどいなと。

(赤江珠緒)『私のはなし 部落のはなし』は5月21日からユーロスペースなどで公開中でございます。そして『犬王』は5月28日から全国ロードショーとなっております。

『犬王』予告

<書き起こしおわり>

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