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星野源『逃げるは恥だが役に立つ』第7話ラストの意味を語る

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星野源さんがニッポン放送『オールナイトニッポン』の中でドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』の第7話、ラストシーンの意味と面白さについて話していました。

星野源『逃げるは恥だが役に立つ』第7話ラストの意味を語る

(星野源)ちょっと今週も『逃げ恥』の話をしたいかなと。もう毎日、いま撮影をやっていて。スケジュールがすごいことになっていますので。15分拡大が最終回とその前(の回)も決まりまして。ちょっとすごい感じになっていますのでがんばっていきたいなと思いつつ。やっぱり日々、ずっと『逃げ恥』の現場にいるので、どうしてもそういう話が貯まっちゃうんですが。『真田丸』の話もしたいと思いつつ、『真田丸』の最終回の後とかにしようかなと思っております。

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大反響の第7話

ちょっと『逃げ恥』についてメールがいっぱい来ています。(メールを読む)「7話放送直後なので生まれたての感想を早急にお送りします。星野さん、平匡さんに会う機会がありましたらぜひとも、以下をお伝え下さい。『ぐおおおおーっ! なにやってんだ、おおおーっ!』。八話も楽しみにしています」という、叫びメール。(メールを読む)「逃げ恥7話を見ました。もうムズキュンを通り越して、心がギュインギュインします。ギュインギュインです」。2回言ってる(笑)。「……温かさと切なさともどかしさが絶妙にマッチしていて、史上最高に大好きなドラマです。でも7話の最後のシーンはもう……平匡さんのバカ!」。お怒りなさっていますね。みなさん。

大阪の25才、女性の方。(メールを読む)「『逃げ恥』7話を見ました。またもや最後の最後で衝撃の展開で、にやけが止まりませんでした。二度目にキス……世間では『平匡、なにしてんだ!』という意見と、『みくり、早まったな!』という意見と二択にわかれております。源さんの意見をぜひ、お聞かせ願いたいです」ということで。そうなんですよ。『逃げるは恥だが役に立つ』、もし見ていない方いらっしゃいましたら、どう説明したらいいのかな? 僕が演じる平匡さんという役は35年間彼女がいなくて。でも、仕事はすごくきっちりしていて、自分の生活もすごくきっちりしているという。部屋もおしゃれで、すごくきれいで。1人の生活をすごく楽しんでいるような人でした。

そして、主人公の新垣結衣さん演じる森山みくりさんがですね、家事代行スタッフとしてまず平匡さんの家に来るんですけど、そこからものすごく端折って話すと、結婚します(笑)。すっごい端折ると(笑)。まあでも、そういう話なんです。見たことがない人がいたら、本当にそういう話で。なんか、すごく超展開が訪れて「契約結婚」という名の結婚をして。まず、結婚で「専業主婦」というお給料の発生する職業にみくりさんがなり、それの雇用主として平匡さんがお金を払うという関係になるんですが、そこから恋愛に発展していくというそういう話なんでございます。

で、7話は平匡さんという35年間彼女がいない男とみくりさん、すごくそういう恋が生まれまして、とてもいい感じになってキスをするのですが……みくりさんがある一言を言うと、平匡さんがつい拒否反応が出てしまうという。それは、なんて言えばいいかね? どう説明したらいいんでしょうかね? まあ、「そういうことをしてもいいですよ」ってセリフのままですよ。「いいですよ、そういうことをしても。平匡さんとなら」というセリフをみくりさんが言って。

もし、お話を見ていない方がいたら、想像していただいて。だいたい察することができると思うんですが。もうキスは2回ほどしている状況なんでございますが、「そういうことをしてもいいですよ」って言うと、「無理です……そういうことをしたいんではありません。ごめんなさい、無理です」という風に拒否してしまうというラストでございました。で、すごく個人的に面白いなと思ったのは、みんなメールが怒っていて(笑)。「平匡さん、なにやってんだ!」と。で、僕は平匡さんではないんですけど、平匡さんに割と頻繁に会う機会があるので、お伝えしたいなとは思いつつ……

第7話ラストシーンの面白さ

僕がすごい面白いなと思ったのは、その第7話の古田新太さん演じる沼田さんという役が出てくるんですけど。この方はゲイの役で。その中で、平匡が「沼田さんって鋭い方だと思っていました。男性と女性のどっちの視点も持っているから」というセリフがあるんですけど。周りの、それこそ藤井隆さん演じる日野さんという人と、大谷亮平さん演じる風見さんという役が「違うと思いますよ。沼田さんはただ、沼田さんなんですよ。ゲイだから男と女、どっちの感情も持っているというわけじゃないですよ」っていうことを、すごく……すごくセンシティブな話題をすごく軽やかに脚本に書いてあって。それをドラマの中で軽やかに表現してあるんですけども。

そういう話があって、そこで平匡がすごく反省をするという描写があります。「自分が決めつけられるのが嫌な癖に、どうして人はレッテルを貼ってしまうんでしょう?」という。その中で、そういうセリフがあった後に、その終わり方ですね。平匡が拒否するというエンディングになった時に、メールとかを見ていると、やっぱりみんな怒っている怒り方が、「男なのになにやってんだ! 女性から申し込まれたそういう誘いを男がなぜ断るか?」って怒っているんだけど……それって平匡なりみくりなりがずーっと苦しんできた「男に生まれたから」っていうレッテル、「女に生まれたから」っていうレッテル。そういうものと全く一緒なんですよね。

で、見ている人たちがそういう風に責めてしまうっていうことが、つまり平匡とみくりが苦しんで……まあ、出演者みんなですけど、みんな苦しんでいるんだけど前向きになんとかがんばろうとしているっていうのがこのドラマのすごく素敵なところなんですけど。なぜ、みんながこんなに苦しんでいるか?っていうそのいちばん大事なところを視聴者が思ってしまうっていうのが、僕はすごくこのエンディングの面白いところだなと思ったんです。で、すごくわかりやすいなと思うのは、男女を反転するだけで、全然怒る気持ちにならないんです。いままで彼氏がいたことがなくて、そういうこともしたことがない女性に対して「いいですよ、あなたとならしても」って男が言った時に感じる感情って全然違うじゃないですか。怒りじゃない。それで拒否しても、全く怒る気にならない。「それはしょうがないよね」ってなる。

でも、男になっただけで「お前、しっかりしろよ!」ってみんなから言われるっていうことは、それはいかにみんなが男と女というレッテルに縛られているか?っていうことの証明なんですよね。だから、出演者が苦しんでいる理由は、見ている人たちの怒った人たちの心の中にあるという。それは脚本の野木さんがどこまで意識していて書かれているか、原作の海野さんがどこまで書かれているか。この原作のシーンがどこまでそういう風にあったかは、はっきりとは覚えていないんですが。どこまで意識されているかはわからないですけど、そういう風になるというのがすごく面白いドラマだなと僕は思いました。

で、ただそういうのを全くなしで見ると、「好き」という言葉を伝えずに少し突っ込んでしまったみくりと、それでもやっぱり35年という期間は長かった(平匡)という、どっちも悪くないよね、しょうがないよねっていうことの、ただのちょっとしたすれ違いなんですけども。それがすごく見ている人が「うおーっ!」ってなってしまうのは、そういうレッテルの仕業なのではないか? と僕は思ってすごく面白いと思ったというお話でございました。

<書き起こしおわり>

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